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アクのマオウ  作者: ねむ
第二章:第一の神器

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7/11

Crack07:初陣

「……おや、失礼。ご挨拶が遅れました。――バルト・ヴォルフラム閣下」


 執行官が放ったその名は、十年の平穏を切り裂く鋭利な刃でした。  アークとロイは、バルトの背後で息を呑みました。執行官は貼り付いたような笑みを崩さぬまま、恭しく、しかしこれ以上ないほど侮蔑を込めて言葉を重ねます。


「驚かれましたか? 若き御子息。貴方方の父上は、ただの自警団員などではない。かつて王国聖騎士団の頂点に君臨し、我が主・聖王ゼオン陛下の『右腕』……いえ、文字通り陛下をあらゆるノイズから守護した**【聖王の盾】**。その人なのですから」


 執行官の視線が、値踏みするようにバルトを舐めまわしました。


ロイは冷静な眼差しで父の背中を見つめていました。


(……やっぱり、そうだったんだ。父様の筋肉の動き、呼吸の深さ、どれをとってもただの村の男じゃ説明がつかなかった。母様が教えてくれた戦術論を、父様がたまに『古いな』って鼻で笑っていたのも……。全部、本物だったからなんだ)


 ロイの五感は、とっくに「正解」を導き出していました。けれど、それを信じたくなかった。父が伝説の英雄であるということは、同時にこの「黄金の世界」の側にいた人間であるという証明に他ならないからです。


 バルトとロイが激しい沈黙に呑み込まれたその時、背後の物陰から、震える声が上がりました。


「……そ、そいつです! 執行官様!」


 汚れた指が、まっすぐにアークを指し示しました。そこにいたのは、昨日までアークに「よく働く良い子だ」と笑いかけていた、近所の老いた村人でした。


「そいつが、あの忌々しい『マオウの子供』です! 私たちは、バルトの旦那に脅されて黙っていただけなんです! 私たちは悪くない、悪いのは全部、あのノイズを育てているヴォルフラム一家なんだ!」


 その言葉を皮切りに、他の村人たちからもあることないこと罵声が飛び火しました。


「そうだ! あの子が来てから、魔族が村を襲うようになったんだ!」 「聖王様、どうか私たちをお助けください! その化け物を殺して、私たちの家を……この村を『正解』に戻してください!」


 アークの心臓が、ドクンと嫌な音を立てて跳ね上がりました。  昨日まで一緒にパンを分け合い、特訓の合間に「頑張れよ」と頭を撫でてくれた手。その同じ手が、今は自分を「汚れ」として排除するために、執行官へ縋っている。


 執行官は、その様子を極上の喜劇でも見るかのように眺め、深く頷きました。


「……おやおや。なんとも涙ぐましい。バルト閣下、貴方が必死に守り、教育を施してきた『民』たちが、貴方の愛した泥の中から貴方を告発している。これが、貴方が選び取った世界の『真実』ですよ」


「黙れ……ッ!」


 バルトの怒号が響きますが、アークの耳には、村人たちの悲鳴のような「正解」への渇望だけが、ノイズとなってこびりついて離れません。  彼らにとって、自分は「家族」ではなく、平穏を脅かす「バグ」に過ぎなかった――。


 アークが拳を握りしめ、足元を見つめて絶望に沈みかけたその瞬間、ロイがその震える肩を力強く、砕かんばかりに抱き寄せました。


「アーク、聞くな! ……父様が、母様が、僕が。……僕たちが、君の『真実』だ。他には何もいらない!!」


 ロイの悲痛な、けれど確固たる叫びが、アークの耳を塞ぐように響きました。  執行官はわざとらしく溜息をつき、無慈悲に指を鳴らしました。


「数多の戦場を支配し、魔族の軍勢を一人で押し留めた伝説の最高総帥。その御方が、まさかこのようなゴミ溜めで泥にまみれ、不浄な『マオウの子』を匿うなどという不具合を演じているとは。陛下もお嘆きですよ、バルト閣下」


 バルトは、古びた剣の柄をみしりと鳴らし、地を這うような低い声で吐き捨てました。


「……その名は捨てた。今の俺は、この村の泥を愛するただの男だ。去れ。さもなくば、その貼り付いた笑顔ごと叩き割るぞ」


 その瞬間、王宮を震わせるほどの凄まじい闘気が爆発しました。  物理的な圧力となったその威圧感は、侵食を開始していたテクスチャの膜を、数センチだけ力ずくで押し返したのです。


 執行官は、一瞬だけ目を見開きましたが、すぐに不敵な笑いに戻り、指をパチンと鳴らしました。


「残念です。陛下からは『バグの温床を、跡形もなく美しく上書きせよ』と命じられておりましてね。――テクスチャ展開。この村を、汚れた記憶一つ残さぬ『聖なる沈黙の墓標』へ再定義せよ!」


 瞬間、周囲の景色が音を立てて崩れ始めました。  空からは黄金の膜が雪のように降り注ぎ、触れた家々を次々と無機質な「白い石像」へと変えていきます。逃げ惑う村人たちの悲鳴さえも、膜が覆い被さるたびに、美しく、どこまでも空虚な「賛美歌」へと書き換えられていく――。


「……アーク、ロイ! 母さんを連れて裏から逃げろ! 荷物はソフィアがまとめてある!」


 バルトの咆哮が響きます。それは最高総帥としての命令ではなく、ただ家族を守ろうとする「父」としての、魂の叫びでした。


バルトは古びた剣を構え直しました。押し寄せる黄金の膜――世界の「修正」をその身一つで食い止めながら、彼は背後のソフィアに一瞬だけ目を向けました。  その瞳には、かつての聖騎士総帥としての冷徹な鋭さはなく、ただ長年連れ添った最愛の妻を案じる、一人の男としての懇願が揺れていました。


(……逃げてくれ、ソフィア。お前だけは、ロイたちと一緒に)


 言葉にせずとも、その必死な表情がすべてを物語っていました。しかし、ソフィアはその視線を真っ向から受け止めると、静かに、けれど鋼のような強さを持って首を振りました。


「……無理よ、バルト。貴方という『盾』の隣に、情報を読み解く私の『目』がなくてどうするの? ここで貴方が倒れたら、あの子たちの逃げ道すら閉ざされてしまうわ」


「ソフィア……!」


「私たちは二人で一つ。そうでしょ、閣下?」


 ソフィアがかつての呼び名で茶化すように微笑むと、バルトは短く吐息を漏らし、観念したように不敵な笑みを浮かべました。もはや言葉は不要でした。彼は妻の覚悟に全幅の信頼を置き、共に死地へ踏み止まることを選んだのです。


 その光景を、アークは震える瞳で見つめていました。


「おじさん、おばさん……! 二人とも残るなんて、そんなの嫌だよ! 僕も戦う、僕の力を使えば……!」


 アークがその身に宿る紫のノイズを解き放とうとした瞬間、ロイの太い腕がその肩を強く掴みました。


「やめろ、アーク! ……行こう」

「ロイ!? 何言ってるんだよ、二人を置いていけないよ!」

「……今の僕たちの力じゃ、足手まといになるだけだ。父様たちがわざわざ作った『隙間』を無駄にする気か!」


 ロイの言葉は冷徹なほどに論理的でした。しかし、アークを掴む彼の指先は、今にも千切れそうなほど震えています。ロイは自分自身に言い聞かせるように、歪んだ表情で続けました。


「父様は『聖王の盾』だった男だ。母様はどんな暗号もこの世のことも読み解く天才だ。……大丈夫だ、あの二人は、これしきのパッチで消されるようなヤワな存在じゃない!」


 アークは、ロイの瞳の奥に、親を置いていかねばならない子供としての地獄のような葛藤を見ました。それでもなお、自分たちの「生存」という戦略を最優先した親友の覚悟――。アークは食いしばった奥歯から血を滲ませながら、ゆっくりと頷きました。


「……わかった。行こう、ロイ」


 二人の少年が、走り出すために前を向いたその瞬間。  バルトとソフィアが、同時に振り返りました。その顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいました。


「……いい、二人とも。これから世界は、貴方たちを『悪』と呼ぶでしょう」


 ソフィアの声が、背後から凛として響きます。


「でも、自分の目で見たものだけを信じなさい。誰かに書き換えられた『正解』の中に、貴方たちの居場所はないわ。迷ったら、自分の心にある声に従いなさい。それが、貴方たちが生きている証なのだから」

「行け! ロイ、お前には『道』が見えているはずだ。アークを頼むぞ!」


 バルトの咆哮が地を揺らし、彼は神速の一撃を執行官へと叩き込みました。  その背中を最後に、アークとロイは暗い森の奥へと、足を動かしました。


 振り返れば、黄金の光に包まれた村が、遠ざかっていく。  温かな食卓も、厳しい特訓の庭も、すべてが「修正」という名の嵐に消えていく。

   少年たちは、泣きませんでした。  今、涙で視界を曇らせれば、両親が命懸けで見せてくれた『道』を外れてしまうから。  一人は「知略」を、一人は「直感」を研ぎ澄ませ、彼らは初めて、本当の意味で残酷な世界の荒野へと踏み出したのです。


「……許せない」


 走りながら、アークの瞳が不吉な紫色に明滅しました。


「全部を『正解』だって言い張るアイツらを……僕は、絶対に許さない!」


 その隣で、泥を蹴り、風を切り裂きながら走るロイの横顔は、彫刻のように硬くこわばっていました。五感のすべてを研ぎ澄ませ、追手の気配、足元の木の根、空気の揺らぎを完璧に演算しながら、ロイは心の中でアークの言葉を繰り返していました。


(……ああ、僕もだよ。アーク)


 ロイは、自分の視界の端で「修正」されていく村の残像を、あえてその鋭い記憶力の中に刻みつけました。母様が大切にしていたハーブの鉢植えも、自分が父様に投げ飛ばされては何度も泥を舐めたあの訓練場も、今はもう、冷たい石のテクスチャの下に窒息するように埋められている。


(僕たちが積み上げてきた十年間は、あいつらにとっては『消すべきバグ』に過ぎないんだ。……だったら、僕がその計算を根底から狂わせてやる)


 ロイは走りながら、隣にいるアークの手を、骨が鳴るほど強く握りしめました。  理論を、知恵を、そして父から受け継いだその強靭な肉体を。すべてをアークという一振りの「剣」を振るうために捧げる。それが、家族を置いてきたロイが、自分自身に課した唯一の生存理由でした。


「アーク、見ていろ。あいつらがどんなに綺麗な『正解』を描き直そうとしても、僕が全部暴いて、計算不能なゴミ屑にしてやる」


 ロイの瞳が、冷徹な青い光を帯びて未来を射抜きました。


「君がその力で世界を壊すなら、僕はその瓦礫の上に、僕たちの『本当』を築き上げるための図面を引く。……神様が定めた仕様書なんて、僕たち二人で、ズタズタに引き裂いてやろう」


 二人の少年の影が、暗い森の奥へと吸い込まれていきます。  一人は燃え上がる憎悪を糧に。  一人は冷徹な理論を武器に。


 この日、世界は「ユウシャの旅立ち」を祝福しましたが、同時に、自らが切り捨てた「ノイズ」によって、その完璧な仕様が崩壊し始めるカウントダウンが始まったことを、まだ誰も知りませんでした。



【ノイズログ:007-A】

「……父様のあんなに必死な顔、初めて見たよ。 母様の、あんなに悲しくて……でも誇らしげな笑顔も。

僕の五感は、もう理解しちゃってるんだ。 あの村には、もう戻れない。僕たちが愛したあの泥だらけの日常は、あいつらの『テクスチャ』っていう綺麗な嘘の下に、もう埋め殺されてしまったんだ。

……アーク。 君はアイツらを許さないって言ったね。 なら、僕はその言葉を『現実』にするための、冷徹な戦略ロジックになる。 君が『直感』で選んだ戦場を、僕が死ぬ気で『必勝』に変えてあげるから。

父様から受け継いだこの体も、母様から授かったこの知恵も。 全部、君という一振りの剣を振るうための『最強の盾』として捧げるよ。


……ああ、そうだ。観測者の皆様。 僕たちがこれから始める、この泥だらけの反撃……。 もしよければ、君たちのその端末に**【ブックマーク】という名の座標を刻んでおいてくれないか? そして、僕たちのこの覚悟がいつか黄金の仕様書をズタズタにするための力になるよう、【評価の星(☆☆☆☆☆)】**を贈ってほしいんだ。


君たちの支持という名の『不確定要素イレギュラー』があれば、僕の計算はもっと鋭く、確実な未来を射抜けるようになる。


……父様、母様。 見ていて。 僕たちが次にその場所へ行く時……それは、この世界を僕たちが『再定義』し直してやる時だ。」


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