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第5輪:恐れていた事態


 そしてその日はやってきた。

 大きな会場は数え切れないほどの神族と精霊族、その他、神羅界に住む者たちの殆どが集まって、すっかり狭くなっていた。

「やっぱり凄い人ね! 緊張してきちゃった!」

「サンウェスト、どうしてあなたが緊張するのよ。一番緊張しているのはセリア……のはずなのよ?」

 控え室には、推敲に協力してくれた女神たちが、何とかセリアの緊張を解そうと集まったが、本人は人事のようにリラックスしていた。何故か、隣のサラのほうが緊張している。

「ねぇ……アクアと、サンダーは?」

 集まった女神の中に、二人の姿がないのに気付いてセリアが問う。皆が一瞬動揺したかに見えたが、大したことじゃないわよ。とセリシアが言う。

「ちょっと、下界で小さなトラブルがあってね。精霊の同伴について行ってるの。スピーチまでには帰ってくるわよ」

「そう……」

 あの二人が精霊の同伴? 何かひっかかったが、ヴィオードが口を開いたのでそちらを向く。

「もうすぐ始まるわ……それじゃ、私たちは席に戻るわね」

「頑張るのよ」

「それではお姉様、会場で」

「えぇ。有難う、皆」

 仲間を見送って、目の前に置かれた、綺麗に飾りの付いた原稿を見つめた。

 今日これを読むことで、皆の人間界に対する気持ちが変わればいい。そしてあの女の子の願いも、保留庫から出されて叶えられればいい。


『これいじょう、きをきらないで』


 脳裏に蘇った願いは、女神に最後の勇気を与えた。




 司会者の言葉と盛大な拍手で、セリアは舞台へと上がった。上から照らすライトが眩しい。一瞬緊張が襲ってきたが、溢れかえる拍手がそれを解してくれる。

 客席に一礼して、舞台の上に用意された椅子に座った。同じ舞台の反対側には、学会長や学会役員に並んで、父の神王が座っていた。目が合って、温かい微笑みを交わす。再び客席に目を戻すと、一番前に仲間の女神と神族役員達、隣に精霊王と精霊族の役員、そしてカーネルが座っているのが見えた。サラときたら、カーネルの隣で少し不服そうだ。

「それでは、能力学問研究会・表彰式を始めます。最初に、能力学問研究会会長よりご挨拶が……」

 午前に始まった表彰式は、精霊族出身の会長の挨拶に始まり、神王、精霊王の式辞に続いて、昼近くになってようやく受賞作品の発表に入った。その間、会場から出て行くような人は誰一人おらず、皆が皆きちんと姿勢を正して話に聞き入っているのにセリアは少し驚いてしまった。

「今回の表彰は、神羅界暦で三十一年ぶりとなります」

 そんなに!? 思わずそう言いそうになるのを何とか抑える。

「それでは、会長より表彰についてお話を頂きます」

 再び壇上に上がった、頭部が輝く会長は満足そうに口を開いた。ライトが眩しかったのはこの所為だったのかしら。式の長さから、つい不謹慎なことを考えてしまう。

「今回、セリア・アイオニス氏により提出されたこの『セルパティオ再現記録』は、今まで多くの女神が数々の絶滅種を再現してまいりましたが、その中でも最も表彰に値するものです。まず、セルパティオの種子の構築要素については、夢幻城の資料館に資料がありました。ですが、それらは太古の昔に失われた言葉、それらは古代アルソア語で書かれていたため、解読が不可能でした。しかし彼女は、それをすべて解読し、見事にセルパティオを再現して見せました。この点こそが、表彰を決めた一番の点であります。さて、私がまだ現役でありました頃は……」

 受賞者の褒め方は非常に上手かったのだが、残念ながら彼の話は寄り道が好きだった。自らの若い頃の数々の活躍をセリアの話よりも長く述べてから、ようやく元に戻る。

「また、我々が彼女の提出した記録の通り、幻里界にセルパティオを移植したところ、見事に繁殖を始めました。これにより幻里界の人々は笑顔と、希望を取り戻しました。自らの行いによって他の世界の人々を幸せにすることは、女神にとって何よりのこと。よって、ここにセリア・アイオニス氏の表彰を発表致します」

 話が終わると同時に、会場中から拍手が沸いた。恐らくこの半分くらいは、話に耐えた自分に対しての拍手に違いない。一番前だというのに、うつらうつらしかけていたカーネルを見ながらそう思った。

「お待たせ致しました。トロフィーの贈呈です」

 立ち上がって一礼し、壇上の前に進み出る。トロフィーを持ってやって来た会長はとても笑顔だ。ライトが、眩しい。

「おめでとう」

「有難うございます」

 ゆっくりとトロフィーを受け取ると同時に、客席から割れるような拍手が起こった。腕の中の輝くトロフィーを見て、思わず涙ぐみそうになる。

「続いて、表彰状の贈呈です」

 持ったままのトロフィーをどうしようか迷っていると、後ろに控えていたのだろう、従者神族が一時預かってくれた。預けて再び前を見ると、そこには表彰状を持って微笑む父の姿。

「……おめでとう」

「有難うございます」

 かみ締めるようにそう言った父の言葉を、胸に刻みつけてから返事を返す。受け取った表彰状には、大きく自分の名前が書いてあった。

「皆様、盛大な拍手をお送りください」

 既に割れんばかりの拍手が鳴っているというのに、司会者はまだ拍手を求めた。隣でトロフィーを持ってくれている従者神族をふと見ると、覚えのある金髪。

「あなた……ツェラじゃないの! どうしてここに?」

 小声で問うと、涙ぐみながら彼女は答えた。

「私は神王様の従者神族でございます、セリア様。神王様が図らってくださって、表彰式の間、セリア様のお手伝いをさせていただいております」

 来たばかりで迷っていた自分を、セリアは身分も関係なく助けてくれた。それがただ純粋に嬉しくて、いつか御礼をしなければとずっと考えていた。それに神王が気付き、今日の大役を与えてくれたのだという。

 表彰状を渡した場所で手を叩いている父を見上げ、セリアはとても誇らしく、そして嬉しくなった。

 やがて、拍手が少しずつ小さくなり、セリアとツェラ、神王も席へと戻った。

「それでは、受賞者であるセリア・アイオニス氏より、受賞の言葉を頂きます」

 原稿を持ち、立ち上がって一礼してから壇上に上る。舞台の上の、更に壇上からだと、会場中が見渡せる。

 とうとう、このときが来たのだ。

 そう思うと、まだ読んでもいないのに妙な達成感に襲われて、いけない。しっかりしなければと、気付かれないように軽く首を振った。

 原稿を開き、マイクに一歩歩み寄る。

「この度は……」

 その時だった。


「緊急警報発令! 緊急警報発令! 汚染度がランクAに達しています!」

 会場がざわつき、客席も舞台上も総立ちになる。

「緊急警報発令! 緊急警報発令! 汚染度がランクAに達しています!」

 二度目の警報だ。誤作動ではない。

「皆さん落ち着いて! 座ってください!」

 司会が何度も呼びかけて、やっと会場は静まった。それでも、客席のあちらこちらから、まだ囁きが聞こえてくる。

 神王のほうを向くと、父は黙って頷いた。頷きで返し、原稿をその場において客席へと駆け下りる。

「セリア!」

「女神たちよ!」

 セリアに駆け寄った女神が彼女の名前を呼ぶのと、神王が女神を呼んだのは、ほぼ同時だった。穏やかだった顔が、威厳ある神王の顔に戻っている。

「夢幻城へ戻り、即、事実関係の調査を!」

「はい!」

 会場から飛び出した女神たちは、地を蹴って空へと飛んだ。いつもの何倍にも速度を上げ、夢幻城の警報管理塔を目指す。その表情は、どれも真剣なものだった。


「神羅界の大気が、驚異的な速度で汚染されています」

「何ですって!?」

 警報管理塔では、神羅界始まって以来の事態に多くの神族が目まぐるしく動きまわっていた。それもそうだ、過去に警報が発令されたのは遥か昔に夢幻城での小火騒ぎ一度きりしかない。ましてや、神羅界の環境が汚染されているなんてことは決して有り得ないことだった。

「どういうことなのか、説明してちょうだい」

「汚染物質の流入先は現在調査中ですが、下界で爆発的な環境汚染が発生した模様です。それによって、その世界が汚染物質を抱えきれず、連絡通路を通って逆流したものと思われます」

「それが何故ランクAにまで達するの!? すぐに通路を閉じればいいことでしょう?」

「汚染物質の流入の勢いが強すぎて通路を閉じることができないのです! それに、この広がりようから推察すると、汚染物質は以前から少しずつ流入していたことも考えられます」

「そんな……!」

 ヴィオードと管理神族のやりとりは、信じられないことばかりだ。

 はっとして、セリアは塔から飛び出た。草原の上を飛び、ある場所で降り立つ。青く澄んでいたはずの空は灰色に雲って、小鳥の囀りもなければ雲も忙しなく動いている。楽園であったはずの草原に咲く花々は枯れ、木々までもが腐り、水は濁って魚が浮いていた。この間まで楽しそうに飛び回っていた小鳥はあちらこちらで命を落としている。

地獄と化した草原の上に膝から崩れ落ちて、一度は蘇ったはずの花を手のひらで包む。美しかった花びらは灰色に染まり、撫でると砂のように風に溶けた。

 ただ呆然として、何も考えられなかった。

 それだけではない。神羅界中を包む腐りかけた大気の、この臭いは嗅いだことがある。あの時はくしゃみが出る程度だったが、今では花を枯らし、皆が和んだこの場所を死の世界に変えてしまった。

 信じたくない。あくまでも私の予想でしかないじゃない。

「お姉様!」

 降り立った妹の声に顔を上げる。周りを見回して顔を思いっきり歪めてから、妹は動けない姉の肩を抱えて体を起こした。

「お姉様、お気持ちは分かりますが、しっかりしてください! 今こそ我々女神の力が必要なのですよ!」

「えぇ……そうね、そうだわ」

 頭を振り、自分を取り戻そうとする。自分がしっかりしなくては。自分は女神だ。

すべての世界を幸せにする責任がある。

 それは、神羅界も例外ではない。

「お姉様、どうか落ち着いて聞いてください」

 サラは、セリアが出て行ってからのことを手短に話した。他の世界に影響が出ることのないように、他の世界への通路はすべて閉じてあること。まだ他の世界に影響は出ていないこと。また、広大な神羅界のうち、精霊区と東の海洋区は立ち入りに禁止になっていること。そして、セリアが予想したことも。

「汚染の原因は、人間界……地球区であることが判明しました」

 深夜のウィルの話が脳裏を過ぎる。


 恐れていたことが、起きてしまった。




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