011「理由」
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011 「理由」
「テナ・モルセンは見つかったのか?」
自身を問い詰める声に、男はイライラとした感情を隠さず先の見通せない暗がりの向こうを睨みつける。
「うるさい、黙ってろ! すぐに見つける!」
「…………実験の方はうまくいっているのか?」
「ああ、問題ない。一匹はすでに上位種に進化した。あとのやつもそろそろだ!」
それを聞き、ふん、と鼻で笑う相手に男は手に持っていた杖をギリギリと握り締めた。
「最後まで油断するな。いい報告を待っている」
それを気に、暗がりにいた人物の気配はフッと消えた。
いつものように確認だけをしてすぐさま消えた連絡係の相手に苛立ちを隠さず舌打つと、男は自身の隣で座り込む仲間に顔を向けた。
「おい! 小娘はまだ見つけられないのか!」
片目を眼帯のようなもので隠す怒鳴られた男は、落ち着きなく足を揺らし続けている男を興味なさげに一瞥する。
「声を張るな。秘密裏の行動で目立つことはするな。これは常識の範囲だ。こんなくだらんことで任務に支障をきたしたらどうする」
「偉そうに高説垂れてるんじゃねえ! そもそもお前が使えねえからこうなってるんだろ!」
眼帯の男に指摘された杖を持つ男は、もはや滅茶苦茶に怒鳴り散らしていた。
今までももう許容範囲を超えていたが、この怒声はそれをさらに逸脱したものだった。
音もなく怒鳴る男の頭を鷲掴みにして、眼帯の男は抑えた、しかし確かな怒りを感じさせる声で杖持ちの男に言う。
「お前の役目は魔物を放ち、経過を観察・報告すること。俺の役目は、サーシャとテナの親娘を捕らえること。それぞれのやることをやればそれで良いんだ。分かったら黙って自分の仕事をやれ」
フッと、頭を掴んでいた手から力が抜かれる。
尻餅をついた杖持ちの男は慌てて眼帯の男から距離を取り、顔を青くし身体を震わせて頷いた。
「わ、悪かった。す、すまない」
「ふん、さっさと行け」
最後まで聞くこともなく、男は森の中へと慌ただしく走り去っていった。
冷めた目でそれを眺めていた男が、ポツリと暗がりに問いかけた。
「……それで、お前はいつまで隠れてるんだ?」
「くくく、図星を突かれて八つ当たりか?」
「…………どうだかな」
「ふん。それで女は?」
眼帯の男の眉間に皺が寄る。
「……まだ見つからん」
「お前をもってしても見つからないか。いや、情報通りならお前だからこそ、か……? ともあれ面倒だな」
眼帯の男はチッと舌打つ。
「……まあなんとかする。それより、さっきの出来損ないはなんだ?」
「ああ、失敗しても痛くないからな。今回は様子見だ」
「コボルドなんて雑魚を使ったのは?」
「元があんまり強すぎると、上手くいった場合に騒ぎになるだろう。それに元が雑魚ならどれほど効果があったか分かり易い。などと奴は言っていたぞ」
「その奴ってのは今何しているんだ?」
「別件だ。俺は知らない。まあおとで会うだろうさ」
「ふん。ならまあ、コボルドの方でも利用させてもらうか」
「好きにやればいい。後始末は俺がやる。お前はなんとしても捉えてこい。……結果がすべてだ」
潜んでいた男はそう釘を指すと、今度こそ本当に夜の闇へと消えていった。
「…………そんなこと言われるまでもない」
くだらないとばかりにせせら笑うと眼帯の男は立ち上がった。
もうじき、夜が明けようとしていた。
☆
代行者達が逃げるように村へ来たことで、喧騒に満ちたパナム村。
そんな喧騒から外れた村の畑や放牧地の近く、果樹園の一角に、三十を過ぎた頃の美しい女性と、その腕に抱かれるようにして身を屈める少女がいた。
彼女達は黒い薄汚れた服を着ていた。被るフードの裾からは、僅かに金色の髪が覗いている。その髪は、艶がなくなっていてもなお美しいものだった。
寄り添い自分を温めてくれている女性を見上げる少女は不安げに瞳を揺らしていた。
それでも少し嬉しそうな表情で昨日から何度目かという話を語っていた。
「優しい人でした、お母様。とっても優しい笑顔のお方でした。それに、お母様とお父様、それと前に会ったおじさま以外に始めて、この瞳を褒めてくださいました」
「まあ! よかったわね。……私も会ってみたいわ」
こんな状況においても、娘の笑顔が見れることが女性にはこの上なく嬉しいことだった。
「はい、私もぜひもう一度お会いしたいです」
頬を赤く染める娘が愛おしい。
何があっても守る、その決意がまた深まる。
しかしふと、少女は悲しそうに口元を歪ませる。
「……でももう、この村も出て行かなければならないのですね……」
それは彼女にとって、昨日会った優しい笑顔の人にもう会えないであろうことを予感させる。
こんな状況で、こんな世界だ。
いつ命を落とすとも知れない。
「……そうね。ここにはもういられないわ。もうこれ以上、この村の人たちに迷惑はかけられないから。……でももしかしたら、また会えるかもしれないわよ」
いつも偽りなく色々なことを教えてくれる母親の言葉に、少女の心に僅かな希望が生まれる。
母親は、娘の首に掛けられている少しだけ前と違う首飾りを見て言う。
「この首飾りをその人は拾ってくれたのでしょう?」
「はい」
「……実はね、この首飾りにはおまじないがかけてあるのよ」
「……おまじない、ですか?」
「そうよ。貴方を危ない敵から護るおまじない。そして、貴方を大切に思う人を見つけるためのおまじない。もし、貴方が危なくなったときには、この首飾りを握り、祈ってこう言うの。『――愛しき人、私を見つけて』。そうすれば、貴方は護られる。その時にもし、貴方を見つけてくれる人がいたら、その人を頼りなさい。きっと貴方を護ってくれるはずだから」
少女は首飾りを握り締めた。
「護ってくれる……」
「そうよ。忘れないで。貴方は一人じゃないわ。私もそして、貴方のお父さんも……」
「はい。わかっています、お母様。お父様はずっと私を愛してくれていました」
母娘二人、瞳に涙を浮かべて悲しく笑い合った。
少女の手の中で、螺旋の中に護るようにしてハート型の、淡い水色に染まった宝石が飾られた首飾りがちらりと見えていた。
少女が寝静まると、女性はその娘の頭を優しく撫でながら、胸のポケットから首飾りを取り出した。
首飾りに付けられたハート型の宝石は真紅の輝きを放っていたが、しかしそれは無残に砕けていた。
「あなた、とうとうテナも見つけたようですよ」
首飾りを眺める女性の瞳からは静かに、涙が流れていた。
☆
シルバードはみんなから離れて一人、考えに耽っていた。
今回の『魔紫霧』と異常な強さを持つコボルド。
この二つは自然発生したものだろうか、と。正直にいえば、それは考えににくいことだった。
まず、『魔紫霧』は大体が世界各地の決まった地域で起こることが多い。イレギュラーがあったとしても、ごく稀だ。
そのごく稀であるはずのことが、今回の『魔紫霧』であった。メリダール近辺では今まで『魔紫霧』が発生したことはなかったのだ。
そして、ナルの言っていた古の呪術。
コボルドの異常な力はその蠱毒が本当に有効ならば、スライムを糧にして成立した現象であると考えられた。
ところが実際にはそもそも、『魔紫霧』に魔物が近寄ることが異常だ。キースがエインスに説明したとおり、魔物に限らず生物は事前に逃げ出すのだ。理由は不明だが、これは広く知られた事実だ。
と考えれば、これには人の手が加わっている気がして仕方がなかった。
だが、自然発生でないとしても、誰がどうすればこういった状況でもを作り出すことができるのか。そもそも何が目的なのか。
謎は一向に解けないまま、ずっとシルバードはぐるぐると思考を続けていた。
ピースが足りない。そんな気がしていた。
「シルバードさん」
彼を呼ぶ声が背後から聞こえた。
ギョッとしてシルバードは振り向く。そこにいたのは彼の新しい仲間である、水色の髪をした少年――ナルだった。
考えに耽るあまり接近する気配に全く気づきもしなかった自分に、内心で舌打つ。顔に出さないよう取り繕って返した。
「……どうしたんだい?」
固く拳を握り、何かを決意するようにナルは言う。
「僕たちも、討伐に協力させてくれませんか」
要件を悟り、シルバードは冷やかな視線を向けた。
「それはどういう意味だい? 僕は言ったよね、君が参加したいだけなら『龍の巣』に行ったらいいさ。彼らの士気は今高いからね、必ず討伐しに行くさ」
「……なんで駄目なんですか?」
「理由が無いって言っただろう。わざわざ面倒に首を突っ込むのは良いこととは言わないんじゃないのかい?」
「……理由」
ナルの呟きにシルバードは頷いた。
「そうだよ。例えば、今回の『龍の巣』には有るよね。ギルドメンバーに被害が出たこと。その治療に手を貸してくれた村人の安全を確保すること。そして、彼らはランクAギルド。今回の件は解決すれば彼らはオルレイアス王国から多額の特別報奨金が出るだろうね。そもそも彼らは国の専属としての責任もある。そういった実益が、僕らにもあるのかい?」
畳み掛けるように、はたまた、試練を課すように問いかけた。
いくらかの沈黙の後、ナルはゆっくりと口を開いた。
「…………僕はこの村が危険なのだったら、助けたい。理由なんて関係無いと思います。……それでもあえて挙げるなら、信用と実績。『龍の巣』と共同で危険を排除したという事実は、今の『銀の薔薇』の目的であるギルドランクの上昇に繋がるはずです」
「…………」
ナルの答えに、シルバードは沈黙を保ったままナルを見つめた。
「それでも、僕たちの実益にはなり得ませんか?」
「…………」
シルバードは、沈黙を破り溜め息をついた。
すると、二人の背後から豪快な笑い声が聞こえてきた。
「やられたな、シルバード。ナルの言う通りだぜ」
リッツは二人の前に姿を表すと、シルバードの肩を叩いた。
遅れてミナリーとシノーリス、そしてリナリスも出てきた。
「シルバードくん。良いんじゃないかしら、協力しても」
ミナリーは笑顔で言う。
「そ、それじゃあ」
ナルは、パアッと笑顔を浮かべる。
「…………ああ、僕らも協力しよう……正直に言うと、僕はナル君の本音を聞こうと思ってあんなことを言ったんだよね。それが、まさか正論で論破しようとしてくるとは思わなかったよ」
溜め息をついてそう言った。
「シルバードさんが今のままではと言っていたので、それなら理由があれば協力するという意味だと思ったんです」
「まあ、その通りだよ」
「…………でも、正直に言えば村が壊滅するのはもう絶対に見たくなかったからです」
シルバードは、真剣な表情でナルを見た。
「…………ナル君、君の出身地は……」
「…………」
その確認する問いかけに、ナルは俯き無言で返した。
「……そうだったのかい。まあ、わかったよ。とにかく討伐には協力しよう。キース君には、王国に紹介することも交渉しておこう。ナル君の言う通り、評価を上げる良い機会だよ」
暗くなった雰囲気を和らげるように、軽い調子でシルバードは言った。
「おう、俺はそれで良いぜ。暴れてやるよ」
「私も良いわよ」
「ええ、飽きなさそうで良いわ」
「殺るですぅ!」
皆も口々に賛成の意を唱えた。
その様子にナルは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「あっ。でも、ナルくんが必死だったのはあの娘に一目惚れしちゃったからかと思っていたですぅ」
そんな中、シノーリスが言った。
ナルは、首を傾げる。
「あの娘って、誰ですか?」
シノーリスはしたり顔だ。
「とぼけなくても良いですぅ! あの食材を買いに行った時にごっつんこしてた金髪の娘ですぅ! 首飾り拾ってあげて見惚れてたですぅ!」
あっ、と小さく声を上げてナルは顔を赤くした。
確かに意識はしてなかったが、気になっていたのは事実だった。
「み、見惚れてないですよ!」
慌てて弁解しようとするナルだったが、それを遮る声がした。
「なんだいその金髪の娘というのは」
シルバードだった。重々しい声だった。一瞬それがシルバードだとは気づかなかったのは、ナルだけではなかった。
「え、えっとシノさんが言ったとおり、買い出しの時に……」
「違う、そうじゃない。……金髪に…………金の瞳じゃないだろうな」
口調すら崩れている。
「えっ、シルバードさん、あの娘のこと知ってるんですか!?」
シルバードがあの特徴的な瞳の色を当てたことに、驚き、聞き返すがシルバードはそれどころではない様子だった。
「まさか……生きていたのか…………いや、わからない。でもそれなら…………」
ブツブツと呟くシルバードの様子に、他の皆も驚いたように目を丸くしていた。
何しろ、あの飄々と軽い調子のシルバードが口調すら乱して困惑したように頭を抱えているのだ。
その上、そんな様子にも関わらずその顔には微かに笑みがこぼれている。
不可解極まりない。
「あ、あのどうしたんですか?」
ナルは再度尋ねるが、頭を抱えたままだ。
が、ガバッと顔を上げるとナルの肩を掴み問いただした。
「おい! その娘の他に側に誰か居なかったのか? 似た容姿の女性とか、紅い髪の男はいたか?」
「え? あの、シルバードさん!? イ、イタッ」
「お、おい、シルバード!」
ナルの肩に食い込んでいたシルバードの手を慌ててリッツが引き離す。
「どうしたってんだ! しっかりしろ!」
それにより、ハッとしてシルバードはようやく頭が冷えたのか周囲驚いた表情を浮かべる皆を見て、呟いた。
「す、すまない。と、とにかく、えっと……その娘のことは他には何も知らないんだな?」
「え、はい。ぶつかって首飾りを拾って返しただけです」
「そ、そうか、わかった。……とにかく俺はキースのところへ行って手伝うと伝えてくる。皆はここで待っていてくれ」
ナルがそう応えると、そうと言ってシルバードは『龍の巣』の方へと向かって行った。
「……一応私も一緒に行って来るわ」
ミナリーはそう言うと、シルバードを追いかけて行った。
しばらくは誰も口を開けずにいたが、シノーリスが弱々しくポツリと呟いた。
「……わたし、変なこと言ったですぅ……?」
それにリッツは首を振った。
「いや、シノーリスは何も悪くねえ。だけどよ……よく考えると俺たちはあいつのことを正直よく知らねえんだよな。ただ……何かがあったんだろうな、過去に……」
そう言ったリッツの言葉にはいつもの剛毅さが感じられなかった。
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