エピローグ
「美沙ちゃん達の家、ようやく買い手がついたらしいわ」
家族との朝食中、お母さんがお父さんに向かってそう言った。
「そうか」
ぶっきらぼうな言い方だなとコーヒーを飲みながら思ったけど、当のお母さんは気にしてる様子もなく、
「それでね」
お父さんがカップに入った紅茶にトーストを浸す。
「もう、その食べ方止めなよ」
ムッとした私が言うが、お父さんは聞く耳を持っておらず
「家の中でくらい良いだろう」
「家でやってる癖は他所に行っても出たりするんだから」
「お父さんはそんなヘマはしないぞ」
浸したトーストを口に運び満足げに咀嚼する。
風子には、その音が不快でたまらなかった。
「仕事には慣れたのか?」
「まぁ、それなりには」
「それなり、ねぇ」
お母さんは自分の話がお父さんの一言で終わった事が寂しかったのか、会話に割り込んで来た。
「そ。それなり」
コーヒーとサラダだけの朝食を済ませると風子は背伸びをした。
「何事も最初が肝心だぞ?」
お父さんが新たにトーストを千切り紅茶に浸しながら言った。
「わかってるって」
「最初に真剣に取り組む事を怠ったら、次にやる事が出た時も、真剣に取り組めなくなるんだ。
一旦、適当に済ます癖が身につくと、一生、何かに対して真剣に取り組む事が出来なくなる」
「はーい」
風子はいい、壁時計を確認した。
「はぁ今日も仕事かー。学生に戻りて〜」
自分では胸の中で言った独り言のつもりだったが、どうやら口に出していたらしい。
「お母さんとお父さんがあれ程言ったのに聞かない風子が悪いのよ?」
「はいはい。ごもっともでございます」
風子はテーブルに両手をつけ頭を下げた。
それの何が面白かったのかお父さんが吹き出した。
「風子は正直で素直な子だ。お父さんの自慢の娘だ」
お母さんも頷いた。
「真面目に仕事をする事は重要だが、無理はしちゃいけない。風子が無理し過ぎて身体や心が傷つくのはお父さんも辛いからな。無理だなって思ったらお母さんにでもいい。相談しなさい」
「うん」
「最近の若い子は仕事や恋愛、SNSでの誹謗中傷などが要因になって心が病み自ら命を断つ人が増えてるようだしな」
「そうね。ニュースでも言ってたけど、自殺者は毎年増え続けてるみたい」
「嫌な世の中になったな」
「だからね。風子、この世で1番大切なものは命なの。お父さんやお母さんも、世の中の全ての物の中で風子の命が1番大事」
「ありがとう、お母さん」
「お父さん、確か先月だったわよね」
「何が?」
「山火事よ」
「ああ、そうだったな」
「あの火事で3人の若い人が亡くなって…
あ、風子。ごめんなさい」
「大丈夫。三太の事ならもう心配ないから」
「そう?」
「うん」
「なら、良いけど」
風子は席を立ち、自分が食べた食器類を台所へと運んだ。
スーツの袖を捲り、お湯を出す。スポンジに洗剤をつけた。
「そう言えば町会長の和田さんもあの日の夜は大変だったって話していたな」
「和田さん、退院なさったの?」
「あぁ。3日前にね」
2人の会話に風子の手が止まった。
やっぱり、あいつ生きていやがったのか。
地下にいたから小屋が焼け崩れ、その下敷きとなり、床にあった入り口からは出られないと思っていたが、どうやって逃げ出した?取っ手にも下から開かないよう鎌をかんぬきのように差し込んでおいた。
でも和田は生きている。
やはり地下に抜け道があったのだろうか。
止めた手を再び動かした。
風子は自身の表情がだんだんと変わっていくのを感じていた。
風子は歯を剥き出しこれ以上ない笑みが浮かんでいた。
今の私を鏡でみたら、自分でも怖いと思うだろうな。
「あの日の夜、たまたま和田さんが、1人で山の付近を巡回していたらしいんだ。何でも不審者の目撃情報があったらしくてな。その不審者がどうやらあの小屋で何かをしていると言う話も耳にしていたようで、だから小屋が燃えているのを見つけた時、悔しかったと話していたよ」
「悔しかった?」
風子が後ろを振り返って言った。
「あぁ。小屋は儀式にとって大事な場所だろ?風子も経験者だから分かるだろうが」
「あーそうだね」
「その小屋が燃えていた。不審者共の仕業だと思って和田さんは119に電話をかけて山道を駆け上がって行ったらしい。犯人を捕まえるつもりだったって。でもいざ小屋の側に来てみると中から悲鳴が聞こえて来る。助けて助けてって。その声に和田さんは聞き覚えがあったんだ」
「三太くん、ね」
「あぁ」
「和田さんは必死に入り口を開けようとしたが、中から施錠されていたみたいで開かない。その時、崩れ始めた木端で頬を切ってしまった。それでも和田さんは消防隊が到着するまで、何とかしようと踏ん張ったらしいんだが、消防隊が到着した時には和田さんは煙を吸い過ぎて、意識を失っていたらしい」
それっぽい話をよくでっち上げるなぁと風子は感心した。
「でも助かって良かったわ」
「あぁそうだな」
「あれだけ焼けたのだから、しばらく儀式は中止になりそうね」
「それが普通だろうけど、和田さんは三太達が悲しむからと、今年も開催するって意気込んでいたよ」
「でも、火事の原因は三太くん達なんでしょう?」
洗い物を、ナプキンで拭き取り、食器棚へ戻す。
「普通はそうとしか思えないけど、でもそれならどうして三太君達は外へ逃られ無かったんだ?
中から施錠していたなら、それを外せば良いだろう?」
「あ、そうね。そうよね」
「でもそれが出来なかった。つまり中からは出られないようにされていたって訳だ」
「それなら和田さんが来たのだから開けられたんじゃない?」
「どういった仕組みで外から開けられないようにされていたのか、それはわからない。既に小屋は火の手が回っていたようだから、専門家じゃないから詳しくはわからないけど、火が、開かない原因になったのかも知れないな」
なるほど。あの和田のクソ野朗、今年も儀式をやるつもりなんだ。
それなら確実に私は選ばれる。
その頃には私には妹か弟が出来ているだろう。
産後ならお母さんが今年の儀式に選ばれる事はない。
お父さんはわからないけど、でも、和田はそれを、つまり儀式を利用し私を殺しに来る筈だ。
美沙のようにしたいのか、それとももっと酷い目に遭わせるたいのか。どちらにしろ、私はタダではやられない。いや、やられる前にやってやる。
「時間だから」
風子はいい、2人に背を向ける格好で右手を上げた。
手を振りながら
「行って来ます」
と言った。
興奮で身体が震えていた。
風子は再び、おぞましいほどの笑みたたえていた。
完




