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アクのマオウ  作者: ねむ
第二章:第一の神器

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11/11

Crack11:真実の残滓

「がははは! 道をあけな、ガラクタ人形共! どいつもこいつも、俺の拳で『再定義』してやるぜ!!」


 ガラムの「作戦」は、文字通り物理的な粉砕でした。


 都市中央、リマスタ本部の重厚な門――本来なら厳重な認証が必要なはずの鉄扉を、ガラムは巨大な戦槌のような拳一つで、蝶番ごと吹き飛ばしました。

 駆けつけた執行兵たちが「不法侵入を確認。排除ロジックを——」と無機質な警告を吐き出すよりも早く、ガラムはその巨体からは想像もつかない速さで踏み込みます。


「『ロジック』だぁ? そんな小難しいもんは、ひしゃげた鉄屑と一緒に飲み込みな!!」


 まさに嵐。右に振れば兵が飛び、左に振れば壁が砕ける。そのあまりの脳筋ぶりに、後方からついていくロイは、眼鏡がずり落ちるのも構わず天を仰ぎました。


「ちょっ、ガラムさん! 本当に何も、何一つ、一ミリも考えてないじゃないですか、この人!! さっきまでの『本当の人間の生き様』っていうカッコいい台詞は何だったんですか!?」


 ロイは、かつて母ソフィアがこの暴れ馬のような大男を前に、「筋肉は計算を拒絶するから嫌いよ」とこぼしていた理由を、今この瞬間に細胞レベルで理解していました。


「ああもう、やっぱり僕が分厚い作戦書を書いて、ガラムさんの脳内に直接叩き込んでから行くべきだった! 最低でも陽動の魔導煙幕と、地下道からの侵入経路の確保と、警備ローテーションの把握くらいは……ああ、全部台無しだ!! 計算外にもほどがある!!!」


 毒づきながらも、ロイの手は神速で動いていました。ガラムが「正面突破(という名の破壊活動)」で派手にヘイトを買っている隙に、通路の壁にある通信用の魔導端子を強引にこじ開けます。


「……仕方ない、事後処理は僕がやる! 警報ラインを物理的に遮断、ついでに——」


 ロイは手際よく内部回路をショートさせると、基盤にはめ込まれていた高純度の魔導石をちゃっかり抜き取り、手品のような手つきで懐に収めました。


「予備のエネルギーとして、有効活用させてもらうよ。泥棒はレノの専売特許だけどね。……はぁ、本当に母様は、よくこんなガサツな人と一緒に戦えたものだよ」


 目の前で執行兵を二人まとめて「物理的に」黙らせ、豪快に笑うガラムの背中を見ながら、ロイは深い溜息をつくと同時に、どこか懐かしいような奇妙な安心感を覚えている自分に気づき、さらに少しだけ頭を抱えるのでした。




一方、施設の最深部では、レノが機械の椅子に拘束され、頭上に不気味な光を放つ「再定義リマスタ」の照射装置が迫っていました。


「やめろ……離せ! 俺は、俺のままで……っ!」


 レノの必死の抵抗も空しく、装置が駆動音を上げます。執行兵が冷酷に起動スイッチに指をかけた、その瞬間でした。


「離せええええええ!!」


 扉を蹴破り、アーク達が飛び込んできました。  その瞬間、アークの視界が現実と記憶の狭間で激しく歪みました。


 脳裏に蘇るのは、五歳の誕生日。プレゼントの鏡を手に、母の元へ駆け寄ったあの日。空腹と病に侵され息を引き取った母の、冷たくなっていく手。  あの日、自分は何もできなかった。  あの日、自分の「否定」はただ泣き声を上げるだけだった。


(……もう、誰にも触らせない。二度と、僕の前で誰かを消させない!!)


 脳内のリミッターが、焼き付くような熱量と共にパチンと弾けました。  アークは媒体となる杖も石も魔導書も持たぬまま、執行兵の懐へと弾丸のように突っ込み、その胸に掌を叩きつけました。


「【バグ・アウト:真実の残滓】!!」


 その刹那、世界から音が消え、代わりに「ジジッ、ジジジジ……ッ!」と鼓膜を直接掻き毟るような、悍ましいノイズが室内に充満しました。


 アークの掌と執行兵の胸が触れ合った境界線から、光を喰らうどす黒いモヤが噴き出します。それは、理知的な「魔術」などではない。世界の仕様そのものを拒絶し、上書きされた「嘘の定義」を強制的に剥ぎ取る、純粋な負の質量。


「なっ……がはっ……!?」


 執行兵の胸の奥――その核(心臓)にアークの指先が触れた瞬間、執行兵が纏っていた白銀の装甲が、まるで古いデータが破損するように激しいノイズと共に崩壊しました。

 パリン、と硝子が砕けるような音を立てて執行兵の仮面が霧散し、その内側にあった「人間としての意思を奪われた醜い真実」が、泥のような影となって引きずり出されます。再定義の照射装置はアークから溢れる黒い澱みに触れただけで、ドロドロの鉄屑へと変質し、その機能を永久に停止させました。


 アークの手の周りには、今なお排熱のような黒いモヤが蛇のようにうねり、周囲の空間を「未定義」の状態へと腐食させています。


「媒体なしで……『無』から直接、魔力を放出させただと……!?」


 ガラムが、その光景に本能的な恐怖を覚えて足を止めました。拘束を解かれたばかりのレノもまた、救世主のはずのアークが放つ、魔族すら凌駕する不吉な「黒」を前に、言葉を失って震えています。


「ガラムさん、驚いている暇はありません! 次の増援が来ます、早く!」


 通信網を物理的に叩き切ったロイが、異様な光景に顔を青くしながらも鋭く叫びました。


「アーク、もういい! 離すんだ! レノは助けた、ここから脱出するよ!」


 ロイの声に、アークの瞳から紫の炎が消え、手の周りの黒いモヤが名残惜しそうに霧散していきます。同時に、糸が切れたようにアークの膝が折れました。


「……ロイ……レノ、は……?」


 力なく呟くアークを、ロイが咄嗟に受け止めます。  施設の警報が一段と高く鳴り響き、黄金の迷宮全体が、この「不純物」を排除するために唸りを上げ始めました。



 ガラムはレノを、ロイは意識が朦朧としているアークをそれぞれ抱え上げました。 「くそっ、逃げるぞ! 追いつかれたら流石に分が悪い!」  ガラムが通路の壁を突き破りながら強引に脱出ルートを確保し、四人は夜の街へと駆け出しました。



 ガラムの隠れ家へ戻ると、アークは糸が切れたようにどさりと横たわり、深い眠りに落ちました。五歳の時と同じ、強大すぎる力を発動した代償。


 静寂の中、ガラムがロイに真剣な、そして重い眼差しを向けました。


「……ロイ。隠さず答えろ。あのアークって坊主、本当は何者なんだ?」


 ガラムの問いには、かつての戦友の息子に対する慈しみではなく、一人の戦士としての「警戒」が混じっていました。


「さっきのあれは、人間の魔術じゃねえ。媒体も介さず、ただの感情を直接『破滅』に変える力……。そんな芸当ができるのは、この世界にただ一種。……『魔族』だけだぜ」


 レノがその言葉を聞き、アークの寝顔を見て怯えるように後ずさりました。


 ロイは眼鏡を押し上げ、静かに眠る親友を見つめました。五歳のあの日、目の前で起きた事象。母を救えなかった少年の「否定」が何を引き起こしたか。ロイはその光景を脳内で再構成し、冷徹に分析し始めます。


「……僕にも、まだ正確な答えは出せません。でも、あの日……アークの母親が亡くなった日、アークの中に生まれたのは『殺意』じゃなかった」


 ロイはガラムを見据え、はっきりと言い切りました。


「あれは、この世界の『悪意』を許さないという、純粋すぎる『拒絶』です。魔族の力か、それとももっと別の何かか……。それを解き明かすために、僕は彼と一緒に歩むと決めています


……それに、これだけは断言できます。アークは人を殺さない。いえ、殺せない……はずです」


 ロイは眼鏡の奥の瞳を、冷徹な分析者から、親友を案じる少年のものへと戻しました。


「五歳のあの日、その力が初めて発動した時もそうでした。アークの手が触れた相手は、死んではいなかった。ただ、内側に隠していた『醜い真実』が悪魔となって引きずり出され、そいつが暴れただけなんです。アーク自身の意志は、常にそこから切り離されている」


 ロイはガラムとレノ、それぞれの顔を交互に見つめました。


「気づきませんでしたか? さっきの黒いモヤ……あれは、僕たち三人の周りだけ、避けるように霧散していました。アークは無意識のうちに、僕たちを『守るべき対象』として定義し、力を制御していたんです。僕がこの力を見るのはこれで二回目ですが、どちらもトリガーは同じ……『誰かを守りたい』という、あまりに純粋で強い感情でした」


 静寂が地下倉庫を支配します。ロイは、眠り続けるアークの傍らに座り直し、その小さな手を握りました。


「彼が何者なのか、その答えはまだ出せません。けれど、これだけははっきりと言えます。アークは決して悪い人間ではありません。この力の正体が何であれ、彼はその心で、僕たちを救おうとしたんです」


 ガラムは深く息を吐き、天井を仰ぎました。先ほど見た、世界を侵食するような不気味な黒い澱み。それとは対照的な、アークが自分に向けてくれた嘘のない、純粋な感謝の瞳。  元聖騎士としての直感が、かつての戦友の息子が信じるその「心」こそが真実だと告げていました。


「……がはは、一本取られたな。聖騎士ともあろう者が、ガキの覚悟を疑っちまうとは。悪かったよ、ロイ。坊主の『中身』より、坊主の『心』を見るべきだった」


 ガラムは大きな手で自分の後頭部を掻くと、豪快に笑いました。  レノは依然として不機嫌そうに、けれど先ほどまでの怯えを隠すように鼻を鳴らします。


「……ふんっ。別にアークが何者だろうが、魔族だろうが怪物だろうが、どうでもいいよ。あんな危ねえ真似してまで俺を助けたんだ、これでおあいこだろ。……ま、リマスタにされるよりは、黒いモヤに囲まれる方がマシだってだけだ」


 ツンと横を向いたレノの耳が少しだけ赤くなっているのを、ロイは見逃しませんでした。


「ありがとうございます、二人とも。」


 ロイは微笑みましたが、その胸の奥には、誰にも言えないもう一つの「計算」を隠していました。


(アーク……君の心は、僕が誰よりも知っている。でも、もしもいつか、その力が制御を失って君が人を殺してしまったら……その時は、僕が君を止める。それが僕の、君への責任だ)


 冷たく、けれど熱い決心を秘めたロイの思考を遮ったのは、ガラムの大きな腹の虫の音でした。


「あーあ! 久しぶりに頭を使ったら、腹が減って仕方ねえ! 湿っぽい話はここまでだ、飯食って寝るぞ!」


 ガラムはそう言うと、備蓄してあった乾肉やパンを引っ張り出し、眠るアークの枕元に並べ始めました。その豪快な振る舞いに、地下倉庫の重苦しい空気は一気に和らいでいきます。

 三人は、時折寝言を漏らすアークの側で、静かに、けれど温かい食事を共にしました。 今は、この微かな「日常」を噛み締めるように、彼らは並んで眠りにつくのでした。



 深い、深い闇の底で、アークは夢を見ていました。


 そこは、黄金の光も黒い澱みもない、ただ穏やかで懐かしい、陽だまりのような場所でした。


「お母さん……!」


 視界の先に、あの懐かしい後ろ姿を見つけた瞬間、アークは子供のように走り寄りました。衰弱して消えていったあの日とは違う、温かな、優しい母の姿。アークは力の限りその腰にしがみつき、何度も何度も、その名前を呼びました。


「お母さん、お母さん! ずっと会いたかった、会いたかったよ……!」


 母は愛おしそうにアークを抱きしめ、その頭を優しく撫でました。


「えらいわね、アーク。あなたは今、たくさんの人を助けて、とても善良に生きている。お母さんの教えをしっかり守ってくれてるのね。あなたのことをずっと誇りに思っているわ」


 その言葉に、アークの胸は熱くなりました。けれど、ふとした瞬間にアークの表情が曇ります。母はそれにすぐ気づき、顔を覗き込みました。


「どうしたの? 私の愛しのアーク」


「……お母さん。僕って、本当は何者なの……? 魔王とか、勇者の子とか……さっきも、変な力が出て、みんなを怖がらせちゃったんだ。僕が、僕じゃなくなっちゃうみたいで、怖いんだ」


 母は少し困ったように眉を下げ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべました。


「それはね……アーク。」


母はアークに目を合わせ力強く伝えました。


「自分の目で確かめるのよ。あなたはとても優しくて、強い子。人から聞いた『答え』なんて、それが真実かどうかわからないでしょう? だから、あなたが自分の足で歩き、自分の目で見て、聞いて、判断するの」


母の言葉を噛み締めるよう復唱するアーク


「…自分の足で歩き、自分の目で見て、聞いて、判断する」


「そうよアーク。見た目や上辺だけの情報に惑わされないで。あなたのお父さんに似ていい目を持っているんだから…ね?」


 母の体が、淡い光に包まれ始めます。


「ごめんね、もう行かなくちゃ……。愛しているわ、アーク。ずっとずっと見守っているから」


「待って! お母さん、行かないで! まだ言いたいことがたくさんあるんだ! ごめんなさい、助けられなくてごめんなさい! いい子にするから、ねえお母さん!!いかないで!!!」


 遠ざかる光を追いかけ、必死に手を伸ばした瞬間、アークの意識は急浮上しました。


「……っ、おかあ、さん……っ」


 目を開けると、そこは冷たい地下倉庫の天井でした。  いつもならアークの僅かな異変に気づくはずのロイも、今日はガラムという絶対的な強者が側にいる安堵感からか、かつてないほど深い眠りに落ちていました。レノもまた、死の淵から生還した疲れで泥のように眠っています。


 アークの目から溢れる涙と、震える寝言を聞いていたのは、一人夜番をしていたガラムだけでした。


 アークは、自分が泣いていることに気づくと、咄嗟に口元を抑えました。隣で眠るロイや、助け出したばかりのレノを自分の泣き声で起こしたくない。そんな健気な配慮が、彼に声を殺させ、肩を震わせます。


「…………」


 ガラムは無言でアークの側に寄り、大きな、岩のような腕を差し出しました。そして、壊れ物を扱うような手つきで、アークの小さな頭を自分の逞しい胸元へと引き寄せました。


 アークはガラムの胸に顔を埋め、声にならない声を漏らしながら、長い間泣き続けました。


 ガラムはその震えを肌で感じながら、心の中で静かにアークに謝罪しました。


(……すまねえ、坊主。一瞬でも、お前の中の『力』を疑っちまった俺を許してくれ)


 自分が辛い時でさえ、仲間の眠りを邪魔しまいと声を押し殺す少年。この優しすぎる魂が、あんな禍々しい力の源であるはずがない。  ガラムは、アークの震えが止まるまでその頭を撫で続け、心に誓いました。この少年が、自分の力に呑まれそうになった時は、この腕が千切れても繋ぎ止めてやると。


 地下倉庫の静寂の中、ロウソクの火が小さく揺れていました。



【ノイズログ:011-A】

がははは! Crack 11、最後まで読んでくれてありがとよ。 ……なんだ、あんたも泣いてんのか? 拭けよ、鼻水。

今回の俺の活躍はどうだった? あのリマスタの堅っ苦しい門をぶち破った時は最高にスカッとしたぜ。だがよ、その後のアークの坊主には……正直、肝を冷やした。媒体もなしにあの黒いモヤを出すなんざ、普通じゃねえ。

……けどな。 夢を見て、母親の名前を呼んで、仲間に気づかれねえように声を殺して泣く。 そんなガキが「魔王」だなんて、どこのどいつが決めたんだ? 俺のこの胸板で泣いたあいつの熱さは、間違いなく「人間」のモンだった。

ロイもレノも、そして俺も。 この坊主が何者かなんて答えは、もうどうでもよくなっちまった。 あいつが自分の足で立って、自分の目で「真実」を見つけるその日まで、俺がこの丸太みたいな腕で守り抜いてやるよ!

おい、あんたもアークの涙に免じて、**【ブックマーク】やら【評価】**やらを叩き込んでやってくれ。あんたらの応援があれば、アークも次は少しは笑えるかもしれねえからな。

湿っぽいのはここまでにして、暴れる準備をしておけよ!

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