偽神の剣 【劇場版予告風】
現世と幽世が曖昧に交錯し、魔物と人が渾然と存在した時代――
人々はまだ濃密な闇を孕んだ微睡の中に暮らし、神話の残り香に包まれて生きていた。
中古――平安の世。
「乱の再来、か」
重苦しい言葉を飲み下した秀郷に、玲瓏な声が返ってきた。
「それだけは何としても防がねばなりませぬ」
いつの間にか俯けていた顔を上げ、藤原秀郷は闇の奥に目をやった。
座敷の最奥に、最後の一人がいる。
「この動きが乱の容を成す前に潰さねば――京は陥ちます」
白い狩衣をふわりと纏ったその男の顔は、灯火から離れているために茫と霞んでいる。
ただ、朱を指したように鮮やかな唇に、あるかなしかの微かな笑みが浮かんでいた。
「大江山の鬼、蓮台野の八握脛、と言ったな。だが、本当に現れるのか?」
木々の隙間を縫うように、少女は只管に駆けていた。元は単衣だったのだろう、簡素ながら上等の仕立を施された服を纏っていたが、走りやすさを優先したか、膝下のあたりで不揃いにバッサリと断ち切られていた。白く細い脚を剥き出しにして、少女は駆けている。
「俺の甘さが招いた危機だ。責任は、取る」
固く握りしめた石塊のような声で、秀郷は呟いた。
鉄火と血臭を曳いて、少女は出会う。
穏やかな日常に包まれて、少年は出会う。
「時間が無いの! 君も逃げなさい!」
「訳わかんねえぞ盗人が! くそっ、待ちやがれ馬泥棒ぉぉぉ!」
朝廷の安定を、ひいては国土の安穏をもたらすための仕組み。だがそれは今や膿み爛れ、徒に民の血を搾り取る拷問具と成り果てている。
それゆえ、あの乱が起ったのだ。
坂東の地にて火の手を上げ、朝廷を震撼させたあの男の反乱が。
そして今も、また。
「付喪神遣い――だと?」
戦火は全てを嘗め尽くす。
慈悲も憐憫も無縁の炎は、少年の小さな世界を一瞬にして焼き払った。
「頼むって――何勝手に決めてやがんだよ、おい!」
「済まぬ……だが、もうお前しか居ない」
「何言ってんだよ……おい、しっかりしろよ! 神主なんだろ! これくらいの火なんか術で消せるんじゃないのかよ!」
「あの方は……我等に遺された最後の『神』。決して、邪なる者の手に渡してはならん」
「お願い、草一郎。私を使って」
そして少年は『剣』をその手に掴む。
「消えて――失せろぉぉぉぉっ!」
繰り返す歴史は終末の浜辺に打ち寄せる波。
絶望と怨嗟が紡ぐ輪廻は神代からの定め。
「でも、何とかここまで来たんだ」
口中に呟いて、少女は木々に閉ざされた前方を強く見据えた。
既に目的地たる常陸の国には足を踏み入れている。もはや目的地は眼前に在るも同然であった。
「あと少し。絶対に辿り着いて見せるよ」
白みかけた東の空を目指すように、少女は歩む。
だが、光が輝く程に、影もまた深く。
その目は金色に輝く、虎の如き異形の瞳。
男はニィ、と裂けるような笑みを浮かべた。
「美味くもなさそうな痩せ男ではあるが……どれ、折角修羅に身を貶したばかりよ。ここは化物らしく――肝のひとつも喰ろうてみようかい」
――それは、『剣』と『神』を巡る物語。
……というような話が書けたらいいなあ、と夢のうちにおもひぬ