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アクのマオウ  作者: ねむ
第二章:第一の神器

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Crack17:本当の自分

鏡の中に映し出された凄惨な過去が、砂嵐のようにノイズを立てて静止します。

 膝をつき、嗚咽を漏らしていた幼い少女の残像。アークは、その震える小さな背中に手を伸ばすようにして、現実の「レノ」へと近づきました。


「……レノ。大丈夫……?」


 アークがそっと彼女の肩に手を置いた、その瞬間でした。

 レノの体がビクッと跳ね上がり、電流が走ったかのような速さで顔を上げます。


「あはは! なんだアークか! びっくりさせないでよ、もう。心臓止まるかと思ったじゃん!」


 そこには、いつものレノがいました。

 アークやロイと初めて出会ったあの日のように、軽薄で、少し人を食ったような明るい笑みを浮かべた「少年」の姿。先ほどまで喉を掻きむしって泣き叫んでいたのが嘘だったかのように、完璧な仮面を被り直したのです。


 ですが、アークの目は、その背後に浮かぶ「異変」を捉えていました。


 レノの背後に立つ大きな鏡。そこに映っているのは、仮面を被って笑う少年ではありません。

 ボロボロと涙をこぼし、虚脱した表情で立ち尽くす――あの日の少女、ネロの姿でした。


「全然大丈夫だってば! ちょっと昔の悪い夢を見ちゃっただけ。それより、さっさとこんなとこ抜け出そうよ」


 レノがいつものように軽口を叩き、アークの肩を叩こうとします。

 しかしその時、鏡の中の少女が、震える唇を動かしました。


『――大丈夫なわけがない』


 少年の声に重なるように、低く、湿った少女の声が部屋に響きました。

 レノの手が、アークの肩に触れる寸前でピタリと止まります。


「……っ、何言ってんの、この鏡。アーク、これ壊れてるんだよ、きっと! 悪い魔法か何かのせいだって! ほら、行こう、ロイとかおっさんとか、待たせたらうるさいし!」


 レノは引きつった笑顔のまま、アークの腕を強引に引こうとしました。しかし、アークはその場から一歩も動きません。ただ静かに、鏡の中に映る「ネロ」を見つめています。


『怖い。……怖いよ。また、私のせいで誰かが壊される。……おじいちゃんと同じみたいに、アークも、ロイも、ガラムおじさんもみんないなくなっちゃう……』


「あはは! 本当に、悪趣味な幻聴だよね! オレが怖がってる? そんなわけないじゃん。オレがいつだって一番、この旅を楽しんでるんだから!」


 声を張り上げるレノ。ですが、その声は微妙に震えています。


「レノ。君の手、すごく冷たいよ。それに震えてる」


 アークが静かに告げると、レノは弾かれたように腕を離しました。


「……冷たいのは、この場所のせいでしょ。湿気もすごいし、体温くらい下がるって」


『……嘘。本当は、アークの顔を見るのが辛い。また私のせいで大切な人がいなくなる。リマスタの光に焼かれて、心が死ぬの……耐えられない』


「うるさいって言ってるだろ……ッ!!」


 レノが鏡に向かって激昂します。その顔からは「お調子者の少年」の余裕が剥がれ落ち、追い詰められた獣のような形相が覗いていました。


「ねえ、レノ。君がさっきから言ってるのは、本当のこと?」


「本当だよ! 全部、全部本当だ! オレはなんともないし、アンタたちのことなんて……っ、最初から、ただの便利な移動手段としか思ってない! お宝を山分けするための駒だよ! 友情? 仲間? そんなの全部、嘘に決まってんじゃん!!」


 吐き捨てられた言葉。それに対し、鏡の中のネロは、絞り出すような悲鳴を重ねました。


『――嘘、嘘だよ! 誰よりも、みんなのことが大好きなのに……っ! 一緒に笑うのが、あんなに楽しかったの!』


「……あ、が…………っ!!」


 レノが突然、自分の喉を掻きむしるようにしてうずくまりました。

 嘘を重ねようとするたびに、鏡の中の「本当の自分」との乖離かいりが、肉体的な苦痛となって彼を襲います。


「黙れ……黙れよネロ……ッ! お前なんか、あの日死んだんだ! 私は……オレは、レノだ……上手な、完璧な嘘つきの、レノなんだよ……!」


 レノの仮面が、ボロボロと崩れていきます。


「お前なんか、もういないんだよ……ッ!!」


 レノは絶叫し、短剣で背後の鏡へと振り下ろそうとしました。自分の本音を容赦なく暴き立てる少女を、その絶望ごと粉々に叩き割って、なかったことにしようとするかのように。


「レノ、やめて!」


 その剣先が冷たい鏡面に触れる直前、アークが背後からレノの腕を強く、けれど優しく掴んで止めました。


「離せよアーク! 壊さなきゃいけないんだ、こいつがいるから、オレは……!」


「壊しちゃダメだ。壊したら、君の本当の心までいなくなっちゃう」


 必死に「嘘」で自分を塗り固め、強固な城壁を築こうとするレノ。

 そして、その城壁の内側で、隠しきれなくなった「真実」を露呈させ、泣き叫ぶネロ。


 二つの声、二つの性別、二つの生き方に引き裂かれ、レノの精神は今にも崩壊しそうなほどに軋んでいました。震えるレノの腕からは、もはやかつての軽妙な身のこなしなどは微塵も感じられません。


 アークはレノの腕をゆっくりと下ろし、怯える少年と、鏡の中の泣きじゃくる少女、その両方の瞳を真っ直ぐに見つめました。


「……レノ。鏡の中の彼女も、ここにいる君も……どっちも君なんだよ」


「……違う。オレは『レノ』だ。あんな弱くて、取り返しのつかないミスをする泣き虫な女なんて、オレじゃない……!」


 レノの声は、もう掠れて消えそうでした。


「おじいさんは、君に『嘘つきになれ』って言った。でもそれは、君が一生苦しむためじゃなくて、君が生き残るためにくれた手段だったんじゃないのかな」


 アークの言葉に、レノの瞳が大きく揺れました。


「僕は、嘘をつく君も、怖くて泣いている君も、全部信じるよ。君が僕たちを『駒』だって嘘をついてもいい。それでも、僕は君の隣にいるって決めたんだ」


「……なんでだよ。裏切られるかもしれないんだよ? 嘘つきなんだよ、オレは……!」


「いいよ、裏切られたって。君がまた嘘をつくなら、僕はその嘘ごと君を信じる。……だから、もう自分を殺さないで、ネロ」


 アークがその名を呼んだ瞬間、鏡の中の少女と、目の前のレノの視線が重なりました。


「……嘘だ。そんなの、絶対に嘘だ……!」


 レノはアークの手を振り払い、激しく首を振りました。


「アンタ、自分が何を言ってるか分かってんの!? オレはアンタを騙して、利用して、最後には笑って捨てるかもしれないんだぞ! 怖くないのかよ、裏切られるのが! 大切なものが壊れるのが!」


 それはレノの口を借りた、彼女自身の「恐怖」の叫びでした。  信じれば、壊れる。愛せば、奪われる。  おじいさんのあの日から、彼女の時計は止まったままなのです。


「怖いよ」


 アークは逃げずに、一歩踏み出しました。


「大切な君がいなくなるのは、すごく怖い。でも、君に嘘をつかせて、君が一人で泣いているのを知りながら、何もしないでいることの方が……僕はもっと怖いんだ」


 アークの手が、再びレノの震える肩を包み込みます。


「レノ。君がおじいさんから教わったのは、『嘘のつき方』だけじゃないはずだ。おじいさんは、君に『生きてほしい』って願ったんだよ。だから君を守るために命を懸けたんだ」


『……おじいちゃん……』


 鏡の中のネロが、ぽろぽろと大粒の涙をこぼしました。  その涙は、現実のレノの頬をも伝い落ちます。


「あ……ああぁ…………っ!!」


 レノはついに、顔を覆って泣き崩れました。  被り続けてきた少年の仮面が、偽りの強さが、アークの温かな熱に溶かされて剥がれ落ちていきます。


「ごめん……ごめんね、おじいちゃん……っ! オレ、怖かったんだ……! 信じるのが、怖くて……本当の自分になったら、また全部失っちゃう気がして……!」


 その時、鏡の中のネロがゆっくりと手を伸ばしました。  鏡の表面が水面のように揺れ、少女の指先が現実の世界へと突き抜けます。  ネロの指先が、レノの胸元に触れた瞬間、まばゆい光が二人を包み込みました。


「……もう、逃げなくていいんだね」


 光の中で、レノの姿が変化していきます。  短く切りそろえられた髪はそのままに、けれどその瞳には、かつての少女が持っていた真っ直ぐな輝きが戻っていました。  嘘をつくための鋭い光ではなく、大切なものを慈しむための、優しくも強い光。


 パリィィィィィンッ!!!


 背後の大きな鏡が、音を立てて粉々に砕け散りました。  それは絶望の破壊ではなく、彼女を閉じ込めていた呪縛からの解放。  砕け散った破片は星屑のような光の粒となり、暗かった通路を白く染め上げました。


「……アーク」


 顔を上げたレノは、まだ少し照れくさそうに、けれど今度は「本物の笑顔」を浮かべてアークを見つめました。


「アンタ、本当にバカでお人好しだよ。……でも、そんなアンタだから、オレ……信じてみたくなったのかもね」


 レノの胸元から、一枚の古い金の硬貨が転がり落ちました。  それはおじいさんと最後に盗もうとした、あの司祭の財宝。今度はそれを「偽り」としてではなく、自分の「過去」として、彼女はしっかりと握りしめました。


 鏡が砕け散る寸前、破片が一つに集まり、巨大な一枚の鏡へと再構成されました。  映し出されたのは、あの日、あの時。スラムの広場――おじいさんの頭部に、無慈悲な魔導装置がセットされる直前の情景です。


「……あ」


 レノの喉が震えます。鏡の中では、幼い少女ネロをスラムの大人たちが取り囲み、必死に口を塞ぎ、自由を奪っていました。


「行かなきゃ。行かなきゃ……おじいちゃんを、助けなきゃ……っ!」


 レノが鏡へ飛び込もうとしたとき、それを遮るように過去の大人たちの影が鏡面から実体化し、レノを押し留めようとします。


「お嬢ちゃん、行っちゃダメだ!」「死にたいのか!」

という、善意という名の呪縛の声。


 その時、アークがレノの前に立ち、立ちはだかる大人たちの影へと真っ直ぐに語りかけました。


「みんな、どいてください。……彼女はもう、一人で泣くだけの子供じゃないんだ」


 アークの声には、不思議な威厳と、静かな怒りが宿っていました。


「彼女はずっと、自分を偽って、君たちが守ろうとした『命』を必死に繋いできた。……今度は、彼女が自分の心を取り戻す番だ。彼女を自由にしてあげて!」


 アークの言葉に、大人たちの影が怯んだように動きを止めます。アークは彼ら一人一人の目を見つめ、諭すように首を振りました。


「行かせてあげて。彼女の『本当の言葉』を、止めてはいけないんだ」


 大人たちの影が霧のように消え、レノを縛っていた拘束が解かれます。


「アーク……! ありがと……っ!」


 レノは鏡の中へ、あの日戻りたかった「あの場所」へと飛び込みました。  リマスタの光が今まさに放たれようとした瞬間、彼女は群衆をかき分け、おじいさんの元へ駆け寄って、その大きな体に抱きつきました。


「おじいちゃん!! やめて……! その人を連れて行かないで!!」


 執行官が驚いて動きを止めます。おじいさんは目を見開き、腕の中の少女を見つめました。


「ネロ……どうして……逃げろと言ったはずだ……」


「逃げない! もう、逃げるのは嫌だよ!! おじいちゃんが教えてくれたのは、泥棒の技じゃない……誰かを守る、本当の勇気でしょ!?」


 レノの叫びと共に、彼女が握りしめていた「金の硬貨」が、目の眩むような黄金の光を放ちました。それは、彼女の覚悟が具現化した「真実の光」。


 パリィィィィィンッ!!


 おじいさんの頭に取り付けられていた魔導装置が、その光に耐えきれず粉々に弾け飛びました。  鏡の中の世界が、セピア色から鮮やかな色彩へと一変します。


 おじいさんは、驚いた顔のあと、あの日見せたことのないほどの深い、慈愛に満ちた笑みを浮かべました。そして、レノの頬を優しく撫でます。


「……ああ。お前は本当に、私の自慢の……最高に上手な『自分』になれたようだな、ネロ」


 その言葉を最後に、おじいさんの姿は温かな光の粒となって、レノの胸の中へと吸い込まれていきました。  残ったのは、静まり返った通路と、清々しい顔で立ち尽くす一人の少女――レノ。


「……アーク」


 彼女はゆっくりと振り返りました。その瞳からは、もう絶望の影は消えていました。


「おじいちゃん、笑ってた。……オレ、やっと『あの日』から歩き出せる気がするよ」


 レノは、短く切り落とされた髪を誇らしげに揺らし、アークの隣へと並びました。


【ノイズログ:017-A】

「……ふむ。どうやら、うまくやったようだな。 いや、驚いたよ。あの泣き虫だったネロが、まさか私にこれほど立派な『嘘の終わり』を見せてくれるとは。

なあ、アークと言ったか。 お前さんには、感謝してもしきれんよ。 あの子が抱えていたのは、自分を責めるという名の、救いのない呪いだった。 それを『嘘ごと信じる』なんて大馬鹿なやり方でぶち壊してくれたのは、世界中探してもお前さんくらいだろう。

……見てやってくれ。あの子のあの、晴れやかな顔を。 もう自分を殺し、影に隠れる必要はない。 あの子は今日、本当の意味で私の『自慢の弟子』……いや、一人の誇り高き『ネロ』に戻れたのだから。

さて、物語を見届けてくれた旅人諸君。 この老いぼれの願い、聞いてはくれんか? あの子が進むこれからの道が、二度と孤独な嘘に染まらぬよう、光を灯してやってほしい。

**【ブックマーク】や【評価】**という名の灯火が、あの子たちの旅を支える大きな力になる。 ネロが、そしてアークたちが、この狂った世界の真実に辿り着くその時まで……。 どうか、目を離さずにいてやってくれ。

……さあ、ネロ。もう振り返るな。 お前さんの信じた仲間と共に、その『本当の足』でどこまでも駆けていくがいい。」


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