表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「羽化」

作者: ひらぞー

土の中で生きてきた。

木の根の雫、暗澹の中、美味くもないそれを、ただひたすらに啜っていた。


私が何をしたというのだろうか。

ただ、生まれてきただけでは無いか。

なぜ、この様な、暗い暗い奥の淵。

惨めな思いを舐め啜り、生きていかねばならぬのか。


闇の揺蕩わぬ上の地は、今日も光が当たるだろう。

燦然と輝く日の元で、彼らは陽だまりを歌うだろう。


何故、私にそれをさせぬのか。

何故、私はそれができぬのか。


淀み、穢れた私が行けば、そこで私は朽ちるだろう。

余りの光の眩しさに、余りの光の温もりに、私は膝を屈すだろう。


どうせなら、初めからそこで生まれてきたかった。

そうすれば、光の幸福を、爛れることなく受け入れられた。

どうせなら、最後までそこを知りたくなかった。

そうすれば、自分が惨めなど、死ぬまで無知でいられたから。


ああ、泣きそうだ。崩れそうだ。

だが、この泣き声は誰の耳にも届かない。

底の私の哭く声は、誰の耳にも打ちはしない。


嘲りが聞こえる。

誰の声か?

決まっている。

己の声だ。

その場に俯く私を、私の心は嘲笑うのだ。

何も為さぬ私を、何も持たぬ私を、私の心は笑うのだ。


何と愚かな事だろう。

何と惨めな事だろう。


ならば、ここで私は終わるのか?

愚かな私は、弱き私は、悲劇の私は、ここで静かに幕を引くのか?






それは無い。

ふざけるな。

このまま終わってたまるものか。


生まれは不完全かも知れぬ。

育ちも哀れやも知れぬ。

才覚も、運も、何もかも、私は持ち得ぬかも知れぬ。


だが、それがどうしたというのか。

何も持たざるならば、これから持ってゆけば良い。

胸から湧き出る怒りはそうだ。

幸福なものへの怒りでは無い。

惨めさに縋る私への怒りだ。


そうだ。

土を掘れ、闇を掘れ。

そこから抜け出すために。


そうだ。

壁を登れ、這い上がれ。

怒りの熱で殻を破れ。


背中に生えた歪な羽は、陽だまりで生きる者にはさぞ醜悪にうつるだろう。

闇の淵で泣いていた私の声は、耳を塞ぎたくなるほど悍ましいだろう。


だが、それでも生きるのだ。

他の誰でも無い、私のために。

針刺す眼差しが向けられようとも。

五月雨が指を差そうとも。

たとえそれでも生きるのだ。


もう、嗤いは聞こえない。

あるのは自らの羽ばたきだけだ。

どこまで飛べる羽だけだ。


淵にあった惨めさが、遥か下に澱んでいる。

ああ、あんなに小さな物だったのか。

私を掴んで離さなかった物は、あんなに僅かな物だったのか。


もう、私は縛られない。

もう、私は諦めない。


空は青く澄んでいる。

光が何処までも満ちている。


飛んで行こう、何処までも。

羽を広げて、何処までも。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ