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【7】

 鬼と化した道鏡は、足元にあるバスケットボールほどの岩を、片手で軽々と拾い上げた。

「みんな俺から離れろっ」

 ガリーが叫ぶ。


 道鏡が腕を振り上げてガリーに岩を投げつける。ガリーが際どく避けると、岩は後ろにあった(ほこら)を直撃し、粉々に吹き飛ばした。爆弾が炸裂したような破壊力だった。

 道鏡の動きは、その体躯に似合わず速かった。もう次の岩をつかみ、投げる体勢に入っている。地面に片膝をついていたガリーは、腕を上げて道鏡の手の中の岩を指さした。

 道鏡が岩を投げた瞬間に、

「偉能ロゴス“慣性解除!”」

 叫ぶと同時に指を下に曲げる。

 砲弾のように飛んできた岩が、ガリーの手前で急に勢いを失い、地面にめり込んで土くれを跳ね散らした。


「こざかしい」

 道鏡はまた岩を拾ったが、今度はそれを持ったまま、大股でガリーに近づいてくる。

「大気レンズ」

 ガリーは、後ずさりながら掌を上に上げ、道鏡の頭上高く、景色もゆがむ特大の凸レンズを作り始めた。道鏡は構わず前進する。大気レンズを通過する太陽光が収束し、岩を抱えた道鏡の腕に焦点を結ぼうとしたその時、道鏡はもう一方の手に持った五鈷杵(ごこしょ)を無造作に一振りし、

瘴気(しょうき)」と唱えた。


 道鏡が登場した時にまとっていたあのガスが湧きあがり、道鏡の上体を覆っていく。焦点を結びかけていた光は、ガスにさえぎられて立ち消えた。ガリーは急いで指を岩に向ける。しかし、その岩も道鏡ごとガスに呑み込まれ、所在が分からなくなった。

 ガスの向こうで、一瞬影が動いた。気配を感じたガリーがしゃがむ。その頭上を岩がかすめて飛び、背後でまた爆発音が起きた。



「敵の方が手札が多い。加勢しないと」

 道鏡の横に回り込んでいたザックが囁き、カーラがうなずく。ザックは道鏡のいるエリアを囲むように人差し指を動かし、

万有(U)引力(G)反転」と声を発した。


 だが、ロゴスが発動した時には、すでに道鏡の姿はそこになく、落ち葉や小石だけがむなしく舞い上がっただけだった。ザックはさらに道鏡に近づき、攻撃しようとするが、道鏡は瘴気をまといながら右に左に動き回り、ひとところに留まらない。

「木立がこれだけあってガスも湧いている中で、あんなふうに立ち回られたんじゃ狙いがつかない」

「私が接近して、道鏡のロゴスを封じます」


 カーラが姿勢を低くして道鏡に近づこうとするが、その動きに気付いた道鏡が、カーラに向かって五鈷杵を横ざまに振る。瘴気が大蛇のようにくねりながら地を這い、カーラを襲う。ガスを吸い込まされたカーラが、激しく咳き込んだ。



 道鏡の前面では、ガリーが大気レンズを次々に作りだし、瘴気の切れ目を狙って攻撃しようとしていた。だが、焦りでレンズの角度を細かく調整できないのか、時々見当はずれの方向に太陽光を集光させてしまう。


「無駄なあがきだ」

 道鏡は、退路を断つように岩を投げながら、巧みにガリーを追い詰めていく。ガリーは背後を振り返る。島の端まで、もういくらも距離がない。池に落ちたら最後、水面に顔を出すたび岩を落とされ、息が絶えるまでモグラ叩きされるだろう。

 ガリーは何とか道鏡の横をすり抜けようとするが、瘴気の霧の中から飛んでくる岩をよけるのに手いっぱいで、行きたい方向に行かせてもらえない。なすすべもなく、ついに水際まで押し込まれる。


 後がなくなったガリーの目の前で、瘴気が薄れ始める。霧が晴れた時、大岩を高々と掲げた巨大な鬼が立ちはだかっていた。

「食らえ!」

 至近距離からガリーを直撃した大岩は、ガリーとともに池の中に叩き込まれ、高々と水柱を立てた。道鏡は次の岩を構え、ガリーにとどめを刺すべく、水面を凝視する。しかし、残波が収まってもガリーは浮かび上がってこない。

「岩の下敷きになったか」

 道鏡は鬼そのものの凶暴な笑みをむき出しにした。

 が、その視界の隅で何かが動いた。



「カーラ、ザーック!」

 叫び声を聞いた2人は、その声の方向に目を凝らした。島と境内をつなぐ朱塗りの太鼓橋のたもとに、池に叩き落とされたはずのガリーが立っている。

「早く来い! 逃げるぞ」

「いつの間に」といぶかしみながらも、2人は橋に向かって走り出す。

「おのれ、逃がすかっ」

 道鏡も地響きを立てて足を急がせる。


 先に到着したのは、ザックたちだった。ガリーと一緒にすぐに橋を渡り始める。

「ロゴス戦で負けるわけにはいかなかったんじゃないんですか?」

 息を切らせながら問うザックに、ガリーはおどけるように

「もちろんさ。逃げ切りゃ負けはないだろ?」

 道鏡が後ろに迫ってきた。獣のような爪が生えたその足が床板を踏むたびに、木橋がギシギシとうめき声をあげる。3人は、追いつかれる前に橋を渡り切ったが、ガリーはそこで立ち止まった。


 そして、橋に向き直ると、

「大気レンズ」

 上空のレンズが光を集めだす。

その時、道鏡は橋の中ほどにいた。レンズに気付いた道鏡は、

「無駄だとわかっていようが。瘴気!」

 道鏡の頭上にたちまち霧が湧き出した。だが、光が向かった先は道鏡の体ではなかった。前進しようとする道鏡の足元に焦点が結ばれ、煙を立てて床板に焦げ跡を作る。一撃、二撃。


「っと」

 光撃をかわそうとした道鏡がバランスを崩し、反射的に欄干に手をかけようとした。

「ん?」

 見ると、欄干に焦げた切れ目が何本もついている。道鏡は伸ばしかけた手を思わず引っ込めた。その動きがさらにバランスを失わせ、体ごと欄干に寄りかかる形になる。傷の入った欄干が鬼の巨体を支えられるはずもなく、微塵に砕けて道鏡もろとも池に落下していく。

 派手な水音が八ツ島中に響き渡った。


「ぐほおっ」

 道鏡は、懸命に手足をバタつかせて水面に出ようとするが、自重と水を吸った法衣のせいで思うように動けない。それでも、怪力を振るってどうにか橋を支える杭に泳ぎ着くが、手を滑らせて再び水面下に沈む。



 もがく道鏡を見ながら、3人は橋の上に戻った。

「デーモンに変身したのは悪くはなかったが、体重の設定の仕方を間違えたな」

 ガリーが汗をぬぐって言う。

 ザックが橋に残った欄干の焦げ跡に顔を寄せた。

「これを狙ってたんですか?」

「ああ、道鏡をやみくもに攻撃しているふりをしながら、欄干を撃った。距離が正確につかめなかったから、数打ちゃ当たる式に何発も繰り出さなきゃならなかったけどね」


 カーラが聞く。

「水際に追い詰められた時はもうだめかと思いましたが、どうやって道鏡の前から姿を消したんですか?」

「消えてなんかいないさ。元々あそこはいなかったんだ。あの時、俺は道鏡の前にでかい大気レンズを作った。それが光を屈折させて、道鏡の視界を歪めてたんだ。奴が岩をぶち当てたと思った時には、俺の実体はもう橋に向かってた」


 ガリーは欄干の無事な部分に両肘を乗せて、溺れかけている道鏡を眺めた。

「少し水を飲ませてから、あいつを引き上げてやってくれ、ザック。そのあとはよろしく、カーラ。

しかし、今回はアカデミーとは無関係のはずれクジだったが、ウォームアップどころじゃなかったな。こんな調子で噂狩りを続けてたら体重が減っちまう」


「結構なことじゃありませんか。道鏡さんみたいになりたくないんでしょ?」とカーラが笑った。


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