第8話〔叔父とはじめての討伐依頼その③〕再開14日目[夜中]
偵察で得た情報の通り魔物の住処は小規模な部類に入るゴブリンの巣。
予定していた流れで闇に紛れ、一体ずつ迅速且つ速やかに倒す。
ただ正直に言うと内心では臆していた。
異世界転移後初の戦闘という訳ではない。が現代社会で育った還暦前早寿の身で挑むに些か慣れないし抵抗もある。
だがそんな自分を奮い立たせてくれたのは正直に言って何回りも年下である姪の存在だ。
彼女が一体始末するのを見る度、後れを取らずとは言わないまでも背を向けてしまいたくなる自分を押し止めてくれる。
次いで思うのは、恐らく本人はそれ等の事を独りで熟す経験をしてきたというコト。
確かに保護者気取りなんかで居たら何も分かっていないと言われて、仕方がない。
心から無神経な発言をしたと反省するばかり。
「ッ……!」
おっとマズい。と直ぐさまゴブリンに止めの一撃を喰らわす。
一瞬だが肝の冷える思いをして、慌てて周囲の様子と目配せをする。
特にそれと呼べる変化はなく、二人が置かれる立場も静かなまま。
叔父が安堵する。
よもや目の前の事に集中せよと普段から教え伝えている側が余計な思考でドジるなど愚かこの上ない。
故に緊褌一番と叔父の気が引き締まる。
ただ真っ先に排除すべき見張りの類は今ので事実として最後となる。
この先の流れは――。
「オジさん、大丈夫?」
声量を抑え注意を欠いた様子の叔父に姪が心配そうな声で、問い掛ける。
「ぁぁ、スマン」
「……行けそう?」
「無論だ、さすがに少々緊張してるが問題ない。次は徹底して注意を払うよ」
「……分かった。肩の力を抜いてね」
「了解だ」
何より、これ以上の情けないところを見せたくはない。と叔父の気持ちが奮起する。
「うん。それじゃぁ予定通り私が中に入るから入口付近で警戒をしてて」
「――かしこまった」
今一度我が身に気合を入れる心積もりでも告げる。が理由は定かではない薄ら笑いを誘発した事で戸惑う叔父、に。
「力まなくてイイってば」
「……ム? しかし、そういう訳にも」
「緊張は必要だけど余計な力は敵になるよ」
ほうと叔父の口から感心が漏れる。
「私は……オジさんが外を見ててくれるのなら、それだけで安心できるから」
「フム。余計な心配をかけるのはかえって邪魔か。よし分かった、オジさんは退路の安全を確保しつつ背後からの襲撃に備える役目を真っ当する事に専念しよう」
「うん、お願い」
片意地張らず見栄張らず、己が今できる事を。
「任せろ、大船に乗った気でな」
…
大小整えていない木材や藁等で覆われた寝床らしきモノ。
何処かに在った物をそのまま持ってきて、使っている。そんな印象は度々見かける。
実際に周辺の防護柵も穴だらけで容易に進入ができた上、見張りの警戒もザル。
生活の営みと言うには現実味が無く、団結としては弱い。
異世界モノで言えば絵に描いたような序盤の敵地。
故に高揚してしまう自分を抑え込む。
保護者とは名ばかりであるが、実際に事が起きれば立場という責務が自身には有る。
例え強制でなくとも実力が伴っておらずとも自分で課した柵からは抜け出し難いものだ。
仮に果たしてどうなるモノかと聞かれれば、それは当人ですら結果として知るところ。
――よって今は、小さな灯しを魔法で出して洞穴の中へと進み入った姪の、背後からの敵に備えた守護者として、この場を死守するに徹するが為事。
なのだが――。
「ふーむ……」
――闇夜の小さな灯りに姿を現した、一匹の魔物。
……これは。
先程までの小柄な小鬼とは違い、暗がりでも明らかにその体格差が分かる。
というより体形だけなら人間の方に近い。
器用に動くであろう胴から伸びた腕、そして脚もが自身と変わらぬ形容で存在している。
それ等を総じて分類するとすれば魔物と言うよりかは人間としての色が強い。
ただ決定的な違いがあるとすれば――。
「……オーガか?」
――その体の表皮は燃えるように赤く、眼は琥珀に色付いていた。




