プロローグ
幼稚園生くらいだろうか。お風呂上がりであろう女の子が、絵本を持ってきて母親に読むよう頼んでいる。
娘を優しく膝に乗せた母親は、微笑みながら包み込むような声で読み始めた。それを横で見ていた父親の表情もほころび、空気がふんわり温かくなる。
今ではもう珍しいブラウン管型のテレビが次のニュースを告げた。画面いっぱいに伐り倒される山、森林が映される。
「酷いことを……」
「開発のためとはいえ、あまり良いニュースとは言えないな」
突然絵本が止んだので、女の子も少し体を伸ばし不思議そうにテレビを見つめる。
伐り倒される木々と、跡地に立てられるニュータウンのイメージ映像が交互に映し出され、現地を取材中のリポーターもどこか得意げだ。
その倒されていく木々が気になるのか、女の子は目を画面から離さずに母親の膝から降りてテレビへ歩み寄った。
「ママ、なんできはきられてるの? なにかわるいことしたの?」
「いいえ、何もしていないわ。木は何も悪くないのよ」
なおも倒れる木を映す画面を、その小さな手で叩いた。ぺち、ぺち、と吸い付くような音がする。
「じゃあなんできられちゃうの?」
「それはね…」
「あたしがいいこにしてたら、きられない?」
「…どうしてだい?」
「だって」
両親のほうへ向き直りながら、女の子はその顔を歪ませた。本来くりっとしているはずの大きな瞳からは大粒の涙がいくつも零れ落ちる。
「だって、かわいそう」
途端にわあぁっと泣き出した女の子は、母親のもとへと駆け寄った。泣きじゃくる娘を抱きしめながら、ふと両親は思う。
幼い彼女には理解し難いものが、この世界には多すぎる。それをこれから先どう伝えればいいと言うのだろう。世の中が言うように、いつか自然に分かる日が来るかもしれない。しかし、それで本当にいいのだろうか。
今、我が子がぶつかっているこの大きな壁は、もっときちんと伝えなければならないことのはずだ。
「それじゃあ、神様にお願いをしようか」
「かみさま?」
「そうだよ。神様に『木を伐らないで』ってお願いすれば、きっと神様も木を伐れないようにしてくださるよ」
「ほんと?」
「あぁ、もちろんだとも」
ぱあぁっと表情の明るくなった娘は、嬉しそうに母親の膝から降りて大きな窓から外を見た。
丸い月の輝く夜空には、沢山の数え切れない星が光り輝いている。
「かみさま、おねがいです」
これ以上、木を伐らないで。