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そういう目で見ています

「月蔵さん、継続を依頼されているのだけれど構わないかしら?」


 月蔵詩乃(つきくらしの)、私は派遣社員だ。


 派遣会社の正社員ではあるのだけれど、その部署では、秘書やアシスタントを派遣する業務があり私はその部署に所属してしている。


 本当のプロ派遣。


 数ヶ月おきに、契約で会社から依頼を受けた先に派遣されて業務をこなしている。


 内容は様々。

 自身が秘書やアシスタントとして仕事をすることもあるし、業務に慣れていない秘書さんに、仕事を教えることもある。


 今回は辞めてしまったアシスタントの代わりに数ヶ月、仕事をしてほしいと言われており、今月末はその3ヶ月目だった。


 本来ならばこの会社からは、引き上げる予定なのだったけれど。


「次の仕事が入っていないのならば、私は構いません」


「ん。今のところは大丈夫かな。じゃああと3ヶ月、お願いします」


 3ヶ月継続する書類に署名して、自社の上司との面談を終える。


「社長、面談終わりました」

「はい。あ……」

 彼は言い淀む。


「継続の件は伺いました。ご契約、ありがとうございます」

「良かった。月蔵さんがいてくれると、とても助かるから」


 安心したような顔を見せる彼は、普段はキリリとした表情を崩さないこの会社の社長だ。


「そう言って頂けると、とても嬉しいです」

 私はにっこり笑う。


 私も会社の名前を背負って来ているのだ。

 会社の評価を下げるわけにはいかない。


 安心した様子で、私の上司との面談に向かった社長の後ろ姿を私は見送った。


 ──後ろ姿は特にヤバいわ。特に腰からお尻にかけてのライン。


 ……認める。


 私は少し……というか、かなりのスーツフェチなんだ。


 スタイルは細すぎても、マッチョ過ぎても太っていてもいけない。

 スーツがぴったり当てはまるスタイル、というものがあるのだ。


 身長は180前後。

 超えてもいけない。

 180に少し満たないくらいが理想。


 バランスの良い体格。

 肩は少し広めで、少し厚め、肩から胸へのラインも分厚すぎるのはダメ。適度に筋肉が付いているのが良い。


 正にマネキンのような体格が理想なのだ。


 そういった意味で、社長は私の好みぴったりだった。


 最初の面接の時はスリーピースを着用していたから、なおさら。

 スリーピースとか……考え出した人は本当に素晴らしいと思う。


 ジャケットからチラリと見えるベストは、なんであんなに色気があるんだろう。


 そしてジャケットを脱いだ時の、ベストとシャツのコラボ……。

 ベストとの境目、シャツの肩あたりのラインが綺麗ならば、もう正直拝みたいくらいだ。


 ジャケットを羽織っている時とは、また違うストイックさにグッとくる。


 体格のバランスの良さはここで分かるというものだ。


 ある程度の逆三角は必要ではあるけれど、細過ぎても見栄えが良くない。

 最初の面談の時はそのスーツ姿があまりにも好み過ぎて、私は戸惑った。


 派遣として数々の企業にお邪魔し、ありとあらゆるスーツ姿を見てきたけれど、これほど好みにマッチする人はいなかったから。


「失礼しますー。じゃあね、月蔵さん」

「はい、お疲れ様です」


 理想のスーツに思いを馳せていた私は、ハッと現実に引き戻された。


 契約の継続が成立して、ほくほくで帰っていく上司を見送って、業務の続きに取り掛かる。


 頼まれていた資料はできれば、今日中に仕上げてしまいたい。


「月蔵さん」

「……っはい!」


「それ、今日中じゃなくても今週中で構わないよ?」

「でも今日終われば、また明日から別のお手伝いができますから」


 彼は、ふ……と笑った。

 笑顔が素敵だ。


「ありがとう。でも、残業はダメ」

 そう言われて、私は時計を見る。

 気づくと残業の時間になっていた。


「……ですね。えっと、多分明日の午前中には終わりますから、何かあれば言ってくださいね」


「では……」


 隣の席に座っていた社長がこちらに向き直ったのだ。


 そうして隣なのになぜか席を立って、私の後ろに来て、背後からマウスを握っていた私の手にその手を添える。


 どきん、と心臓が大きく跳ねた。


 激しく自分の好みの人が、覆い被さらんばかりに自分の背後にいるのだ。


 それに斜め後ろにある顔が近いし、なんだかいい匂いだし……。


 マウスを動かして、彼は『シャットダウン』をクリックする。


「え?」

「今日は終わり」


「あの……」

「月蔵さん、契約、更新してくれてありがとう」


「いえ。こちらこそ」

「こういうのはいけないって、分かっているんだけど」


「こういうの……?」

 なんだろう?この人は何を言おうとしているの?

 急に胸がドキドキと音を立て始めた。


「月蔵さん、どうして、たまに俺のことじいっと見ているの?」


 ……っみ、見られていた!!


 いけないのは私の方です!!

 完全にそういう目で見ていましたから!

 今日も舐めるように、後ろ姿を見ていたかもしれません!


 不快に思われていたのかもしれない。


 というか、今やセクハラは男性から女性へだけのものではない。

 女性から男性へもありうるし、同性でも注意しなければいけないと言われているのに!


「あの……ご不快でしたら、失礼を。」

「いや?なぜか教えてほしい。」


 言えない!

 性的な目であなたを見てましたなんて、言えないからっ!!


「俯いてしまうのはなぜ?」


 答えたくないからです!!!


「あまり俺の前で、そんな風にうつむかないでほしいんだけど」


 どうしよう、きっと怒らせていたんだ。


 そんな風に思ったら、ますます詩乃は顔なんて上げることはできない。


「月蔵さん……」


 そんな風に呼ばないでください。

 ドキドキする……。


「俺ね……」


 彼の顔が後ろから、詩乃の耳元に近づく。

 耳元に息がかかって、どうしようもないくらいに詩乃の鼓動が激しくなった。


 低くて甘い声が、詩乃の耳をかすめる。


「うなじフェチなんだ……」


「……。」


 ──はい……??


「うな……じ?」


「そう……。月蔵さんのうなじ……たまらない。首元は細過ぎてもいけなくて、俺は色白の方が好みなんだけど。特に今日みたいに、緩くアップにしている時のしどけなく首元にかかる、髪が……すごくいい……」


 それはたまに視線を感じるなあとは思ったけど、思ったけども、それは上司として、部下を見守ってくれているのかなあって思ったから……!!


 それが、うなじ!?

 うなじって……いや、見過ぎだから!!


 社長の私の首元に注がれる視線が熱い。


「月蔵さんの視線には何か感じる。君は何を見ているの?」


 ……っく……。

 この人がここまで言っているのに、私が言わないのは何かフェアではない気がします。


「スーツ……です」

「スーツ?」


「正確にはスーツを着ていらっしゃる社長のお姿、です」


 言ってしまった。


「へえ……?」


 きらりと瞳が輝いたような気がするのは気のせいなのでしょうか?


「それが、月蔵さんのツボなの?」


 コクリと詩乃は頷く。


 だって! 頷くしかないと思うの!


 頷いた詩乃の首元を、社長がその指ですうっと撫でる。


「ん……っ……」

 はわわっ……あらぬ声が漏れてしまった!

 慌てて詩乃は口元を抑える。


「感度までいいなら、最高だな」

 嬉しそうな声が聞こえた。


「え!?」


 思わず今度は、自分のうなじを手で押さえてしまう詩乃だ。


「俺のこと、嫌い?」


 嫌いなわけがない。


 つい、そのスーツ姿ばかりを熱く語ってしまったけれど、そのお顔立ちもきりりとしていて、いわゆるイケメンなのだし。


 詩乃のツボであるスーツは完璧だし。

 社長なのだから、もちろん社会的立場もしっかりしている。


 しかも取引先。身元はこれ以上ないくらいハッキリしていて。


 その綺麗な顔がくすりと笑って、詩乃のうなじの手を退けると、ふっと顔が近づく。

 そして、首元にちゅ……とキスをして、甘く噛まれたのだ。


「……あ」

(たま)らないな。詩乃ちゃんは?」


 詩乃の手を握ったままの社長は自分の首の後ろに、詩乃の手を回させる。


 くらり、とした。


「なんか……どきどきします」

「うん。俺も」


 見るだけだった人に……触れてしまった。

 温かい肩や……首に。


「詩乃ちゃんのうなじ……もちろん最高なんだけど君をこの3ヶ月見てきて、その仕事への前向きさも、俺を真っ直ぐに見てくれるその瞳にもすごく惹かれて、つまり……俺と付き合わないかな……ってことなんだけど」


 ──いつでも、スーツ姿を見せてあげるよ?


 とっても甘く囁かれてしまいました!


 そう言われたら……頷く以外の選択肢はなかった気がするのですが……。



    ✽+†+✽―END―✽+†+✽


     


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