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東方朧観簿  作者: 庶民
第一章
28/59

其の二十八、砕かれる心(中)

 首謀者達が沈黙し、今夜の事件は一先ずの終局へ至った。

 しかし、紅魔館が受けた被害や龍泉の処遇といった大きな課題は未だに残っていた。

 パチュリーは大部屋に怪我人を集めて、無事だったメイド達へ治療を言い付けると、混乱状態にあるレミリア達に代わり、霊夢と魔理沙に今後について相談する席を図書館に設けた。

 小悪魔が気を利かせて淹れた、気持ちを落ち着かせるハーブティーがテーブルの上で香る中、パチュリーが和やかに話を切り出した。


「まずは龍泉を助けてくれてありがとうね、二人共。それなのに大した礼が出来なくて、申し訳ないわ」


 霊夢は傷の治療。魔理沙は本を何冊か受け取っている。

 それで充分だと霊夢は首を振り、腕を組んで前のめりになった。


「そんな事より、その龍泉をどうするつもりよ。明日の夕方に紫が来るとは言っていたけど、一応負けた訳ではないでしょう?」


 核心を突く質問にパチュリーは言葉に詰まる。

 確かに龍泉は死にかけたが、紫も重い傷を治療しきれずに去っている。全快まで数日かかる事を考えると、勝ってこそいないが、一矢報いたとは言っていいだろう。

 出来る事なら龍泉を残しておきたいとパチュリーは思うが、妖精メイドが妖怪に変容させられた可能性等を冷静になって考えれば、危険な選択肢であるとも思う。

 しかし、メイド達と隔離した部屋で今も龍泉の側にいるレミリア達の意思を考えると、多少の危険性なら無視しても良いのではないかとも思う。

 何にせよ、パチュリー一人で決める事では無い、大きな問題だった。


「それは本人達とも話し合うわ。紫も強攻策には出ないでしょうし……。あと、霊夢に頼みたい事があるのだけど」

「なに?」

「死んだメイド達の葬儀をやって欲しいの。スペルカードルールが無い時代の博麗の巫女は妖怪を殺したりもしたのでしょう。その時に使った弔いの祈祷があるなら、それに任せたいの。私達は丁寧に弔う方法なんて知らないから」


 ああ、と霊夢は納得した。

 そもそも妖怪は滅多に死なないので、葬式の文化そのものが存在しない場合もある。死んだとしても、そのまま土に還すだけの場合が殆どだ。


「構わないわよ。と言っても、大したものは出来ないわ。丁寧なのが良いなら里の坊主にでも頼むべきよ」

「早く済ませたいの。もう少し落ち着いてからにしたいけど、遺体を長く安置しておく訳にもいかないから。それに、どうなるか分からない龍泉だって居るし、きちんと彼にも別れさせてあげたいのよ」


 パチュリーは紅茶を一口飲み、顔を俯かせる。


「……彼、死んだメイド達とかなり仲が良かったのよ。多分、彼の側で長い時間を過ごした分だけ、影響を強く受けて妖怪になったんだわ。それに気付かない訳では無かったでしょうに……。本当に、その状態でよく戦えたものよ」

「……そう。だからか」


 龍泉がメイドの遺言で死力を尽くして戦っていたのは、そういう経緯もあったからかと霊夢は神妙に頷いた。

 雰囲気が暗く沈み、進行が滞る。

 それに耐え兼ね、魔理沙は片手を挙げた。


「あのさ、紫が札を残していっただろう。あれ、複製とか出来ないのか? それが出来たら龍泉を紅魔館に残す事も現実的だと思うんだが」

「無理よ」


 即答だった。

 萎れたように手を下ろす魔理沙を眺めてパチュリーは溜め息を吐き、テーブルの上で組んだ両手に顎を乗せる。


「直ぐに試した。あれは龍泉の周囲に境界を作り上げて漏洩を防ぐだけのもの。紫以外には作れないし、相当量の妖力が込められているから量産も難しいのでしょうね」

「結界で代用は無理なの?」


 霊夢が口を挟み、パチュリーはそれにも素早く返答した。


「言っておくけど、龍泉がその気になればあらゆる障害を乗り越えて三千世界を自由に渡り歩けるわ。私と咲夜が擬似的に作った世界の壁を壊したくらいよ。博麗大結界に無意識で影響を与えられる以上、並の結界はやるだけ無駄ね」


 パチュリーは顎を乗せていた場所に今度は額を乗せる。

 油断すれば、溜め息が際限無く出てきそうだった。


「普段から龍泉は能力なんかに一切頼らなかった。誰にでも出来る事で皆と関わっていたのよ。飛ぶ事も妖力を使う事もせず、言葉と体だけでね。それなのに無駄な能力一つで……」


 神に匹敵し、新世界を創造する事すら可能な力ではあるが、龍泉にとっては邪魔でしかないとパチュリーは思う。

 それが無くても、龍泉はフランドールに成長の機会を与える事が出来ただろう。様々な紅魔館の捻れを解いてくれただろう。皆と良好な関係を築いていただろう。


「えっと、フランドールは何でも壊せるんだから、龍泉の能力だけを使えないように破壊するとか出来ないのか? 了承は必要だろうが……、どうだ?」


 戸惑った様子の魔理沙から再び提案が上がる。

 パチュリーはそれについて暫く考え込み、やがて、俯いたまま首を横に振った。


「駄目ね。フランの能力は龍泉そのものに非常に通用しにくい。あの能力が龍泉の一部である以上、破壊は実質不可能よ。現状、本当にどうにか出来るのは紫だけ。そもそも、私達が紫に勝った場合でも、彼女の援助を受けながら龍泉が紅魔館で訓練するつもりだったから」

「紫の協力が前提にあったにしては、殺そうとしていなかったか?」

「見てないから知らないわ。途中で止めるつもりだったのかもしれないけど……。そう言えば、メイドを殺した妖怪はどうなったの?」


 パチュリーは顔を上げて二人に訊ねる。

 数十人のメイドと同時に戦い、その全員を負傷させた上に何人かを殺めた妖怪。

 メイド一人一人は決して強くないのだが、団結した状態の彼女達は並の妖怪をも圧倒する。

 だという事は襲ってきた妖怪は並の妖怪ではなく、そんなものが今の紅魔館にもう一度くれば、また何人かが死ぬだろうと考え、パチュリーは憂鬱になった。

 その妖怪も龍泉の能力によって変容させられた存在だと知っている霊夢は複雑な気分になりながらも、気休めに予想を伝えた。


「まあ、敵討ちに出た龍泉が大量の返り血を浴びていたから相手は死んでいると思うわよ。仮に生き延びていたとしても、無事ではないわね」

「それは不幸中の幸いね。尤も、龍泉の精神がそれで救われる事は無いでしょうけど。……なんだか、龍泉の話ばかりね。少し話題を変えましょうか。

 あなた達、今夜どうする? 夜も遅いし、泊まっていってもいいわよ」


 パチュリーは出来るだけ笑顔を取り繕って言った。

 守りが薄くなった紅魔館の臨時的な戦力として取り込みたいという打算はあるが、霊夢達は龍泉の命の恩人でもある。丁重に持て成す事は難しいが、恩を返したいとも考えていた。

 霊夢が言った。


「私は残るわ。解決していないのに神社へ戻る訳にもいかない。一応、留守番も居るから大丈夫よ」

「魔理沙は?」

「用事は特に無いしな。気になるし、迷惑で無ければ泊まらせてもらおうとは思うが……」


 そこで魔理沙は言葉を切り、先程から存在感を消して隣のテーブルで本を読み耽っているアリスへ視線をやる。


「アリス、聞こえているか?」

「……一応ね」


 本を捲る速さはそのままに、アリスは答えた。


「私も用事は無いけど、あまり複雑なのは苦手なの。本を読んだら適当に帰るわ。余所者だしね、私」

「味気無いな、本当」

「興味はあるけど、それは魔法に関してだけでね。色々と事情が入り組むようなら手出ししないでおくわ。そのほうが迷惑にもならないでしょう?」

「まあ、そうだろうけどな。何かしてやろうとかはないのか?」

「私が焼くのは菓子と人形だけ。お節介は不燃物。心配しないでいいわよ。一人で帰れるから」


 取り付く島が無いとはまさにこの事だった。

 連れてきた手前、アリスを家まで送ろうかと考えていた魔理沙だったが、それは止める事にした。

 大袈裟に肩を竦めて、呆れたように言った。


「ま、そういう事だってよ。これは流石に無理強い出来ないし、あまりアリスを悪く思わないでくれ」

「分かっているわ。私だって同じ立場ならそうするでしょうからね」


 そうは言ったものの、パチュリーは深い溜め息を吐いた。

 共にこの事態について深く考えてくれる存在が今は一人でも多く欲しいのだ。

 性格はともかく、アリスなら冷静に全体を見て考えてくれそうだと考えていたが、無理なら仕方無いとパチュリーは思考を切り替え、席を立つ。


「明日の朝になれば咲夜も美鈴も動けるようになるでしょうから、これ以上の話はそれからにしましょう。人間には睡眠が必要な筈だしね。部屋に案内するわ」


 霊夢と魔理沙も席を立った。

 空になったティーカップが三つ、その場に残されていた。





 龍泉は精神的にも肉体的にも疲弊し尽くしていた。

 体に貼り付いた血を気にせず、しかし、眠ろうともせず、龍泉は自室の椅子へ身を沈ませていた。


 龍泉が狂っていない事は、奇跡を通り越して最早異常だった。

 家族のように仲の良かったメイドは気にかけていた妖怪に殺され、恩師から譲り受けた刀は砕け散り、挙げ句、図らずも敬愛する者の唇を奪ってしまった。

 全ての意味が分からなくなりそうになりながら、それでも龍泉は正気を保ち、起き続けている。

 その原因は、龍泉の膝の上に頭を預けて眠るフランドールと、何も言わずに窓際で佇むレミリアの存在にあった。


「レミリア様」


 泣き疲れたフランドールを起こさないように抑えた声で、龍泉は呼び掛けた。


「私の事は気になさらず、咲夜や美鈴の所にも訪ねられてはいかがでしょうか?」

「傍に居られると気まずいのね」


 背中で本心を見抜かれ、龍泉は沈黙で認めた。

 レミリアが振り返り、窓枠に手を付いて話し出す。


「霊夢が言ってたわよ。他人を引き合いにして本心を隠すのは不器用だってね」

「……私は、そもそも器用ではありません」

「そうね。器用ではないけど丁寧で高潔で繊細よ。気にしなくていいわ、口付けくらい。舌を入れた訳でも無い」

「ですが……」

「少し落ち着いて、そして、黙っていなさい。さもないと大人のキスをするわよ」


 強く言われ、龍泉は閉口した。

 愛する存在とはいえ、その方向性は恋人のそれとは全く違うのだ。

 想像するだけで、罪悪感が龍泉の頭を殴り付けた。


「私があの時、少し迷った理由が分かる?」


 あの時とは薬を口移しされた時の事だろう。

 それは分かるが、龍泉に答えを考える余裕などなかった。


「……いえ」

「私では不釣り合いだと思ったの。パチェは権利があるなんて言ってくれたけど、それは感情の話よ。してきた事を考えれば、私は龍泉に相応しい存在ではないから」


 躊躇いも無く語られる卑下の言葉に対して、龍泉は再び黙した。思うところは多くあるが、それでも、その事を認めたのだ。

 卑屈に顔を歪ませ、レミリアは続ける。


「私が龍泉にどう思われているかなんて事は分からないけど、多分、娘みたいに思われているのでしょう? 下等だと。支えてやらねばならない存在だと」

「レミリア様、フランが眠っておりますので――」

「嘘も誤魔化しも今だけは言わないで」


 レミリアとしては、別に何でも構わなかった。

 どちらが上で、どちらが下でも、二人の絆が失われる事は最早有り得ない。

 慕うか甘えるか。仕えるか育てるか。

 その程度の違いしかないのならば明確にすべきだとレミリアは厳しく指摘し、龍泉は覚悟を決めるように深く息を吸い込んだ。


「レミリア様を下等だとは思いません。しかし、微力ながら支えたいとは思っています。――許されるのなら、いつまでも」


 レミリアは驚いた顔をしたが、やがて、満足した笑顔を見せた。


「許すわ。たとえ運命が拒んでも、私だけは許す」


 太陽のような眩しさを前にし、その影であるかのように、龍泉の表情は暗くなった。

 龍泉は不滅である妖精に死という滅びを与えた。

 吸血鬼に影響しないという保証はない。

 今度はレミリアやフランドールを殺すかもしれないと思うと、龍泉の手は眠るフランドールの頭を優しく撫でていた。

 離れなければ危険だと頭では分かっていても、龍泉の体は頑として動かなかった。

 起こしてはいけない。突然居なくなってはいけない。

 その優しさが自らを殺しかけたのにも拘わらず、龍泉はそれを捨てられずにいた。


「フラン、気持ち良さそうに眠っているわね」


 レミリアは龍泉の傍に来て屈み、フランドールの寝顔を覗いた。

 今までのフランドールなら、誰かに身を委ねて眠る事はしなかっただろう。

 レミリアは龍泉の顔を仰ぎ見た。


「龍泉。あなたは悪い影響ばかり考えているのかもしれないけど、あなたのお陰で良くなった事だって一杯あるのよ」

「フランの事は、最後は咲夜さんの決心でした。私が居なくても、遠からずフランは変われていたでしょう」

「それでも勝手になったのではないわ。あなたが機会を与えて、咲夜に任せたからよ。フランもそれに気付いているから、あなたの膝の上で安心して眠っているんじゃない」


 龍泉はそこで、はたと手を止めた。

 膝の上のフランドールが身動ぎする。

 目を擦り、頭の位置を少し変え、しかし、フランドールは再び寝息を立て始めた。

 その眠りを妨げないよう、龍泉は細く息を吐いた。


「レミリア様。もう少しだけ、声を抑えて頂けますか?」

「え、ええ。少し喧しかったわね……」


 反省した様子でレミリアは俯き、沈黙が三人を包んだ。

 気配りのある、優しい静寂。

 暫くし、先程よりも声を落として、レミリアが言った。


「体のほうは、大丈夫?」

「恐らく骨に罅が入りましたが、特には。目立つ外傷はパチュリー様の薬で塞がりました」

「動けるの?」

「指はあまり……。痛みはどうとでもなるのですが、無理に動かせば変形するかもしれません」

「吸血鬼なら直ぐ治るのに、不便ね」

「……そうですね」


 吸血鬼になれたら良かったと龍泉は改めて思う。

 憧れに似た思いから龍泉は血を啜るが、吸血鬼になる事自体は不可能だと諦めていた。

 精神的な成長も含めた変化が著しく困難な存在であるという事は、龍泉自身、かなり昔から自覚していた。


「なりたい?」


 考えを読んだかのようにレミリアは訊ねる。

 並の妖怪とは一線を画す龍泉でも吸血鬼にさせる事は出来ると、レミリアは考えていた。

 そうなれば、龍泉を自らの血族と主張して紅魔館に留められるのではないか。

 返事を待たずにレミリアは龍泉の背中に回り、彼の首筋へ口を寄せる。

 後は直接噛み付いて、龍泉の血に吸血鬼の血を少しでも混ぜてやればいい。

 レミリアは龍泉の頷きを待つ。

 しかし、彼女に与えられたのは頬に触る手の感触だけだった。


「……レミリア様と同じ吸血鬼であれば、口にされる血の味もよく分かるのでしょうかね」


 残念そうに語る龍泉の声が、不可能であるという事を暗に仄めかしていた。

 レミリアは微かに見せていた牙を戻し、龍泉が座る椅子の背凭れの影に座り込む。

 龍泉が突然消えてしまいそうな、そんな気がして、レミリアの目が潤んだ。

 今だけは優しくされたくないと、レミリアは思う。

 そんな事をされれば、大声で泣いてしまいそうだった。


 ――ずっと一緒に居てくれる?


 心の声が届くとは、レミリアは思っていない。

 しかし、言葉が返ってくる。


「レミリア様、隣へ来てください。隠れないでください。……少しでも長く、側に居させてください」


 龍泉の声は、いかにも寂しそうで。

 レミリアは涙を呑み、俯きがちに龍泉の隣へ現れた。

 助けを求めるように龍泉の手が伸ばされ、レミリアはそれを両手で受け止める。

 そして、龍泉が消えてしまわないように手を胸元で抱き、レミリアは何も言わず、耐えるように涙を流し始めた。


「私は……」


 それを悲しげに見詰める龍泉は呟き、そして、次の言葉を見付ける事が出来なかった。

 レミリアが泣き疲れて、甘えるように体を龍泉に預けて眠るまで、龍泉もまた、じっと耐えていた。

 眠った事を確認し、龍泉は愛しい二人を一人ずつ抱き抱えてベッドに寝かせると、彼は椅子に戻って彼女達を眺めた。

 やがて、味わうような、嘆くような、そんな息を龍泉は吐いた。


「遠いな。……レミリア様の隣が、私には、あまりにも遠い」

 

 そう呟くと、疲労と睡魔に身を委ね、龍泉も深い眠りの中へと落ちていった。





 長い夜を越え、紅魔館は朝を迎えた。

 しかし、動いているのは咲夜と美鈴、それにパチュリーだけである。

 他の者はまだ、眠っていた。


 簡単な朝食が三人分、食堂のテーブルに並べられている。

 職務や立場の違いから同時に食事を取る事が少ない三人だったが、今朝ばかりは不思議と一緒に食べていた。

 一人で居ると、不安になってしまうからだ。

 しかし、そのような状況で食事が進む筈も無い。

 美鈴は食事の半ばで手を休めて、残りを見詰めていた。


「……残さないでよ。今日は忙しいんだから」

「ええ、分かってますよ、咲夜さん」


 美鈴は顔を上げ、隣に座る咲夜を見る。

 実は、彼女のほうが美鈴よりも食事は進んでいない。自分が作ったとはいえ、咲夜は完全な無表情で朝食を咀嚼している。

 まるで、体が栄養を求めているだけとでも言いたげな雰囲気である。

 美鈴は食事をゆっくりと進めながら、誰に向けるでもなく、呟いた。


「龍泉さんはまだ、残っているんですね……」


 深い実感を伴うそれを聞き、パチュリーの手が止まる。

 後ろ向きな言葉が、彼女の神経を撫でたのだ。


「紫に連れていかれているとでも思っていたの?」


 険のある問いだった。

 恐縮して、美鈴は頭を下げる。


「いえ、すみません。ただ、心配なだけです。あの人、あまり戦いを好む性格じゃなかったですし」

「……ええ、そうね」

「私達で出来る事って、何かないのでしょうか?」

「……分からないわ。それだけはどうしてもね」


 一晩中、パチュリーは襲撃を警戒しながら、その事をずっと一人で考えていた。

 そして、何も考えが浮かばなかった。

 出来る事が何も無い筈が無いと考えて頑張っていたが、それも段々と苦しくなってきていた。

 逃げるように、パチュリーは別の事を口にした。


「そうだった。勝手に決めてしまったけど、今日はメイド達の葬式を行う予定よ。問題があるなら取り消すけど、大丈夫?」


 藪から棒の発言。

 食事中にする話題でも無いだろうと咲夜は思ったが、話さなければいけない事だと直ぐに理解した。


「墓地の確保や僧侶はどうなさるのですか?」

「神道式だけど、霊夢が祈祷するわ。墓地については……ごめんなさい。考えていなかった」

「そう適当では困ります。メイドはペットではありません。庭に埋める訳にもいきませんし、墓守も居ないのですから、下手な場所に埋めれば獣に掘り返されます。遺体を放置出来ないという御気持ちは分かりますが……」


 咲夜はそこで口篭もる。

 葬式を言葉程度にしか知らない相手に説教をしても、それは詮無い事なのだ。


「まあ、どうにかなるでしょう。幻想郷の土地が全て厳密に管理されている訳でもありませんし、墓地を勝手に作った事を責める隣人もいません。他から死体を持ち込まれないように管理する必要はありますが、何かしらの結界でも張っておけば紅魔館の周辺で大丈夫だと思われます」

「……先走っていたわね。ごめんなさい」

「その様子では御嬢様にも話をしていらっしゃらないのでしょう。御嬢様が目覚められたら、私が話をしてきましょうか?」

「いえ、勝手に決めたからには私から直接伝えるわ。龍泉にも、私から言っておく」

「……分かりました。それが筋というものでもあるのでしょうね。それなら私は葬式の準備もしておきます。パチュリー様の事ですから、人数分の棺も用意していないのでしょう」

「あ……」

「やはりですか。最後に休む場所なのですから、あまり葬式の経験がないと言っても、そのくらいはしっかりしててください」


 咲夜は大きく息を吐いた。

 今直ぐという訳では無いが、これでは自分が死んだ時にはどうなるのだろうと不安になる。

 しかし、今は遥か先の事まで考えていられる余裕は無い。

 散らかった館の清掃や修復に加えて、葬式の準備まで今日の仕事に組み込まれたのだ。

 咲夜は自分の朝食を時間を止めてまで急いで食べ終え、更には食器や調理器も片付け終えると、再び二人の前に戻って時間を動かし始めた。


「食べ終えたら美鈴は庭の片付け。パチュリー様は侵入者が来ても撃退出来るように警備を御願いします。それでは私にも仕事がありますので失礼します」


 指示するだけ指示し、咲夜は時を止めて食堂から出ていった。

 傍目には消失したように見えるその行動を見送って、パチュリーは自らの浅慮を嘆いて頭を抱えた。


「空回りしてばかりね、本当……」

「大丈夫ですよ。パチュリー様の頑張りは咲夜さんも認めていますから。今日の咲夜さんが厳しかったのは死んだメイド達の上司だからでしょう。多分、責任を感じているんだと思います」


 美鈴が励ますように言うが、パチュリーには逆効果だった。

 パチュリーはメイドを失った咲夜の気持ちを考えていなかった。龍泉とレミリアとフランドールの事しか考えていなかった。

 全員の気持ちを汲む事は不可能だろうが、それでも、視野が狭すぎたのではないか。

 苦悩が頭の奥で燻り、パチュリーは思わず眉間を押さえた。


「大丈夫ですか?」

「ええ。少し精神的に参っただけ。でも、今は考え込む時じゃないわね」


 心配そうに伺う美鈴に対し、パチュリーは誤魔化しの笑顔を向ける。


「今は行動する時よ。さっさと食べて、さっさと動きましょう」


 美鈴は一瞬だけ、目を伏せる。

 そして、足下に悲しみを隠すと、美鈴もパチュリーと同じ誤魔化しの笑顔をもって、その言葉に軽く頷いた。

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