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東方朧観簿  作者: 庶民
第二章
40/59

其の四十、試合

 片膝を立てた姿勢から上体を仰け反らせ、龍泉は妖夢の初撃を辛うじて回避する事に成功した。

 本来ならば間に合わなかったが、真剣を用いる事に警戒して、開始前に大きく距離を取っていた事が功を奏していた。

 居合いの一撃は龍泉の胸を掠めて通り過ぎ、そして燕の如く、鋭く翻る。

 逃れようにも間合いは詰められている。

 だが、龍泉も伊達に修羅場は潜り抜けていなかった。

 不安定な姿勢から鞘に納まったままの刀を逆手に持ち換え、果敢にも妖夢の懐へ飛び込む。

 鞘と刃が激しく擦れあい、鞘に塗られていた漆が、粉となって床に降り積もる。

 息が触れる程の距離。武器の軋みが耳を掻き回す中で、龍泉は言葉を発した。


「妖夢さん。不意打ちとは、少しばかり本気過ぎやしませんかねえ? 親善試合であるならば、それに見合った技と言うものが御座いましょう?」

「……応じますか。しかし、余裕は無い、と」

「何を――、ぐぅっ!」


 突如、妖夢は龍泉の腹へ膝を捩じ込んだ。

 姿勢が緩んだ龍泉を妖夢は力任せに弾き飛ばす。

 激しく蹈鞴を踏んだが、どうにか刀を手離さず、龍泉は素早く構え直す。

 その目からは愛想の良さが消えていた。


「……そうか。やはり、私の実力を知る為に。そこまで私は怪しまれているのか」

「怪しんでいる訳ではありません。私は単に知りたいだけですよ。幽々子様は酷く気になされていましたが、私の判断は私自ら下します。手加減は必要ありません。本気で掛かってきなさい」


 妖夢は刀を正眼に構えた。

 今までの攻勢は守りの技術を測る為のものだったらしい。次は攻めの技術を測る魂胆なのだろう。

 一度、考えを整理する為に龍泉は息を吐く。

 茶を濁し、適当にあしらうつもりだった。とぼけた振りで無害さを強調するなり、何も出来ずに打ちのめされるなり、方法は色々とあっただろう。

 しかし、先の不意打ちで龍泉は頑張り過ぎてしまった。

 妖夢の温厚な対応に油断していた。道具の勝手が違って困惑していた。大勢の観客の前で荒事は有り得ないと考えていた。様々な言い訳が思い浮かぶが、生み出してしまった僅かな隙を、妖夢の斬撃で的確に切り払われた事実は覆らない。

 これでは温く打ち掛かると実力を隠したと見られる。かと言って、本気で打ち掛かれば脅威と判断される可能性もある。剣の腕前が妖夢に遠く及ばない事は明らかだが、見物に来ている幽霊からどう思われるか分からない。


「……馬鹿馬鹿しい」


 考えた末に龍泉は刀を下ろした。


「他者の杞憂には付き合いきれない。実力を測りたいのなら日常の仕草から探ればいい。私は馴れ合いの為に刀を取ったんだ。怪我をする事もさせる事も望んでいない」


 幸い、まだ龍泉は攻めていない。ここで試合を止めておけば平和主義なのだと印象付けられる。

 明確に感知出来なくとも、龍泉は幽霊達がどよめいた気配を感じた。それらとは異なり、静けさを纏ったままの妖夢は見物席を一瞥する。


「そうやって逃げても良いのですか? お子さんが見ておりますよ?」


 その挑発は、龍泉にとって脅迫に等しかった。

 咄嗟に凛華の様子を窺うと、彼女は身を縮こませて紫と手を繋いでいる。龍泉の危機に強い不安を感じており、あれでは逃げる事も儘ならない。

 しかし、龍泉は焦らなかった。

 紫が凛華を安心させる為に何度か手を握り返していたからだ。約束は交わしていないのだが、いざという時は龍泉よりも上手く凛華を守ってくれるだろう。

 余裕を持って、龍泉は嘲るように言い返す。


「それで人質に取ったつもりか?」

「人質だなんて、とんでもない。私はただ、女の子から逃げる情けない姿を子供に見せるのか、と質問しているに過ぎませんよ」

「情けなくて結構だ。親としての見栄を張る気は無い」

「もしや、怖じ気付きましたか?」

「好きに考えるといい。何を言われようとも私は勝負に乗らない。刀は返す。ほら、受け取れ」


 不意打ちを受けないよう、少し離れた場所から龍泉は刀を投げ、妖夢は不服そうな表情で受け取った。

 明確な形で戦意喪失を示された以上、試合の続行は不可能となった。それは同時に、妖夢の目的であった実力の把握が果たされなくなった事を意味している。

 妖夢としては、それでも良かった。しかし、これには幽々子の目的も含まれている。このまま終わらせる筈が無いだろう。


「……困ったわねぇ」


 龍泉が試合を捨てて紫と凛華の傍に辿り着くと、妖夢の予想通り、当て付けるように幽々子が言った。

 紫から凛華を預かろうとしていた龍泉の動きがぴたりと止まり、彼は威嚇に似た愛想笑いと共に幽々子を睨め付ける。


「何か問題が?」

「親善試合を反故にされてしまったから、あなた方と友好な関係が築けるとは思えなくなってしまって」

「それは困りましたね」

「ええ、本当に」


 他人事のような龍泉の返事に鷹揚に頷きながら、その視線は紫に隠れる凛華を捉える。


「誰でも良いから、試合が滞りなく行われれば安心出来るのだけど。そうは思わない? 凛華さん」

「あの、私は……」

「そうだわ。あなたが龍泉さんの代わりに妖夢の相手をしてくださらないかしら? 女の子同士だし、そのほうが互いに気兼ね無く出来るでしょう?」

「わたし、は……」

「――断りなさい、凛華。無理をする必要は無いわ」


 紫は混乱する凛華を抱えるようにして、幽々子の視界から隠した。

 その献身的な親友の姿に幽々子は疑問を抱く。

 昔から紫は種族と格によく拘っていた。それなのに、世界を多少賑やかす程度の価値しかない妖精をどうして守るのだろうか。死んでも勝手に生き返る妖精なら多少乱暴に扱ったところで構わないだろうに。

 幽々子の思案に結論が出る前に、龍泉から感情を排した声が吐き出される。


「分かった。私が最後まで、試合の相手をしよう」


 そのまま踵を返し、龍泉は再び妖夢の元へ向かう。

 凛華を出汁にし、龍泉を試合に引き戻す。

 幽々子の思惑通りに事が運んだ訳ではあるが、幽々子が安直に喜べる結果ではなかった。


「……やり過ぎた、かしら」


 目に見えそうな程に殺気を滾らす龍泉の背中を見ながら、幽々子は神妙に呟いていた。





 二度目の対峙は双方共に油断の無い立ち振舞いだった。

 龍泉は先程の刀を受け取り、それを腰元に納刀した状態で携えたまま、姿勢を低くして身構えている。対する妖夢は既に抜刀しており、刀を下段に構えていた。

 龍泉が刀を抜いていない原因は先程の失敗にある。鞘で攻撃を受けた為に鞘が内側へ凹み、刀を挟んでしまっているのだ。力を籠めれば引き摺り出せるが、その時に生じる隙を警戒して、龍泉は刀を抜いていない。

 偵察を終え、先に動いたのは妖夢のほうだった。

 慎重に摺り足で間合いに踏み入ると、そこからは大胆に踏み込んだ。

 一の太刀で龍泉の姿勢を崩し、続く二の太刀で決着とする心積もりである。

 まずは一の太刀。

 妖夢は刀を逆袈裟に振り上げる。

 仰け反る龍泉の顎を剃るかのように刀は駆け抜け、目論見通りに龍泉の足取りは想像以上に大きく乱れた。

 あまりにも容易く進んだ龍泉の攻略に、妖夢は思わず苦笑した。

 これで本気ならば龍泉は弱い。弱過ぎる。只の案山子のほうが、まだ手強いぐらいではないか。

 しかし、妖夢は龍泉が次に取った行動に驚愕させられる事となる。

 何と、龍泉は崩された姿勢を整えようともせず、受け身も取らずに背中から床へ倒れ込んだのだ。

 全身が脱力しきっており、目も閉じられている。


「まさか、あの一撃で……?」


 顎に強い衝撃を与えれば脳震盪を引き起こし、意識を失わせる事がある。手応えは浅かったが、それ以外に昏倒へ繋がる要因は思い浮かばない

 妖夢の動きが一瞬止まり、勝負の決着が付いたと何体かの幽霊が早合点して、再びざわめきだす。

 しかし、そうではなかった。

 龍泉は血走った目を蠢かせると、鞘の両端を持ち、立ち上がると同時に妖夢の鳩尾目掛け、刀の柄頭を突き出した。

 気絶の演技。それに加え、型破りな刀の扱いに妖夢は対応が遅れた。

 がら空きの鳩尾に刀の柄が深々と沈み込む。

 衝撃で息が出来ない。

 内臓を絞り上げるように刀を捻られ、更なる鈍痛が妖夢の身を貫く。


「卑怯と罵るが良い」


 五感が鈍り、世界が遠く感じるのに、不思議と龍泉の声は明瞭に聞こえた。

 直後に訪れる浮遊感。

 龍泉が素早く妖夢の足を払って、彼女の体を宙に浮かせていた。


「愚か者には似合いの言葉だ」


 凄まじい早さで妖夢の体が大地へと押し出される。容赦など全く含まれていない。剥き出しの殺意が龍泉の手には籠められている。

 そう、龍泉は妖夢を殺しても良いと考えている。今回の試合で事故に見せ掛け、背骨を折るような大怪我を負わせる事まで画策している。

 理解した瞬間、妖夢の身に粟が立った。

 私達は、触れてはならない存在に手を出してしまったのだ、と。


「そこまでよ」


 紫の鶴の一声で、龍泉は従順にも動きを止めた。

 最悪の事態は避けられた。しかし、加速が無くなったとはいえ、充分な速度で床に打ち付けられた妖夢は衝撃に激しく噎せ返る。


「……もう充分でしょう」


 そんな妖夢を憐れむように見て、紫は付け足した。

 あの様子では暫く動けない。動けたとしても、今度は奇襲の必要も無く一蹴出来るだろう。

 龍泉は刀を取り落とし、妖夢の傍に屈み込む。

 誰にも聴こえない程に小さく、それでいて心に刻み込むように、龍泉は重く囁いた。 


「次から煽り文句は選ぶように幽々子へ伝えておけ。警戒するのは勝手だが、私の娘に手を出せば死人でも容赦しない。――立て。怪我は無いと周囲に証明しろ」


 打算に塗れた手が差し伸べられる。

 それを取れば今後も龍泉の言いなりになってしまう予感がして、妖夢は刀を杖に自力で立ち上がる。

 それだけではなかった。

 気丈な姿に龍泉は眉を顰める。

 震える足で立ちながら、妖夢は龍泉の目の前でまたもや刀を構えていた。

 刀を強く握り込む事で震えを抑え、深呼吸し、確かな声音で妖夢は話し出す。


「……まだ、動けます。試合を続けましょう」

「これは勝敗に意味を持つ試合ではない」

「関係ありません。これで屈しては我が剣の名折れとなるのです。あなたの小手先の技に私の剣術が負けたとなれば、私は何を誇りに剣術を続けていられるというのですか」


 龍泉が武術によって打ち倒したのならば、妖夢は納得出来ていただろう。鍛え方が足りなかった。自分は間違っていなかったが、努力が足りていなかっただけだと。

 だが、それを妖夢は決して口には出さない。本当に己の誇りを守りたいのなら、行動で示さなければならないからだ。


「……意固地な事だな」


 龍泉は鼻で笑う。妖夢の態度が気に入ったのか、先程の殺気は消えていた。足元の刀を拾い上げ、素早く後ろへ飛びずさる。


「今度は我慢する。だから、別にまだ続けていいよな、紫。私は私の邪道が破れる姿を見てみたい」

「はあ……」


 悩ましそうに紫は溜め息を漏らす。

 普段から厭戦的に暮らしている反動からか、戦う事を自ら決めた時の龍泉の戦意は、周りの口出し程度では収まらないのだ。


「怪我は禁止よ。するのも、させるのも」

「了解」


 喜色さえ滲ませながら、龍泉は鞘から刀を力任せに引き摺り出した。

 空の鞘を煩わしそうに放り投げ、使い勝手を確認するように片手で振り回す。


「バラした後だ。隠す必要も無い。心意気に免じて手を抜くなんて生温い性格も持ち合わせていない。勝つ為に必要な手段は、卑怯だろうが何だろうが、全て実行してやる」

「結構。そうでなければ、私が勝つ意味もありません」

「そうか。それは楽しみだ」


 直後、龍泉の足下の床から沸き上がるようにして妖弾が発生する。数は少ない。しかし、まるで彼の壮絶な精神が具現したかのように、強い存在感を放っている。

 対して、妖夢は刀一つを握り締めるのみ。

 それは妖夢の覚悟の形。

 斬るべきものを見定めた妖夢は獅子吼を発し、龍泉の懐目掛けて果敢に飛び込んでいった。





 手段を選ばないと宣言した通り、妖夢を迎撃する龍泉の守りは形振り構わないものだった。

 妖夢の足下に妖弾を纏わり付かせ、妖夢がそちらへ気を配れば、頭を狙った妖弾を飛来させる。それを妖夢が捌く間に、龍泉は落ち着いた足取りで付かず離れずの距離を維持していく。

 これまでの攻防で明らかなように、龍泉の剣術は妖夢のそれと比べれば児戯に等しい。真正面からやり合った所で龍泉が勝つ道理は無い。刀の間合いの外から攻撃を加えるのは合理的な判断だった。

 尤も、それで妖夢が苦戦している訳ではない。焦る事も無く、的確に障害となる妖弾を切り払い続けている。

 龍泉は剣術と同じように、射撃の技術も磨いていない。搦め手に使うには充分だが、それで妖夢を押し切るには努力も才能も圧倒的に不足しているのだ。

 妖夢が詰め寄る形で、徐々に二人の距離は狭まっていく。


「はあっ!」


 妖夢の掛け声に一瞬遅れ、龍泉は右手で保持した刀で妖夢の攻撃に備える。

 軌道を予想し、それと十字を切るように刀を乱暴に振り回しつつ、龍泉は左手の手刀を妖夢の喉元目掛けて大きく突き込んだ。

 刀が打ち合わされ、耳障りな金属音が響き渡る。

 それに龍泉の舌打ちが続いた。

 龍泉が突き込んだ手刀は妖夢に届いていなかった。動きを読んでいたのか、妖夢は刀が弾かれると同時に龍泉の左へ回り込んでいる。

 龍泉は体を引きつつ、上体を捻って妖夢を刀で薙ぎ倒そうとするが、それも見抜かれていた。

 這いつくばるように斬撃を回避した妖夢から鋭い刺突が迸り、龍泉の脇腹を捉える。


「勝っ――」

「いや、まだだ」


 龍泉は平然とした調子で、勝利を確信した妖夢の周囲を妖弾で取り囲む。

 悪足掻きではなかった。

 龍泉が軽く捲り上げた服の裏にはナイフが仕込まれてあり、それが刀の軌道を逸らしている。


「また、守ってくれなくてもよかったのにな……」


 優しい声音で呟く龍泉。勿論、それが妖夢にも向けられる事は無い。労るようにナイフを擦る姿とは裏腹に、彼の思考は戦闘に重心を置いたままだった。急速に妖弾が収束し始め、妖夢から逃げ場を奪っていく。


「この程度か。お前の誇りは」


 妖夢が包囲に気を取られている隙に龍泉は上体を戻し、彼女の手首を掴んだ。

 思わず怯んだ妖夢を、龍泉は冷ややかに笑い飛ばす。


「ほら、もっと暴れろ。負けても仕方無いなんて考えているなら指を毟り取るぞ。全力を出せ、半端者」

「何を……っ!」


 激昂した妖夢の斬撃を紙一重で躱し、龍泉は後方へ跳躍。包囲を狭める自らの妖弾と擦れ違いつつ、着地と同時に刀を両手で構え、今度は突進。万が一に切り抜けられたとしても、自らの手で引導を渡すつもりなのだ。

 妖弾を切り払えば、切り返しが間に合わずに斬り伏せられる。切り払わなければ、そのまま妖弾に打ちのめされて終わる。

 隙の無い二段構えの戦法である。並の相手であれば、これで仕留める事が充分に可能だっただろう。

 しかし、妖夢は並である訳にはいかなかった。

 裂帛の気合を掛け、妖夢は一陣の風となる。

 踏み込みながら刀を横一文字に薙ぎ、容易く包囲を切り破った妖夢は勢いそのまま、龍泉に肩から突っ込んでいく。

 完全に捨て身の行動。だが、これは龍泉の予想の範疇にある。脚力が生み出す瞬発力など高が知れている。不意を打たれなければ、対応する事は造作も無い。

 龍泉は冷静に妖夢の肩目掛けて刀を振り下ろし――、そして、刀同士が擦れ合った。


「……何?」

「間に合わないと思いましたか?」


 刀を肩に乗せ、衝撃に耐え抜いた妖夢が、龍泉の静かな驚愕に応じる。


「失礼ながら、この妖夢。あなたの浅知恵で測れるような小さな器ではありません!」


 妖夢は全身の力で龍泉を押し返す。たたらを踏む龍泉に、再び妖夢の剣閃が迫る。

 咄嗟に龍泉は刀を盾にするように翳した。

 またも触れ合う。

 しかし、受け止める事は叶わない。

 火花を飛び散らせながら、妖夢の刀が一方的に龍泉の刀を徐々に切り裂いていく。

 隔絶した技量の差によって生じた現象に、龍泉は引き攣った笑みを浮かべながら唇を湿らせた。


「恐ろしい。一体どれ程の鍛練を積めば、その境地に至れるのやら」


 呟く間にも、刀が半ばまで断ち切られていく。


「未踏の領域。いや、恐らく私では永遠に辿り着けない極致だ。この場で無ければ相応しい賛辞を惜しみなく送っていた事だろう」

「御褒め頂き恐悦至極。しかし、あなたは偉そうに語れる状態ではありませんよ」

「その通りだな」


 末端に届きかねないところで漸く刃は勢いを失い、ぴたりと止まる。しかし、斬撃の圧力で歪んだ刀身は最早使い物にならない。風でも吹けば折れてしまうのではないかと思わせる程の危うさで、刀身は龍泉の意思とは無関係に揺れている。


「だから、簡潔に済ませよう。――おめでとう、妖夢」


 唐突に抜け落ちた手応えに妖夢は目を丸くした。

 介錯を受けた人間の首のように、龍泉の刀から刃の大部分が転げ落ちる。


「負けを認めたいと思ったよ。これ以上しても私に勝ち目は無い。でも、まだあるだろう? これだけが実力の全てではない筈だ」


 無用とばかりに龍泉は刀から手を離し、清々しく微笑みながらゆっくりと後退する。


「私に全てを見せてくれ。その冴え渡る剣術を目に焼き付けてから、私は負けたい」


 受け入れるように両腕を軽く開き、龍泉は願いを告げた。

 清らかで無垢な言葉だった。

 敗者の願いを聞き受ける必要は無いが、その言葉に妖夢の心は動かされた。

 余分となった闘気を捨て、妖夢は笑顔で頷く。


「では、是非とも御覧になって下さい」


 先程の殺伐とした空気は消え失せ、道場には親善試合らしい和やかな空気が取り戻されつつある。

 妖夢は両手に構えていた刀を右手に移し、左手で龍泉の刀から切り落した刃を拾い上げる。

 そして、妖夢はその二刀を構えた。

 龍泉は納得するかのように、ほう、と吐息した。


「やはり二刀流……。もしや、とは考えていたが」

「よく気付きましたね。普段の鍛練でも一刀だけを用いる事が多いのですが」

「一の太刀から危険な印象は受けなかった。常に先制の軽い攻撃ばかり。本命は必ず二回目。二刀流の左右の連携を分割していた、と考えるにはそれだけで充分だったよ」

「成る程。御慧眼です」


 龍泉の予想に少しの敬意を抱きながら、妖夢は散歩でもするかのような歩調で龍泉に近付く。


「……当てないでくれよ」


 ぽつりと呟き、龍泉は体の力を抜いた。

 妖夢の実力を見極める為に目を僅かに細めて、二つの刃を追い始める。

 ある地点で、その二つは静止した。

 敗北の瞬間は、すぐそこまで来ている。

 ――それなのに。


「面白かったわ、妖夢」


 ぱちぱち、と幽々子が軽薄に手を叩く。

 無粋にも勝負の終わりを告げるその音を、龍泉は疎ましそうに聞いていた。

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