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東方朧観簿  作者: 庶民
第一章
9/59

其の九、屍

 ぽつぽつとある外来人の屍を避けながら、私は紅魔館に向かっている。世界に名だたる高峰への登山では遭難した屍を跨ぐ事もままあるらしいが、偉大な登頂者達は何を思ってそれに耐えたのだろうか。幸いにも私は人間では無く、帰りに再び通る事も無いので、彼等の気持ちは上手く想像出来なかった。

 ここにある屍は全て新しいものばかりで、蛆もまだ湧いていない。原形を留めていないものや、殆どの肉を削がれて肋骨に少しの内臓を抱くだけの骸骨もあった。

 弔おうと思えない程に数が多いので気にせず歩いていたが、途中で不運にも中途半端に生きている外来人に出くわしてしまった。

 生えていた木の枝に胴体を貫かれ、そのまま放置されたらしい。

 近付いて枝を折ると、外来人は刺さったまま落下した。意識は既に無いらしく、呻き声一つ上げない。顔を踏み付けてみたが、それでも起き上がらなかった。

 このような人間を助けるのは酷く労力を使うので気力が湧かなかったが、だからといって、助けられる命を放置したら見殺しだ。

 先生の前での誓いを思い出すように、左手にぶら下げた鞘を強く握る。右手は外来人の服の襟に掛けた。そのまま、力任せに引き摺っていく。


「殺すな、殺すな……」


 自らに言い聞かせ、歩く。目指す場所は外来人が侵入した際に通ったと思われる博麗大結界の穴だ。そこから外の世界に転がせば後はどうでもいい。奇跡的に内臓は無傷であるのだし、それだけの運があるなら勝手に助かる筈だ。


「それは食べてもいい人類?」


 しかし、そうは問屋が卸さない、という事だろう。上空からふわりと金髪の少女が下りてくる。妖怪だ。妖気は然程感じないが、先生の妖怪避けの効果を無視したのだから意外と強いのかもしれない。私に見えるという点も気になる。

 私は愛想笑いで友好的に振る舞いつつ、この子を少し試す事にした。


「三秒ルールって知ってる?」

「地面に落ちた食べ物でも三秒以内なら食べてもいいっていう?」

「うん、それ。でも、これは地面に落ちて三秒越えてるから食べるの駄目なんだよ」

「そーなのかー」


 おつむは弱い、と。その事を頭に刻もうとしたところ、少女は不敵に笑う。


「――とでも言うと思った?」

「いや、思ってた訳では無いけど」

「詰まらない人間」

「いや、妖怪なんだけど」

「知ってた。詰まらない妖怪ね。で」

「で?」

「人間譲って?」

「駄目だよ」


 笑顔で断り、外来人と刀を手放して地面に転がす。


「約束したばかりだから。私が見ていない相手でも襲ってきたら?」

「わざわざ見逃すなんて面倒よね」

「ちなみに、仕事に遅刻するかもしれないんだけど」

「いっそ休んだら?」

「それは勘弁」


 会話の内容に興味を持たない代わり、会話自体は続けてくる、一風変わった少女だった。

 この少女であれば素手で捻じ伏せられると思うが、そこまで暴力的な手段に訴える必要は無いだろう。向こうも私と本気で戦うような事はしたくないらしい。

 私は一枚の紙を取り出した。


「本当はこんな遊びに頼る気は無かったんだけど、まあ、仕方無いね」

「もしかして、スペルカードルール?」

「真面目に喧嘩しても仕方無いから」

「そっか。私もそれが良いと思ってた」


 どうだろうか。後出しばかりで調子の良い対応に私は苦笑した。

 何はともあれ、こうして私にとって初めてのスペルカードルールによる決闘が始まったのだが。

 はっきり言おう。そんなものをする気はない。

 スペルカードルールは弾幕ごっことも呼ぶ遊びである。その事から分かるように、それを用いた決闘は飛び道具による射撃戦が主体となるが、私は飛び道具を持っていない。持ち前の微量な妖気やら霊気やらを弾にする事もまだ出来ない。要するに完全な丸腰であり、先程見せた紙切れも、実は白紙のメモ用紙だ。

 そんな事を露知らず、少女は上空に飛び上がり、私が上がるのを待っていた。


「はやく~」


 急かされても、私は飛びたくもなかった。周囲を見渡し、目当てのものを探す。


「は~や~く~」


 駄目だ。居ない。

 痺れを切らしそうな少女に対して、私は一つ提案をした。


「ここに人間を置いてたら横取りされるかもしれないし、場所を変えない?」

「あー、そういえばその通りね」


 物分かりの良い妖怪で助かる。

 少女は下りてくるが、着地はせずに宙を漂った。


「場所ってあるの?」

「一つか二つは」

「そっちが運んでよね。なんか、人間は別に良いんだけど、その刀が嫌」

「分かっているよ」


 落とした刀と人間を拾って移動を始める。

 後ろから追ってくる少女は人間の顔の前で何度も舌舐めずりしていた。

 この子は人を食べるそうだが、だとすると、今までの死体にも関わっているのだろうか。


「一つくらいは……ああ、ごめん。名前、なんだっけ?」

「ルーミア」

「一つくらいは食べたの?」

「おこぼれは貰ったよ。腕一本落ちてたから」

「美味しかった?」

「可もなく不可もなく」

「つまりは微妙だったと」

「そんな感じね」


 他愛ない世間話で時間を稼いでいると、ちょうど死体が喰われている場面に出会った。頭蓋骨をばきりと噛み砕き、前足で死体を押さえながら牙で服を剥ぐあの豺の姿は、紛れもなく薄である。

 軽く手を上げて挨拶すると、薄も気付いたのか死体をくわえて挨拶に来る。私が人間だった頃に憧れた生き物が人間を完全に餌として扱っている様は、正直複雑だ。元人間である私が人間を荷物のように扱っている時点で言えた立場ではないのだが。

 薄は死体を地面に転がしてから言った。


「龍泉か。嫌な気配だったので逃げようかと思っていたが、残っていて正解だったな」


 一応、刀は正常に機能しているらしい。その事に私は安心を覚える。確かに妖怪にはあまり出会わなかったが、それでもこれで二体目だったからだ。


「……知り合い?」


 ルーミアが怯えた声で私に尋ねる。姿が人間に近しい私に食べられるとは思っていなかったようだが、薄は見るからに妖怪らしいので食べられるかもしれないと思ったのだろうか。


「一応ね。――薄、この子が怯えているらしいから、人間の姿に化けてくれるかな?」

「仕方無いな」


 輪郭がするすると縮み、曲がり、薄は人間の姿を取った。上手くすれば簡単に人間の男の一人や二人は釣れるだろう。そんな見た目だ。


「龍泉、これで良いか?」

「ルーミアは?」

「見た目が変わっただけじゃない」


 辛口である。ただ、怯えてはないようなので良いのだろう。話を進めた。


「悪いんだけど、私の代わりに薄がスペルカードルールでルーミアと戦ってくれないかな」

「俺が遊ぶのか?」

「人間が取られないように私が見張っておくからさ」

「良いが、俺が見張りでも良いんじゃないか?」

「そこはほら。私だと勝ち目無いから」

「うわ、助っ人とかズルい」


 ルーミアが騒ぐものの、私は無視。薄はおずおずと話を続けた。


「しかしだな、俺も慣れてないぞ?」

「それはいいから。あと、負けたら薄の食料をルーミアに譲ってやってくれない?」

「……最近は大漁だから一人くらいなら構わない。俺が勝ったらどうするつもりだ?」

「私への借りを返したって事で」

「つまり、無いのか」

「その通り。まあ、それが嫌なら同郷の誼って事で頼むよ」

「……いっそ、格上からの命令という事にしよう。ほら、ルーミアとやら。とりあえずやるぞ」

「え、あ、はい……」


 可哀想なくらいにルーミアは怯えていたが、薄の言葉を断れず、共に空へと上がった。

 私は地面に転がった死体の傍に座り込み、楽な姿勢で勝負の経緯を眺める事にした。





 結果を言うなら、それは決闘とは名ばかりの八百長試合であった。

 落ち着かない様子のルーミア目掛け、薄が妖力で練り上げた高速の弾を発射、命中。はい終了。

 適当に食らって負けにしようというルーミアの魂胆が見え見えであり、いざ戦ってみた薄は弾幕と呼べるものも碌に撃てず、若干不満面である。ルーミアも別の理由で同じ様子だった。


「まあ、勝ちは勝ちだ。この人間の事は諦めてもらうよ」

「……せこい」

「私が捕まえたのを取ろうとした奴が言っていい台詞じゃないな」


 虎の威を借る狐。そんな気分だが、負けを選んで文句を言われる筋合いは無い。

 それよりも。

 私は薄に視線を移した。

 成長期という言葉で片付けるのも躊躇われる程、薄はまた強くなっていた。単純な出力の話なら最初から負けていたが、この差が一方的に広がり続けている。小細工を幾つも仕掛けなければ、私が直接対決で彼女に勝つのはもう難しいだろう。


「……なんだ?」


 見られている事が気になったのか、薄も私を見る。


「特に無い。お前が自分の事を俺って呼ぶのは何でかなって思っただけ」

「威圧的だろう?」

「見掛けだけでも相当だけどね」


 ルーミアが怯えて私の近くにいるくらいだ。本来なら男性の私ではなく、女性の薄の近くにいるほうが自然だろう。


「お前の刀と同じでな。妖怪避けにこうしているんだ。実際は強くなくても、そう見せ掛ける事で少しは楽に生きられる」

「ああ、そういう事か」

「真似るか?」

「結構。私にはちょっと不気味だと思われる今のほうが似合ってるよ」

「そうか。質問を返すが、男で私も珍しいな」

「かなり昔からこれだよ。前は違ったけど、戻すつもりはあまりない」

「理由は?」

「私に合った。それだけだよ。もしくは理由なんて無い」


 私は私。僕は僕。明確に分けたのは、果たして何時の事だったか。

 黄金のような、白銀のような、魂を焼き尽くす色をした斜光の中で、私は僕を辞めた。

 あの日から私は変わった。生き方を変更した。

 外見の変化は殆ど無かったので、中身が変わった事には誰も気付かなかった事を思い出す。周りからすれば、徐々に変わっていったように見えていたのだろうか。

 ぼんやりとしていると、右手の重みを思い出した。死にかけの外来人が居たのだった。


「時間押してるから、またね」

「おう」


 薄に別れを告げ、移動を再開する。

 人間を片手で引き摺るのは中々の重労働だが、我慢するしかないだろう。

 しかし、結局付いてきているルーミアは一体何のつもりなのか。


「何で付いてくるの」


 振り返らずに言うと、ルーミアは直ぐに答えた。


「あの妖怪が怖いから」

「理由になってない。気になるから何処か行きなよ。その辺探してたら一人くらい落ちてる筈だから」

「むー」

「むー、じゃない。ほら、いったいった」


 頬を膨らましたルーミアに向け、私は片手で刀を軽く振り回す。これに付与された術は妖怪に弱い忌避感を与える仕組みになっている。効き目はあるらしく、ルーミアは足を止めて私から距離を取った。

 しかし、何か思うところがあるらしく、懲りずにふわりと飛んでくる。


「何処行くの?」

「この人間を外の世界に捨ててくるんだよ」

「それなら博麗神社に運ぶべきじゃない?」

「なんで?」

「なんでって……。それ以外に返す方法が無いから」

「外来人の出現分布って結構ランダムだって聞いたから、結界の穴が何処かにはあるだろう。そこに放り込めば場所なんて関係無いと思うよ」

「そんな都合よくいくかなあ」

「いかないなら里にでも転がしておく。里の人間に迷惑が掛かるから出来ればしたくないけどね」


 そこから暫く木立を黙々と歩けば、研ぎ澄ましていた私の能力が近くで結界の変化を捉えた。その場所へ向かっても視界には何の変化も無いが、大きさも形も不安定な空間の瘤のようなものがある事なら、気配で分かった。

 それが程よい放り込める大きさになるのを見計らい、私は右手の外来人を突き飛ばす。

 乱雑に地面に落ちた外来人が瘤のようなものに包まれると、その輪郭は次第に薄まり、やがて水に溶かした絵の具のように消えていった。瘤もまるでこの時の為だけに用意されていたかのように、外来人を消し去ると後を追うように消え去った。


「――お見事」


 拍手と共に声が聞こえてくる。周囲の環境に敏感になっていた私には、それが何処の誰なのか分かった。

 ルーミアの背後に異空間が生じ、彼女の肩に両手を置きながら、紫さんが現れる。

 ルーミアは驚いて逃げようとしているが、がっちり掴まれているのだろう。足が地面から着いたり離れたりするが、体は一向に動かない。


「離してやったら?」


 可哀想なので私が進言すると、紫さんは「いい杖だったのに」と言いながら手を離した。ルーミアは素早く私の後ろに隠れる。私を盾にするつもりらしい。紫さんには無駄だと思うのだが、それは置いておこう。


「何が見事なのかな、紫さん」


 私は紫さんを見て話す。彼女は以前の服装とは異なり、八卦の刺繍が施された独特のドレスを着ていた。


「それは私や霊夢が本来する仕事なのよ? それを龍泉みたいな弱い妖怪が実行出来るなんてね」


 面白そうに、何処か含みを持たせて紫さんは答えた。出来るのは、全く予想出来なかった事でもないだろう。私の能力は紫さんの下位互換。彼女が作った結界に干渉する事は出来なくても、どうなっているか知るくらいは出来る。

 紫さんは妖艶な笑みを作りつつ、流麗な動きでこちらへ歩み寄る。私はルーミアが逃げた気持ちが分かった気がした。これは、怖い。殺されかけた以前の時より何倍も怖い。


「何の用かな?」


 下がろうにもルーミアがいるから下がれず、私は紫さんに呼び掛けた。しかし、彼女は笑みも動きも崩さず、私の近くまで来る。そして、硬直寸前の私の頬に手を添えた。


「……ちょっとした仕返し」


 悪戯っぽく笑って、紫さんは手を離す。夢の中で私がした事を少なからず根に持っていたのだろう。脱力する体を何とか立たせつつ、私は触れられた頬に自らの手を当てた。

 妙な感触があった。何かが張り付いている。

 私は頬に爪を立て、その何かを千切るように手を引いた。

 痛みは無く、何かを破く感覚が指先に伝わる。

 式神にする為の術が壊れたのだと、私の能力が告げた。


 ――式神?


「あら、残念ね」

「残念ね、じゃないよ」


 術の残滓を手で払い除けつつ、私は紫さんに食いかかった。


「これはどういうつもりかな」

「あら。怒ってないの?」

「殺されてもないのに怒る訳ないだろう」

「神経が無いんだか図太いんだか……」

「どっちも同じじゃないか」


 呆れたように溜め息を吐き出す紫さんだが、それは私のほうがしたい気分だった。

 私の知る式神とは陰陽師の使う紙切れと鬼のような何かだが、両方とも主人の命令には絶対だと聞いている。相手が私にとって生涯の主だと完全に信じられる者でなければ、とてもそんな境遇にはなりたくない。

 紫さんが私の主に相応しいかは、まだ分からない。考えてもいなかった。彼女は私の真の友人に成りうると、そんな考えでいたからだ。


「保護よ。分かりやすく言えば」


 肩を竦めて紫さんは答えた。半分くらいはそうだろうが、おかしい話だと私は思う。夢の中で何処かの勢力に付けと言っていた彼女が今更自分の所に誘うのは、少し違和感があった。


「それなら既に目処が立っている。私は紅魔館に行く事になっている」

「あそこは大所帯じゃない。新入りなんていざというときに蜥蜴の尻尾切りにされるだけよ。その点、私のところは龍泉を入れてもたった四人。それでも数ある勢力でも高い地位にあるし、安定した生活を提供出来るわよ」

「一応、当主の指名を受けているから切られる心配は無いと思う。あと、そこまで安定した生活は望んでいない。刺激が少ないのに越したことは無いけど、一つも無いのは駄目だから」

「浪漫主義な考え方ね」

「男は皆そんなものだよ。大人になって限界が見えてきても、守らなければならないものがあるとしても、馬鹿みたいに夢とかを追い続けたりする。私はまだその性質が弱いくらいだ」

「そういう人生談義は後にしましょうか。かなり魅力的な話だと思うけれど、それでも駄目かしら?」

「先約は断れない。余計な敵を作りかねないからね」


 仮に私が吸血鬼の不興を買ってしまった場合、矢面に立つのは結局私自身だ。殺すまではされないだろうが、何かしらの手段で生活を邪魔される事は容易に想像つく。

 紫さんも私の結論には理解を示した。私に接触してきた真の目的を明かさないまま、スキマを開く。


「私はいつでも歓迎するわ。その気になるのを楽しみに待っているわよ」

「紅魔館の雰囲気が私と合わないなら考えておくよ。あまり期待しないでくれ」

「まあ、今はそれでいいわ。ごきげんよう」


 紫さんは手を振りながらスキマの中に戻ると、それを閉ざして姿を消した。居なくなった事を確認し、ルーミアが安堵の息を吐いた。


「まったく、強い奴を挑発しないでよ。心臓に悪い」

「私の心臓は既に悪いからそんな事を言われても困る」

「毛が生えているのね、きっと」


 そう言われると、一度くらいは私も体の中身を覗きたいなと思った。他の生き物の中身はちらほら見たり触ったりしたが、自分のはまだだ。もしかすると、腹は真っ黒で肝は太く、胃は小さくて心臓に毛が生えているのかもしれない。

 ややグロテスクでシュールな絵を思い浮かべつつ、私は紅魔館への道筋を進み始める。時間は厳密に指示されていなかったので遅くてもいいとは思うのだが、こんな死体ばかりの場所に居たいとはとても思えない。太陽が昇るにつれて温度が上がり、死体の腐敗が早まってきたのだろう。腐臭が漂い始め、私の嗅覚を刺激していた。


「まったく、村八分でさえ死体の処理はするのに、ここの妖怪は……」


 歩きながら鼻を摘まみ、私は悪態を漏らす。せめて食べるなら肉を全部食べるか、余りを燃やすかくらいして欲しいものだ。こうなる事を予想するくらいの知能はある筈なのだから。

 ルーミアが私と同じように鼻を押さえ、しかし、我慢する事に決めたのか、手を離した。


「死体が妖怪になられても困るから、普通は無縁塚に持っていって葬るんだけどね」

「放置してたじゃないか」

「龍泉が来たから一先ず逃げたんだと思うよ。その術、割と強いから」


 ルーミアは刀を指差した。強いという割には紫さんは平然としていた気がするが、彼女は色々と規格外だから平気だったのだろう。


「あー……、じゃあ、私が片付けないといけないのか。あれ全部」


 骨だけだったり半分だったりで運ぶのは楽だが、健全な精神ではなくても、直視はそれなりに堪える。どのような形になっても、私は能力のせいで死体が全部人間だと分かるから余計だ。

 死体はどのような攻撃にあったかを知るのに重要な情報源なので、能力の発動条件である『注意深く観察する』が満たされやすい。その為に、精神的な負担を減らそうと能力を使わないでいる事も難しくなっている。


「人間を食べたからにはきちんと片付けるのが暗黙の了解だから、しなくていいと思う。もしきちんと葬られていなくて妖怪になったとしても、その時は巫女とかが動くし」

「それなら任せるか。私には対処しきれないし、妙に手出しすると却ってややこしくなりそうだ」


 外来人を引き摺り続けて凝った右肩を解しつつ、私はルーミアの意見を信じた。言葉通りの意味もあるが、出来る事なら生死にはあまり関わりたくないというのもあった。


「で、なんでまだ付いてくるの?」

「成り行き、かなあ」

「私の近くは居心地悪いだろ。無理して付いてこなくていいから、好きな所に行けば?」

「そうしようかな」


 ルーミアが不意に足を止める。私は彼女が歩いていた事に気付き、続けて、彼女に合わせて歩調を緩め、同じように止まっていた自分に気付いた。なんだかんだで気を使っていたらしい。


「……ルーミア、ちょっとストップ」


 最後に、私はルーミアに術が掛けられている事に気付いて、彼女が踵を返すのを止めた。

 服の襟から僅かに覗くうなじ。

 その部分に私が先程付けられたものに似た、術の気配がうっすらとある。

 場所を指摘すると、ルーミアはその部分を掻いた。あまり強力なものではなかったらしく、術は簡単に壊れて剥がれ落ちる。その壊れた術を私が解析すると、成長を阻害する役割を持っていたらしい事が分かった。

 場所から考えても、これは確実に紫さんの仕業だろう。


「もしかして呪いだったり……」

「大丈夫だよ。もう無くなったから安心して帰ると良い」


 この短時間で何度も怯えさせられたルーミアの事が不憫に思え、私は出来る限り優しく宥めた。しかし、彼女が抱いた気味の悪さを消すまでには至らない。何度も首を掻きむしり、白い肌に幾つもの赤い筋を作り出している。

 このまま放置でも良いかと思ったが、血が滲み始めたので考えを変えた。


「まったく……、一緒に来なさい」


 私はルーミアの手を掴む。そのまま、彼女を紅魔館まで連れていく事にした。あの館なら気分を落ち着かせる為に紅茶の一杯くらいは用意出来るだろう。それから彼女を帰したほうが良さそうだ。

 手を掴まれたので掻けなくなったルーミアは、意外にも大人しく私に付いてくる。

 私は不安で冷たくなったルーミアの手を安心させるように握る。彼女は暫く逡巡し、やがて答えるように無言で私の手を握り返した。

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