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【19】

 ザックとハーシェルは、森のはずれまで来ていた。ハーシュルはザックのしぶとさに苛立っていた。このままだと森を抜けられてしまう。そこで、当てにならないガリーの手土産を使ってみることにした。


「確か、左のわき腹だと言っていたな」

ハーシェルは、ザックの左にある木に狙いをつけようとしたが、

「いや、嘘だな」と思い直し、右の木にタクトを振り下ろす。


 木が破裂して、樹皮がザックの右半身を襲う。ザックは飛び退ったが、すべてを避けることはできず、破片のいくつかが右わき腹に当たる。が、さほど痛そうな顔も見せない。

「わざと本当のことを言ったのか? 食えない奴だ。だが、もし左わき腹も嘘だったら、望み通りに氷漬けだ」

 今度は左の木に狙いを定める。


 ザックは、ハーシェルが彼の古傷に目を付けた時点で、いつかこの攻撃が来ることを予期していた。だが、ザックは逃げようとしなかった。

その代わり、自分の着ているウインドブレーカーのジッパーを下ろして前を開き、木に向かって左の見頃を闘牛士の赤い布のように構えた。


「そんな薄っぺらなもので、私の攻撃を防ぐつもりか? “コールド・サン”」

 ハーシェルがタクトを振るのと同時に、ザックは声を放った。

「偉能ロゴス“カウンターリアクション!”」


 破裂した木切れが激しく降り注ぐ。しかし、ウインドブレーカーはまるで防弾盾のように攻撃を跳ね返し、木切れは衝突時の勢いそのままに飛散していく。



「作用・反作用か。運動第3法則だな。君のロゴスは万有引力だけだと聞いていたが」

「さっき仕入れたばかりさ。まだ慣らし運転といったところだが…」とザックはウインドブレーカーを見る。

 大きな穴がいくつか開いていた。

「このロゴスは、物質の硬軟に関わらず高い反発係数を付与するようだが、衝撃の吸収まではできないらしい。まあ、君の脆弱(ぜいじゃく)なロゴスが相手なら、この布っきれで十分だと思うけど」


 ハーシェルは怒り心頭に発した。

「脆弱なロゴスと呼ぶなっ! お前を穴だらけにしてやる。“コールド・サン”、“コールド・サン!”」

 ハーシェルはロゴスを連呼し、ザックの周りの木を立て続けに破壊した。


 左右からほぼ同時に砲撃が来る。

 ザックは素早く後ろを向き、上着の左右の前立てをつかんで鳥が翼を広げるように大きく開いた。

「“カウンターリアクション・マックス!”」


 ザックに降り注いだ木の弾丸は、ウインドブレーカーに当たると、衝突する前の倍以上の速度で跳ね飛ばされ、そのいくつかがハーシェルを襲った。

 ハーシェルは、タクトを剣のように振るってそれを払いのけるが、その衝撃でタクトの先が折れて飛んだ。


「お気の毒に。そのタクトもあんたのロゴスみたいに脆弱だな、フフッ」

 ザックが笑い声を浴びせて、ハーシェルの前から姿を消す。

「よくも私のタクトを!」


 ハーシェルは怒り狂って後を追う。すぐにザックの姿をとらえ、折れたタクトを振り上げるが、その時、行く手の地面に何か重い物が置かれていたような深いくぼみがあるのを見逃さなかった。

 ハーシェルが慌てて足を止めると、反重力で宙に浮かんでいたバスケットボールサイズの岩が目の前に落ちてきて、泥を跳ね飛ばした。

「くそっ、逃がさんぞ!」



 ザックはハーシェルが再び近づくまで待ち、そこから一気に走り出して森を抜けた。森の先は、石材を切り出す際に掘り取られた岩がごろごろ転っている採石場だった。

 その隅に停められたホイールローダーの後ろに隠れていたガリーたちが立ち上がり、手を振る。彼らに駆け寄ったザックは、振り返ると広い採石場を囲むように指で円を描き、

万有(U)引力(G)反転」


 巨大な石材のブロック、掘り取ったままの大岩、大量の捨て石、ローダー、ショベルカーなど、採石場にあるすべてのものが、地面を離れ、白みかけた空に浮かび上がっていく。4人は、固唾を呑んで待つ。

 だが、しばらくしてもハーシェルは姿を現さなかった。



 ザックが首を振る。

「かなり挑発したのに、乗ってきませんね。最後に小岩を見舞ったから、この罠の可能性に気づかれたのかもしれない。

 敵の気配はどうですか? カー…その手はどうしたんです!」


 血染めのハンカチが巻かれた左手を胸に抱えて、カーラが青ざめた顔で立っている。

「新しいロゴスを使ったんだ。詳しい話はあとでカーラに聞こう」とガリーが説明する。

「傷は動脈や神経にはかかっていないようなので大丈夫です。ハーシェルとハーバーの気配は消えてますね」


 ガリーがほうっと太い息を吐く。

「危ないところだったが、何とかしのいだな。奴らは…」

「絵理朱っ」

 四葉が叫ぶと、森へ1人、走り出した。

 3人は暗い顔を見合わせ、四葉を追う。


「失言だったな。全然しのげちゃいなかった」

 ガリーは唇をかんだ。

すでにかなりの時間が経っている。あの子は変わり果てた姿になっているだろう。それも、焼けつくような毒に苦しみ抜いた末に。


 まもなくあの青年はそれを目の当たりにすることになる。その光景は、一生彼の頭から離れなくなる。できることならあの子のところには行かせたくないが、行かずにはいられないだろう。




 ガリーたちが滝見平に着いた時、四葉は柵のそばで地面を凝視し、立ち尽くしていた。ガリーは後ろから近づくが、彼に何と声をかけていいのかわからなかった。


 だが、その時、何か様子がおかしいことに気がついた。淡い(もや)のようなものが、地面を覆っている。駆け寄ると、少女はほのかな冷気に包まれて横たわっていた。

 例の青いツルは、以前よりは伸びて頬にかかっているが、そこで進行が止まっていた。


「どうやらコールドスリープが上手くいったようですね」とザックが安堵の声を漏らす。

「そうか! あの時ここに来たのは、ハーシェルにわざとコールド・サンを撃たせて、この子の時間を止めるためだったんだな?

 これならまだ望みはある!」


 絵理朱の頬を伝う青いツルは、足元の草の間から伸びてきたかのようで、まるで草の(しとね)にいだかれて眠る森の精のように見えた。

その横顔は、毒に侵され、凍らされて、それでもなおきれいだった。


 四葉は絵理朱のそばに膝から崩れ落ち、両手をついた。

「親父さんにあんなに絵理朱のことを頼まれたのに」

 後悔と憤りの涙が込み上げる。


「どこで何があるかわからないから気を付けてと忠告したのは僕だったのに。

なんで絵理朱をここに連れてきたんだっ!」

 地面を思い切り殴りつけた。

 ガリーたちは胸が詰まる思いだった。


 やがてザックがそっと声をかけた。

「悪いのは君じゃない、毒使いだ。我々が必ずあいつを捕まえて解毒剤を手に入れるから待っていてくれ」

 首を垂れたまま、四葉が言った。

「僕も行く」


「君の気持ちはわかるが、この子のことはRMAと警察に任せよう。それに君やこの子の親御さんにも報告をしないと」

「警察の力じゃどうにもならないから、あなたたちが戦ってるんだろう? 

 絵理朱の父親は海外にいるし、僕に親はいない。半年前にペンシルベニアで爆発事故に巻き込まれて死んだんだ」


 ガリーとカーラが目を伏せるようにして、ザックをそっと見た。ザックは口を閉じた。



 渓谷を夏の早い朝日が染め始め、まばらな光が草の広場にも届きだす。横たわる少女の指先近くに、紫の小さな野花が一輪、凍っていた。

 どこから来たのか、朝焼けで不思議な色に彩られた蝶が、その花に止まろうとして近づく。

 そして、わずかにためらったあと、渓谷へと飛び去っていった。


 少女が捕まえることができなかった夢の中の蝶のように。



                        第一式第一項 (あかつき)の氷花 

                                                                     Q.E.I



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