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【15】

 森に駆け込みながら、四葉は溜めこんでいた疑問をぶつけた。

「ニュートン?ガリレオ?ユング? あなたたちは何者なんです?」

 走りながらガリーが答える。

「ゆっくり話している暇はないが、ざっくり言えば、俺たちは何者かの仕業で過去の科学者たちの記憶情報を植え付けられたんだ。それが、さっき話した魂魄《こんぱく》転写(てんしゃ)だ。

 そして、魂魄転写が起きた際に、その科学者たちが発見した理論や発明した技術を偉能ロゴスとして使えるようになった」


「そんなことって…」

「ああ、簡単には信じられんだろうな。俺たちも最初はそうだった」

「アカデミーというのは?」

「敵陣営さ。正体も目的もよくわからんが、とりあえず戦うしかない」


「この前、有毒ガスについて調べた時にフリッツ・ハーバーに関する本を読みましたが、彼は第1次世界大戦でドイツ軍のために毒ガスを開発した“化学兵器の父”ですね? 実際のハーバーは、今追ってきている男みたいな残忍な性格だったんですか?」

「いや、おそらくあの男の元々の性格だろう。転写された過去の科学者の記憶や感情は、一度に全部蘇るわけじゃないんだ」


「4時の方向、約10メートル!」

 カーラが叫ぶ。

 ガリーが四葉の腕をつかんで木の後ろに引っ張り込むのと同時に、飛来した毒矢がその幹をかすめた。



「みんなでおしゃべりしながらピクニックとは、優雅なことだな。私も混ぜてもらえんかね?」

 ハーバーが木陰から姿を現し、腰の後ろの矢筒から抜き取った毒矢を楽し気にボウガンに装填する。


「毒使いの野郎、足が速い。ザックがいなけりゃ、俺たちは丸腰だ。渓流沿いの林道の終点がどっちの方にあるかわかるか?」

「多分右手の、えーと、2時の方向です」

「わかった。“大気レンズ”」と小声で唱える。

 そして、別の木の陰にいたカーラを手で招き、ハーバーを見ながら車を停めてある林道に向かった。


「おや、もう観念して姿をさらすのかね? 少し早すぎやしないか?」

 ハーバーは不満げにつぶやいて、ボウガンの照準をガリーの首元に合わせる。そして、トリガーを引いた。

 毒矢はガリーに命中した、はずだった。ところが、見直してみるとガリーの姿はそこになく、矢は木に突き刺さっている。

「何か小細工したな、どこに逃げた!」

 ハーバーは頭に血を上らせてあたりを見回した。




 ザックは木立の間を縫うようにしながら、ハーシェルの攻撃をかわし続けていた。ザックが通り過ぎたばかりの場所が、次々に冷気に包まれる。

 ザックは、ハーシェルを十分に引き付けた上で、木の陰からロゴスを発動した。

万有(U)引力(G)反転!」

 ハーシェルは見事に反重力ゾーンにはまり、落ち葉や小石とともに空に昇っていく。だが、慌てた様子は見えなかった。

 ジャケットのポケットを手で探りながら、

「ハーシェル自身の趣味ではないんだが、私は岩登りなんかも好きでね。今日はこんな物を持ってきた」


 ハーシェルは、先端に4本爪のフックを結んだ登山ロープを取り出して見せた。そして、5、6メートルほど上昇したところで、すぐそばの木にロープを投げた。

 木にフックがかかると、ロープを引いて自分の体を木に引き寄せ、真横に張り出している太い枝に乗り移った。


「こうすれば、反重力ゾーンから簡単に抜け出せる。ニュートン君、木が生い茂る森の中は、君のロゴスにとっては不利な場所なんだよ」

 さらにハーシェルは、数メートル先にある別の木の根元をタクトで指した。

「コールド・サン」


 根元が爆発したように樹皮が飛び散り、大きくえぐられる。木はぐらりと揺らめいたかと思うと、ハーシェルの乗る木に軋り声を上げて倒れ掛かり、枝を絡み合わせて斜めになった状態で止まった。

「水を吸い上げる木の内部の導管を凍らせると、中の水が凝固して体積が増え、木を内側から破壊する」

 ハーシェルは、斜めに寄りかかった倒木に足を移し、丸木の1本橋を歩くように悠々と地上に降りてくる。


 ザックはハーシェルに訴えかけた。

「ハーシェルは巨大反射望遠鏡を製作し、天王星を発見した。その後も多くの星雲を見つけ、恒星天文学の創始者と呼ばれた優れた科学者だ。そのハーシェルが犯した最大の間違いが、『太陽冷体説』を唱えたことだ。

 太陽は|《灼熱》の星ではなく、そこから放射される太陽光線も決して熱くはない。地上に広く存在する“熱媒質”に太陽光線が作用した時に、初めて熱が生まれるのだと」


「その通り」とハーシェルが誇らしげに言い放つ。

「だから、熱媒質を取り除けば、物体は凍り付く。今やって見せたようにね。それのどこが間違いなんだ?」

「だが、太陽冷体説は、その後激しい批判を浴び、完全に否定された。

『コールド・サン』が、存在してはいけない脆弱(ぜいじゃく)なロゴスだということは、君にもわかっているはずだ」


 ハーシェルは、タクトを小刻みに振りながら怒りを吐き出す。

「やつらが太陽冷体説を批判し、否定したのは、ハーシェルが亡くなった後のことだ。卑劣極まる欠席裁判だよ。

 太陽が灼熱の星ではないと考えている学者は今もいる。誰かが太陽に飛び込んで焼け死んで見せない限り、私もこの考えを捨てる気はない」


 ハーシェルは、冷たい笑いを口の端に上らせ、

「君の言う、存在してはいけない脆弱なロゴスがどれほどの力を持っているか、もう少しわからせてあげよう。

“コールド・サン!”」

 タクトがザックのすぐそばの木を指すと、その木の幹が破裂し、バラバラになった樹皮がザックを襲う。ザックはそれをかわそうとしたが、木っ端の1つがわき腹の古傷を打った。

「んっ」

 ひどい痛みが走るが、ザックは敵に弱味を悟らせないように、声を殺して走り出した。


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