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016「戦い」



「…………面倒は、本当にやめて欲しいものだよ」

 漆黒に染まる髪を掻き上げながら男は、獲物に狙いを定めた獣のように獰猛な笑みを浮かべて二人を見つめていた。

 ミナリーはその男に、知れず後退る。

「あなたは……誰、なのかしら?」

 無意識のうちに震える声で尋ねる。

 男は不可解そうに首を傾げて応える。

「誰なのか……。今聞きたいのはそんなことなのか? まあ別に俺には関係のない話だが」

 フンと嘲笑う。

「誰なのかは、どうでもいい。お前が……今回の黒幕だな?」

 シルバードが尋ねる。その口調はもう、普段の彼とはかけ離れたものだった。

 そんなシルバードを、ミナリーは心配そうな表情で横目に見る。

 怒りと焦燥が混ざった、そんな表情をシルバードは浮かべていた。それはあるいは憎悪とも言うべき感情にすらもミナリーには思えた。

 彼がそんな表情を浮かべるのは、ミナリーが彼と出会ってから初めてのことだった。

「それを知って、どうする?」

 漆黒の髪をした男は聞き返した。

「……サーシャやテナを狙っているのか? 彼女達はまだ生きているのか!?」

「彼女達……?」

 ミナリーが呟いたのには気づかず、シルバードは問い続ける。

「ここにいるのか? あれを狙っているのか? 全てお前達がやったのか!?」

 シルバードの問いにようやく得心といったように笑みを浮かべて、男は応えた。

「なるほど。お前はあの親娘の知り合い、というわけか。だからそんなにも焦り、動揺し、怒りを露わにしている」

「やはり……【灰色】の奴らだな?」

 男から、くくくっ、と押し殺した笑い声が漏れる。

「やっと見つけた……」

 シルバードは今にも飛びかかろうと、短槍を構える。

 普段なら二本を両手で操るスタイルだが、一本は先程の投擲の際に粉砕しているため、構えるのは手元に残った一本だけだ。

「……今俺にそれを向けても仕方が無いと思うぞ?」

「なに?」

 ニヤリと男は口元を歪ませた。

「もう、仲間が回収に向かっている。俺はまあ……散歩をしていただけだ」

「――――っ!」

 男はチラリと先程の衝撃で埋れた辺りを見る。折れて倒れた木の下から、人の足らしきものが見えていた。

 シルバードはハッとして村へと顔を向ける。

 ここらの霧が吹き飛んでいるとはいえ、村の方はまだ濃い霧が覆っていた。

 ギリギリと歯を噛みしめる。

「ど、どういうことなの、シルバードくん! 彼女達って? 生きていたのかってどういう意味?」

 状況に取り残され、理解不能に陥っていたミナリーはシルバードに尋ねるが、チラリと彼女を見ただけでシルバードは答えなかった。

「……とにかく、村に急いで戻る」

 それだけ言ってミナリーの手を引き後ろへ、村へと走り出そうとしたが、

「許すわけないだろう」

 呟いた男は、いつの間にか二人の目の前に移動していた。

「っ!!」

 二人は立ち止まる。

「どけ! お前と話してる時間は無い!」

 シルバードが焦燥感に駆られて叫び散らす。

「こちらとしても、はいそうですか、というわけにもいかないんだ。どうしてもと言うのなら、無理にでもどかして行けばいいだろう? まあ勿論、どかないがな」

 ここに至り、ようやく男も腰に提げていた得物を抜いた。が、抜いたという表現はふさわしくないかもしれない。

 鞭。男の髪の色と同じ、漆黒に塗られた五メートル超はあるかという鞭だった。

 バシンッ、と手応えを確認するように横の木に向けて振るうと、木は音を立てて折れ、薙ぎ倒された。

「さあ、悪いがここで消えてもらうぞ」

 目を細めて男は振りかぶった。

「ミナリーっ!」

 シルバードは咄嗟にミナリーを突き飛ばし、自身も横っ飛びで逃れる。

 バシンッとしなった鞭が地面に細い線を付ける。

 突き飛ばされたミナリーはその痕を見てゾッとした。

「クソッ!」

 追い討ちを掛けるように、男の鞭がしなりシルバードに向けて打ち落とされる。

 槍を当てて防ごうとして、シルバードは失策に気づいた。

 槍に当てた鞭のその先が、グルンと勢いを増して巻きつくようにしてシルバードの肩を打つ。

「ぐぁっ!」

 斬られるのとは別の、抉られるような痛みが襲う。

「フンッ!」

 休む間も与えず男は今度は逆にいるミナリーを狙って振るわれる。

「――――阻め――――風壁っ!」

 魔術を発動し、鞭を風の壁で僅かに逸らす。

 その隙に、ミナリーは転がるようにして逃れる。

「しっ!」

 ミナリーに気を取られた男の死角から、槍の穂先が伸びる。

「グッ!」

 頭をズラして男は避けるが、頬を僅かに掠めて血が染み出る。

 一度距離を置いて、男は頬を拭う。

「ふん、流石に面倒だな。……名は何という?」

 男は突然尋ねた。

 肩を抑えながら、男を見据えていたシルバードが眉を顰める。

「急になんだ」

「まあな。薄皮一枚分の敬意を示そうと、思ってみただけだ」

 嘲笑う男には敬意の欠片も感じられなかった。

「……俺はシルバード・メルダローズ。お前達【灰色】を叩き潰す男だ」

 それを聞いた男は、おかしそうに笑い声を上げた。

「くくくっ、くははははっ! 面白いことを言うな、お前。いいだろう。なら俺たちを潰すと言うお前には俺も名乗ってやろうか。……俺の名は、ベントリウス・ワーグナーだ」

「ベントリウス……」

「そうだ。そしてそれはお前を殺す男の名だ!」

 鞭を振りかぶり、その男、ベントリウス・ワーグナーは吠えた。




   ☆




 シノーリスを庇い腹を深く斬られたドレイクを、なんとか離れた位置に避難させることに成功した二人は、もう何とか気力で立っているような状態だった。

 シノーリスがドレイクを運ぶ間、コボルドの相手を一手に引き受けていたエインスは、先に同じようにして時間を稼いだドレイクのように至る所を斬られたて血を流していた。

 シノーリスはまた、自分の所為で重傷を負ったドレイクを思い、疲れもあいまってフラフラとしてきていた。

「これ……以上は……厳しいぞ」

 息を切らせて言うエインスに、シノーリスは疲れた目を向ける。

「で、でも……わたしたちが……やられたら……村が……たいへんですぅ」

「わかってる」

 ギリッ歯を鳴らしてエインスは身体に鞭を打ち、剣を構える。

 コボルドは何か面白がるように、二人を眺めていた。

 それはまるで、強大な魔物に群がる羽虫を見るかのような目だった。それは、今まさにまだやれると。村を守ると、そう口にし、虚勢を張り、何とか保っていた意志。そんなシノーリスの意志を、心を折った。

「ぁ……ぁぁ……もう……だめ……ですぅ。か、勝てない……」

 膝を折り、地面にへたり込んだ。

 短剣はカラカラと虚しい音を立てて転がる。

「お、おい、何諦めているんだ。お前が言ったんだろう! 村を守ると! 勝手にやめるな!」

 エインスの叫びも心の折れたシノーリスにはもう、届かなかった。

「くそっ!」

 エインスはヤケになりそうな自分を奮い立たせる。

「やられるかよ……。まだ死ねねえんだ」

「グギギッ! グギィッ!」

 そう呟いた時、コボルドは飽きたのか、剣を構えてエインスに襲いかかった。

「ぐぁっ!」

 なんとか初撃を避ける。ふらりと揺れる身体を踏ん張って止め、コボルドの向かって斬り上げる。

 それを難なく躱したコボルドはエインスの足を切り裂く。

「うあっ!」

 さらにコボルドは返す刃で剣を持っていないエインスの左腕を切り裂く。

「ぐっ!」

 それでも踏みとどまりコボルドを見据えたエインスをコボルドは剣の腹で殴り付けた。

「ぶっ!」

 地に横たえられたエインスを見下げたコボルドは、おもむろに今しがた斬ったエインスの左腕を踏みつけた。

「ぐあああああ!」

 絶叫が響き渡る。

「グキィィァ」

 響く絶叫に顔を愉悦に染め上げたコボルドのそれは、理性を持たないはずの魔物の姿ではなかった。

 弱者を嬲る人の姿。理性でもって他者を貶し、嬲り、快感を得ては愉悦に浸る醜い人のそれだった。

 シノーリスはそれを見て、ガタガタと身体を震わせる。震えを止めようとするかのように自ら身体を抱きしめるが、何の意味もなさず、ただ嬲られるエインスを見ていることしかできなかった。

「グギガァ」

 エインスの腹を突き刺して喜声を上げる。

「がはっ」

 エインスの顔は真っ青になり、盛大に血を吐き出した。もはやいつ死んでもおかしくないほどだった。

 ふと、側で身体を震わせていたシノーリスに影が差した。

 シノーリスの頭が優しく、しかし力強く撫でられる。

 涙で濡らした顔をシノーリスが上げるとそこには、血で濡れたドレイクが笑っていた。

「俺に…………任セロ」

 そう言ってドレイクが消えたかと思うと、次の瞬間、コボルドは吹き飛ばされていた。

「グギガガァ」

 苦しげな声を上げる吹き飛んでいたコボルドが、今度は垂直に舞う。

 高く上がったコボルドの上にドレイクが現れる。

「オチロ」

 冷酷なほどに無感情な声で呟き、上がってくるコボルドに指を組んで合わせた両の拳を叩きつけた。

「グゲバァッ」

 嫌な音を立ててコボルドは地面に一直線に落っこちる。

 ドガァン、凄まじい音と共にコボルドが地面に激突した。

 土煙が立ち上り大きなクレーターができる。

 トン、と軽い音を鳴らしてドレイクがクレーターの側に降りる。

「ド、ドレイク……くん……」

 そのいきなりの変貌にシノーリスは困惑の声を上げる。

 チラリと彼女を見たドレイクの表現は、冷たかった。

「…………っ」

 それを見たシノーリスは、なぜかはわからなかったが、悲しげに眉を顰めた。

 ふっ、とドレイクに感情が戻る。

「シ、シノーリス……」

 が、彼女の名を呟いた彼の後ろで、コボルドが立ち上がった。

 コボルドの腕はひしゃげ、顔も潰されたようになっていたが、その気迫はまだ衰えていなかった。

「まずいっ!」

 ドレイクは慌ててその場から離れようとする。

 コボルドがクレーターを飛び出し、背後からドレイクの首を目掛けて蹴ろうとしたところで、

「――――重!」

 森の中から女性の声が響いた。

 ドレイクの寸前で、グシャリと音を立てて地面に押し潰された。

「おらよっ!」

 森から飛び出して来た大剣を持った男がトドメにその大剣を打ち下ろした。

 ドスッと鈍い音を立ててコボルドは、実に呆気なく死んだ。

「はあっ」

 気が抜けたように、へたれ込んだドレイクをその男は抱きとめた。

「良くやった!」

 そう声を掛けた男は、リッツ・スペルマ、 その人だった。

「リ、リッツさん……」

 呆けた顔で呟いたシノーリスに応える声が聞こえてくる。

「お疲れさま、シノちゃん。よく頑張ったわ」

 そう言って優しく抱き閉めたのは、リナリス・ヤコヤクだった。

「リナリスさん……。ぐすっ。こ、怖かったですぅぅぅ」

 助けてくれたのが二人だとようやく理解すると、シノーリスは大声を上げてリナリスの胸に縋りついた。

「す、すいません。彼を……助けてあげてください」

 ドレイクはリッツに頼んだ。

「えっ? お、おい、大丈夫か! エインスだったか、おい!」

 リッツはドレイクが指差した方に倒れているエインスに急いで駆け寄る。

 揺するが、返事がない。

「ヤバイな。まだ生きてるが、急がねえと死ぬぞ!」

「リッツちゃん、村に治療できる人がいたはずよ。急いで!」

 リナリスもそれに気づいたように言う。

「わかった、俺が運ぶ!」

 リッツはエインスを抱えて立ち上がったが、それを止めるように、ドレイクがその腕を掴んで言った。

「ナ、ナルが……」

「おいおいマジか!」

 ここにナルがいないことに気づいたリッツは、舌打ち混じりに呻いた。









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