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離別

作者: 水澄碧

シリアス、浮気・不倫、仄めかし程度の性的表現と言っても良いのか分からないくらいの描写があります。

どれか一つにでも嫌悪等を抱く方はお戻りください。

また、私自身に結婚・就職・出産経験は無いので、その点に関する描写に対してご容赦していただけると嬉しいです。

 私は信じたかった。

 これは悪い夢を見ているだけで、目を覚ませば愛しい息子が隣に眠っているのだと。

 でも、これは悲しい事に現実で、薄く開けた扉の先から漏れ聞こえる女の嬌声と女に折り重なっているあの人の姿が見える。

 きっと私が見ている事に気付いているのだろう。

 あの女とあの人の声が聞こえる。

 「奥さんに聞こえるわ」と笑いながら言う声に、

 「そんなこと構わない」

 「あんな女の事なんてどうでもいい」

 「出産した時点で用済みだ」

 そう言って答える声が聞こえる。

 私は泣きそうで、悲しくて、悔しくて。

 今すぐにでもこの場に乱入してしまいたいけれど、そうするとあの人から面と向かってこういった、いや、それよりも酷い言葉を投げつけられるかもしれない。

 そうやって固まって色々考えているうちに、嬌声は更に酷くなっていた。


 何とか動き出した私は意味が無いかもしれないがそっと扉を閉じ、寝入っている息子の元へ行く。

 数ヶ月前に無事に生まれた、可愛いくて愛おしい私の息子。

 出産して病院から退院してから息子の夜泣きなどのために私はあの人に頼み、私たち夫婦の寝室を別にしてもらった。あの人は三人一緒の部屋で寝よう、夜泣きも全て含めて一緒に子育てをしようと言ってくれた。けれども毎日頑張って仕事へ行き、疲れて帰ってくるあの人が夜泣きなどで寝不足となるのは申し訳なくて、沢山説得をして寝室を別にしてもらったのだ。

 あの時あの人は中々それを許してくれず、私はその反応に申し訳無い半面、嬉しさもあったものだ。愛されていると。けれどあの人は、内心では良かったと思っていたのだろう。

 最初は早く帰宅し息子のおむつやミルクなど様々な事を手伝ってくれ、私の事も気遣ってくれていた。しかし段々と帰宅が遅くなり、休日は変わらず息子の世話をしたりコミュニケーションをとったりとしていたが、私と視線を合わせる事が少なくなっていった。最初は仕事だと思っていたが、女性の影を臭わせ、徐々にそれを隠さなくってきた。

 そして最後の仕打ちが今日のこれだ。

 息子が夜泣きをし、それをあやしてようやく息子が寝入った所に玄関の扉が開く音がした。

 あの人が帰って来たのだと思い部屋を出ようとしたが、あの人以外に女性の声がした。

 そしてバタバタと今はあの人だけとなっている寝室に駆け込む音。

 今までここまでしてくる事は無かったので、夢だと信じたかった。だから私はついあの人の寝室へと向かい、扉を少し開けてみたのだ。

 そして、さっきの状況となったのである。


 もう無理だ。今まであの人は隠しても来なかったが、決定的な事は何もなかった。だから今まであの人に対して何も言わなかったのだ。

 最も、それも限界に近かったのだが。

 私はチェストの引き出しを開け、離婚届を出した。

 遂にこれを使う時が来てしまったのだ。

 この離婚届は女性の影が見え始めた頃に半ば御守りとして役所に貰いに行き、自分の欄を記入して引き出しにしまっておいた物だ。

 そして全く隠さず、けれど決定的な事が無い最近に、限界が来た時に使えるように証人欄も義父母でありあの人の父母である人たちに記入して貰った。勿論、その時に私の勘違いかもしれないけれど、と一応前置きはして現状などを説明した。義父はあの人の私生活が荒れてきているのを既に聞きつけていて、近々あの人に注意するつもりだったらしい。義母はあの人に憤慨し、私に謝罪しながらももしもの場合にこれを使う事を了承してくれた。そしてあの人にはこの事を黙っていてくれる事を約束してくれた。その時に「これを使う機会が来なければ良い」と言っていたが、そんな義父母の想いはあの人には全く届かなかったようだ。

 あの人は私がこれを持っている事を知らないだろう。そしてあの人は、私が離婚など出来やしないとでも思っているのだろう。


 私には少し年の離れた弟たちはいるが父母と結婚前に死別しており、職場も婚姻を結んだ時に退職していた。そして同時に貯蓄も弟たちが万が一の時の為の多少の貯金と、弟たちの学費としていた父母の遺産は別にしてあの人と一緒にしていた。あの人は、その弟たちに残した貯金は全て弟たちの学費と生活費だと思っているようだが。

 だからあの人は、私には金も職も無く弟たちはまだ学生で、そういった面を頼れる親しい親類も居ない。なので乳母や家政婦の様な扱いをしても何の問題も起きない、私も出て行けないとでも思っていたのだろう。

 しかしあの人の行動が顕著になって来た時点で、私はこれが杞憂で有ればいいと半ば思いながらも少しずつ行動に移していた。

 あの人には「何か災害などがあった時のために、貯金は幾つかに分けておいた方が良い」と理由を付けて納得させ、貯金から少しずつ私の名義にした別の口座に分けて行った。詐欺紛いの行為ではあるが、それを持っていくのも独身時代の私の貯蓄と今日の事の慰謝料、当面の息子の養育費だと思えば全く心が痛くならない。それに、あの人の収入と元々の貯蓄を考えれば雀の涙ほどだ。

 また、あの人は知らないのだろうが私の弟たちはまだ学生だが、実はそれぞれそれなりに稼いでいる。

 上の弟は元々はアルバイトをして稼いだお金を利用して株取引をし、かなり大きな額が取引されるようにまでなっている。勘が鋭く、頭も良くて一流大の経済学部に通っているだけはあるのだろう。ゆくゆくは起業したい、とも言っていた。

 下の弟は情報系の専門学校に通っているのだが、高校時代から趣味でゲームを作って小金を稼いでいた。現在では更に授業で習った事などを活用してPCのソフトも作成して企業に売っている。その大半がそれなりにヒットしているので、結構な収入となっている。

 あの人は弟たちが私の結婚前の収入と父母の遺産、そしてそれぞれのアルバイトによってそれなりの生活を営んでいるとでも思っているのだろう。全てそれは勘違いで、学費以外はそれこそ結婚前から大体それぞれの稼ぎによって賄っているのだが。

 そんな弟たちには義父母へ離婚届の証人となって貰いに行った時に万が一の時のためと思ってこの事を相談していて、寧ろ早く届を出して戻って来い、と言われていた。勿論、息子を連れて。


 今が決断の時だ。

 準備はほぼ整っている。

 だったら、今すぐにでも出て行こう。どうせ今すぐ出て行ってもあの人はあの女と行為に夢中で気付かないだろう。気付くとしたら朝食が用意されていないことに気付き、籍を入れてやっただけの家政婦に過ぎない者が何をやっている、とでも憤ってこの部屋に押し入った時だろう。


 決断した私はすぐさま弟たちへ連絡した。深夜にもかかわらず弟たちはすぐに出てくれ、あの人に憤りながらも私を気遣い、こちらまで車で迎えに来てくれると言ってくれた。携帯電話は大事なデータだけ移して、後はこちらに弟たちが着いた連絡を受けたら初期化して置いていくようにと言われた。

 私はデータを移しながら、鞄に荷物を入れていった。元々クローゼットの奥に何があっても良いように少しだけ荷物を纏めてあったので、少し足しただけですぐに荷造りは終わった。

 分けておいた貯金は今日の分の慰謝料と息子の当面の養育費として貰っていく事、親権は私が貰う事、裁判をする事になっても私は構わない事を紙に認め、息子のベビーベットに離婚届と一緒に置いた。

 そして弟たちから到着したと連絡を受け、指示通りに携帯電話を初期化をしてこれもベビーベッドに置いた。

 私は息子を背負い、荷物を持ってこの家を出た。

 最後に聞こえたのがあの人とあの女の嬌声だったのは最悪だった。





お読みいただきありがとうございました。

誤字脱字などありましたら、教えていただけると嬉しいです。


前書きにも書きましたが、私自身に結婚・就職・出産経験はありませんので、その点に関してご容赦いただけると助かります。

株やソフト作成なども全く詳しく知らず、全て私の想像です。


詳しいあとがきは活動報告にてするつもりですので、もしよかったらそちらにも来てみてください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ショートフィルムを拝見したような読後感が、とてもスッキリしました。最小限の情報から映像を膨らます、そんな表現にやられたな、という満足があります。 [気になる点] 白・黒はっきりしないと嫌だ…
[一言] 途中までは良かったのですが、起承転結の「転」で話が終わってるような。 旦那が浮気したから出ていった……だけですよね? 短編を読んだというより連載の第一話って感じに見えました。
[良い点] 面白かったです。 浮気モノにありがちな、うじうじした主人公じゃ ないのがいいですね。時々、執着心が強く依存型の 主人公を一途だと書く作者が多かったりするので、 すっきりしました。 できれば…
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