表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東方朧観簿  作者: 庶民
第一章
18/59

其の十八、光明

 蘇生したばかりの龍泉の元へ、レミリアとパチュリーは殆ど同時に到着した。

 美鈴から与えられた空気の生暖かさに噎せ返り、寒そうに腕を震わせる龍泉の姿は、彼が死んでいたと知らせるには充分な衝撃を彼女達に与えた。

 パチュリーはその場で謝罪の言葉を口にしながら頭を下げ、こうなる事を教えてくれなかったレミリアを責めるように見詰める。

 この件の考案者であるレミリアはそれを意識していながら、龍泉の傍に屈み込んだ。


「よくやった」


 彼女が口にしたのは労いの言葉だけであり、謝罪の言葉は出さなかった。

 命を何だと捉えているのか。

 そのような無言の非難がメイド達の脳裏に浮かぶ中で、龍泉の視線がレミリアを射抜いた。

 その瞬間、彼の震えは止まり、ずるりと体を引き摺るようにして起き上がる。

 それはまさに、動く屍のようであった。


「駄目です。寝ていなければ……」


 美鈴が龍泉の腕に触れる。そこに熱は無い。血が通っていないのだ。動けない体を無理矢理動かす為に、龍泉が意識的に無駄な場所への血の供給を経っていたからだ。

 当然、その分だけ回復は遅くなる。

 そこまでして、龍泉は何をしたいのか。

 唾を飲んで美鈴が見守る中、龍泉は人垣にぽっかりと開いた隙間に置かれた刀まで這っていき、それを杖にして立ち上がった。

 ぼおっとした、夢遊病者のような顔付きで皆に頭を下げると、振り子のように体の大半を揺らしながら、時折壁へ肩を預けつつ、自力で自らの部屋まで戻っていく。

 床や壁を擦る音が静まり返った館内に響き、それが消えるまで誰も動けなかった。

 誰もが、この件で龍泉から命に等しいものを奪ってしまったのだと直感させられていた。





 私が考える事を再開したのは、私に割り当てられた部屋のベッドで黎明の光を感じてからだった。

 心電計のような便利なものがない此処で、体調が悪化しないように私の事を夜通し見守っていてくれたメイドが白み始めた空を見て安心したのか、私のベッドに凭れて眠りにつく。

 起こさないように注意しながら、私は寝た状態で彼女の頭を撫でた。


「あ、あお――」


 私は痛みと諦めで口を閉ざす。感謝の言葉は出せない。喉の傷は私の声を殆ど奪ってしまったらしい。これが一時のものか一生のものかは分からないが、どちらにしても、今、何も伝えられない事を苦しく思う。


 体を起こそうとすると、全身が痛んだ。妖怪になっても回復力は変わらないらしい。痛みを誤魔化す事は出来るが、死んでいた事を知っている私にそんな無理はとても出来なかった。


 ――死んでいた。そうか、あれが死なのか。


 今まで死んだ経験が無い訳ではなかったが、私は人間達が理解不能として形而上で取り扱う死について、初めて理解した。

 今際の際で能力が働いたのだろう。

 漠然とでも分かった事に、私は静かな驚きを得ていた。

 死中とも呼べる世界。時間。空間。

 私にとってそれは新鮮であり、同時に恐怖でもあった。

 あまりにも、あれは曖昧で有り過ぎていた。


 しかし、価値観を一変させかねない事実ではあったが、結局、私自身のそれは変わらなかった。

 前と変わらず、私の面倒を見てくれたメイドは愛おしいし、私を殺したフランドールは大切にしたいと考えている。

 我ながら、奇妙な論理ではある。

 仕方無いのだと、私は満足して破顔した。

 これが私なのだから、仕方無い。


 そのように楽しんでいると、扉が控え目に叩かれ、交替のメイドが無言で現れた。

 起こさないように気を使ったのだろう。私はその好意を無駄にしたくないと思い、彼女に気付かれる前に目を閉じる。

 新しいメイドは居眠りをするメイドに腹を立てながらも、心地良さそうに眠る姿を見ると、何も咎めないようにしたらしい。

 私としても、別にそれで構わなかった。私が死んでいた事で余計な心労を掛けさせたのだから。


「大丈夫……ですよね?」


 メイドは私の近寄ると、そう呟いた。

 その心配が何についてかは分からないが、彼女の手が私の手に触れる。

 両手で触れ、頬にも当て、彼女は気の抜けるような息を吐くと、その場にへなへなと座り込んだ。

 彼女は何かを言おうと口を開き、しかし、感極まって声を出せないでいる。

 それがいじらしくて、私は掴まれた手を動かして、彼女の頭に触れた。


「あ……」


 意外だったのだろうか。メイドは呆気に取られていたが、やがて私に撫でられる事が恥ずかしくなったようで、顔を赤らめて私から離れた。


「起きているなら起きていると言ってくださりませんと。連絡と報告と相談は必ずするように言ったではありませんか」


 照れ隠しに真面目な振りをしていたが、何処か支離滅裂なその説教ではまるで逆効果だった。

 私は微笑み、そんな彼女を手招きする。

 メイドはむすっとしながらも、勢いを抑えた不自然な歩き方で私の傍へ戻ってきた。


「何ですか?」


 私は声が出ない事を伝えようと、自らの喉と口を手で押さえる。口を動かしてもみる。

 初めは分からなかった様子のメイドも、時間が経つにつれて状況を理解したらしい。


「喋れない、のですか?」


 私が頷くとメイドは唖然とし、しかし、直ぐに気を取り直したようだ。


「書くものは何処です?」


 私はクローゼットを指差し、彼女はそこを開けた。掛かっている服を一つ一つ確認して、仕事用に逐次書き込んでいたメモ冊子とペンを見つけ出す。


「知らせたい事があれば、これに。難しい漢字が無ければ私達でも読めますから」


 私はそれを受け取って直ぐに文字を書いた。

 ありがとう、と。





 私がフランドールに殺されていたという情報は美鈴の指示により、メイド長とフランドールには隠蔽された。

 これでキョンシー掃討の件も含めて、彼女達に隠した事実は二つ目となる。

 それを悪いとは感じない。負担を掛けるだけなら、教えないほうが良い事もあるのだから。

 しかし、重傷という事までは隠しきれず、フランドールはメイド長に付き添われ、ベッドに横たわる私の元へと訪れた。

 妖精メイドを下がらせ、三人だけの部屋。

 何かあったのか、それとも何も無かったのか。

 私を傷付けた事に対してひたすら謝るフランドールを、言葉が話せない私に代わって宥めるメイド長の姿からは以前のような恐怖心を感じなかった。


「もう、話せないの……?」


 涙を拭いながら、フランドールは私に訊ねる。

 医者で無い上に怪我を確認した訳でもない私だったが、不明瞭ながら発音は出来る事から、フランドールを安心させる為にも治るとメモに書いた。


「いつ?」


 それは、分からない。

 適当な嘘が見当たらず、私は視線を落とす。

 フランドールが焦った様子でベッドの上に身を乗り出した。


「それなら、医者に診てもらおう。何もしないでいるよりはずっといいから」


 フランドールの提案を、私は首を横に振る事で断った。

 医者に診られれば、そこから不特定多数に私の負傷が伝わるかもしれない。

 仲の良い人間や妖怪は少ないが、私はこれ以上、大勢を心配させたくなかった。

 フランドールには、私が新種の妖怪である為に体の仕組みが未だに分からず、したがって治療法も判然としていないから、と知らせた。


「でも、診てもらえれば少しは進展するかもしれないのに」


 尤もな質問を私は微笑む事で誤魔化した。

 私とて、早く治したい。しかし、医者は賢いだけで万能ではない。

 治せないと断言されるくらいなら、私は治るかもしれないという期待を抱いていたいのだ。

 それに、もし話せなくても後悔は無い。

 これでも満足しているのだ。

 メイド長はフランドールとの関係を模索し始めて、フランドールも無闇に周囲を脅さなくなった。

 その代償が声一つなら、安いものではないか。


 私には腕も脚も、ものを考える頭も残っている。

 それだけで良いのだ。

 それだけでも、良いのだ……。


「龍泉……?」


 不覚にも泣いている場面をフランドールに見られてしまい、私は顔をフランドールとは反対側の壁へ向けた。

 私は私に出来る限りの最善を尽くしたつもりだった。しかし、考えてもしまうのだ。

 もっと上手に解決出来たのではないか、と。


 昔から、外の世界に居た時から。

 私はこうだった。

 自殺を止めても、それでも自殺を諦めさせる事が出来なかった。誰かを殺させないように自らへ殺意を向けさせ続けて、それでも叶わずに人間に人間を殺させてしまった。

 幻想郷でも同じ。それどころか、更に悪くなっている。

 誰にも向ける顔が、今の私には無かった。


「妹様。そろそろお暇しましょう。龍泉もまだ本調子ではありませんから……」

「……うん。分かったよ、咲夜」


 メイド長の呼び掛けにフランドールが頷き、二つの足音が遠退いていく。しかし、部屋を出る手前で、はたと止まった。


「ねえ、龍泉。声が出るようになったらさ、私をフランって呼んでよ。お前をそんな目に合わせた私に言うのは辛いかもしれないけど、そうしてくれるまで私は待つから」


 扉が閉められた。

 部屋には私一人だけ。

 涙が垂れる頬を、私は傷だらけの拳で殴り付けた。

 痛かった。

 何もかもが、痛かった。





 フランドールに傷付けられた龍泉を見ていて、咲夜の中に浮かんだのはある種の敬意だった。

 龍泉も脆いのだ。人間と同じか、それよりも少し強いだけでしかない。

 不屈の精神。不滅の肉体。そんなものも無い。

 しかし、無いからこそ、強がる。強くなろうとする。

 咲夜はその姿に感銘を受けた。

 そして、龍泉の行動に報いる事を決めた。


 今までは用事が済めば直ぐに退出していたフランドールの部屋に、咲夜は残った。

 フランドールを怖くないと思うようになった訳ではない。

 怖くても見続けなければならない。そう思うようになったのだ。


「……龍泉は、許してくれるかな?」


 フランドールは咲夜にそう問い掛けた。

 咲夜が部屋に残っている事については、気にも留めていない。ともすれば、独り言のようでもある。


「もう許されておりますよ」


 咲夜はエプロンドレスの裾を強く握りながら、しかし言葉は柔らかに答えた。

 単なる慰めではなく、咲夜は事実として、そのように思っていた。

 龍泉は優しく、それでいて苛烈だ。

 許していなければ今頃、寝床か棺桶に収まっているのはフランドールのほうだったろう。

 フランドールは返ってきた言葉に驚きながら、曲解はせずに素直に受け入れた。


「そう、だよね。私を許してないのは、私なんだ」


 再確認するように呟くフランドール。

 その瞳には、何度流したかも分からない涙が溜まり始めていた。

 それが溢れ落ちる事が無いようにフランドールは手で拭う。

 声を涙で湿らせながら、フランドールは咲夜に縋り付き、彼女の顔を仰いだ。


「ねえ、教えてよ、咲夜。私、どうしたらいいの? 踏ん切りがつかなくて、自分を許せなくて、でも、何も分からなくて……、どうにかなっちゃいそう……。お願いだから、助けてよ、教えてよ……」


 それは咲夜にとってフランドールから初めて聴いた弱音であり、フランドールにとっても、本当に久し振りに他人を頼った瞬間でもあった。

 何を恐れていたのだろうと咲夜は思う。

 幼少の頃から紅魔館に属し、人間なりに長い時間を過ごしてきたというのに、咲夜はフランドールの事を全く勘違いしていた事に今、はっきりと気付かされた。

 咲夜は強い使命を感じる。

 フランドールを導かなければならない。

 従者としてではない。

 こんなにも頼られて、それを無下にする事など、咲夜の持つ母性が許さなかった。


「妹様」


 そっと膝を曲げ、咲夜はフランドールと目の高さを合わせる。

 フランドールの頬に流れる涙を指で拭って、咲夜はにっこりと笑った。


「泣いていたら何も許せませんよ。だから、笑いましょう。ねっ?」


 無理の無い、とても自然な笑みだった。

 悲しんでいるフランドールも半信半疑ながら、何とか無理にでも笑ってみせた。

 それだけでは、とても自らを許せそうではない。

 フランドールの顔が再び悲しみに歪んでいく。

 咲夜もこれは今のフランドールには酷な話だと気付いて笑みを消し、それでも優しい表情のままで彼女の頭を撫でた。


「……妹様はお優しい。他人を傷付けた事から目を逸らさず、こんなにも後悔出来るのですから。でも、もう良いのですよ」

「たった一人で危険な森にまで助けにきてくれたのに、私、龍泉に酷い事言っちゃったんだよ。声まで奪って、それでも龍泉は……!」


 辛そうにフランドールは胸をかきむしる。

 張り裂けそうだった。大切にしてくれた龍泉から何を奪ったのか。それを考えると、フランドールは自らも同じ対価を払わなければならないと思えて、喉に手を掛けた。

 そして、それを潰そうと力を込める。

 そんな事、咲夜が許さなかった。

 ふと気付けば、フランドールはまた抱き締められていた。


「それをすれば、今度は龍泉が悲しみます。いえ、龍泉だけではありません。私も妖精メイドも、貴女を知る皆に悲しみを与える事になります。どうか、止してください」

「皆……?」

「はい。皆、妹様の事が好きなのです。大好きで、愛しているのですよ」


 奇しくも、それは龍泉が伝えたかった言葉と同じだった。

 フランドールは龍泉からもたらされた愛情の事には気付いていながら、初めて、皆からも愛されている事を知った。

 少し前のフランドールなら、咄嗟に出た嘘だとして切り捨てていたかもしれない。

 しかし、もう違った。

 フランドールは長い年月で培った不器用な心を捨てたのだ。龍泉の優しさに触れた、あの時に。

 首に添えていた手を下ろす。

 フランドールはもう泣いていなかった。優しさに包まれていると知った彼女は、縋りつくのではなく、応えるように咲夜を抱き締めた。

 それは長い年月を経たフランドールが初めて自立に向けて投じた、小さくも大きい、最初の一歩だった。





 パチュリーは図書館の脇に設けた実験室で一人、龍泉の治療に使える魔法薬の開発に腐心していた。

 見た限りでは、龍泉が発声出来なくなった理由は内部の負傷で喉の筋肉が固まっているからだった。あまり、大したものではない。放っておいてもいつかは治り、少しは声質が変わるかもしれないが、言葉だって喋られるようになるだろう。

 しかし、それが何の意味となり、何の償いとなるのだろうか。

 多少、恩着せがましくても良い。パチュリーは責任を持って薬の研究に励むしかなかった。


 本音を言うなら、治療はパチュリーの不得手とする分野だった。発作は少なくなったが、持病の喘息さえも治せていない。そういうものだからと受け止めて、見向きもしていなかった事が大きかった。

 その結果、開発は直ぐに行き詰まった。

 試しにパチュリーは袖を捲り、腕を浅く斬る。新しく出来た薬液をそこに垂らすと、僅かな煙と共に傷は塞がった。しかし、その跡はうっすらと残っている。

 龍泉に元の声を取り戻させるには、これではまだ不充分という事だった。


「……小悪魔」


 袖を直し、パチュリーは図書館で薬の製法に纏わる書類を探している自らの使い魔を呼んだ。

 小悪魔はその作業を止めて、直ぐにパチュリーの前に現れる。

 相変わらず自らに忠誠を誓う使い魔の姿に手放しで喜べない満足感を抱きながら、パチュリーは言った。


「悪魔は契約の代償で声を求める事もあるのだそうね。逆に与えるという事は出来ないのかしら?」

「龍泉さんの場合は怪我ですから。呪術的なものでしたら可能性はありましたが」

「誑かすだけではなく、何かしらの代償を要求して何でも与えるのが悪魔でしょう?」

「それはそうですが、無理な事もあります。それに今の龍泉さんの容態で悪魔と会話させればどうなるか分かるでしょう? 負けますよ、彼。格好の餌です」

「その割に、お前は行かないのね」

「針や毒が仕込まれている餌に飛び付くつもりはありません。まあ、彼の性格が好みだからというのもあります」


 弱っているとはいえ、龍泉はまだ底が知れない。それに加えて、彼の先輩である妖精メイドが部屋の周囲を固めている。か弱い妖精でも何十人も居り、一つの事に団結している状態だ。生半可な強さでは返り討ちに会う事は明らかだった。


「ただ、御嬢様や妹様との血の契約で声を与える事は出来なくもないでしょう。しかし、龍泉さんは正体の分からない妖怪ですからどうなるか分かりません。最悪、拒絶反応で死ぬと思われます」

「……やめなさい。死ぬとか、縁起でもないわ」

「失礼しました」


 不謹慎な言葉を口走った小悪魔を諌めて、パチュリーは目の前に陳列した試作品を見詰める。

 硝子と水面に映る自分の姿に疲労を見付けて、パチュリーはふと訊ねた。


「そう言えば、今は何時だったかしら?」

「午前八時頃です」

「もう夜が明けていたのね。フランとレミィの様子は?」

「妹様は見舞いに行かれてからは御自分の部屋へ。御嬢様は確認が取れていませんが、部屋から出ていないと思われます。メイド達の噂話から考えて、謝罪も未だになさっていないかと」

「まったく、発案はレミィなのに……」


 責任転嫁ではなく、義憤からそのような言葉がパチュリーの口から漏れる。

 殺されそうになりながら、それでもフランドールを助けた龍泉の優しさに免じて、悪役を演じたパチュリー達は多少の蟠りを残しながらも許されている状態だった。

 しかし、それで謝罪をしないという理由にはならない。

 実際問題、その事でメイド達のレミリアに対する感情は確実に悪化し始めていた。


「メイド達が蜂起する可能性も大いにあります。くれぐれも身の置き所にはお気を付け下さい」


 小悪魔が分かりきっていた事を繰り返し、パチュリーがそれを断ずる。


「私は親友を捨てないわ。龍泉もね。分かったら作業に戻りなさい」

「沈む船に乗ると?」

「最後まで付き合ってこそ親友と呼べる存在になれるのよ。中途半端な友人を何人も作るより、私にはそのほうが似合っているわ」

「……パチュリー様は龍泉さんと出会って初めて渡した本を覚えていらっしゃいますか?」

「忘れたわ。重要な話?」

「いえ。――私には大した事が出来ませんが、薬の完成を御祈りします。では」


 そう言うと、小悪魔はそそくさと実験室から出ていった。

 気になる質問であった為か、パチュリーは暫くして、その本の事を思い出した。

 亡くなった親友の為に霊薬の開発を続けた魔法使いの本。

 その中では理論だけで薬の完成は出来ていなかった。完成に百年単位の時間を要する事にいつしか魔法使いの熱意が途切れてしまったからだ。

 パチュリーはその研究の過程で生み出された様々な副産物の事を思い出す。

 魔法による環境の変化。材料から短時間でより多くの成分を抽出する手段。薬品をあらゆる劣化から守る保存方法。

 パチュリー自身も意識していなかった焦りを、それらの知識が和らげていく。

 彼女は寝る間も食べる間も惜しみ、再び薬の開発に、今度は没頭し始めていた。

 何処にも見えなかった完成への道筋が、今のパチュリーの前には広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ