マジックミラー
ある男には、自分だけの秘密がありました。
魔法使いのおばあさんからもらって、いつも肌身離さず持っているそれ、は、
銀で縁取られ、銀の取っ手のついた小さなハンドミラーでした。
これは、好みの女性に同じ鏡をプレゼントすると、その後でこの鏡に自分を映すと、自分の姿が、その女性の姿になって鏡の中に現れるというものでした。
彼は毎日毎日、自分をその女性の姿を持ったものとして鏡に映し、それはそれは楽しそうに話をしました。
なにしろ、返ってくる言葉のすべてが分かりきっていたもので自分を必ず気持ち良くしてくれるものだったから。
これは、彼にとって非常に好都合なことでした。
会えない悲しみも、意見の食い違いに悩む必要性も、二人の関係がどう社会に位置するかという煩わしい議題もないのだから。そして彼が背負わずに済んでいるものを彼女がすべて背負っているというわけなのです。
しかし、鏡の向こうの本物の女性は、好きな人が映るはずなのに映らないハンドミラーを手にして、悲しみと寂しさを必死にこらえているのでした。
なにしろ、仮に事故にあって死にそうになっていたとしても、その間でさえ彼は自分の姿をした彼自身に見惚れているのだから。
ついに耐えきれなくなった彼女は、ハンドミラーを真っ二つに割り、取っ手のある方を、自分を寂しさから助けてくれる別の男性に手渡しました。
すると、稀に、お互いのことがぼやけて見えるようになりました。時にお互いの話し声がします。