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014「動き出す」

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014 「動き出す」





 少女はその目に涙を浮かべ震えながら、母親の手を握りしめていた。

 朝陽が差し込み始めたこの時刻。普段なら二人で森の中に出掛けて朝ご飯を食べる。そこで、鳥の鳴き声や木々のさざめきに耳を澄ませるのだ。

 それがこのパナム村に住むようになってからの日課。のどかで、静かな生活を送ることができることが、彼女のささやかな幸せだった。

 ふとした時に思い出す、自分たちのために命を張って逃がしてくれた父の優しい笑顔を、母と二人で分かち合う。その瞬間が彼女にとっての宝物だった。

 しかし。

 数日前から災害の一つである『魔紫霧』が発生したことにより、しばらくは村長の好意から譲ってもらった果樹園の一角にある隠れ家を出ることなく過ごしていた。

 それでも、またすぐにあの時間を過ごせると思っていた。

 久しぶりの買い出しのために村の市場へと行った。母の言いつけの通りフードを深く被り、急ぎ足で村を歩く。

 だからだろう。目深に被ったフードの先に人影が見えたとき、避けることができずに突進してしまった。

 よろけて尻餅をついた。ぶつかった男性が差し伸ばした手を取り立ち上がった少女は、慌てて頭を下げた。その拍子にフードがズレ、顔を見られた。

 始めは気づかず、どうしたのかと問いかけた。

 その後に言われた言葉は、何より嬉しかった。

『……綺麗な瞳だ……』

 昔からその人とは違う瞳の色に怖がられて来た少女にとって、母と同じ瞳はコンプレックスであったが、しかし自慢でもあった。

 唯一褒めてくれたのは、父と母。そして二人の友人のおじさん。

 今褒めてくれたその人の顔は、かつて父が褒めてくれた時と同じ優しい笑顔を浮かべていた。

 思わず涙が零れた。

 そのあとは、恥ずかしさのあまりすぐに離れてしまったが、少女にはとても嬉しかったのだ。

 思わず買い物をしていくことも忘れて帰り、母に笑われてしまった。

 もう会えないとしても、この思い出をまたあの優しい時間に思い出そう。そう思っていた。

 それなのに。

 今はもう、それすらもできなくなってしまったことを、少女は否応無しに理解させられていた。

 焼かれた果樹園。荒らされた畑。切り倒された森の木々。

 ようやく手に入れたささやかな幸せが、大事に胸に抱いた両手からボロボロと零れ落ちていくようだった。

「お母様。私達はどうして命を狙われなければいけないのですか?」

 涙を浮かべて見上げる娘の姿に、堪えるように口元を引き締めて金髪の女性はなぜだか、僅かに息を切らしながら言った。

「テナ……良く聞くのよ。私達は……皆と違う……瞳を持っているでしょう?」

 テナと呼ばれた少女は母の言葉に頷く。

「この瞳は……特別な力を持っているものなの。悪い人が……欲しいと思う……ようなもの。だから……私達を捕まえて……言うことを聞かせようとしているのよ」

「なぜですか?」

 テナは聞く。

「自分たちの願いを……叶えるため……かしらね」

「自分勝手にお願いを叶えるためにお父様は殺されたのですか?」

 テナの純粋な疑問に女性の目の端にも僅かに光るものが見えた。

 額には大量の汗が滲み、息も絶え絶えとなってきている。

「……そうね。そういう……ことをするのは……いけないことよ。たとえ……何が……あっても、人の命……を奪ってまで……やっても良い……ことなんて……どこにも……ないのだから」

「お母様……」

 テナの手を握りしめる母の手が、痛いほどにギュッと握られていく。

「でも……いつか誰かが……そう例えば……貴方の言っていた男の子が……きっと……貴方に幸せを運んで……きて……くれるから。何があっても……生きることを……諦めないでね」

 その時、フッと何かが消えた。

「お、お母様……?」

 息を切らせて苦しそうにしながらも必死な様子でそんなことを口にする母に、テナは疑問を感じた。あるいは、不安。

 まるで、もう会えなくなるかのようで。

 まるで、最後の言葉のようで。

 そんな時。

「ようやく見つけたぞ。ここも探してたはずだが見落としをするとはな……。ふん、まあいい。サーシャ・モルトセイクリー、そしてテナ・モルトセイクリーだな。俺と共にこい」

 二人の前に現れたのは、右目に眼帯を着けた男だった。

 その男は突如現れて、背筋が凍るような目を向けていた。

 同志に向けるように、手を差し伸べた。

「ひぃっ……」

「何度もは言わんぞ。俺についてこい」

 少女――テナは恐怖で動けなかった。

 サーシャと呼ばれたテナの母である女性は、肩で息をしながらも覚悟を決めた表情でその男に対峙する。

「私……が行けば……この子は……見逃して……くれないかしら」

「駄目だ」

「貴方達はこの……瞳が欲しいの……でしょう? なら……私だけで……十分でしょう?」

「いや、どうだろうとどちらも連れて行く。問答無用だ。残念だったな」

 取りつく島もない男の答えに悔しげに、サーシャは顔を歪ませる。

「着いて来ないのなら、それでいい。お前達には眠っていてもらおう」

 男は掌を二人に向ける。魔力が集中していく。

「――――幻惑なる世界へ誘え、しばしの(ゆめ)を」

 咄嗟に、サーシャはテナを覆い隠すようにして、男との間に身体を割り込ませた。

 そしてテナの耳元で囁く。

「首飾りを握って! さっき言った通りに祈って!」

 有無を言わさない声音に、テナは言われるがままに首飾りを握る。

 そして、数時間前に教えてもらったように祈りを捧げるように呟く。

「――――愛しき人、私を見つけて」

 テナが教えた通りにしたことを確認したサーシャは微笑みながら口を動かした。

「……愛しているわ」

 同時に男の集めた魔力が放たれる。

「――――夢幻郷」

「っ!!」

 黒い魔力の放射がサーシャに当たる。そしてその身体から力が抜け、糸が切れたかのようにテナの上に崩れ落ちた。

「お母様っ!」

 テナは驚き叫ぶ。

 だが。

「ん? 娘はどこに行った……」

 男は目を見張って辺りを見回す。くそっ、と舌打つ様子からはテナの悲壮な声も母の下から這いでようとする姿もなぜか認識していないかのようだった。

「ちっ、やはりやっかいだな……だがとりあえず、サーシャ・モルトセイクリーは手に入れた。娘ももう一度探せばすぐに見つかるか……」

 男は一度持ち上げたサーシャを近くに適当に放り投げると、またサーシャに向かって魔力を放出する。その後すぐに再び周囲を探りながら歩き回り始めた。

「お母様っ! お母様っ!!」

 男には目もくれず、テナはボロボロ涙を零してサーシャが寝ていた方へと駆け寄っていく。

 だが、テナは嗚咽を漏らす。

「お母様ぁぁぁ!」

その目には、最愛の母の姿が見えていなかった。

「そんな、そんなっ! どこに行ってしまわれたのですか……。お母様ぁぁぁっ……」

 そのすぐ側で地に伏すサーシャの肌は、まるで死んでいるかのように青白くなり、ピクリとも動いていなかった。


 そして、そんなテナの泣き声を掻き消すかのように。

 ドンッと何かが爆発したような音が村の反対に位置する森の方で響き渡った。




   ☆




 シルバードとミナリーは、未だ森の中を彷徨っていた。

 ミナリーは未だどこか上の空な様子のシルバードを心配そうな表情で見ていたが、それでもさすがと言うべきか、シルバードはその手に持った短槍で持って押し寄せるスライムの波を吹き飛ばしていた。

 スライムがここまで多く残っていることから、おそらくコボルドはリッツ達とキース達が向かった方にいたのだろうと、ミナリーは感じ始めていた。

 しかし、いつ切り上げて戻るべきか。

 それが決めきれずにいた。

 シルバードの様子からして、下手に動くべきではないのは明確だったが、それにしても万が一こちら側にいた場合のことと、リッツやキースの方が回収に行くと言っていたこともあった。

 普段ならシルバードが最善の指示を出してくれることが、どれだけ助かることかを思い知らされた気がしていた。

「一度村に戻ってみてはどうかしら?」

 口に出したのは、そんな中途半端な提案だった。

「……そうだね。戻ろうか」

 だが、シルバードは何を言うでもなくその提案に乗った。

 出発時にあれほど焦ったように行こうとしていたのが嘘のようだった。

「……じゃあ、戻りましょうか」

 ミナリーは僅かに残る迷いを捨て、そう決断した。

 しかし。

「誰だ!」

 突然シルバードが、霧に飲まれた先に向かって大声を出した。

 その声が激しい警戒の色を帯びていたことに、ミナリーはギョッとしてその向こうに視線を向ける。

「誰だと聞いているんだ!」

 反応が無い相手に向かってシルバードは再度叫ぶ。

 それでも、反応は無かった。

 ミナリーは未だ何も感じられないままだった。まさか本当に誰も居ないのでは、と思った時。

「ちょっ、シルバードくん!?」

「しっ!」

 ミナリーの驚きの声をよそに、シルバードは手に持った短槍を、投げた。

 短槍が吸い込まれるようにして向かった先。

 ドンッ、と凄まじい爆裂音が響き渡る。

 明らかに木に当たったのでは無かった。真っ向から途轍もない威力の何かがぶつかったような、そんな衝撃波が辺りを襲う。

 木々が吹き飛ばされ、周囲を覆っていた霧も吹き飛んでいた。

 先程よりも開けた森の中で、パラパラと巻き込まれた木の破片やらが散る中から、ゆっくりと人影が姿を現す。

 それは、ギラついた視線をシルバード達に向けて言った。

「…………面倒は、本当にやめて欲しいものだよ」

 漆黒の髪を掻き上げて、獰猛な笑みを浮かべた。




   ☆




「どうすると?」

 コクがメイスに付着した血を拭いながら腕を組むキースに尋ねる。

 キースはそのコクの足元にグチャグチャになって倒れている一匹のコボルドのことを見てコクに聞き返す。

「こいつは昨日戦った奴か?」

「んーたぶんそうだと。昨日戦った時に殴った痕があった気がすると。最後にトドメを差そうとしてた奴と」

 グチャグチャになったコボルドの腹辺りを探るように見ながらコクは答える。

「なら強くなってたということか?」

「そうだと。でも、もしかしたららもう一匹はもっと強くなってるかもしれないと」

「……そうだとしてもスペルマ達ならなんとかできるだろう。シルバード達でも大丈夫だ。問題はエインス達か。たが、ゴートランドには回収に行くと言ってある、か……」

「ん?」

 コクの触角が震える。

 微かに爆発の音が聞こえたような気がしたキースはコクに問う。

「今何か聞こえなかったか?」

「あっちの方で大きな爆発があったみたいだと」

 コクの指差した方角は、嫌なことにシルバード達の向かっているはずの方角だった。

「シルバードの方だな……」

 霧が立ち込めていて何も見通せはしなかったが。

「決まりだな。その爆発の方に向かう。案内してくれ」

「了解と」

 そう決断したキースの表情は険しいものだった。




   ☆




「あれはただのコボルドじゃ無かったよな?」

 ついさっきまで戦っていた感触を確かめるように、手を握りながら、リッツは尋ねた。

「さあどうかしら? ただ、詳しいことは後で調べてみればわかるとと思うわ」

 リナリスは、自分と同じようにして動いている自身の影を見ながら言った。

「でもまあ、リナリスの魔術はほんと便利だよな」

 その視線を辿って彼女の影を見たリッツがそう言う。

「まあね。入れられるのはあれくらいのサイズで精一杯だけど」

「それでもだ」

 ガハハと笑う。

 先程想像以上に手間取ってしまったが、最終的には傷を追うこともなく倒したコボルド。その死体がリナリスの影に収納されている。

 リナリスの闇魔術。その一種であり、戦闘の補助として彼女がよく使用する『影遊び(シャドウ・トリック)』による影への物の収納。

 様々な制限があるが、コボルド一匹程度ならば運ぶことが可能となる魔術だった。

「けどたぶん上位種のハイ・コボルドではあったと思うわ」

 話を戻すリナリスにリッツは頷く。

「もしあれがコクが戦った奴で、この短期間で進化しやがったんだとしたら……」

「もしあの子達が戦うことになったら、厳しいわ。少なくてもこれを入れて三匹はいるのだし……」

「ああ」

 コクが戦った時点では普通の異常に強いコボルドだったという話だった。しかし、それでもランク3以上必須と判断していたのだ。

 実際にリッツ達が戦ったハイ・コボルドらしき奴の場合、ランク4は必須レベルだった。

 リッツ達ももし二人で行動していなかったり、逆に相手が複数なら、少なからず手傷を負っていただろうくらいだ。

 コクの戦ったものと別個体だったのならそれはそれでいいのだが、そうとも言い切れない現状だった。

「あの三人じゃ時間を稼ぐのでギリギリくらいか……」

「そうね……本当はさっきの爆発も気になるけど?」

 リナリスはそうは言うが、向かうつもりは無いようだった。

「あっちはシルバード達がいる方だろ。キース達の方が近い。それに、あんな状態でもシルバードはシルバードだ。ミナリーもいるし大丈夫だ」

「彼らを信用してもいいの? 彼らにとっては私達は共闘しているだけの他人よ」

「けっ。思ってもねえこと言ってんじゃねえよ。キースはそんなちいせえ男じゃねえ。それに、あいつもシルバードに死んで欲しくはねえはずだ」

「そう……まあ私はどちらでもいいけれどね」

「どの口が言ってやがる。リナリスの方が先に村に突っ走り始めたんじゃねーか」

 リッツのツッコミにフンと顔を背けながらも、一直線に村へと走っていた。






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