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そういう目で見ていますがそれが?

 やることが多すぎる……。


 やはりアシスタントなしでは出来ることが限られる。


 俺にしなだれかかる以外にきちんと仕事をこなしてくれるアシスタントが、心から欲しい。


 そう思っていた矢先、知人から紹介されたのが株式会社ECFだ。

 エンジニア・コンサルティング・ファームが正式名称で、IT企業と聞いていたが。


「いや、コンサルとついてるでしょう? 総合的に見てくれるんだよ。うちにも、不足した人材を一時的に派遣してもらったりした。得意分野は、システム関連なんだけど、うちみたいな零細って、人材が不足することも多いじゃん?咄嗟(とっさ)の時には助けてくれるよ。」


 ECFの仕事を請けたことはあるけれど、そんな事までしているとは思わなかった。

 名刺をもとに正直、藁にもすがる思いで、当時の担当者に連絡をしてみる。


『ああ、やってますよ? 派遣』

 つるりと帰ってきた回答。


『本業ではないから、大きな声では言っていないんです。本当に取引のある企業さんだけ。まあ、御社とはお付き合いもありますし、大丈夫でしょう。担当に行かせますね』


 と彼が言ってから、その日のうちに連絡が来て、トントン拍子で進んだ派遣だ。


「社長さんとの相性もありますからね、面談をしてから派遣を決めましょう。」


 そんなに早く話が進むのならもっと早く連絡すれば良かったと思っていて、そして会社に来た女性はワンピースにジャケットで、髪をくるりとまとめた、きりっとした女性だったのだ。


 背筋がまっすぐで、きりっとしているのに、笑顔はふんわり優しい。


 見た目は言うことはない。

 今回問題なのは、仕事、だ。


 派遣元からは、彼女は何件も派遣をこなしているベテランであるし、どの派遣先でも、非常に好評な人なので、安心してほしい、と言われたけれど。


「うちはちょっと特殊で、普段はあまり人はいなくて……」

「プロジェクトがあると不在になるんですね。」


 そうか……そもそも関連先だから、この業界での事情には詳しい。


 お願いしたいのは、これこれこれ……と仕事を渡すと、察しよく手際もよく、片付けていってくれる。


 正直、感動した。

 これが、プロ派遣ってやつか。



 手際も察しの良さも一流で、あれは……と思うと、すでにまとめた資料をサッと出してくれたりする。

「よく、分かるね」


 彼女は首を傾げた。

「お仕事の流れからして、そろそろ必要かと思いましたので」

 3ヶ月と言わず、ずっといて欲しい。


 自分の会社はいわゆる大手ITの下請けのような立場であるものの、ありがたいことに、元請けはそれなりの一流企業であったりする。


 そこへ下請けの立場でありながら、プロジェクトがあれば、その会社の社内にデスクを用意してもらえるのだから、気を使う立場ではあるのだ。


 今日は新規のプロジェクトの打ち合わせのために、外出して戻ってきたところだった。


「お帰りなさい。なにか、冷たいものでもいかがですか?」

「ありがとう。すごく助かる……」


 涼しくなりかけていた外気だけれど、この日に限って気温が高くて、冷たいものが欲しいと思っていた。

 

 けれど派遣はお茶汲みは、仕事に含まれていないと聞いている。


「ありがとう。あの……でもお茶汲みは、仕事に含まれないと聞いているけど」


「でも暑いところから戻られたら、普通に喉乾きません? 仕事とか、そういうことだけじゃなくて、普通にですよ。それに私も頂きますから」


 コップに氷とお茶。

 うっすらと汗をかいたそれは、とても美味しそうだ。

 こくりと一口飲むと、ふわりと鼻から抜ける香ばしさがさらにふうっと、疲れを癒す。


「美味しいな……」

「ほうじ茶です」


 ふふっと笑った彼女がデスクに座るその時に、髪を耳にかけた、その仕草にどきっとした。



 実は、俺には人には言っていない癖がある。



 まあ、大声で口に出すことではないから、言わないだけのことだ。

 要するに巨乳が好きとか薄いお尻が好みだ、というような。


 それが、うなじなのだ。


 そういう意味で、彼女を見たことはなかったのだけれど、ふっと手をやるから目に入ってしまった。


 そうして、ついガン見してしまう。

 ……好み過ぎるんだが。


 ロングヘアだと見えなかったりするのだが、それが髪を上げた時に思わず見えた時の気持ちは計り知れない。

 それが美しければ、感謝の言葉を述べたいくらいだ。


 首は細すぎてもいけない。

 髪が短くて、すんなりとしているのも良いのだが、この月蔵詩乃さんのように、もともとロングヘアの人がアップにしていて、すこし解けて緩やかに首に絡むのが好みだ。


 特に首周りに無駄な毛がなく、解けた髪だけがしどけなく絡まる様は…たまらないな。


 1ヶ月以上彼女と過ごして来たけれど、もう業務をこなすのに精一杯で、こんなに好みのうなじの持ち主とは、ついぞ気づかなかった。


 ──ヤバい……。


 それからも彼女が髪を上げている時は、つい、後ろから見つめてしまうということが何度かあった。


 そうではなくても綺麗な彼女には、つい目が行ってしまうこともあって。


 プリンターの前で立っていたりすると、うなじから、その伸ばした背筋から、すんなりとした背中のライン、魅力的な腰へのライン……バレたらセクハラで訴えられるレベルで見てしまっていたと思う。


 くるりと振り返った彼女と目が合って、ん?と首を傾げられる。


「大丈夫? 問題はない?」

 心の中の動揺は押し隠して笑顔を向けるのだ。


「はい。あ、お聞きしてもいいですか?」

 これは……と書類を持って、月蔵さんが近づいてくる。

 距離が近い。


 3ヶ月なんか、あっという間だった。


 そう言えば、本来ならこの3ヶ月の間にアシスタントの募集をかけて人を雇い入れる予定だったのに、月蔵さんが仕事が出来るし、さらに好み過ぎてそんなこと忘れていた。


 ──期限を延長してもらうことは、可能だろうか?

 仕事をしながら、ふと顔を上げると月蔵さんと目が合う。


 一瞬にこっとして、彼女はまた仕事を始めた。


 そんなことが何度かあった。

 けれど彼女は仕事熱心な人だし、多分俺のアシスタントだから居るときは注視してくれているんだろう。


 やけに目が合ったとしても、そんなふうに思っていたのだけれど。


 月蔵さんの会社と契約更新の書類を交わした日、彼女に聞いてみた。


「月蔵さん、どうしてたまに俺のことじいっと見ているの?」


 その質問に彼女はびくん、として俯いた。


 ──え?


 けれど、そのうなじがふわりと赤味を帯びている。

 そのこれは……すごく、ヤバいんだけど。


 その首元から耳たぶの柔らかいラインが、ふんわり赤くて、妙に色っぽい。


「あの……ご不快でしたら、失礼を」

 俯いたまま、小声でそんな事を言う。


「いや? なぜか教えてほしい。俯いてしまうのはなぜ?」


 答えは帰ってこないけれど、もう目の前に晒されている無防備な、激好みのうなじを、どうしたらいい!?


「あまり俺の前で、そんな風にうつむかないでほしいんだけど。月蔵さん」


 そんな風にして……もういい。

 知らない。

 好みすぎるんだ。

 それで玉砕しても構わない。


「俺ね」

 そうっと後ろから、詩乃の耳元に近づいた。

 耳に息がかかるんじゃないかくらいの位置で、囁く。


「うなじフェチなんだ」

「うな……じ?」

 彼女はきょとん、とした声を出す。


「そう。月蔵さんのうなじ……たまらない……。首元は細過ぎてもいけなくて、俺は色白の方が好みなんだけど。特に今日みたいに緩くアップにしている時の、しどけなく首元にかかる髪がすごく、いい……」


 つい、うっとりとその首元に目線を注いでしまう。


 けれど、彼女の視線もたまに熱を持って見えるような気がするんだ。

 その理由が聞きたかった。


「月蔵さんの視線には何か感じる。君は何を見ているの?」


 躊躇うのは分かるけれど……だから、俯かないでって……!


「スーツ……です」

 スーツって……?

「スーツ?」


「正確にはスーツを着ていらっしゃる社長のお姿、です」


 目を逸らして、頬から首の当たりを赤く染めてそんな風に言う。


「へえ……」

 つまりスーツを着ている俺の姿、を見ていたのか。


「それが、月蔵さんのツボなの?」

 コクリと彼女は頷いた。


 潤んだ瞳と赤く上気した肌。

 俯いて、無防備な首元……。

 気づいたら、指で触れていた。


「ん……っ」

 甘い声。

 ああ、最高だ。


「感度までいいなら、最高だな」

「え!?」

 思わず、といった感じで彼女はうなじを手で押さえてしまう。


「俺のこと、嫌い?」

 ふるふるっと彼女は首を横に振る。


 隠さないでほしい。

 それに嫌いじゃないなら、俺のものだ。

 彼女の手をそっと取ると、少しだけ困った顔で、そのくせ上気したような顔で俺の事を見る。


 それはずるいだろう。

 つい吸い込まれるように、そのうなじに唇をつけた。


 ぴくん、と揺れる身体。

 首元からはいい匂いがして、緩く歯を立てる。


「あ……」

 感じやすいのかもしれないけれど、先程からのその声は、(たま)らない。


(たま)らないな。詩乃ちゃんは?」

 スーツにキスしたいわけではないだろう。

 その手を自分の首の後ろに回してみた。


 途端に触れ合う身体は、お互いの鼓動も聞こえそうだ。


 さらに、彼女は赤くなる。

「なんか……どきどきします」

「うん。俺も」


 初めて抱き締める彼女は、柔らかくて抱き心地もたまらないし、その潤んだ瞳も甘い声も全部全部、可愛らしい。


 うなじはもちろんだけれど、その全てが好みだ。


「詩乃ちゃんの、うなじ……もちろん最高なんだけど、君をこの3ヶ月見てきて、その仕事への前向きさもすごく惹かれて、つまり、俺と付き合わないかなってことなんだけど」


 そうだな……

「いつでも、スーツ姿を見せてあげるよ?」

 そう付け足すと、彼女は少しだけ困った顔をして……けれど、こくんと頷いた。


 お互いにフェチが噛み合う相手、なんてそうそういないと思う。




    ✽+†+✽―END―✽+†+✽


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