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第1輪:小さな願い

 青く澄んだ空の下に広がる草原は、あたり一面に様々な花をつけていた。その周辺を蝶が飛びまわり、小鳥たちがさえずる姿も見られる。木が生えているところでは、その幹からリスなんかも顔を見せた。所々に見える美しい水面には、ゆったりと雲が流れている。

 まさに楽園と呼ぶべきその中に、その花は咲いていた。

 中央がスミレ色、そこから淡く色合いが変わって、花びらの先は薄桃色に染まっているという、何とも珍しい花。沢山の花の中でもその一輪だけは、どこか格別な雰囲気があった。

 風に揺れたその花を、細く美しい指がそっと包み込んだ。優しく愛でるように、指先でそっと撫でる。

 その美しい指の持ち主は、微笑んでから立ち上がった。どこまでも広がる遠い空を翔ける風が、彼女の美しい髪で遊んでいく。やや青みがかった腰ほどまである銀髪が、柔らかく、軽く舞う。

「こちらにいらしたのですか」

 不意に声をかけられて振り向くと、顔立ちがまるで同じの女性が一人。瞳の、髪の色さえも二人は同じだった。

 違うことと言えば、一人は髪を束ねていること。それから、一人は髪に大きな花飾りのようなものがあることくらいだ。

「今日は皆機嫌がいいの。……そう、みて? セルパティオが咲いたのよ」

 穏やかな口調の女性は嬉しそうにそう言ってしゃがみ込み、再度あの花を撫でた。もう一人も少し驚いた様子だったが、ゆっくりと歩み寄る。

「セルパティオ……あの、神羅界暦で約七百年以上前に絶滅が確認された、幻里界の植物ですか?」

「正確には八百三十四年前よ、サラ。……この間、資料館でセルパティオの種子の構築要素の資料を見つけたの。古代アルソア語で書かれていたから、解読に予想以上の時間がかかっちゃったんだけど。もし再現できたら素敵でしょう? 良かったわ、上手くいって」

 後から来た女性――サラが、少し身をかがめてセルパティオに微笑んでいたのを起こし、思い出したように尋ねる。

「しかし、セルパティオの生息には、この上なく澄んだ水と、生まれたばかりの新鮮な空気が必要なのでは?」

「えぇ。それも色々考えたのだけど、ウィルとアクアに無理言って手伝っていただいたの」

「なるほど。それこそ申し分ない、極上の水と空気が手に入りますものね」

「おかげで、やっと一輪咲いてくれたのよ。このまま増えてくれたら、幻里界にも戻せる日が来るわ」

 立ち上がって微笑むと、自分にそっくりな彼女の持つものに気がついた。いくつかの書類と、淡く光る砂時計のようなもの。思い出して、サラが手渡す。上部には、彼女たちの言葉である聖羅語で何かが書かれている。

「つい、先程。人間界の地球区からです」

「あら、人間界から? 何かしら」

 聖羅語の部分を丸くなぞりながらある言葉を呟くと、反応した光に包まれた球体のようなものが浮かんできた。それはゆっくり彼女の顔の高さまで上がると、小さな女の子の大きな願いを伝える。

 小さいけれど、彼女がこめた願いは強い。

 途端にその光も願いも愛しくなって、そっと手のひらに包み込んだ。嬉しくて仕方なくて、笑みがこぼれる。

「…それじゃあ、仕事に戻らないといけないわね。お嬢さんが待ってるもの」

 しばらくしてから顔を上げ、そう言った彼女は、サラと穏やかな微笑みと微笑みを交わすと、広い草原を並んで歩いていった。どちらの表情も嬉しそうで、二人の髪をまた風が遊んでいく。

 やがて見えてきたのは、いかにも神話に出てきそうな神秘的な建物だった。


 大きな扉を開けて入ると、中はとてつもなく大きな聖堂のようだった。白い石のみで造られたこの城の天井は分からないほど高く、どのくらい広いか表現できないほど広い。その中を行く人々は、二人が入ってきたのを見ると手を止め、頭を下げた。

「お帰りなさいませ、セリア様、サラ様」

 足音がよく響く石造りの上を進んでいると、一人の女性が声をかけてきた。覚えている、この短い金髪は確か…。

「…ツェラ?」

「覚えていてくださって光栄です、セリア様。昨日お目にかかったばかりですのに」

 彼女は、昨日新しく来た者だった。道に迷っていたのを、セリアが助けてあげたのだ。

「昨日は、大変ご迷惑をおかけいたしました」

「いいのよ、初めは皆そうだもの。もうすべて覚えて?」

「おかげさまで、不自由しない程度には」

「追々覚えていけばいいのよ。私だって、時々通路を間違えるもの。……あぁ、こちらはサラ。私の妹なの」

 セリアに一礼してからサラのほうへ体を向け、深く頭を下げた。切りそろえられた金髪が、つられて前に傾く。

「初めてお目にかかります、サラ様。昨日より仕えさせていただいております、ツェルエラ・ヴィリオンと申します。どうぞツェラとお呼びください」

「有難うございます、ツェラ。これからお世話になります」

「こちらこそ、どうぞサラ様、お言葉を崩してください」

 サラの丁寧な言葉に驚いて、ツェラは恐縮そうな顔をした。いつものことだが、セリアが苦笑して説明する。

「サラはいつもこうなの。誰に対してもね。だから、何も気にすることは無いのよ、ツェラ」

 そうでしたか、とツェラは安心したようだったが、すぐに何かを思い出したのか、気まずそうな顔をする。そしておずおずと遠慮がちに話を切り出した。

「セリア様、身分もわきまえず申し訳ないのですが、お願いしたいことがございまして」

「あら、何なのツェラ。気にせず言って御覧なさい」

「では、お言葉に甘えまして……」

 一礼してツェラが振り向くと、一人の女の子が走ってくる。こげ茶の髪を二つに結った、おそらく人間の子供だ。

「先程、迷い込んでしまったようなのです。ですが、私にはどうにもできず……」

「分かりました、この子は私が預かりましょう」

「恐れ入ります」

 子供の目線の高さまでしゃがみ込んで、微笑みかける。すると子供も無邪気に、笑った。


「ようこそ、神々の世界へ」




 その力で心を癒し、幸せを与えることがお前に託された使命なのだよ。




 そう言葉を頂いたのは、気の遠くなるほど昔の話だ。

 小さな女の子は『あかり』と名乗り、セリアの左手と手をつないでいる。あかりの希望で、ここがどこかを教えてあげながら城の中を散歩しているのだ。

「あかりちゃんは、お空を見るわね?」

「みる!」

「お花も見るわね?」

「みる!」

「お星様も」

「みる!」

 楽しそうなその声に微笑みながら、幼い彼女にも分かるように、どう説明しようか考える。が、それもすぐ止めた。

 子供は素直だ。ありのままを話しても、受け入れられる素直な心を持っている。

「それならねぇ……そのお空と、お花と、お星様は誰が作ってると思う?」

「んーと……」

 首を傾げてみたりして、実にかわいらしい。

「あ、かみさま!」

「その通りよ。他にも、風とか、お水とかも全部神様が作ってるの。それを、あかりちゃん達はいつも使っているのよ」

「そうなんだぁ……!」

「あかりちゃんは、お母さんとお父さんはどうしたの?」

「……わかんない。おとうさんと、おかあさんと、おくるまにのってたらね、がっしゃんっておとがしてね、ここにいたの」

「そうなの……」

 右隣にいたサラを向くと、会話で察してくれていたのか既にそこにはいなかった。

 この小さな女の子は、ただの迷子じゃない。

「それで、かみさまはどこにすんでるの?」

「神様はね、あかりちゃんが今歩いている、このお城に住んでるのよ」

「えぇっ! あかり、あいたい!」

 目をキラキラさせるその位置までしゃがみ、優しく微笑んだ。

「神様は……あかりちゃんの、目の前にいるわ」

「おねえちゃん、かみさまなのっ?」

 信じられないのか興奮しているのか、それとも両方なのか。ぴょんぴょん飛び跳ねるのを見て、思わず、くすくすと笑い声がこぼれた。

「そう。私は、お花を作る神様なのよ」

「……あかり!」

「おかあさん!」

 ぱたぱたと母親のもとへ駆けていく彼女を見ながらゆっくり立ち上がると、母親の後ろにサラと案内人が見えた。

 何度も何度も娘を強く抱きしめてから、母親がこっちヘ深く頭を下げる。後ろの案内人も軽く頭を下げた。

「親子三人、交通事故だったんです。ところが、いざ霊界に着いてみると娘だけがいない。どうやら、時空のひずみに巻き込まれたようで」

「そう……」

「お手数をおかけしました」

 その命を終えた者は、霊界で審判を受ける。と言っても、犯罪人でなければ簡単な身分照合で、一般的に「天国」と呼ばれている天界へ行くことが出来るのだ。どうやら彼女は、人間界から霊界へ移動する途中に行方不明になったらしかった。

「何のお話をされていたのです? あの子、随分嬉しそうでしたが」

 母親と会えて嬉しそうな笑顔を見て、また笑みがこぼれる。

「本当のこと、よ」



「神様って、知られていないものなのね」






 この世界のその全てには、必ず女神の力が働いている。彼女たちは何千…何万という世界の全てを陰ながら支え、管理しているのだ。

 彼女らの一人が言うには、「世界」というものは、どちらかと言えば「空間」であり、それらは限られたものしか通ることが出来ない通路のようなもので網の目よりも細かく繋がっているらしい。その中に人間界も霊界も魔界も全てが含まれていて、そんな大きな塊の中央に位置する彼女たち神族の世界、「神羅界」もその一つだという。

 神羅界は「神王」と呼ばれる神族唯一の男神のもとに成り立ち、神族の子供は一定の間隔で光に包まれて生まれてくる。その後、一定の成長を終えるまでは女神の中から「親」が選ばれ、そのもとで育てられる。

 しかし生まれてきた全員が女神になるわけではなく、その中で他の世界に望まれる力を手にして生まれてきた子供だけが女神とされる。しかし多くの場合、既にその力を持つ女神が存在するため、そのもとで自らの力を使う従者神族となるのだ。女神が引退すれば、その女神に仕えていた従者神族の中から神王によって再び女神が選ばれる。

女神たちはそれぞれ自分の城を持っているが、その長い生涯の殆どを神羅界の中枢―即ち、存在する全ての源といえる城、「夢幻城」で過ごす。休暇よりも、全ての世界の幸せのために尽くすことのほうが、彼女等には何倍も魅力的なのだという。

 また、神族には双子が多い。何故なら、彼女らの持つ力、即ちこの世の全ては必ず別の何かと対になっているからだ。光なら闇、太陽なら月といった風に。

 極まれに一人で生まれてくるものもいるが、その数は非常に限られていて、現在は「色」を司る女神しか確認されていない。


「さて、仕事に戻りましょうか」

 先程から温かい微笑みと穏やかな口調で周囲を和ませているのは、「花」を司る神であるセリア・アイオニス。青みがかった長く美しい銀髪と、前頭の左側に生まれつき持つ花飾りのようなものが特徴で、本人曰くこれは体の一部らしい。

 いつでも冷静沈着で滅多に表情を崩さないセリアの双子の妹、サラ・アイオニスは「星」を司る神だ。長い青みがかった銀髪を後ろで束ねていて、誰に対しても丁寧な話し方をする。

 二人は年齢こそ四千歳を超えているが、見た目はわずか十八歳。これは、神族の肉体が二百五十年ごとにしか年をとらないことによるものだ。また、神羅界の時間が他の世界の二百五十分の一の速さで進むため、都合上、時間の換算基準を他の世界にあわせていることにも関係すると考えられている。つまり、本来の神羅界の一年は他の世界の二百五十年に相当するのだ。原因として、神羅界が生まれたとき、下界から守るために作られたという伝承がある、神羅界の周りの時空のひずみが挙げられている。

一般に女神となる神族の子供が活躍を始めるのは、肉体年齢にして満十五歳からと定められている。しかしセリアたちは、親の立場の為、わずか満十歳のころから女神として活躍していた。

 彼女たちの親は、他ならぬ神王なのだ。女神の活躍のおかげで暇が増えた神王は、自ら親を名乗り出ることもあった。



 案内人に後を任せて執務室へ続く廊下を歩いていた二人は、向こうのほうから慌てる足音を聞いた。顔が見えたのは、セリアに仕えているうちの一人だ。足音に同じく、どうも焦っているらしい。

「セリア様、サラ様! どちらへ行かれていたのです? もう定例議会のお時間ですよ!」

 微笑んでいたはずの二人の女神の表情は、見る見るうちに青ざめた。




「…なるほど。遅刻の理由は分かりました。席について構わないわ」

「申し訳ありませんでした」

 円形になっている会議室の一番奥に座っている議長、「源」を司る神であるヴィオード・オリジンの言葉で、セリアとサラは席に着いた。今日は月に一度の定例議会だったのに!  すっかり忘れてしまっていたサラは自分を責めていたが、セリアは何とものんびりしていて、笑顔で席についていた。

スミレ色の、背ほどまで(普通腰まで伸ばす神族にしては短めなほうだ)の髪が、ヴィオードの動きと共に揺れた。

「では、会議を始めたいと思います。何か、新しく願いが届いた方は?」

 定例会議では、女神たちに寄せられた願いを叶える為に、各女神のする事を決めていく。

たとえば、「桜の木がもっと欲しい」という願いがセリアの元に届き、セリアが桜の木を増やそうと思ったら、その世界の色のバランスが変わるので、「色」の女神に調整をお願いする必要がある。また、十分に成長できるように、水を統べる「海」の女神にもお願いしなくてはならない。もし人間界で桜の木が枯れてしまったら、調整が上手くいかなかったということだ。

だが、寄せられる願いの中には『とても無理だ』と言う理由で破棄処分されてしまうものもあるし、『現段階では無理だが、いつか出来るようになる日が来るかもしれない』と判断されて保留庫にしまわれるものもある。定例議会とは、その判断をするところでもあるのだ。

 先程届いた願いを思い出し、セリアが手を上げた。

「何、セリア?」

先程届いたばかりなのだけれど、と前置きをして、右手のひらをくるりと返した。光が浮かび、小さな女の子の声がする。


『これいじょう、きをきらないで』


 球体から発せられるその愛しい願いに、どの女神の顔もほころんでいる。

「いったい、どこからなの?」

「人間界、地球区よ」

 人間界。そう聞いたとたん、微笑んでいたはずの女神たちの表情は一変した。

「お止めなさい、セリア。いくら私たち女神の使命が『すべての世界を幸せにすること』だとしても、あの世界はもう我々の手には負えないわ」

「……ちょっと、ヴィオード。どうしたというの?」

 信じられないヴィオードの言葉に困惑していると、美しい青色の長髪が動いた。セルパティオの再現に協力してくれた、水全般を統べる「海」を司る神のアクア・マーキュアが立ち上がったのだ。

 その瞳は、まっすぐにセリアを見つめている。

「私もヴィオードの意見に賛成する。人間は、自らの手で自らの首を絞める愚かな生き物。現に私の管轄である海も、彼らに汚染されている」

「もちろん、海だけじゃないわ」

 明るい橙色の髪を女神にしては短めに伸ばした「太陽」を司る神、サニー・ウェイスト。通称サンウェストも立ち上がる。

「空も、大気も、彼らを支える自然全てがそうなのよ。それに、木の数を減らしているのは私たち女神ではなく、人間そのものじゃないの。彼らが木を伐り倒す所為で、我々が定めている地球の環境バランスや色バランスが大きく崩れていることも。セリア、あなた十分知っているでしょう?」

「…最早、あの世界に我々女神は必要ないということかもしれないよ」

「そんな…皆ちょっと待って!」

 緑色の髪を高い位置でまとめて下ろしている「戦」を司る神、ウォーラ・ワーリストまでもが座ったまま呟くようにそう言った。彼女達の信じられない言葉に、セリアは思わず身を乗り出す。

「さっきから皆何を言っているの? それじゃあ、人間界から来た願いを捨てると言うの? 助けを求めているこの子を、見捨てるっていうの?」

「落ち着きなさい、セリア。誰もそんなことは言っていないわ。ただ、その願いを聞き入れることは出来ないって言ってるだけじゃないの」

「結局同じことでしょう? 私たちは女神なのよ。すべての世界を幸せにするのが仕事じゃないの?」

「人間界は他の世界とは違う!」

 アクアの強い声で皆が静まった。それを気にすることなく、彼女は続ける。

「他の世界は、どの世界も皆自然のリズムを壊すことなく成り立っている! 現に、人間界が誕生する何倍も前から存在する世界はいくつもあるが、そのどれもが発生当時の環境を保っている。人間界……特に地球区は、人間という生物が誕生してから著しい速度で環境が変わっているのだ! 我々がいくら手助けしようとも、人間の破壊速度には追いつけない。さっきウォーラが言っていたように、最早あの世界に我々女神の力は必要ない!」

「そんなことはないわ。人間界を支配しているのは大人で、願いを寄せたのは幼い少女だもの。これからの人間界を支える子供が願っているのよ?」

「セリアの言いたいことは分かるわ。でもそれなら、逆に放っておいたほうがいいんじゃないかしら。私たちが今助けなかったら、その子は早く大人になって自分で取り組もうと考えるでしょう。そうして彼女たちが自分たちの未来を作っていけばいいわ。もう私たちが出る幕じゃないのよ」

「違うわサンウェスト。それは私たちが逃げてることにしかならない! 彼女は助けを求めてきたわ、私たちが必要なのよ。私たち女神には、どの世界も、どの願いも平等に扱う責任があるの!」

「私も同意見です。そんな理由で破棄処分など…認められません」

 激しい議論が繰り交わされる中、ヴィオードは潮時を感じていた。セリアは絶対に引かないだろうし、穏やかな口調こそ変わっていないが、隣に座っているサラもまた同じだ。このまま願いを破棄処分にすれば、一体どうなるか。長年議長の座にいる彼女には分かっていた。

「静かに」

 ヴィオードが口を開いて、口々に話していたのが止み、各々の席に着いて、彼女の言葉を待つ。

「…セリアには悪いけど、今の願いは、保留庫に回しましょう。今はまだ、ハッキリと結論が出るときではないわ」

「ヴィオード!」

「分かって、セリア。もう私たちは人間に振り回されるのに疲れたのよ」

 その辛そうな声に、セリアもサラも何も言えなくなる。他の女神たちも、ヴィオードの出した案に賛成するばかりだった。

「……他に、何か願いは?」

 議長は会議を続けようと声をかけるが、もう誰かが何を言う雰囲気ではない。

「いないのね…では、今日は解散。セリア!」

 席を立つセリアのもとへ、ヴィオードは駆け寄った。この落胆した表情に追い討ちをかけるようなことを、自分はしなければならない。

「願いを」

 議会の決議は絶対だ。一瞬ためらって、セリアは願いを渡してしまった。


 執務室に戻っても、セリアの顔色は曇ったままだった。同じ執務室に勤務するサラもまた、落胆を隠しきれない。

 今頃、あの願いは保留庫に保管されているだろう。いくつもの願いが保管されていくのを見たが、あそこから出されて実際に叶えられた願いは見たことがない。それを思い出して、思わずため息が出る。


『これいじょう、きをきらないで』


 自分の無力さに、セリアは心の中で女の子に謝った。




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