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アクのマオウ  作者: ねむ
第一章:誕生そして旅立ち

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4/11

Patch04:ギフト

……立ち止まられた皆様、まずはこの薄暗い記録に目を向けられたこと、魔王陛下の名において歓迎いたします。

人によっては、この記録が放つ残酷な描写や、理不尽な絶望に、心がノイズを立てることもあるでしょう。


もし、美しい絵画のような世界テクスチャに浸ったままでいたいのであれば、今すぐ立ち去ることをお勧めいたします。  真実を知ることは、相応の痛みを伴うものですから……。


 それでも構わない、と。  この世界の「バグ」の正体を見届けたいと仰るのであれば――どうぞ、そのままお進みください。


 ようこそ、我らが王が歩まれる、真実の地獄へ。

 魔王陛下、ご報告申し上げます。  あの日、偽善者達が「偽りの奇跡」を謳っていたその裏で……この地の底では、本物の王が産声を上げました。


 舞台は、陛下の居城の麓。


 世界の掃き溜めと呼ばれるこの村で、アーク様はあまりに純粋な愛のなかで育たれました。  母親は過酷な出産でボロボロになりながらも、アーク様を「唯一の光」として守り抜いた。


 あの方が赤子の頃、その愛に呼応して笑うたび、一瞬だけあの忌々しい「絶望の夜」の欠片が空に混じりましたが……。母親は、ただ優しくその頬を撫でておられました。


 あの方は、驚くべき速度で世界を理解されました。

 一歳にして、母の背でおぶわれながら、ゴミ山のなかに埋もれた「価値ある本物」を正確に指差されました。


 あの方の瞳は、泥にまみれた金属の純度さえ見抜き、何より、接する人間の内面から滲み出る「嘘」と「真実」に、誰よりも敏感であらせられた。


 ある時、村の意地の悪い男が「お前の母さんはお前を捨てたよ」と幼きアーク様に吹き込んだことがございました。

 ですがアーク様は泣きもせず、ただ男の濁った目を見つめ、


「おじさんの心、腐ったお魚みたいな色がしてるね」


 と静かに仰った。男はその一言で、己の醜悪さを暴かれたように震え上がったと報告を受けております。


 しかし、愛だけでは腹は膨れません。  母の体は衰弱し、アーク様のために捧げ続けたその命は、もはや風前の灯火。



 そして――アーク様、五歳の誕生日。

   あの方は、自分の誕生日など二の次で、母への感謝を込めた贈り物を探しにごみ山へ向かわれました。


 その日の昼下がり、ゴミ山の麓に、この掃き溜めにはおよそ似つかわしくない親子の姿がございました。  衣服は整っておりますが、どこか洗練さに欠け、垢抜けない……いかにも地方から出てきたばかりといった風情の親子です。

 四大省の役人でも、魔王領の残党でもない。ただ、好奇心か何かで迷い込んだのでしょう。


「ママー、これ。アーンして!」


 鼻を垂らした幼い息子が、無邪気に母親の手を引きました。


「なあに?」


 母親は優しく微笑み、息子の差し出した「食べ物」を覗き込みました。


 ですが、その顔は瞬時に強張りました。子供が小さな掌に乗せていたのは、どこをどう見ても、その辺に転がっている不格好な「石ころ」だったからです。


 母親は叱りつけようと、その石を指で摘み上げました。  ところが、口元までその石が近づいた瞬間、彼女の鼻腔をあり得ないほどの芳醇で、甘い香りが突き抜けたのです。


「……ねえ、これ、石じゃないの?」

「うん石だよ!落ちてたの!でも甘いよ! すっごく甘いんだよ!」


 息子はそう言うと、手近な石をもう一つ拾い上げ、まるで高級な菓子でも頬張るように口の中へ放り込みました。  母親は悲鳴を上げて止めようとしましたが、指先に残るあまりに魅惑的な香りに抗えず、吸い寄せられるようにその石をひと舐めしてしまった。


「……っ!? 甘い……!? どういうこと、これ、本当に石なの……?」


 彼女の瞳からは正気が失われ、何かに憑かれたように独り言を呟き始めました。


 そして、先ほどまでの小綺麗な身なりも構わず、泥だらけの地面やゴミの山を狂ったように物色し始めたのです。  この地では、空腹に耐えかねてゴミを漁る者など日常の風景。誰も、その異常な親子に目を向ける者などおりませんでした。


 ただ一人、その光景を物陰からじっと見つめていたアーク様を除いては。


 満足な食事など、いつから口にしていないのでしょうか。 あの方は、親子が去った後の地面に這い寄り、震える手で小さな石を拾い上げました。  一瞬石を食べるのをためらいましたが意を決してそれを口に含んだ瞬間。


 アーク様の痩せ細った体中を、今まで経験したことのないような強烈な「甘み」が駆け巡りました。  母が必死に工面してくれた、どんな僅かな食事よりも。それは脳を痺れさせ、空腹という苦痛を一瞬で幸福へと塗り替える、悪魔的な美味。


「……おいしい」


 あの方は、それが何であるかも知らぬまま、その偽りの幸福にひとときの安らぎを得ておられました。  それが、母への贈り物を選ぼうとしていたあの方の、唯一のエネルギー源となってしまったのです。


 そして日が暮れる頃、あの方は見つけたのです。  泥のなかで唯一、嘘のない輝きを放っていた一片の「手鏡」を。



「お母さん、ただいま!」


 勇んで帰宅したあばら屋で、あの方を待っていたのは……静寂でした。

 

 母親は、飢餓と衰弱の末、アーク様が戻るわずか数分前に息絶えていたのです。  あの方は呆然と立ちすくみ、手に持っていた鏡を落とされました。


 ――カラン、と。  母への想いが詰まった鏡に、残酷なひびが入りました。


 アーク様は、ただ、ただ泣かれました。

 五歳の子供が背負うには、その絶望はあまりに重く……あの方は母の冷たい骸に寄り添い、いつしか疲れ果てて眠りにつかれました。



 不気味な気配に、アーク様は目を覚まされました。  暗がりのなか、足元の手鏡に忍び寄る汚らわしい手。  火事場泥棒が、高価そうな鏡を盗もうとしていたのです。


「……やめろ!」


 アーク様が上げられた悲鳴のような叫び。  しかし、暗がりに潜んでいたその男は、怯むどころか下卑た笑みを浮かべ、鏡を掴んだ手を離そうとはしませんでした。


 その鏡は、母への愛そのもの。泥にまみれ、石を噛んでまで探し抜いた、あの方にとって唯一無二の宝物。  アーク様は震える足で立ち上がると、自分より二回りも体格の大きな男に向かって、無我夢中で掴みかかられました。


 細く、折れそうな腕で男の汚れた上着を必死に引き止め、鏡を取り返そうともがくアーク様。  対する男は、あの方を五歳の子供と侮り、乱暴に振り払おうとします。  狭く暗いあばら家の中で、二人の影が激しくもつれ合いました。


「離せッ! 離せよ……ッ!」

「うるせえ! ガキがこんな高価なもん持ってても無駄なんだよ。死んだ親も喜んでやがる。この鏡はよ、俺がもっと有効に使ってやるんだ!」


 男の口から吐き出された、泥よりも汚い暴言。  それが、母を侮辱し、あの方の心に唯一残っていた「正解」を土足で踏みにじった瞬間――。


 アーク様の瞳の奥で、何かがパチンと弾ける音が聞こえた気がいたしました。  あの方の脳内を、凍りつくような冷たさと、焼き付くような熱さが同時に駆け巡る。


 アーク様は、男の胸倉を両手で強く、呪うように掴まれました。

   次の瞬間、五歳の子供には到底出し得ない、世界そのものを押し返さんとするほどの渾身の力が、その小さな掌に集束したのです。


「お母さんの……お母さんへのプレゼントに、触るなッ!!」


 裂帛の気合とともに、アーク様が男の胸を思い切り突き飛ばされました。


 アーク様のその指先が男の心臓に触れた刹那でございました。


 空気が凍りつき、視界が歪み、「ジジッ、ジジジ……」と、鼓膜を直接掻き毟るような不快なノイズが世界を浸食したのです。


 男の胸の奥——その心臓という核に寄生していたのは、ドロドロと濁り、吐き気を催すほどにどす黒い負の感情。  アーク様の指先は、男が隠し持っていた卑しき本性、すなわち「醜い真実」を、逃げ場のない実体として強制的に引きずり出されました。


 それは瞬く間に形を成し、脈打つ闇の塊……「悪魔」となってこの世に顕現したのです。


 折悪しく、家の前を通りかかった酔っ払いがおりました。  真夜中の静寂を切り裂く異様な物音に、下卑た好奇心を抱いたのでしょう。ボロボロに朽ち果てた扉の隙間から、中を覗き込んだその瞬間でした。


 解き放たれた悪魔が、獲物を見定めた飢えた獣のごとく、扉を粉々に突き破って躍り出たのです。


「ぎゃああああああああッ!!」


 夜の闇を貫く、凄まじい絶叫。  悲鳴を聞きつけ、這い出してきた野次馬や浮浪者たちの目に映ったのは、あまりにも凄惨な光景でした。  悪魔の爪に引き裂かれ、生きたまま食らわれる男。  そして、崩れかけた家の中で倒れている盗人と最愛の母親。


 その血生臭い中心に、一人。  噴き出した黒いモヤを、まるで王の外套のように纏って佇む、小さな子供の姿。


 人々の恐怖は、瞬時に猛毒のような妄想へと変わりました。


「あのガキだ……! 親を殺し、満足できずに悪魔を呼び寄せやがった!」 「不吉な夜に生まれた不吉な子どもめ。やっぱり、こいつは呪われてるんだ!」


 罵倒の声が重なり合ったその時、アーク様の背後の空が、あの日世界を絶望に沈めたあの夜と同じ、禍々しい色に染まりました。  村人たちは、五年前の記憶を呼び覚まされたかのように、腰を抜かし、這いつくばって逃げ惑う。


「……本当に、アクのマオウの子どもだ……」


 恐怖に引き攣った浮浪者の呟きが、冷たい風に乗って広がります。

   尾ひれをつけ、肥大化したその噂は、もはや誰にも否定できぬ、逃れようのない『真実』としてこの地に刻み込まれました。


 アーク様は、足元に落ちた、ひび割れた手鏡をじっと見つめられました。  鏡に映るのは、周囲の罵倒も、恐怖も、そして己の中に眠る力さえもすべて飲み込んだ、冷徹な王の瞳。


 あの方は、震えることもなく、ただ静かに、その唇を動かされました。


「……僕は、マオウの子ども……」


 魔王陛下。  あの方の覚醒は、これをもって完了いたしました。

   光の勇者が偽りの平和で世界を塗り固める間、我らの若き王は、この暗闇の底で、真実を斬り裂くための牙を研ぎ続けることでしょう。


 以上、監視報告を終わります。


【ノイズログ:004-A】

……さて。  この救いようのない記録を最後まで読み解かれた読者の皆様。  この地の底で、一人の少年が「真実」という名の呪いを受け入れる瞬間、貴方様は何を感じられましたか?


 ゴミ山の底で母の骸を背に、悪魔を暴き出す魔王。


 この世界の美しすぎる「テクスチャ」を剥ぎ取った先に残る、血の通った痛み。それこそが、我らが主が歩まれる道なのです。


 もし、この暗闇のなかに一筋の「真実」を見出されたのであれば、ぜひその証を刻んでいってくださいませ。  皆様の**【ブックマーク】という名の署名。  そして、画面下の【☆☆☆☆☆】を、あのアーク様の瞳に灯った黒紫の光(★★★★★)に染めて**いただければ、陛下も、そして私も、これ以上の悦びはございません。


 感想もお待ちしております。  ただし……「アーク様が可哀想」などという、安っぽい同情の言葉は不要にございます。あの方は、もはやそのような次元にはおられぬのですから。    「Crack」はさらに深く、鋭くなります。……フフ、光の勇者どもは、自分たちが何に首を絞められるのか、まだ気づいてもおりますまい。


 それでは、次の「報告」まで、影に潜んでお待ちいたしましょう。

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