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009「不穏な気配」

よろしくお願いします!


009 「不穏な気配」




 昼はミナリーが朝準備していたパンに肉を挟んだものを食べながら、休憩するだけだった。

 そうして昼の休憩を終えたナルは、既にシノーリスと共に、一時的に戻っていたテントから離れ、森へと入っていた。

 『魔紫霧(スライム・ミスト)』の淵が村に達するまではまだ余裕があるらしかったが、それでもダラダラとしている理由は無いということだった。

 幸いにも、数が多いだけでさして手こずる相手では無いため、午前の消耗分も休憩の間にほぼ回復していた。

 ナルを含め代行者(エージェント)達はスライムを討伐しているが、しかし実際には中に発生するスライムを倒したところで、『魔紫霧(スライム・ミスト)』の、その霧の範囲の拡大は止まらない。最終的には半径十キロ近くに渡って放射状に広がるとされている。つまり、スライムの発生数や討伐数などと霧の範囲の関連性は確認されていないということだ。

 それでもスライムが減ればその分だけスライムの密度が減るため、ギリギリで十キロ圏内にあるパナム村が霧の範囲に入った場合の被害は少なくなる。

 無駄ではないのだ。

 ならばできる限りのことはやるべきだ、ということだ。

 ナルも異論は何もなかった。

「シノーリス、そろそろ集団に差し掛かりますよ」

 ナルは横でとてとてと歩くシノーリスに言った。

 当初の予定通り、午後からはそれぞれ別々に動いており、ナルとシノーリスだけは共に動いていた。

「はいですぅ。準備万端ですぅ!」

 シノーリスは両手に逆手で持った短剣を掲げてナルに見せた。

 シノーリスの戦闘法は、剛腕で押し切るリッツとは正反対の、小さい身体と素早い動きを組み合わせた、いわば暗殺者スタイルの戦闘法だ。

「僕が全体的な部分を引き受けて、打ち漏らしたものをシノーリスにお願して良いですか?」

 効率を考え提案したのだが、シノーリスは何やら難しい顔をしていた。

「あのぅ、気になっていたんですけど」

「なんですか?」

「どうしてわたしだけ呼び捨てなのですぅ?」

「え? どうして、ですか……?」

 突然の質問に呆気に取られて聞き返す。

「だってぇ、みんなには『さん』って言ってますぅ。わたしだけは最初から呼び捨てですぅ」

「……そういえば。えっと、でもあの……なんでかなあ」

 ははは、と乾いた笑い声を上げる。

 理由は年下で「さん」と呼ぶのが違和感があるからとは、言いづらかった。

「じゃあ、シノーリス……ちゃんですか?」

「あぅ。やっぱり絶対に勘違いしてるですぅ! わたしはナルくんよりも年上ですぅ!」

「えっ!?」

 ナルは耳を疑う。

 まじまじと目の前の女の子を見つめて、

「ほ、本当に?」

「本当ですぅ! 年上ですぅ!」

 シノーリスは心外とばかりに叫ぶ。

「そ、そうなんですか。じゃあ、シノーリスさん?」

「うーん、シノさんでいいですぅ!」

「は、はぁ。……シノさん、でいいですか?」

「うんうん、それですぅ!」

 嬉しそうにニコニコして頷いた。

 だが、ナルからすればそうした姿が年上であるという言葉をことごとく否定しているような気がして仕方がなかった。

 とはいえ、実際に年上だとして、ナルが十五歳であるから、それ以上ということになる。

 それで身長が百三十に満たないとあれば、人族の普通で考えて、病院なりを疑うレベルである。

 ただ、そうしたことで特に何かがあるわけでもないようで、気にしてもしょうがないとナルは頭を振った。

「そ、それじゃあシノさん、頑張りましょう」

「はいですぅ! 殺るですぅ!」

 その笑顔が眩しかった。




   ☆




 代行者(エージェント)ギルド『龍の巣(ドラゴンネスト)』の一員である彼らはこの『魔紫霧(スライム・ミスト)』の好機を利用して、実力を上げに奮闘していた。それはひとえに、ランクアップのためだ。

 スライムを討伐するほどに魔力量が増えていく。

 いつもの効率とは比較にならないくらいに。

 約五〜十倍。それが知られている普段との効率差だ。

 やればやるだけ力になる。目に見えて成果があれば、誰しもがモチベーションを高く保ち続けていられる。

 ゆえに、ほほ休む間も無く、 彼らはスライム討伐を続けていた。

「オラァ! しゃあどんどんいくぞ!」

雄叫びを上げたのは『龍の巣(ドラゴンネスト)』ギルド内ランク1の青年、レコーダだった。

「「「おう! いくぜぇぇ!!」」」

 間も無くそんな気合いに満ちた雄叫びが返ってくる。

 この場に集まる皆が必死で武器を振るい、魔術を放ち、咆哮していた。

 彼らもレコーダと同じランク1の代行者だった。

 そんな自分に続く雄叫びの連鎖に更に笑みを深くして、レコーダもスライムを斬り飛ばした。

 ランク1。

 それはようやく『龍の巣(ドラゴンネスト)』を名乗ることを許されたばかりの新人だ。

 『龍の巣(ドラゴンネスト)』に限らず、大規模ギルドではギルド内ランクを設けるところがほとんどであり、彼の所属する『龍の巣(ドラゴンネスト)』では、いくらかの下積み期間としてランク0を経て、ようやくランク1に上がれる。

 多くの場合、ランク0と1の間にルールや戦闘技術を高め、徐々に成長しランクを上げていく。

 また、その過程で出来た気心の知れた仲間とある程度固定したパーティを作るなど、その後の活動の準備段階という意味合いもあった。

 しかし、問題はランク2に上がるまでは基本的に街を離れて討伐依頼を行なうことなどは、規則的にも金銭的にもそうそうできることでは無い。

 そのため、なかなか実力が上がることは無い。皆それなりにじっくりと時間を掛けてランクアップすることになるのだが……。

 その数少ないの例外が、『魔紫霧(スライム・ミスト)』だった。

 これはギルド員の成長の良い機会であるため、少し遠い距離であってもむしろ参加することがギルドから推奨される。

 『龍の巣(ドラゴンネスト)』から上位ランクの代行者(エージェント)が監督者として派遣され、最高でもランク3まで、主にランク1、2のメンバー達に討伐を任せて成長を促すシステムだ。金銭的な支援なども一部ではあるが行われるため、まさに新人にとっておいしい災害である。

 そして、今回もパナムの村には周辺の街から『龍の巣(ドラゴンネスト)』の新人が集まっているのだった。

 その内の一人が、レコーダである。

「ちくしょう。絶対にすぐに追いついてやる!」

 レコーダは脳裏に一人の男を思い浮かべて顔を歪ませた。

 とはいえ、それは憎悪ではなく、嫉妬からだ。そして、それがわかっているからこそ、自分より強いと認めてしまっているからこそ、逆に悔しいのだ。

「……さっさと上に行きやがって」

 そんなぼやきを近くで聞いていた男が尋ねる。

「エインスのやつか?」

「ん? ああそうだよ。決まってんだろ! 同期だったのにもうランク3だぞ! 」

 ヤケクソ気味にスライムを斬る。

 エインス・ヒースクラトス。

 彼らと同時期に入団した新人で、ギルドトップランカーであり『龍の巣(ドラゴンネスト)』三強と呼ばれる人物の目に止まり、一足飛びにランク3まで上がっていった男だ。

「負けてらんねぇよ」

 それが今のレコーダの最大のモチベーションだ。

 だが、そろそろ今いる場所も、殲滅し尽くしてきているようだった。

 辺りを見渡したレコーダは先程話しかけてきた男――カナードに言った。

「おい、カナード。もう少し奥に行ってみないか?」

「奥にか? うーん、暗くなってきてるし、今日はここを狩り終わったら休みでいいんじゃないか?」

 そういってカナードは難色示した。

 彼の懸念通り、もう陽が暮れ始めている。

 スライムだからほぼ負傷もなく戦闘を続けていられるが、彼らはあくまでランク1。普段はろくに魔物と対峙したりしない新人だ。慎重になってしかるべきだが、自身の力量も満足に測れない彼らに、その冷静な判断は難しいことだった。その点、カナードは比較的冷静に状況判断できていたのだが。

 カナードの意見に反対する、レコーダに追随するものがいた。

「もうちょいいけるだろ。本当に疲れてきたら戻ればいい」

「せっかくの機会なのよ。最大限まで生かさないでどうするのよ」

 そう言うのはレコーダとカナードがよく一緒に訓練するジョージとサリーだ。

 この二人も始めの頃はたまに一緒に話したりもしたことのあるエインスに置いていかれて悔しい思いをし、早く強くなりたいのだ。その気の入れようは、レコーダにも劣らない。

「……よし、わかった。危なくなったらすぐに戻るよ」

 カナードにしても不安なことはあれ、十分な余力は残っていた。

 そこまで頑なに反対するつもりもなく、ただ注意しただけだったのだ。

 そうした点が、まだ新人たる所以なのだが。

「うし、じゃあ進むか!」

 彼らはレコーダを先導に、他にも幾つかのグループも伴う形で奥に、『魔紫霧(スライム・ミスト)』の中心部に入って行った。




「おいっ! どこだジョージ!」

 レコーダが視界の悪い霧の先に向けて叫ぶ。

「レコーダ、まずいぞ。他の集団も見えない。戦う音もしないぞ」

 焦ったようにカナードがキョロキョロと周りを見渡して言う。その額には緊張感からか、大量の汗が流れていた。

「ねえ、スライムが少なくない? 奥に来たのよ、私たち。それなのに……」

 声を震わせて杖を胸に抱いているサリーがそんなことを呟いた。

 レコーダがハッとしたように二人を見る。

「先に誰かが倒していた場所なんじゃないか?」

 しかし、カナードは首を振った。

「いや、ここまで誰にも会っててないし、倒しても結局またすぐに沸いてくるものだろう。それこそ奥地なんだから……たぶん。……それにそうだとしてもジョージがいないのに変わりないよ」

「じゃあなんなんだよ。くそっ! 気味が悪いぜ」

 レコーダが唾を吐き捨てる。

「一度戻りましょう。ジョージも戻っているのかも」

「そうだね。ここにいても、僕らもジョージもお互いに見つけられないだろうし」

 カナードが賛成する。

「……でもよお、俺らどっちから来たんだっけか」

 頭を掻きながらレコーダが呟いた。

 彼らの周囲はその通り、濃い紫の霧に包まれていて、方向感覚がわからない。

 経験が浅いゆえの、初歩的なミス。

「……どうするのよ」

 僅かに目尻に涙を浮かべてサリーが言い募る。

「うーん、どうすれば……」

 カナードが言った時。

 ガサガサっと、何かが動く音が三人の背後から聞こえて来た。

「な、なんだ!」

 三人は一斉に振り向いて武器を構える。

 ガサガサ、ガサガサ、と。意識したからか、心なしか初めよりも音が大きく感じる。

「……何かいるな」

「スライム……じゃない……人?」

 スライムが動く時には這うように動くため、ここまで音はしない。

 目を凝らして音の原因を探るが、霧が濃すぎて何も見えない。

「くそ! 誰かいるのか!」

 痺れを切らしてレコーダが怒鳴る。

 が、反応がない。

「ちくしょう、ならこっちから行ってやる!」

「あ、おいレコーダ!」

 カナードと制止を意に返さず、ズカズカと近寄っていく。

 仕方なくカナードもすぐに後を追う。

「おらぁ!」

 草陰に向けて、剣を振るう。

「ちっ! 何もいねぇぞ。気のせいか。……ん?」

 レコーダは首を傾げて、振り向いた。そこにはカナードはいたが、サリーがいなかった。

「おい、サリーどこ行った?」

 そこで始めて気づいたようにカナードも振り向く。

 誰もいなかった。

「あれ、サリー! どこにいるんだ! サリー!!」

 カナードの必死の呼びかけにも応じない。

「おいおい、どうなってんだ、これ」

 その時。小さな影がレコーダの目の端に映った。

「ん?」

 訝しげな表情でレコーダは目を向ける。

「……何もいねえ……」

 そう呟いたが、

「がはっ!」

 カナードの声にギョッとして視線を戻す。振り返り見れば、カナードが膝から崩れ落ちるところだった。

「お、おい、カナード!」

 急いで駆け寄り抱き起こすが、カナードは首を掻き切られ血が噴き出していた。確認するまでもなく、すでに息を引き取っていた。

「はぅ? おいおい、なんの冗談だカナード! ふざけんなよ……おいサリー、どこだ! ジョージ出てこい!」

 しかし、レコーダの叫び声は虚空へと消えていくばかりだった。

「ああクソ! わけが分からねえ」

 またガサガサと音がした。赤く腫らした目を向ける。

 レコーダが見たそれは小柄で、大柄なレコーダの腰くらいの背丈をしていた。

 剥き出し肌にはフサフサとした茶色の毛が生えている。しかし、どこか赤黒い。

「な、なんだお前っ!」

 その手には血を滴らせた剣。それは、ジョージの持っていたはずの剣だった。まるで誘うかのようにゆらゆらと揺らしている。

「お前がこいつらを殺したのか」

 そいつは何も言わず、ただレコーダを見つめている。

 カナードをゆっくりと寝かせて、レコーダは立ち上がった。

「……そうか。なら俺がお前を殺してやる。こいつらの仇だ」

 剣を構える。

 威圧感からして強いのは分かる。みんながなす術なく殺された。そして、わざわざ出てきたところをみると、自分にも勝てると考えているだろうことは分かっていた。

 それでも、立ち向かう他は無かった。

 こんなときだけやけに冷静な自分に腹が立つ。

「こんなとこでくたばってたまるか! 俺はまだまだ死なねぇ!」

 震える膝を叩く。自らを鼓舞して、レコーダは相手に向かって駆け出した。




 『龍の巣(ドラゴンネスト)』ギルド内ランク1から十六名、ランク2から四名。

 この日、彼らが拠点のテントに帰ってくることは無かった。




   ☆




「やっぱ手応えが足りねぇな」

 大剣を背負ったリッツが、肩を回しながら言った。

 少し前を歩いていたシルバードが苦笑する。

「リッツにとって手応えがあるようじゃ、それこそオーガなんかが出てこないといけないじゃないか」

「だがなあ、剣を適当に振るだけで死ぬんじゃさすがによ。……それにちょっと少ねえ気がすんだがな」

「……そうかい?」

「ああ、まあ『龍の巣(ドラゴンネスト)』とかがかなり出て来てるんだろうしこんなもんか」

 ガハハと笑っているが、物足りないという不満が顔にありありと現れていた。

「まあ、今回はナル君が第一だからね」

 リッツはその言葉に思い出したように尋ねる。

「そうだシルバード。ナルの奴に言ってたのはどういう意味だ?」

「なんのことだい?」

「抱えてるもの、ってやつだ」

「それは、僕にとっての過去や、シノちゃんにとっての生まれであったり、リッツにとっての……」

「……そうか、もういい。つまりあいつにも何かがあるんだな?」

「と、見たところ僕はそう思っているんだけどね。さて、そろそろみんな引き上げてくる時間だよ。戻ろうか、リッツ」

「ああ」

 それ以上何を聞くでもなく、リッツはシルバードに着いてテントへと戻っていった。




「ひどいんですぅ。ナルくん、わたしのこと年下だと思ってたみたいですぅ」

 テントに着くなり、シノーリスはミナリーに泣きついていった。

 そんなシノーリスを見ながら、ナルはくたびれた様子で後から歩いて来た。

「ただいまです」

「おかえり、シノちゃんとはどうだった?」

「……はい、大分うまく連携が取れるようになったと思います」

 ちらりと横目でミナリーに泣きつくシノーリスを見て、溜め息をつく。

「そう、良かったわ。あ、そうだ。ナルくん水出してもらえないかしら。これから料理を作るのだけど、村まで汲みに行くのは結構大変なのよ」

 ミナリーその様子にどんなことがあったのか創造して、苦笑した。

「良いですよ」

 ミナリーから渡された鍋に目一杯魔術で水を注ぐ。

「どうぞ」

「ありがとう、助かるわ」

 鍋を受け取ると、ミナリーは薪に魔術で火をつけた。

 その様子を見ていたナルは、午前のミナリーの戦闘を思い出して尋ねた。

「あの、ミナリーさんは火と風の属性持ちなんですか?」

「ええ、そうよ。まあ、風は火の補助に使ったり、火と混ぜたり程度でしかないけれど」

 ミナリーはなんでも無いように言うが、それはとても高度な技術だった。

 そもそも、属性を二つ以上持つことからして珍しい。

 その上たとえ持っていたとしても、一つの属性を使い続ける人と比べて訓練が分散されたり、属性の感覚の違いから中途半端な魔術行使しかできなくなることも多い。

 そして、どちらも不自由なく操れたとしても、属性を合成し混合魔術が行使できるのはさらにその中のごく一部である。

「それは凄いですよ!」

 ナルは思わず声を上げた。

 その勢いにミナリーはわずかに目を見開いたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべた。それはしかし、自嘲という表現がぴったりな笑みだった。

「ありがとう。……でもね、実用性を考えると、ナルくんのように属性適性が上位属性まで達していることの方が使い勝手は良いのよ」

 ミナリーはわずかに悔しそうに口元を歪ませた。

「……私は、炎も雷も使えないからね」

 そんな呟きにナルは何も言えなくなった。

 口を噤んだナルに、ミナリーはパンッと手を叩いて、

「まあ、それでも十分戦えるから良いのよ」

「そうですぅ! ミナリーさんはすごいんですぅ!」

「ありがとう、シノちゃん」

 シノーリスのおかげで、気まずい空気を和らいだが、次には話が続かないようで、ミナリーは料理を作るのに集中してしまった。

 静かな時間が流れる。

 風がさらさらと木々の葉を揺らし、グツグツと煮込んでいる鍋から、食欲を誘う良い匂いを運んでくる。

 シノーリスは鍋の前に陣取って、クンクンと匂いを嗅いでは「おいしそうですぅー」と待ちきれないように言っていた。

「…………あれで本当に年上なのかな」

 今でも納得がいかない部分があるが、そもそも年上だからどうというわけでも無い。

 ナルは刀に付いた汚れをを拭いながら、そんなことを考えていた。




「おーい」

 しばらくして、リッツとシルバードが共に帰ってきた。

 当然のように無傷で、余力も十分に残っている様子だった。

「みんなお疲れさまー」

 軽い調子で片手を上げてシルバードが言った。

 お疲れさま、とそれぞれがそれに答える。

 ちなみに、リナリスはすでに帰ってきていて寝ていた。

「もう夕食も出来上がるわよ」

「猪のシチューですぅ!」

 料理ができるのを今か今かと待っていたシノーリスが嬉しそうにはしゃぐ。

「おう! もう腹減ったぜ」

 そのシノーリスの頭をポンポンと撫でながら、リッツが言う。

「あ、じゃあみなさん飲み物でも」

 ナルは思いついたように、コップに水を注いで配った。

 そんな打ち解けてきた様子に微笑んだミナリーが鍋をみんなが集まっている中央にドン、と置いた。

「召し上がれ」

「「いただきます」」

 シノーリスとリッツがかぶりつくように鍋に突っ込んでいった。

 遅れてナルやシルバード、起きてきたリナリスたちも食べ始めた。





 みんなが寝静まった頃、不寝番をしていたナルは自分たちのテントの方へと向かってくる存在を感じ取っていた。

 ここらは霧の範囲では無いため、見通しは良いが、それでも今は夜半。特別夜目が効くわけでもないナルにとっては月明かりと焚き火の明かりだけでは心許ない。

 気配の数はわかる限りでは二つほど。特に気配を隠す気は無いらしく、耳を澄ませば草木が擦れる音なども聞こえる。

 明らかにわざと気づくように近づいて来ているように思える。

 盗賊などだとしたら、よほど実力に自信があるのだろうか。

 ともかく、何も警戒しないで座っているのは愚策以外の何物でも無い。

 ナルは手元の刀を持って立ち上がると、気配の感じられる方向へと声を張り上げた。

「何者です!」

 その声が聞こえたからか、相手の動きが止まる。

 まだ顔も見えていないが、すぐに答えが返ってくる。

「この声、ナル・イリソスか? 俺はキース・ウィルキンスキーだ。昨日会ったはずだが」

 意外にも、知り合いだった。

 声からしてもほぼ間違いないが、素直に信じるのでは用心が足りない。

 ナルはすぐに質問を続けた。

「お連れの方は?」

「エインス・ヒースクリトスだ。『龍の巣(ドラゴンネスト)』のギルドメンバーだ」

「何の用ですか?」

「お前たちに、『銀の薔薇(シルバーローズ)』に聞きたいことがある。シルバードはいるか?」

「……居ないとしたら?」

「ならお前でいい。聞きたいことがある」

「……わかりました。なんですか?」

「そちらに行っても構わないか?」

 僅かな逡巡の内に、ナルの背後から声がした。

「いいよ、キース君。出て来てくださいよ」

 声の主はシルバードだった。

 ナル達のやりとりをしている間に目を覚まして出てきたようだった。

 チラリとテントの方を見ると、リッツ達も外に出て来ていた。

「今行く」

 ガサガサともう何も気にせず近づいてくる音がしだした。

「ナル君」

 シルバードの声に反応して返す。

「……はい」

「今ぐらい慎重でいいよ。まあ、まだいくつか足りない部分もあるだろうけどね。ただ、僕たちに伝えるのはもっと早く無くちゃ駄目だよ。気付いた時点で声を掛けるでも、もっと声を張ってすぐに気づくようにするでもね。今は後者を狙ってたんだとしたら、中途半端だよ」

「……はい、すみません」

「うん、次から気を付ければいいよ」

 ナルは素直に謝った。確かに至らないところが多々あったのは理解している。

 と、ナルがそんな注意を受けている間に、キース達が姿を現した。

 頬に大きな傷痕を持った男――キースのすぐ後には、茶髪の若い男が着いて来ていた。

 年は見たところナルとそれほど変わらないくらい、少し上ほど。腰には剣を携えていることから、剣士であろうことが伺えた。

 さきほどのキースが言っていた、エインス・ヒースクリトスという人物だろう。

「休んでいただろうところ、済まない」

 顔を見せると、すぐにキースは頭を下げた。

 隣の男も同じように会釈する。

「こいつは昨日言った新人のエインス・ヒースクリトスだ」

「エインスと言います。よろしくお願いします」

 礼儀正しい人物のようだった。

「へぇ君がギルド期待の新人君かい? なるほどねぇ……。まあとにかく、こんな時間に何かあったのかい?」

 エインスを見てふんふんと頷いたシルバードは、二人に頭を上げるよう促す。

「ああ、実はな。今日、いやもう昨日だが、俺たちのギルドから被害が出た……かもしれない」

「うん? かもしれない?」

 どこか煮え切らない表現に首を傾げる。

「新人達が帰ってこない」

「何かあったってことかい? でも、単にまだ討伐を続けているだけなんじゃないのかい?」

「ああ、もっともだ。だが、ランク1から十六人、ランク2から四人の行方不明だ。そんな人数が一気にだ」

「……つまり?」

「普通ならこんなことでは訪ねたりしないんだがな、何か嫌な予感がする。ここに来たのは、うちの奴らの事を何か知らないか聞くため。そして、忠告するためだ。それとついでにエインスの紹介もな」

「ちょ、キースさん、ついでってなんですか」

「ついではついでだ」

 二人のやり取りには目を止めず、シルバードは考え込んでいた。

「……いや、僕は何にも知らないよ。みんな何か知っているかい?」

 振り返って聞くが、みんな一様に首を横に振った。

「知らないみたいだね。悪いけどわからないよ。でも、君が嫌な予感がするというのなら、相応に警戒しておこうかな。うん、ありがとう。気をつけるよ」

「そうか、なら何かわかったら連絡してくれ」

「了解。そうするよ」

 そう言って、キース達が帰ろうとした時だった。

 キースたちが先ほど出て来た森の中から、一人の男が飛び出して来た。

「ギルマスっ!」

「っ! なんだいきなり」

 驚いた様子でキースが振り返る。

 荒れた息をなんとか整えたその男が口にしたのは、驚愕の事実だった。

「ギ、ギルド拠点が壊滅、死傷者多数! 何かに襲撃されています! すぐに救援を!」







お読みいただきありがとうございます。

感想・評価・アドバイス等頂けると嬉しいです。


次話は、明日18時投稿予定です。

またよろしくお願いします。

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