将を射んと欲して、先ず大将を射る
今回は、ふわふわした感じを目指してみました。そしてお久しぶりです。当初言っていた、独立してそれぞれ読めるのを目指す、って、詐欺になってきてるなぁ、としみじみ思う今日この頃。そろそろ、一旦お話を締めます。予定です。
「で、こちらが」
「はい。息子さんの家庭教師、というとちょっと大袈裟かもしれませんが、勉強を見させていただいています」
そういって丁寧に頭を下げる。普段、先輩の姿を見慣れている僕でもちょっとだけ見とれてしまうほど優雅な仕草だった。
それは母も同じだったようで、ポカン、と口を開けている、というのがまさにしっくりくるような感じで。
「一応、縁があって今までも少し勉強を見させてもらっていたのですが、今回、私が入学した大学に進学したいという話を聞いたので、力になれれば、と」
進学したい、というか、半ば強制だったような気がしないでもないけど。
ともあれ、母には初耳だったらしく、というか僕が言ってなかったので、なにそれ? といった風な表情を僕に向けてくる。
「志望大学決めてたの? どこよ、それ」
「え、っと」
「東橋大学です」
「へぇ、東橋……本気?」
ものすっごく真顔で言われました。
「一応、本気だけど」
「まあ、私も入ってくれるならありがたいけど」
でも、今のままだと厳しいでしょ、と目で伝えられる。
「確かに、今現在の学力では厳しいかもしれませんが、以前、学年でも上位に入ったこともありますし、勉強自体は苦手では無いと思います。とはいえ、それから少しサボっていたみたいですが……」
最後の方、若干声のトーンが低くなって、少し背筋が冷えた。顔は笑顔のままなのが、余計に怖い。
「お話は分かりましたけど、ご迷惑ではないでしょうか? いくら同じ学校だったとはいえ、まだ大学も一年目でしょうし、色々と大変なんじゃないかと」
「それは気にしないでください。むしろ、今まで手伝って来たのに、ここで投げ出してしまう方が私個人としましては気がかりになってしまうので」
「そうですか。それじゃあ、こちらこそお願いします」
「ただいまー」
丁度話がまとまったところで妹が帰ってきた。
「……あれ、誰、この美人な人」
「僕の先輩」
「お兄ちゃんの先輩さん? なんで家に来てるの?」
「これから勉強を見させていただく事になって、それの挨拶に伺わせてもらいました。妹さん、ですか。よろしくね」
にっこりとほほ笑んだ。う~む。相変わらずというか、先輩の見せかけのよさは半端じゃない。加えてこの顔だしなぁ。
「……あ、こ、こちらこそよろしくです」
同性の妹ですら少し呆けてしまっていたみたいだ。そう思っていると、僕の方へと寄ってきて耳打ちをする。
「お兄ちゃん、あの人どこで知り合ったのよ」
「どこって言われても、学校で?」
「そういうことじゃないよ。どうやってあんな美人の人と知り合ったのか、ってこと」
「……たまたま?」
はぁ、と思い切りため息をつかれた。そんなこと言われたって、たまたまなんだから仕方ない。きっかけとか、そんなの、あったようななかったような。
「もういいよ。ところで、勉強ってどういうこと?」
「僕の受験勉強を見てもらう、っていう話になって」
「そうなんだ。てか、お兄ちゃん受験するんだね」
「するよ、失礼な」
「じゃあ、志望校とかもう決めてるの?」
「一応、東橋大学に、って。先輩がそこ受かったから、それで教えてもらう、っていう話に」
「……先輩さん、東橋なの?」
こくん、と頷く。すると、がば、っと先輩の方を向き、手を思い切り掴んだ。
「わ、わ、凄いです! かっこいい!」
「ありがと」
そうすると、今度は僕の方を睨んでくる。我が妹ながら、忙しないやつだな。
「お兄ちゃん。ちゃんと勉強しなよ? 折角現役東大生に教えてもらうんだから、だらしないことしちゃだめだからね?」
「大丈夫よ。あなたのお兄さんも、やるときはちゃんとやるから」
「あはは……」
いつかの試験勉強の時を思いだしてしまった。確かに、あの時は頑張ったなぁ……
「それでは、突然失礼しました。私はこれで」
妹の熱烈歓迎も落ち着いて、当初の目的であった挨拶も済ませたところで先輩が帰宅しようと準備を始めた。
「ご丁寧にありがとうございました。あんた、送っていきなさいよ」
「そのつもりだよ。じゃあ、ちょっと着替えてくるから」
そういって自室へと戻って支度をする。さっさと着替えて降りてくると、妹と何やら話しているみたいだ。
「先輩、着替え終わりました」
僕に気が付くと、席を立って玄関へと向かう。
「それじゃあ、また今度ね」
「はい。ありがとうございました」
母と妹が玄関まで見送りにきて、特に何のアクシデントもなく家を出た。
「あなたの妹さん、可愛いわね」
帰る道すがら、突然そんなことを言いだした。
「え、迷惑じゃなかったですか?」
「私一人っ子だから、ああいうの新鮮でよかったわよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものよ」
それからは取り留めのない話をして、あっという間に家へと着いてしまった。
「じゃあ、またね」
「はい。でも、本当にいいんですか?」
「何が?」
「えっと、やっぱり迷惑じゃないかなぁ、なんて」
「まだそんなこと気にしてたの? 私がいい、って言ってるんだから、気にしないでいいのよ。ともかく、また連絡するわね。そうそう、妹さんにもよろしくね」
どうして妹? とは思ったものの、その疑問に答える事はなく、家へと入っていった。
「ただいま」
「おかえり。早かったね」
「結構近いんだよ、先輩の家」
「へぇ、そうなんだ。それにしても、いきなり家に連れてきたときはびっくりしたよ」
「一応先に言っておいたでしょ?」
「そうなんだけど、まさかあんな別嬪さんだとは思ってなかったからねぇ」
まあ、そこに関しては僕自身もびっくりしているところではある。よく接点持てたな。ほんと。
「それに、今時珍しいくらい礼儀正しい子だし」
そうだね、と適当に相槌を打って冷蔵庫からお茶を出す。元々今日の事は、いくら勉強を教える、とはいっても、受験生をどこの誰だか分からない人間が長時間駆り出すのはよくないということで、先輩から挨拶したいといってきてのことだった。
「あと、お金とか本当にいいのかしら? 東橋の家庭教師、っていったら、それこそそれだけで結構な時給になると思うのに」
「多分、先輩お金貰うのとかは嫌がると思うから、なんか適当に考えておいてよ」
あんたも考えなさいよ、なんて言われたが、お茶を一気に飲み干して早々に自室へと避難した。
「あれ、お兄ちゃん早かったね」
「うん。結構先輩の家近いんだよね」
「へぇ……それにしても、綺麗な人だったねぇ」
「そうだね」
またその話か。二度同じ話をするのは面倒で、なあなあに返事を返し、僕は自室へと入ろうとして、そういえば帰り際に先輩に言われたことを思いだした。
「そういえば、先輩がお前によろしく、って言ってたんだけど、どういうこと?」
「え、ほんと?」
そういってそそくさと部屋に入ってしまった。……なんだよ、質問に答えろよ。
ともあれ、疑問は解消されず、しかし先輩の好感度は上々のようで、僕も一安心だった。
「……先輩?」
家に帰ると、そこには先輩と妹の姿が。
「あら、遅かったのね」
「お兄ちゃんおかえりー」
何やら妹は参考書と向き合っているみたいだ。
「えっと、今日は特に約束とかしてなかったですよね?」
「そうね。今日は美緒ちゃんから勉強見て、ってお願いされたから。ついでだから、あなたの勉強も見てあげるけど」
美緒ちゃんって。というか、連絡先いつの間に交換してたんだ。
「ああ、じゃあ丁度良く分からないところあったんで。でも、大丈夫ですか?」
「平気よ。けど、今日はメインは美緒ちゃんの方だから、いつもみたいにつきっきり、って訳にもいかないから、よろしくね」
「すいません、ここよく分からないんですけど、どうすればいいんですか?」
先輩が妹に呼ばれて問題を確認する。妹も真剣な顔で先輩の言葉を聞いている。しばらくその光景を眺めていると、なんというか、スパルタじゃない。まあ、折角来てもらってるんだし、さっさと部屋に戻って着替えてこようか。
その後、時折先輩を我が家で見かけるようになったことは言うまでもない。