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000「終わりの始まり」

はじめまして、無島ムトといいます。


処女作ですが、よろしければ読んでみてください。

よろしくお願いします。

000 「終わりの始まり」




 少年はただ呆然としていた。

 荒れ果てた自分達の村。自分の家だった残骸。そして大切だった者。それらを目にして、少年の心は耐えられなかったのだ。

 少年には膝を抱えて座り続けて、もう何時間経っているのかも分からなかった。

 村の至る所で未だに家や畑が燃え続け、死臭が立ち込める。死に溢れた、独特の陰鬱な空気だ。周囲に目を向ければ、つい昨日までは、いや数時間前までか、元気に笑っていたはずの顔見知りの村人達が地面に転がっている。原型を留めているのは極僅か。

 その光景がより一層、少年の心を抉る。

 何故、こんな事になっているのか。あまりに唐突で現実感が無いからか、少年は涙すら零れない。

 その事実に、少年の心はさらに沈んでいく。

 父さんが死んだ。母さんが死んだ。みんな死んだ。それなのにどうして自分は涙も出ないのか。

 その薄情さに、少年は自分を責め続ける。

 みんなが死んでいくのを、隠れた物陰から見ていながら何もせずにいたのか。

 その臆病さに、少年は自分のことが嫌いになっていく。

 あいつがあんな馬鹿な事をするのを何故止める事ができなかったのか。

 その無力さに。

 全てに失望し、絶望した。

 そして――――

「どこ行ったんだよ……リール」

 ふと、少年は静かに絞るように、もうここには居ない弟の名前を呟いた。

 その呟きは、虚しく響いて、消えていった。




 少年には一つ違いの弟がいた。兄弟二人、それに両親との四人暮らしだった。発展した街などから離れた森の中にある静かな村で、裕福とは言えないものの、村人達で協力し合いながらそれなりの生活を送っていた。

「それじゃ母さん、行ってきます!」

「行ってきます」

「はーい。二人とも気を付けてね。行ってらっしゃい!」

 その日もいつものように母親の見送り背に、兄弟は二人で揃って先に仕事に出た父親の元へ手伝いに行くために朝から家を出た。

 二人の特徴的で綺麗な水色の髪が朝日に照らされる。

「兄さん。今日はどうするの?」

 家を出て暫くして、二人の内僅かに背の低い方が尋ねた。弟のリールだ。

「ああ、今日も昨日と同じで洞窟に行ってあれを調べるぞ」

 大きい方の少年、ナルがそれに答える。

「父さんの手伝いに行かなくていいの?」

「大丈夫だよ。ちょっとくらい怒られるかもしれないけど、でもお前だって気になってるんだろ? 昨日の夜だって全然寝てなかったみたいだし」

 ナルは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 その言葉にリールはムスッとした顔で言い返す。

「……兄さんこそ、寝れなかったみたいだね?」

「あー、たしかに。お互い様か」

「そうだよ」

 いつものようなやりとりに、二人で笑い合いながら父親の仕事場へと続く道とは別の、二人で見つけた洞窟へと向かって行った。


 洞窟の中は薄暗いながらも微かに発光していて、暗いはずなのに不思議とはっきりと目は見えていた。どういった原理なのかはわからないが、便利な分には問題は無い。

 中に入って暫く歩くと、二人は前に来た扉の前まで辿り着いた。

「さて、着いたな」

「兄さん、これどうやって入るんだろう?」

 リールは先程までの落ち着いた様子が何だったのか、夢中で扉を触りながらナルを見向きもせず、肩越しに尋ねる。

 そんな様子に苦笑しながらナルもリールの横に行き扉に書かれた文字に目を凝らす。

 作られてから相当な時間が経っているようで所々に崩れた跡が見受けられる。更に、使われている文字がナル達の知る文字とは違うらしく、全く読み取れない。

「……やっぱりこの文字を読まないと何も始まらないな。もしかしたら開け方が書いてあるのかもしれないし、違ったとしてもこれが何かの手掛かりにはなるんだろうとは思うけど……」

「……やっぱりわからないよね?」

 ナルの言葉にリールは本当に残念そうに呟く。しかし、その目はこれまでにナルが見た事も無いほどに興味に満ち、楽しそうに輝いていた。

「けど、どうにか出来ないかもっと考えてみよう。すぐには無理でも……リールもウズウズしてるみたいだしな」

「そうだけど……」

 さっきの仕返しとばかりにニヤニヤ笑みを浮かべたナルはガサガサと鞄を漁ると、そこから紙の束を取り出した。

 ナルはその紙束を広げながら地面に座り込んだ。紙は白紙、何も書いていない。

「何してるの?」

 ナルの行動に疑問を持ったのかリールはナルの手元を覗き込んだ。

「ああ、とりあえず読めないけどこの文字を紙に書き出しておこうかと思って。今日中には分からないだろうし何度も来たいけど、さすがに毎日は来れないだろ? だから紙に書いておけば、来れない時にも調べられるだろ?」

「ああそっか」

 ナルの言葉に納得といった表情で頷くと、リールも「それ僕にもちょうだい」と、紙をナルから貰うと、同じように書き始めた。

「じゃあ僕も書いておく。二人で持ってた方が効率がいいと思うんだ」

「そうだな。俺もその方が良いと思う」

 笑いながらリールの頭を撫でると、リールは照れくさそうにコクンと頷いた。

 暫くして二人とも文字を書き取り終えると、紙の束をそれぞれの鞄に仕舞い、土埃を払いながら立ち上がった。

「さて、今日はここまでにしよう。結構時間掛かったから多分昼も過ぎてるだろう。近くで弁当食べてから帰ろう」

 二人で洞窟から出ると、予想外の光景が目に飛び込んで来た。 

 自分達の家がある方角、村がある方角で火の手が上がっていた。遠くから怒声や金属がぶつかり合うような甲高い音が微かに聞こえてくる。

「なんだあれ」

 ナルが呟くと、リールは一目散に村の方へと駆け出した。

 それを見て我に返ったナルも後を追って走る。これほど速く走れたのか、とこんなときにも関わらずナルは自分との距離を少しずつ引き離していく弟に少しばかり嫉妬を抱きつつ、追いかける。家まであと少しといったところで前を走っていたリールが突然立ち止まった。

「おい、どうしたリール」

 ようやく追いついて息を切らしながら尋ねると、リールは口では答えずに前方を指差した。

 ナルが指の先を追って前方に目を向ける。愕然とした。

「これ……え、なん……だよこれ」

 もはや自分が何を言っているのかもナルには分からなかった。目の前の光景も分からない。理解できない。いや、理解はできているが、したくない。

 しかし、現状は一目瞭然だ。

 そう。村が何者かに襲撃されている。

 先程聞こえていた怒声や金属音に加えて、聞いているだけで気が狂いそうな悲鳴が聞こえる。近くには見知った村人が、血を流して地面に倒れこんでいる。

 なんだこれは。なんなんだ。

 呆然としたナルを動かしたのはまたも、先に動いたリールであった。

「ジャイルさん! 大丈夫ですか」

 一番近くにいた男に駆け寄ると、リールは重そうにしながらもジャイルと呼んだ男の上半身を抱き起こして耳元で声を張り上げた。

「う、ぐぅ……。お……まえは、リー……ルか?」

 苦痛に呻きながら、ジャイルはリールを見て薄らと笑みを浮かべた。

「よか……た。無事か……。……ナ……は?」

 途切れて聞き取りづらいが言わんとする事を察すると、リールは頷きながら答えた。

「無事だよ。兄さんもここに居る。ジャイルさん、何があったの?」

「……とつぜん、おそ……来た。灰色の……へんなマーク……やつ……だ。みんな……やら……た。……げろ」

「灰色!? …………父さんと母さんは?」

「わか……らん。……だが、逃げろ。こ……される」

 逡巡するように眉を顰めたが、やがて噛みしめるようにリールは頷いた。

 それを確認するとジャイルは、静かに息を引き取った。苦痛に顔を顰めながらもなんとか子供達に逃げろと伝える事ができたからか、いくらか安心した表情が浮かんでいた。

「ありがとうジャイルさん」

 聞き終えたリールは、ゆっくりとジャイルを寝かせるとナルに向かって声を掛けた。

「どうしようか兄さん」

 ナルはリールのその、ジャイルの死に何も感じなかったのかというほどに淡々とした様子と口調に驚き、困惑しながらもとにかく聞いた話と状況を再確認する。

「そう、だな。……ここから父さんの所までは遠い。まず母さんの所まで行こう」

「……大丈夫かな。ジャイルさんは逃げるよう言っていたけど……」

「危ない、けど。母さんも父さんも心配だ。隠れながら注意して行けば、たぶん」

「……分かった」

 自信なさげなナルの様子に、リールは若干の沈黙のあと、着いていく事に決めたようだった。

 確かに現状相当危険だろう事は、いくら困惑していたとしてもナルも理解していた。ジャイルの言ったように早く逃げるべきだと。

 しかしだ。

 いくら理解していたとしても、納得できるかといえばそうではない。大人ぶった所もあるが、ナルはまだ十二歳。成人までまだ三年もある子供であるのは変わりない。心のどこかで両親に会うことを安心を得ることを求めていた。

 リールも同じだったらしい。その時ナルはそう思った。しかし、もう少しリールのことを注視していれば。ナルがいつものように落ち着いていれば、その時リールがどんな目をしていたのか気づいていたかもしれなかった。が、それはさすがにナルにとって酷な話だったのかもしれない。

「じゃあ急ごう兄さん。できるだけ早く行ったほうがいいよ」

「あ、ああ」

 さんざん迷った自分に比べ、やけにあっさりとしたリールの様子に呆気にとられるも、二人はすぐさま移動を始めた。

 崩れた家の瓦礫の陰に隠れながら家まで早足で進んでいく。

 すると自分達の家の前に数個の灰色の服を着た人影があった。

「あれか……。ジャイルさんが言っていた灰色のマークの奴は」

 ナルが憎らしそうに唸った。

「うん、たぶん。しかも……僕達の家の前に居る。最悪だね」

 リールの軽い言葉遣いに、ここでナルは初めて不信を抱いた。そういえばやけに喋る。

「……なんとか別の所に注意を引きつけて、一気に母さんを探さないと」

「そうだね」

「どうしよう……。いや、なんにしても今はまずいな。この状況では注意が家に向きすぎだし、人も多い。出し抜けるほどの時間、全員の意識を逸らすのは流石に無理だ」

「だろうね…………良し。間違いない」

「えっ?」

 反論することもなくナルの言葉に頷いていたリールが、場にそぐわない、喜色に染まった声を発したことに、ナルは惚けた声を上げてリールを見た。が、そのリールはもう自分の横に隠れてはいなかった。

 焦ったように周囲を確認すると、想像以上に最悪な状況に陥っていた。

 リールが敵の前に立っていた。

「な、なに……やってるんだ、あいつ」

 困惑した。理解できない。何をやっているんだ。

 そして、リールの声が響いた。

「貴方方は【灰色】の方々でしょうか?」

 それはとても丁寧で、とても襲撃されて踏みにじられた側の、しかも子供の声ではなかった。

 その姿に、居様さに何を感じたのか、灰色達の中でも一際鋭さを感じさせる男がリールを見据えた。

「お前は?」

「申し遅れました。僕、いえ私はリール・イリソスと申します。この村で暮らして居た者です」

「ほう。で、リール君。何かね?」

「はい。もしも貴方方が【灰色】であるのでしたら、私を仲間にいれていただきたく思います」

 そう言ったリールは地に膝を着き、恭しく灰色達に向けて頭を下げた。

 ナルはそれを、まさに開いた口が塞がらないとばかりの表情で見つめる。

「くく、くはははは! 良いな君は。実に面白い。色々聞きたい事はあるが……そうだな先ずは一つ聞こう。何故?」

「知りたい事があるのです」

「ほう。……知識欲か。して、知りたい事とは?」

「龍の伝承について」

「……どこで聞いた?」

 その言葉を聞いた男は、雰囲気を変えた。

「それは今は申せません」

「なるほど。交換条件か」

「はい、今はまだ敵対したままでこざいますので」

「よし、ならばそうだな、試させてもらおうか。……その女を殺せ」

 灰色の男が示したのは、地面に伏して息も絶え絶えの透き通るような美しい水色の髪をした女だった。

「その人は……」

「君の母親、かな?」

 灰色の男は、二人の髪を見てニヤリと口元を歪ませた。

 その質問には答えず、リールはゆっくりと女に、自身の母親に近づいていく。

「……リール……」

 母親の元まで辿り着くと、無表情に母親を見下ろす。それをみて笑みを深めながら灰色の男が短剣をリールに手渡した。

「さあ、殺せ。本当に仲間になりたいならな」

 リールは自分を見つめるその母親の耳元で囁いた。

「――――――――」

 力無くなすがままになっていた母親がその息子の言葉に驚愕の表情を浮かべた。

「ごめんね? 親不孝な息子を……許してくれると嬉しいな」

 つぅーと、一筋の涙を零しながら母親は無理矢理な笑顔を浮かべて呟いた。

「ええ、私はあなたを愛しているわ」

 それが最後の言葉だった。

 リールは一度目を閉じると、小さく「さようなら」と呟き、一気に母親の首を斬り裂いた。母親の血で身体を真っ赤に染め上げたリールは、男達に振り向いた。

「これで良いでしょうか」

「素晴らしい、もちろんだ。我々は君を歓迎しよう。これからは仲間だ、リール君。共に目的を果たそう」

 その後、リールはその男達と共に村人を殺し尽くした。

 最後にリールは、ちらりとナルの隠れる物陰に目を向けて一言呟いた。

 そして、去って行った。

 呆然とするナルを置き去りにして、全てが終わったのだった。




「バイバイってなんだよ。何があったらそうなるんだ。少し前まで一緒に仕事サボって、文字の解読の話をして………あれは、あれは何だったんだよ、リール」

 ナルはリールが男達と去って行ったあと、フラフラとしながらなんとか家の前まで歩き、崩れ落ちた。

 何をしていいのかも分からなかった。

 村は壊滅し、父親は不明だがまず間違いなく死亡。弟は実の母親を殺して消え、その母親の亡骸は今、目の前に横たわっている。いや、死んでいてその表現ではおかしいか、とわけの分からない事がナルの頭に浮かんでは、消えた。

「母さん、俺はどうしたらいい? リールを追いかけるべきかな? 復讐するべきかな? ねぇ、母さん。おれは……ぼくはどうすればいいの? 教えてよ、お母さん。助けに来てよ、お父さん……」

 悲痛な声は荒れ果てた村で、虚しく響く。

 そうしてナルは一晩中、母親の亡骸を前に項垂れていた。

しかしなぜだか、一晩経ってもナルは一滴の涙すら流れなかった。





読んでくださりありがとうございます。

よろしければ感想等くださると嬉しいです。


またよろしくお願いします。

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