013「襲撃」
しばらく更新できていませんでしたが、またゆっくり再開していきたいと思います。
よろしくお願いします。
013 「襲撃」
村の北側の入り口付近。木で出来たささやかな柵は木っ端微塵に吹き飛ばされていた。それを囲うようにして、代行者たちが武器を構えていた。
もくもくと土煙が立ち込める中、小さめの影がゆっくりと近づいてくるのが見えていた。
つい数時間前の出来事が頭をよぎり、代行者たちは我知らずガタガタと身体を震わせる。
土煙が晴れていく。
「ひぃっ!」
数人がその姿を見て悲鳴を上げた。
確かに。それは確かにコクが言ったとおり、コボルドの姿をしていた。しかし、根本的に、それは普通のコボルドとは逸脱した存在だった。その威圧感は凄まじく、彼ら程度では到底敵わないと即座に理解してしまった。
彼らの脳裏に仲間がやられた光景がフラッシュバックする。
抵抗する気力が、根こそぎ持っていかれる。半分以上の者達が既に武器を取りこぼしていた。
「あ、あれが、本当にコボルドかよ。ふ、ふざけんな!」
最弱の魔物の一つとされるコボルド。それに圧倒される現実に悪態が口をついて出る。
「うぁぁぁ!」
それでも、なんとか踏み止まった代行者の一人が突っ込んで行く。
それを見た他の人達も、触発されたかのように後に続いた。
もはや戦術も何も無い。恐慌が皆を支配していた。
「グカァァァ!」
コボルドは涎を撒き散らしながら、咆哮とともに迫り来る代行者たちを弾き飛ばして行く。コボルドが手にする今までに倒した誰かが持っていたであろう剣が、瞬く間に血に染まっていく。
「ぐぁあ!」
「ぎゃあっ!」
次々に倒れ伏す仲間を見て逆に冷静になったのか、誰かがようやく叫び声を上げた。
「エ、エインスたちを呼んでこい! いそぐぇっ!」
大声を出した男を目障りそうに切り飛ばした。
男の首から血飛沫が舞い、コボルドも返り血で赤黒く染まった。
「グギィアァァァァ!!」
「黙れですぅ!」
その時、何かが凄まじい勢いでコボルドと交差した。
ブシュッ、とわずかに皮が切れたのかコボルドの腕から血が滴る。
「うるさいですぅ! 調子に乗るなですぅ!」
緑の髪を振り乱して怒る、小さい女の子。シノーリスだった。
「ググゥ」
自分を傷付けたシノーリスを目にしたコボルドはイラついたように唸る。
「ナルくんたちを呼んでくださいですぅ!」
「は、はい!」
言われた男は可愛らしい女の子に任せるのに少し逡巡の色を浮かべるも、さっきの動きを思い出して、頷いた。
「死なないでください!」
そう言うと全速力で中心の方、村長がある方へと走り出した。
「これはやばいですぅ」
流れて目に沁みる汗を拭い、コボルドを見る。
「こんなのコボルドじゃないですぅ!」
言って、シノーリスは飛び出した。
十メートルほどの距離を一瞬で詰めると、逆手に持った右の短剣を振る。
「グギッ」
いきなり目の前に現れたシノーリスに驚きの声を上げながらも、コボルドはその短剣を受け流した。
すかさず返す刃でシノーリスの胴を狙う。
「やっ、ばいですぅぅ!」
向かってくる剣に目を見開き身体を捻りながら、左の短剣を引き寄せて軌道にぶつける。
ドンッとシノーリスの身体がぶつかり合った衝撃で吹き飛ばされる。シノーリスの身体が軽くて飛ばされやすいとはいえ、信じられないほどの衝撃だった。
「きゃあっ!」
かわいらしい悲鳴と共に地を滑る。が、休む間もなく立ち上がりその場を離れた。
シノーリスが居た場所に剣が振り下ろされた。
「グギッ!?」
コボルドは手応えの無さに首を捻る。
「だから、調子に乗るなですぅ!」
もう一度地面を蹴り、コボルドの首を掻き斬ろうとする。
「グガガァ!」
しかしコボルドはその場で下に沈むように体制を低くして、シノーリスに体当たりをかました。
「ぐはぁっ!」
それをまともに食らったシノーリスは今度こそ吹き飛ばされて倒れ込んだ。短剣も両手から零れて転がっている。
「や、やばい……ですぅぅ」
弱々しい声を上げてそれでもなんとか顔を上げると、コボルドは馬鹿にしたように、ニタァと顔を歪めて剣を振り上げていた。
「い、いやぁぁぁぁ」
戦意が霧散した。恐怖に思考が埋め尽くされる。
痛いくらいに目を瞑り、顔を背けて頭を抱えた。死を覚悟して、つぅ、と涙がシノーリスの頬を伝う。
が、来るはずの衝撃が一向にこなかった。
恐る恐る顔を上げると、そこには真っ赤な髪を逆立てて怒りの表情を浮かべた男がコボルドの腕を後ろから握り潰さんとばかりに押さえつけていた。ギリギリ、ミシミシと、骨が軋む音が聞こえる。
「ふざけるな。何泣かせてんだコラァ!!」
そのまま振り回して投げ飛ばした。柵に頭から突っ込んで、凄まじい音と共に吹き飛ぶ。
コボルドを投げ飛ばした男のその後ろ姿に、シノーリスはつい先日知ったある名前を思い浮かべた。
「ド、ドレイクくん……? どうして……」
その尋ねる声にハッとして男はシノーリスに振り向いて、手を胸の前でバタバタと動かした。
「すまん。近づかないという約束だったが……我慢できなかった……」
助けたというのに律儀に謝るドレイクに、時を忘れて頬がゆるむ。
「あ、ありがとうですぅ」
「い、いや……」
そんなシノーリスを見たドレイクは顔を仄かに赤く染める。
「グギィガガァァァァ!」
だが、柵の瓦礫の中から怒りの咆哮を上げてコボルドが起き上がった。
対したダメージを負ってない様子に、シノーリスもドレイクも顔を顰める。
コホコホと咳き込みながらも、ゴシゴシと目をこすると、シノーリスは立ち上がり、ドレイクの横に並んだ。
「倒れてる場合じゃないですぅ。あれ強いですぅ」
「ああ、普通じゃないみたいだ」
「……そういえばわたしの短剣がないですぅ……」
手が寂しいのかその小さな手を閉じたり開いたりしている。
シノーリスの鈍い銀色の短剣は二つともコボルドとの間に転がっていた。
「あそこか……厳しいな。正直オレたちをだけでは勝てないレベルだ。あと一人でもいれば、なんとかなるくらいか……?」
「今ナルくんとエインスくんを呼びに行ってもらってるですぅ。もう少しで来るはずですぅ!」
ドレイクの呟きに、シノーリスは思い出したように言う。
「何!? ナルが来るのか。ならそれまで持ちこたえればなんとかなる……」
希望が見えたような表情を浮かべる。
メリダールの街で初めて会い、喧嘩したあのナルの実力なら間違いない。そうドレイクは考えた。
「はいですぅ! とにかく時間を稼ぐですぅ!」
突然の乱入者に何とか怒りを抑えて警戒するような様子を見せていたコボルドだったが、痺れを切らして突っ込んで来た。
「やばいですぅ!」
シノーリスとドレイクは左右に散開して回避する。
「先に君の剣を!」
「はいですぅ!」
ドレイクの指示に頷く。
その間にドレイクは距離を詰めて、コボルドに目掛けて拳を振る。
「シッ!」
が、回転するようにして難なく避けられる。
その避けた先で今度はシノーリスが剣を持つ腕を蹴る。
「グギァ!」
それもまた寸前で避けたコボルドはその場で円を描くように剣を振る。
「っ! 悔しいですぅ!」
圏内から咄嗟に後ろに下がる。シノーリスの鼻先を掠める。
「だから、お前が彼女に触れるな!」
それを見たドレイクはコボルドの足元を目掛けて、拾った瓦礫を全力で投げつける。
「グギッ!?」
驚きの声を上げてジャンプして避ける。
そこへ、投げると同時に走り込んでいたドレイクが渾身の拳を叩き込んだ。
「吹っ飛べっ!!」
ドンッと鈍い音を立てて後ろに飛ぶ。だが、上手く勢いを殺されたようで、コボルドはすぐに体勢を整えた。
だが、その僅かな時間で十分だった。
「拾って!」
チャンスとばかりにドレイクは声かける。
聞くまでもなくシノーリスは飛び込むようにして短剣を手にしてコボルドに向いて構える。
「ありがとうですぅ!」
ドレイクは油断なくコボルドを見据えたまま頷く。
その時、ようやく待っていた者たちが現れた。
「シノさんっ!」
ナルだった。
軽く息を弾ませて横まで来て言った。
「待たせてごめん」
「大丈夫ですぅ。ドレイクくんが助けてくれたですぅ」
ホッと胸を撫で下ろしたが、首を傾げる。
「ん? ドレイク?」
「あそこで戦ってくれてるですぅ。早く手伝うですぅ!」
ナルの反応も待たず、シノーリスは今も応戦しているドレイクの下へと駆けていった。
「ドレイク!?」
その走る先で戦う赤い髪の男を見て、ナルはようやく理解して再度、驚きの声を上げる。
「誰だ?」
それを横で見ていたエインスは当然のように聞く。
「大丈夫、味方だ!」
ナルもいける、と確信のようなものを覚え、説明もそこそこに応援に行く。
エインスも納得いかない表情ではあるが、敵ではないのなら良いと割り切り、参戦しようとしたところで。
村の反対側で爆発音が響き渡った。
「なんだ!? 」
エインスは思わず立ち止まり音の方向を見て、訝しげな表情を浮かべて呟く。
「あっちの方角は……」
ドレイクとシノーリスがコボルドと戦うそこへ向かっていたナルも、ちらりと音の方角を確認して驚愕した。
「あの母娘の居る方角だ!」
叫んだ。エインスもハッとしてナルを見た。
「まさか……」
一向に参加してこない二人を訝しんだシノーリスが大声で尋ねる。
「どうしたのですぅ! 早く来てくださいですぅ!」
「ナル!」
ドレイクも叫ぶ。
「ごめん! 二人でなんとかできないか!?」
そんなことを言うナルにシノーリスは訳がわからないと言った表情だ。
「なんでですぅ!」
「さっきの爆発音、昨日の金髪の娘が狙われてるかもしれない。今行かないと間に合わないかもしれない!」
切羽詰まった声でナルは言う。
「意味がわからないですぅ! 避難してもらったんじゃないんですぅ?」
「シノーリス!」
イライラとしたように声を荒げるシノーリスにドレイクが言う。
「一度話して来て! このまま戦ってたら君が危ない!」
「ぅ……すぐ戻るですぅ!」
苛立ちが増すにつれて動きが雑になってきていたのだ。ドレイクの目を見て頷くと、ドレイクが大きく弾き飛ばしたのに合わせてシノーリスは一度離脱してナルのところへと走った。
ナルの下まで来ると、シノーリスは珍しく怒鳴った。
「どういうことですぅ!!」
「あの娘、何か事情があって母親と隠れて住んでいたらしいんだ。もしかしたら今回の件の鍵かもしれない」
そこまで言ったナルに、シノーリスではなくエインスが問うた。
「鍵?」
ナルは頷く。
「彼女たちは自分たちのことを『災いを呼ぶ』と言っていたらしい。そしてシルバードさんはあの娘のことを、金髪金眼だと知ってあそこまで動揺していた。あの娘たちを狙っている人達がいるとしてこの状況になっているんだとしたら……」
「なんだ? 結局その金髪の親娘は一体誰なんだ!」
エインスがナルに問い詰める。
「知らない! けど、おそらくシルバードさんの身近に居た人達だと思うんだ。それに…………。僕に行かせてくれないか?」
覚悟を決めた表情でそう言った。
「でも!」
エインスはやや難色を示すように口走るが、どうとも言い切れないようだった。
「そんなに大切な人なんですぅ?」
確認するように問う。
「多分。シルバードさんにとっても…………僕も……」
苦渋の決断をするかのように顔を歪める。
実際に苦渋の決断であるのだろう。
シノーリスはその表情を見て、
「……わかったですぅ。ナルくんを信じるですぅ。ここはわたしとドレイクくんでなんとかするですぅ。早く行くですぅ!」
シノーリスがそう言ったのと同時に。
「ぐっ!」
ドレイクの苦しげな声が聞こえた。
ハッとして三人が見ると、コボルドと距離をとりドレイクは所々に血を流して肩で息をしていた。
どう見てももう一人で持ちこたえるのは限界が近いようだった。
元々パワーで押すスタイルのドレイクにとって、スピードとタフネスを併せ持つこのコボルドは殊更相性が悪かった。
「いや、一人で良いよ。それよりも早く決着をつけて応援に来てくれればいい。エインスは手伝ってあげて。ここが今は一番重要だよ」
ナルはドレイクの満身創痍な姿を見てそう言った。
「……わかった。無理するなよ」
エインスは頷くと、ナルに背を向けて今にもドレイクに畳み掛けようとするコボルドに斬りかかっていった。
「すぐに追いかけるですぅ!」
シノーリスもドレイクの側に駆けていく。
「頼む!」
ナルはそう言って来た道を引き返した。
「シノーリスは任せろ!」
その背から聞こえたドレイクの頼もしい声にナルは頷いた。