表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

【12】

 3人は、吊り橋を半分以上渡り終えていた。しかし、その時、頭上に輝く月を翼の影が横切った。

「来たぞ。急げ!」

 川の上流で巨大な波頭が立ち上がった。先頭を走っていたザックは、一足早く対岸に着き、押し寄せる波にロゴスを放つ。


 波頭は大きくそれて、四葉とカーラは直撃を免れたが、代わりに橋を吊るワイヤーが荒波に食いつかれた。橋全体が飛び跳ねるように上下に激しく揺れる。吊り橋は古く、手すりも低い位置にロープが張られているだけだった。


 よろめいたカーラの腰がロープで弾み、上体が仰向けに橋からせり出していく。カーラの両足が床板から離れる前に、四葉が手首を何とかつかみ、一緒に橋を渡り切った。

 カーラが四葉に目で感謝を告げる。しゃべっている余裕はなかった。隧道に向かう急こう配の坂道を全力でダッシュした。


 カラス天狗は手を緩めない。繰り返し放水攻撃を仕掛け、そのたびにザックがそれを払いのける。だが、道の高度が上がるにつれて、放水が届かなくなってくる。

 3人は窮地を脱したかに見えたが、それはカラス天狗の思う壺でもあった。

「哀れな奴ら、隧道に入れば攻撃から逃れられると思ったか? 残念だな。その隧道の先は俺が起こした土砂崩れで、道が削り落とされてる。

 今日一番の大風で、意気地のないお前たちの背中を押してやろう。崖下に転がり落ちるがいい」


 3人の姿が隧道に吸い込まれる。カラス天狗は、夜空を大きく旋回し、スピードを乗せて降下する。そして、バックスイングするように思い切り腕を後ろに引き、高度を低く保ったまま隧道に飛び込んだ。



 カラス天狗は、3人が隧道の一番奥まで逃げ込み、その先が断崖になっているのを知って、青ざめているだろうと考えていた。だが、彼らは隧道に入ったすぐそこで待ち構えていた。

万有(U)引力(G)反転」

 ワナに気づいたカラス天狗は、翼を立ててブレーキをかけようとしたが、もう遅かった。重力反転ゾーンに飛び込んだ天狗の飛行軌道が急に上に反れ、かわす間もなく、天然岩がごつごつ突き出たトンネルの天井に激突する。

 そのままぐったりして、天井に張り付いた。


 ザックは四葉に笑顔を向け、

「君のおかげでうまくいったよ。“万有(U)引力(G)発動”」

意識を失った天狗が、天井から落ちてくる。地面にぶつかる寸前、ザックが再び引力を反転させて落下を停め、そのあとゆっくり地面に降ろした。

 カーラがすぐに駆け寄り、天狗の体を調べ始める。


「よう、ザック。どうやら片が付いたみたいだな」

 トンネルに到着したガリーがザックにウインクを送り、

「いいプランだった。ありがとう」と四葉の肩を叩く。


 ザックが四葉に向かって、

「ところで、君に少し聞きたいことがあるんだが、天狗というのは過去に実在したものなのかい?」

 四葉は、汗まみれになったポンチョを脱ぎながら、

「さあ、どうでしょう。ただ、天狗を神や神の使いとして祭る信仰もありますし、自分は天狗の子孫だと本気で信じていた人もいたようですね」

「うーん、本気で信じていたのなら実体化する可能性はあるが」とガリーが首をひねり、「しかし、科学者だけでなく、こういう者たちまで巻き込むことに何の意味があるんだ? どうも腑に落ちんな」


 その時、地面に倒れているカラス天狗がわずかに身じろぎした。四葉はギョッとして、

「この人をどうするんです? 意識が戻ったら、また襲ってくるんじゃないんですか?」

「ああ、それなら大丈夫だ」とガリーが頬を緩め、

「カーラ、どんな様子だい?」

「打撲と脳震盪(のうしんとう)は起こしていますが、骨折はありませんし、脳や臓器にも大きなダメージはないようです。これから処置します」


 カーラは天狗の傍らに膝をつき、相手の肩口に手を当てて目を閉じた。

「“アクティブ・イマジネーション”」

 天狗がひと呻きし、体を痙攣させる。

 四葉が目を見張る中、翼が縮んで消えていき、口ばしは引っ込んで唇に変わり、天狗は元の山伏姿に戻った。


「カーラの偉能、つまり特殊能力は、相手の偉能を解除し、使用不能にすることができる。

 アクティブ・イマジネーションてのは、心理学者のカール・ユングが開発した深層心理療法だ。カーラのはその偉能版で、相手の心の深部に降りていき、無意識と固く結合している偉能のロゴスとの結び目を切り離す。我々にとっては強力な武器だ。

 ただ、残念なことに、アクティブ・イマジネーションは魂魄(こんぱく)転写(てんしゃ)のキャンセルまではできない。あとはRMAに天狗君のケアを任せるとしよう」


「魂魄転写? RMA?」

「ガリーさん」

 ザックが、しゃべりすぎているガリーに目配せする。

「ああ、まあとにかくもう大丈夫ってことだ。これから我々の協力者がサポートに来てくれる」



 ガリーがスマホを取り出し、電話で話し始める。

「今終わりました。今回もアカデミーじゃありませんでしたが」

 カーラがはっと顔を上げた。

「待って。まだ他にいます」


 全員が動きを止め、耳を澄ました。荒立つ瀬音に交じり、悲鳴のようなものがかすかに聞こえた気がした。

「絵理朱っ!」

 四葉はトンネルを飛び出し、山道をまっしぐらに駆け下った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ