グリッターの夜
ねえ、さみしい?
隣にいる佐那は口にせず、都心から空港に向かうモノレールの中で、スマートフォンの電波を通じて僕に伝えた。言わなくたってわかるだろうに、と思いながらも顔は見ずにトーク画面を開いた。僕はフリック入力が苦手だからキーボード入力で途中まで打ち込み、やめた。打ち込んだ文字列を見ていた彼女はこちらをちらりと見た。また何か伝えようとしている。電波にのせて。
真面目な話や喧嘩を佐那の口からきいたことはない。きっとこれから必要な時が来ても、開口することはないと思う。別に、それでいいのだけれど。会えるのは年に数えるほどしかなくて、日常会話はほとんどメッセージでのやりとり。たまに僕のワガママで電話もするけど、彼女はほとんど喋らないから電話とは言えないだろう。最初はさみしかったそれも最近では気にならなくなって、これが何を意味するのかを知りたくない。
バイブレーション。隣にいる僕にその重たい口を開いて伝えれば知らないふりはできないのに、今じゃそれができてしまう。なんで見てくれないの、といわんばかりの視線が刺さって罪悪感がふくらむ。シャツの袖を引っ張られて、いつぞやの夜を思い出した。
いつか佐那とは別れるだろう。そんなに遠い未来じゃなくて、きっと彼女のほうから別れ話が出て、その時は僕の方が引きずるだろう。わかっているけど、振り切れない自分に対してやるせない。
佐那を愛せて愛された記録が僕の型落ちしたスマートフォンのメッセージ履歴にはたくさん残っているけれど、そんなものがなければいいのにと思ってしまう。記録が記憶につながり、鮮明に思い出すとき、毎回画面が滲んで見えなくなることを知っているからだ。思い出せばさみしさや虚しさがどっと押し寄せて、忘れる前に波打つように追憶される。両手の指ほども会っていないから、デートした記憶は忘れる前に思い出してしまって、そんなだからさみしさが倍増するのである。
彼女が僕にしかわからない表情をした。泣きたいけど人前で泣きたくないから口を尖らせて、ほんの少しだけ身長差がある僕を見上げている。
「ごめんね」
ぽつりと僕が言う。心なしかシャツを引く力が強くなったような気がした。
空港に着くと、チェックインを済ませた佐那の友人らがもう待っていた。軽く挨拶をする──自己紹介とかなんかした方がよかったかもしれないが、僕が離れた後で何かしら言われるのはほぼ確定しているからやめた。20歳そこらの専門学生が人の恋人のことを良く言うのは想像できない。うれしいことにすぐ搭乗時間までどこで時間をつぶすだとかそんな話に切り替わった。佐那はカウンターでて荷物を預けているところで、僕はスマートフォンの通知をおもむろに確認する。そのまま電源を落としていたから、彼女とのトーク画面を開いてしまって、通知が一件消えた。やるせない気持ちになって、ため息をつく。気分を変えたくなってニュースアプリを開いて夜の天気を確認した。雨が降ったとしても傘は持ってない。
「圭樹」
ぱっと顔をあげると佐那が立っていた。
「もう荷物預け終わったんだね」
「うん、一個だけだし」
両手を広げてはにかんだ。そっか、と当たり障りのない返事をした。気がつけばもう彼女の友人はいなくなっていて、僕らふたりだけになっていた。
「お友だちもう行っちゃったんだ」
「たぶん、お土産とか見に行った。あたし行くけど、圭樹もくる?」
僕が断ることが前提だからそんな誘いができるんだろ、と思っても誘われたのは嬉しかった。もちろんあの友人らが一緒なら行かないのが吉だ。
「ありがとう、でも大丈夫」
「うん」
なんだか耐えきれなくなってきた。あと数時間もすれば飛行機にのって、僕から遠ざかっていくというのに、断る前提の誘いをしてきたからかもしれない。いや、今後何か月も彼女の声を聞けなくなってしまうのが悲しいからか、シャツが引っ張られる感覚が急に愛おしくなったからかもしれない。
抱きしめようと彼女の腕をとった。毎回さよならを言うときは、しっかり抱きしめている。でも、この前喧嘩をしたときに人前でハグされるのは嫌だとか言ってたな、と思い出した。佐那の腕に触れた手をそのまま肩に置いてポンと叩いた。本当は離れたくなんかないし、ハグもキスもしたいけれど、彼女が嫌がることはしたくなかった。泣きそうになる気持ちをぷっつりと切って、下手くそな笑顔を取り繕う。
「もう行くよ」
「えっ」
「お友だちにもよろしくね、あまり話せていないけど。飛行機のなかでちゃんと寝るんだよ、着いたら連絡くれたらうれしいな」
「うん、わかったけど、」
「それじゃ、気を付けて。またね」
最後のほうは顔も見ずに畳みかけるように早口になってしまった。佐那のほうは何か言い足りないようだけど、きっとメッセージとかでまた言うだろう。モノのなかだって、喋らなかったのは彼女じゃないか。佐那の横をすり抜けて、僕はターミナルを出る自動ドアをも抜けた。振り返ったらまだ彼女が棒立ちしていて、またさっきの泣きそうな顔をしているのはわかっているから、振り返れない。
ターミナルを出て、ショッピングフロアの片隅にあるさびしそうなベンチに腰掛けた。流れでスマホを開くと、佐那にメッセージを送った。さっき言ったこととほぼ同じことだったけど、少し申し訳なくなって最後に主語もなくごめん、と付け加えた。
『なんでハグしなかったの、なんか怒ってる?』
すぐに返信が来て、駄々こねる彼女が思い出されて瞼の裏が熱をもった。
『前に嫌がってたからしなかった
けんかしたときのこと覚えてない?』
『、ふりかえらないであっさり行っちゃったから、怒ってるんじゃないの』
『ちがうよ。
友だちといるんでしょ、怒ってないから連絡しないで大丈夫だよ。楽しんで』
しばらく間があいて、バイブレーション。またカウンター付近に戻ってきたから、会いに来てとのことだった。5分も歩けば佐那のところまで行ける。会ったとてハグはできない。そもそも話せるのかよ、と投げやりな気持ちになってしまう。
『ごめん、泣いちゃうだろうからいけない』
ぽとりと涙が画面に落ちて、ひとり鼻をすすった。本心だし、佐那もそれはわかるだろう。
何往復かメッセージをやりとりして、佐那が飛行機の窓からの写真を送ったところで通知はゼロになった。飛行機に乗ったのだと悟る。
僕は佐那が好きだけれど、きっと100彼女に伝えることはできない。それは僕が佐那を100理解できないことと同じぐらい確かなことであり、100伝えても理解してもあまり意味がない。僕がいなくなってもきっと佐那は変わらずあの友人たちとつるんで、授業の愚痴や僕の陰口なんかを言うんだろう。
通知を0する。
『さよなら』




