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―1―夏の日

 「あつい、暑すぎる。」


 あの日、家から徒歩5分のところの公園に、私はいた。平日の昼間だというのに、制服を着たままの私はあの場所でさぼっていた。周囲からはセミの大きな鳴き声とかすかに聞こえてくるおばさんがほうきを掃く音。そして、ブランコの古びた金属同士がこすれる音。

 (後でお母さんに怒られちゃうかな)

 古びたブランコをキーキー鳴らしながら天を仰いだ。


 「ほんとまいっちまうよなぁ、日本人って。なんにもしたくない日こそ考え事するし。毎日が嫌になるよ。そこの若者も元気だしてよ。俺を見て。」


 誰。その一文字が脳に浮かぶ。声がした方に顔を向けると、そこにはたばこに火をつける男性がいた。目元に髪の毛がかかるくらいの長さで無造作中の無造作ヘア。少したれ目で顔の濃さはある。タイプではないがイケメンではあるか。面食いなめんなよ。


 「あのー、、、」

「あぁ。俺はそこらへんの社会人で、25歳。最近会社クビになりました。」

「あ、どうも、、、」


 初対面の人に年齢からなにまですぐ伝える人がいるだろうか。だいぶ警戒心のない人のように見えた。


 「そこの若者は学校休みかなんか?それともさぼり?」

「えっと、さぼりです。なんか、なんもしたくなくて。今日。」

「うわーそういう日あるよね。わかる。ちなみに俺は今日休日。といっても仕事がないだけなんだけど。」

「、、、そうなんですね。」


 変な人だと思った。もし、この人みたいに自分のことをはっきり見えていたら楽だろうか。たばこから出た煙が悪いもの全てを取り巻くように青い空へと上がっていく。


 「なにがあったか知らないけどさ、最近の若者は焦りすぎてるよ、ほんと。俺が若いときはなにも考えてなかったってのに、世の中どうなってるんだよ。有能新人が入ってきたからって俺を放り出しやがって。用済みってか?まー最近の若者と比べられちゃーしかたないんだけど。でもだからって放り出すことないだろ。俺だって頑張ってたのに、2日さぼっただけだぞ。ひどい話だと思わないか、そこの若者よ。」


よくしゃべる人だな。話がまったく入ってこないし、途中から愚痴がこぼれている。よほど酷い扱いを受けたのだろうか。年下がすべて分かっているような態度をするのは失礼だと思ったが同情が隠せなかった。


「可哀想な大人だなとか思ってるんだろ。その通りだよ、俺は可哀想な大人で、なんにもできない大人だよ。そして結果がこれ。良き見本だろ?で、そこの若者はなんの悩みがあってここにいるんだ?おじさんが話を聞いてあげよう。」


毎回若者呼ばわりするのは何故か少しだけ癪に障るが、イケメンのようなので今回は許そうと思う。


「別に、そんなんじゃないです。ただ、だるかっただけで。」

「そうかそうか。でも、こうやってなんでもない振りするから、日本の自殺志願者は減らないんだろうなぁ。」

「だから、そういうものじゃないので。」

「ほー。そうかそうか。」


 話の聞かない人だと、その時はそれだけしか思っていなかった。ベンチに座り込んで空を眺める男と、ブランコの吊席の上からこすれた砂を眺める女子高校生。異様な雰囲気を漂わせた風が夏のにおいとともに二人の間を過ぎていく。無言な時間を埋めるようにセミが鳴いている。その他の音は聞こえない。二人で檻に閉じ込められたみたいだ。


 「そこの若者はいつもここに来るのか?それとも今日が初さぼり?」

「初さぼりです。結構まじめなタイプなんです、私。」

「それは優秀なこった。」


彼は口から煙を出しながらほほえんだ。


「、、、いつもここにいるんですか?」

「いや?今日が初だよ。引き籠ってると疲れるんだ、以外と。外の空気を吸いたくて来た。」


吸っているのはたばこの煙じゃないですか、なんて口に出せなかった。


「受動喫煙ってご存じですか?本人が吸った以外の外に出た煙を、吸ってない人が知らないうちに吸ってしまうことを指してます。本人が吸ってる煙より外に出ている煙の方が害が大きいらしいですよ。たばこ吸ってる人を見ると、煙をすべて吸って、有害物質全て接種してくれればいいのにっていつも思ってしまいます。」

「もしかして今も思ってたりする?」

「どうですかね。」

「やっぱ最近の若者は怖いな。」


不服だとでも言うような顔をしながら携帯の灰皿を取り出して、灰を落とした。清潔感が無さそうに見えて以外としっかりしているようだった。


「お詫びにジュース奢ってあげる。なにがいい?」

「お金あるんですか?」

「馬鹿にしてる?それなりに稼いでたよ、前までは。」


どうやら地雷を踏んでしまったようだ。また愚痴がこぼれ落ちたら困る。地雷からそーっと足をどけて爆発しないように話しかけた。


「すごいですね、どんなお仕事なんですか?」

「ICT系だよ。会社名とかは言えないけど、アプリとかいろいろ扱ってて、結構いい収入だった。昔、パソコンいじりとか好きだったもんでね。」


サイダーで、と頼むと「はいはい」と自販機のボタンを押す彼。ガコン。ペットボトルが自販機の取り出し口に落ちる。ほら、とペットボトルを投げて渡された。炭酸なんだから投げないで、とはおこがましくて言えなくて、「ありがとうございます。」と言って大人しく受け取った。


「どこの高校なの君は。俺に職を聞いたくらいだから君も答えてくれるよね。」

「、、、北高です。もし連絡するならしてくれてもいいですよ。怒られるのは分かっているので。」

「まさか。俺は青春している学生の味方なんでね。そんなことはいたしませんよ。それに言ったところでお互いに利益ないからね。」


彼から見たら私は青春しているように見えるのだろうか。はたからみたらなにも考えてない不良学生にしか見えそうだけれども。


「悩むのも青春だよ、悩んで止まっていいのは学生だけだからな。俺なんか少し止まっただけで怒られれたのに。今のうち目一杯悩んどけよ、若者。」


 サイダーがしゅわっと音を鳴らして口の中に溶けていき、体に染みわたっていく。彼の言葉もサイダー同様に私の中に溶けて消えていった。


 「私、帰りますね。」

「学校に?」

「いえ、家に。母にバレないうちに家に帰って大人しくさぼります。」

「良い子とは言えないな。」

「さぼってる時点で言えませんよ。では、失礼します。」

「じゃ、また会おう。」

「機会があったらですね。」


さぼった公園で会った、なにかぱっとしない男性。ここで二人の一日目の時間が終了した。

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