⑦
潜り込んだベッドの下で床に耳を当てていると、僅かだが階下の会話が聞き取れた。
「こんなもんで大丈夫ですか?」
「充分だ」
「物取りの犯行に見えますかね?」
「その辺、どうなんだ?」
「見えるも何も、私が決めるだけですから」
聞き覚えのある声が2人いた。
1人は町会長の和田ともう1人は駐在所の君下だ。
最初に聞こえたもう1人はわからなかった。
「三太はどうした?」
町会長の和田の言葉に風子は思わず生唾を飲み込んだ。
三太?え?待って。三太は美沙の家のこの状況を知っていたわけ?脇に嫌な汗が滲み出る。胸の谷間がむず痒かった。
「今、こっちに向かってます」
「そうか。なら三太が来たら2階の掃除をやるんだぞ?」
「三太さんと2人でですか?」
「当たり前だ。散々、やりたい放題やっておいて、後始末の一つも出来ないとか言うんじゃねーぞ」
「すいません…わかりました」
やりたい放題?三太と誰かわからないこの人物が?何をやらかしたというのだろうか?まさかと風子は思った。
この家を荒らし恐らく殺されたであろう美沙を襲ったのは三太とこいつって事なの?
「君下さんよ」
「何でしょう?」
「2階見てみるか?」
「いえ、やめ時ますよ」
「警察官のくせにビビってるのか?」
和田はいい、クククッと笑った。
「私、殺人は専門外でして」
「何だ。警察官が専門外ってよ」
「私の場合、殺人、自殺、列車への飛び込みですね」
「馬鹿馬鹿しい。過去には事件の呼び出し食らって死体と対面した事くらいあるだろ?」
「そりゃありますよ。ありますけど…」
「けど、何だ?」
「ところ構わずゲーゲー吐くわでいい加減、呆れられちゃって…」
「で、こんな田舎町に島流しってわけか」
「ま、そのようなもんですね」
「君下さん、あんた、デカだったんだろ?」
「いえ、志望が刑事課でしたけど、ゲロ下には無理だってわけで、こんな風になったわけですよ。でもね。和田さん、私は良かったと思ってます。
デカになって暴力団組員や、犯罪者を殴り倒したかったですけど、ゲロ下じゃどうにもならない。この町に移動させられた時は心底、警察組織を恨みましたけど、でも、儀式やこんな事のお手伝いが出来るようになってからは、私の日常は輝きまくりです」
「なるほどねぇ。デカになりたかったのは法の下で暴力を振るいたかった、てわけか」
「ま、そういう事になりますか」
「実際、狂ったようにヒィヒィ笑いながら人を殴れるくせに、死体は無理なだなんて、あんたもおかしな奴だなぁ」
「私、生きている人間から出る血は大好きですけど、死体となるとてんで駄目なんです」
「それは、相手が死ぬまでなら楽しめるって事か」
「ま、そういう事になりますが、でも凶器はいたただけない。刺したりするのはナンセンスです」
「己の腕力のみ、快楽を得られるわけか」
「素手での暴力は、殴り方が悪いとこちらも傷つきますから。それがまたいい」
「イカれてやがる」
和田が言った。
「かもしれませんね」
君下が返すと和田がもう1人に言った。
「ワシらは帰るから、三太が来たらちゃんと2階の掃除、やっとくんだぞ?いいな?」
「わかりました」