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アクのマオウ  作者: ねむ
第二章:第一の神器

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9/12

Crack09:三人のドブネズミ

 

 深い森の奥底、夕暮れは瞬く間に夜の静寂へと塗り替えられていました。  アークは、先ほど無力化したリマスタの兵士たちが、目覚めた後に自分たちを追えないよう、手際よく木々に括り付けていきます。しかし、その手つきには慈悲がありました。


「……ごめんね。でも、こうしておかないと君たちも、僕らも危ないから」


 アークは、動けなくなった彼らが野生動物の餌食にならないよう、知恵を働かせます。周囲に「強い刺激臭のある腐葉土」や特定の草木を撒き、人間の匂いを徹底的に遮断しました。


 その傍らで、ロイはリマスタの荷物から地図や予備の食料、そして旧型の通信機など、これからの旅に不可欠なものを「拝借」していました。武器類は、すぐには手が届かない藪の奥へと一箇所にまとめます。


「……準備はいいかい、アーク。聖剣のある東方へ、このまま森を抜けるよ」


 神経を研ぎ澄ませ、ロイの正確なナビゲートのもとで二人は暗闇の中を進みました。数時間の歩行の末、森の出口が見え始めたその時。  不自然な、しかしどこか懐かしい「光」が二人の目に飛び込んできました。


 それは、リマスタによって修正された「完璧に光る結晶灯」ではありませんでした。

 揺らめき、すすを含んだ、人の手による温かな灯火――。

 ボロボロではあるものの、丁寧に手入れされたその小屋に、戦いと神経戦で疲弊していた二人は、吸い寄せられるように近づきました。


 コン、コン、とロイが扉を叩きます。


「……誰だ」


 扉の向こうから響いたのは、二人とさほど変わらない年齢の、少年のように瑞々しく、しかし鋭く警戒した声でした。


「近くの村がリマスタに飲み込まれ、そこから逃げてきた者です。……怪しい者ではありません」


「……リマスタじゃない保証はない」


 扉の向こうから、冷え切った声が響きます。


「あいつらは『正解』を押し付けるためなら、子供のフリだって、被害者のフリだって平気でする。悪いが、死にたくなきゃ他を当たんな。ここから半日も歩けば、お前たちが大好きな『綺麗な街』があるだろ」


 鼻で笑うような、鋭い皮肉。しかし、ロイは動じず、扉の向こうへ言葉を投げ返しました。


「…残念ながら、その推論は二つの点で間違っている。まず第一に、僕たちがリマスタの刺客であれば、こんな非効率な『ノック』という手段は選ばない。この小屋の構造なら、そうだな…熱源探知で君の位置を特定し、窓から麻痺ガスを流し込むのが最短だ。

 ……それをしていない時点で、僕たちに制圧の意思がないことは明白だよ」


「……あァ? 随分と物騒なガキだな。ガスだの熱源だの、知った風な口を叩きやがって。そういう『理屈』を並べる奴こそ、一番信用できねえんだよ」


「理屈が嫌いなら、もっと直感的な話をしようか」


 ロイは一息つき、小屋の壁に手を当てました。


  「君はさっき『綺麗な街に行け』と言ったね。でも、僕たちの服を見てごらん。……ああ、扉越しで見えないか。僕たちは今、動物に襲われないよう、強い刺激臭のある腐葉土と泥を全身に塗っている。

 リマスタの連中が最も嫌う『不潔という名のノイズ』そのものだ。もし僕たちが彼らの仲間なら、任務の前に発狂して自分をリマスタ(再定義)しているはずだよ」


 扉の向こうで、レノが息を呑む気配がしました。


「……泥? 腐葉土? ……あ、おい、待て。確かに、さっきから死ぬほど臭ぇぞ、お前ら……!」


「そう。この悪臭こそが、僕たちが『正解の世界』から拒絶された証拠だよ。……それに、君も気づいているはず。この小屋をリマスタが感知していないのは、ここが意図的に『認識の死角』に作られているからだ。そして僕たちがここを見つけられたのは、五感が鋭すぎる僕の友人が、君の焚き火の『不完全な燃焼臭』を嗅ぎつけたから。……つまり、偶然だね!」


「……チッ。計算高いインテリ野郎か、それともただの鼻が良い犬か。……どっちにしても、お前らみたいな『はみ出し者』を部屋に入れたら、ろくなことにならねえ」


「正解だ。ろくなことにならない。でも、扉を閉めたまま僕たちがここで力尽きれば、明日にはリマスタの回収班が来て、この小屋ごと『清掃』される。……僕たちを中に入れて情報を共有するか、それとも心中するか。……確率が高いのは、どっちだと思う?」


 長い沈黙が流れました。ロイの淡々とした、しかし逃げ場のない正論。  やがて、カチャリと金属が触れ合う音がして、重い扉がゆっくりと開かれました。


「…………ハッ。心中なんてお断りだ。……入れよ、ドブネズミども。ただし、一歩でも変な動きをしてみろ。その瞬間に、あんたらの計算式をナイフでズタズタにしてやるからな」


 そこに立っていたのは、勝ち気な光を宿した瞳を持つ「少年」でした。


 少年は、呆れたように肩の力を抜きました。

 ロイが「開けてくれてありがとう」と礼を言うと、少年は渋々といった様子で中へ入れてくれました。


「僕はロイ。こっちはアーク。……君は?」


  「レノだ」


 少年――レノは、ふんと鼻を鳴らして名乗ります。しかし、すぐに鼻をつまんで顔を顰めました。


「そんなことより、子供がこんな夜中に森で何してたんだよ。」


 ロイはこれまでの経緯を手短に説明しました。自分たちがリマスタに追われていること、そして東を目指していること。


「げっ! リマスタに追われてんのかよ!? ……やっぱり出てってくれ。俺は、あいつらに関わりたくねえんだ」


 レノの顔に、明確な忌避感と「恐怖」が混ざった色が浮かびます。

 しかし、ロイは一歩も引きませんでした。


「今夜だけでいいんだ。今夜、身を隠せれば後はどうにかなるから」

  「……お前、その自信はどっから来るんだよ」


 呆れ果てたレノでしたが、アークの純粋な瞳に気圧されたのか、最後には舌打ちをして承諾しました。


「ちっ、わかったよ! 汚ねえから風呂は入れよ。あと、ベッドには寝かさねえからな、そこらへんの床で寝ろ! ……それから、絶対にこの家の物を盗むんじゃねえぞ。いいな?」

「ありがとう、優しいね。レノ」


 アークが心から感謝を込めて微笑むと、レノは「……今日は機嫌が良かっただけだ!」と吐き捨て、顔を真っ赤にして奥の部屋へ閉じこもってしまいました。



 ――深夜。小屋の中に静寂が訪れます。  アークとロイが寝静まったのを見計らい、レノは猫のようなしなやかな動きで忍び寄りました。その目的は、二人の持ち物。


(……リマスタから逃げてきたなら、何かいいモン持ってるはずだ……)


 音を殺し、ロイの荷物に指先が触れた――その瞬間。


「…悪意がある。何してるの、レノ」

「……動かないで。」


 アークは本能的な「気配」に反応して跳ね起き、ロイは五感を研ぎ澄ませた状態で、暗闇の中でも正確にレノの喉元を指差していました。


「ま、待って待って! 違うんだ、これは……!」


 慌てて両手を挙げるレノ。

 盗みを働こうとした現場を押さえられ、必死にごまかそうとする彼に対し、ロイはふっと緊張を解きました。


「なんだ、レノか……。もう少しだけ寝かせてよ。明日は早いんだ」


 ロイは眠そうな目をこすりながら、再び毛布に包まります。

 アークも「おやすみ、レノ」と、何事もなかったかのように横になりました。


「…………」


 暗闇の中で取り残されたレノは、冷や汗を拭いながら、呆然と二人を見つめていました。

(なんだこいつら……。この状況で、俺を信じて寝るのか? ……それとも、ただのバカか?)

 レノの胸の中で、これまで出会ってきた「大人」たちとは違う、得体の知れない感情が芽生え始めていました。



 翌朝。小屋を包む冷え冷えとした空気の中に、場違いなほど香ばしく、食欲をそそる匂いが漂いました。

 目を覚ましたレノが、眠気眼をこすりながらキッチンへ這い出てくると、そこには手際よく鍋を振るロイの姿がありました。


「……あァ? 何だこの匂いは。テメエ、何勝手なことしてやがる」

  「おはよう。勝手にキッチンを借りたよ。一晩泊めてくれたお礼に、朝食を作ってみたんだ。もうすぐ僕たちは出発するからね」


 ロイは淡々と答えながら、皿に料理を盛り付けます。

 それは、レノが「明日にでも捨てよう」と思っていた萎びた野菜と、ロイが母ソフィアから持たされていた干し肉を組み合わせたものでした。

 しかし、ロイの徹底した温度管理と調味料の配合(彼にとって料理は化学実験と同じです)により、それは王宮の晩餐にも劣らぬ一品へと変貌していました。


「……誰がそんな、毒が仕込まれてるかもしれねえモン食うかよ」


 レノは壁に寄りかかり、わざとらしく鼻を鳴らします。しかし、その直後に「ギュルル……」と無慈悲に腹の虫が鳴り響きました。


「大丈夫だよ。今の僕たちが君を殺したところで、何のメリットもない。……ほら」

 ロイは平然と一口食べ、毒がないことを示しました。


 横ではアークがすでに頬を膨らませて、「ロイのご飯は世界一なんだ! レノも一緒に食べよう?」と満面の笑みで促します。


「……そこまで言うなら、仕方ねえな。……ってか、人の家の物を勝手に使うんじゃねえよ!」

  「『盗むな』とは言われたけれど、『使うな』とは言われていないからね」

「おいなんだあのムカつく野郎は!! アーク、あいつ一発殴らせろ!」


 怒髪天を突くレノをアークが「まあまあ」となだめる。そこには、世界の歪みもリマスタの脅威も一時だけ忘れ、等身大の少年として過ごす三人の姿が確かにありました。


 食事を終え、アークが丁寧に後片付けをし、ロイが装備の最終点検を終えました。

 二人は扉の前で、レノに向き直ります。


「レノ、本当にありがとう。君のおかげで、昨日はゆっくり休めたよ」


 アークはこれでもかというほど深々と頭を下げ、真摯な瞳で感謝を伝えました。

 ロイも、いつもの理屈っぽさを抑えて、静かに言葉を添えました。


  「……君が昨日休ませてくれたおかげで、僕たちの生存確率が劇的に引き上げられた。感謝するよ、レノ」


 二人の背中が森の向こうへ消えていくのを、レノは独り、小屋のテラスから眺めていました。 「……何だったんだよ、あいつら」  口では悪態をつきながらも、レノの胸には、リマスタによって消された「あの日」以来、一度も感じることのなかった温かな熱が宿っていました。



 数時間の行軍を経て、アークとロイは目的の「東方の平原」へとたどり着きました。

   しかし、そこで二人の目に飛び込んできたのは、静寂に包まれた街などではなく、「世界のバグ」が剥き出しになった異常な光景でした。


「……なんだ、これは」


 ロイが絶句し、ソフィアの研究録を捲る指を止めました。


 かつて平穏な平原だったはずの場所には、黄金の魔力が激しく渦巻き、大地が生き物のように盛り上がって、複雑怪奇な**「大迷宮」**を形成していました。それはまさに、世界の再定義が完了しようとした瞬間に生じた、巨大なシステムの拒絶反応――。


 さらに異様なのは、その迷宮を取り囲む街の住民でした。

  「勇者様だ! ついに勇者様がお生まれになるぞ!」 「聖剣がお目覚めだ! 祝え! 踊れ!」

 リマスタによって「幸福」を固定された彼らは、目の前の不気味な迷宮を「誕生祝い」だと思い込み、虚ろな笑顔で狂ったように踊り続けています。


「……ロイ、あの中心。あそこだけ、違う」

 アークが迷宮を指差しました。

 黄金の光が天を突き、その中心に、周囲の狂乱を拒絶するように鎮座する**『聖剣』の気配**。ロイは母ソフィアの研究録と、目の前の地形データを照らし合わせます。


「ああ、母様の地図が示している『黄金の練武場』……。リマスタはここを世界の完結点にしようとしたけれど、逆に聖剣が防衛本能で迷宮を作り出し、街を飲み込んだんだね。皮肉なことに、今のここはリマスタの兵士ですら容易に近づけない『未定義の領域』になっている」


「あそこに行けば、僕が何者なのか、わかるんだね」


 アークの言葉に、ロイは力強く頷きました。


「行こう。街の住民の目をごまかしながら、あの迷宮の『喉元』へ潜り込む。……リマスタの管理局が事態を完全に把握して、軍を送り込んでくる前に!」


 二人は、黄金の砂塵が舞う狂乱の街へと、静かに、しかし決然と足を踏み出しました。

【ノイズログ:009-A】

……ったく、どいつもこいつも勝手なことしやがって。


あのインテリ野郎の作ったメシが……まぁ、その、なんだ。 ほんのちょっぴり、ほんの数ミクロンだけマシだったから許してやったけどよ。 「三人のドブネズミ」だぁ? 冗談じゃねえ。俺は、高みの見物を決め込むつもりだったんだ。


でもよ、あのバカ正直なアークの顔と、理屈っぽくて鼻につくロイの背中を見てたら……。


ま、そういうわけだ。 あいつらが黄金の迷宮で自滅する前に、続きが読みたくなっただろ? だったら、ほら。そこにある**【ブックマーク】とかいうのをポチッとしとけよ。


俺に貢げとは言わねえが、読者のあんたらに嘘はつかせねえ。 評価でも感想でも、好きに書いていきな。 ……気が向いたら、次の話でまた会ってやってもいいぜ。


それじゃ、迷宮の入り口で待ってるからな!

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