第二話『お家事情と幼馴染-②』
2,3日後蒼哉が退院し家に帰ると道場から大勢の笑い声が聞こえる。道場ではこの前の茜の祝勝会が行われていた。
「お嬢おめでとうございます!」「流石はお嬢。今回も蹴り一発で一本勝ちだったそうで。」「流石は死神!」
「皆ありがとー!でも最後の奴は褒めてないよね。」
茜は小さい頃から道場を出入りしていて古株からは娘のように可愛がられ後輩からは尊敬の念からお嬢と呼ばれている。お嬢コールが鳴りやまない中蒼哉は道場の扉を開ける。
「不詳、柏根蒼哉ただいま病院より帰宅しました!」
蒼哉が敬礼をしながら道場に入ると場内が静まり返る。暫くして門下生の1人が蒼哉に抱き着く。
「坊ちゃん。ご無事で何よりです!」
「おいおい虎蔵、俺は男に抱き着かれる趣味はないんだが。」
虎蔵を皮切りにして門下生たちが蒼哉の周りに集まりだす。蒼哉は道場にあまり顔を出すことがないのだがたまに顔を出して1人1人にアドバイスをしていたことから門下生から慕われていた。
「坊ちゃん聞いてくれよこの前スパーで坊ちゃんの言われたとおりにボディの守り甘くしたらよ、虎蔵の野郎まんまと引っ掛かってボディを狙ってきてよ。」「竜二うるせぇぞ!そんなことより俺この前の大会で坊ちゃんに言われたストレートを多用する癖直したら準決までいけやした!」
「おいおい、準決で喜ぶなよ。虎蔵はフィジカルの強さはかなり高いんだからもっと頭を使えよな。」
蒼哉と門下生が楽しくやり取りをしているのをよく思っていないのは蒼哉から離れた場所にいた茜だった。
「あたしだってお兄と…。」
「お嬢、そんなこと暇あるなら行きなさいな。坊ちゃんああ見えて結構モテるんですよ。」
「お兄が!?そんなわけないでしょあのアニオタ変態がモテるなんてありえない。」
「じゃあ私が坊ちゃんのこともらっても「絶対ダメ!絶対にダメだから!」
遮るように茜が怒る。急に怒り出した茜が気になった蒼哉は集まった人だかりを抜け茜のもとに向かう。
「何がダメなんだ?今度の大会の優勝でも取られそうなのか?」
「いや!別に…何でもないから。それよりお兄今から組手してよ!」
「いやいや俺は病み上がりの怪我人だぞ。そんなの無理に決まってるだろ。」
「お兄なら大丈夫だよ。それに病み上がりなら体動かしたほうがいいと思う!」
「はぁー俺なら大丈夫って何の根拠にもなってないぞ。仕方ないな少しだけだぞ。」
門下生達はそれを聞くと盛り上がり始める。それもそのはず蒼哉が道場内で組み手をすることなどほとんどないからだ。師範の息子であり、知識豊富その実力がいかほどなのか知りたくなるのは当然だった。
「手加減はいらないよ、全力で来てね!お兄。」
「手加減してほしいのはこっちのほうなんだけど?死神様。」
「死神って呼ぶな!」
茜は開始早々距離を詰め上げ突きを放つ。蒼哉がそれを避けると続けて連続して突きを放つ。蒼哉は打たれてきた突きを回避、受け流す。
「流石はお嬢!あのスピードに追い付ける奴はいないな!」
「坊ちゃんも負けてない、しっかりとお嬢の攻撃を捌いている。」
蒼哉と茜の攻防は流れるように入れ替わる。蒼哉が蹴りを放ったかと思えばそれを避けた茜が瞬時に反撃の突きを打つ。蒼哉はそれを腕で受け止め貫手を放つ。
(茜の得意技は蹴り技、しかしここまで蹴りは一度も使われてないやっぱり警戒されてるのバレてるな。)
(お兄はあたしの蹴り、特に上段蹴りを警戒してるはずなら拳で攻める!お兄が隙を見せるその時まで!)
蒼哉と茜の攻防がしばらく続きその時は急に来た。蒼哉が体勢を崩した茜に向かって蹴りを放ったがすぐに立て直した茜蹴りを避け蒼哉に向かって渾身の飛び後ろ回し蹴りが放たれる。蹴りは蒼哉の顔面にクリーンヒットした。
「お嬢の蹴りが坊ちゃんの顔面に入った!」
蒼哉は蹴りを食らうとその場に倒れこんで負けを認めた。
「茜、今のはいい蹴りだったぞ。あのタイミングで蹴りが来るとは思わなかった。」
「お兄が蹴りを警戒してるのは分かってたからね、体勢崩れてたら蹴りはないと考えると思ったの。」
「それであの蹴りか考えたな。」
蒼哉が茜を褒めると茜は頬を赤らめる。蒼哉は気付いていないが茜は蒼哉に幼い頃から好意を持っていた。その態度は分かりやすく蒼哉に近づく悪い虫は悉くはねのけられてきた。それに気づかない蒼哉は自分はモテ期が一生来ないと思っている。
「本当にお嬢はわかりやすいなぁ、そんなところが可愛いんだけど。」
「坊ちゃんは全く気付く気配がないよな、お嬢が不憫でならないぞ。」
「お前達、祝勝会は終わりだ練習を再開するぞ。」
「師範、お疲れ様です!」
蒼哉は厳牙が着た瞬間にばつが悪くなったのか道場からそそくさと出ていった。
「お嬢、坊ちゃん未だに師範と和解できてないんすか。」
「まぁね、あの2人一度喧嘩すると中々意地を張って仲直りできないんだよね。」
練習が終わり門下生たちが帰った後誰もいない道場に蒼哉は1人で座禅を組んでいた。
(魂気をもっと理解しろ、もしも次に何かあった時に茜や周りの人達を守れない。まずは魂装からだな。)
蒼哉は魂気を全身へと巡らせる。そして全身に流れた魂気を鎧のように変化させようとする。
(あの男が言っていた魂装、魂を装備するって意味であってるのだろうか。魂ってのは魂気のことか?魂気を鎧のようにしてあの鱗と巨体を手に入れたのか?何か違う気がするんだよなー。)
「お兄!何してるの?」
蒼哉は後ろからの声に驚き魂気の操作が乱れる。乱れた魂気は体外へと放出され道場の床にヒビを入れる。
「何だいきなり、何か用事でもあったか?」
「夕ご飯、もう出来てるからお兄を呼んできてッて、未空さんが。」
「分かったすぐ行くから、お前は先戻ってろ。」
蒼哉が立ち上がると床に穴が開きその穴に蒼哉は落ちてしまった。
「お兄大丈夫⁉何でいきなり床が。」
「はははは、痛んでたのかな。また親父に言っとかないとな。ははは。」
蒼哉は苦笑いをしながらそそくさとその場を後にした。
「お兄…何か隠してる?怪しい…。」
茜は蒼哉の何か隠すような仕草が不思議で仕方がなかった。