【11】
川沿いの道を2、3分走ると、どこから放たれているのか、大量の水が降り注いでいるのが見えた。石柱にしがみついてそれに耐えているポンチョ姿の人間がいる。
「偉能者が一般人を攻撃しているようです」
3人は現場に駆け付け、ザックが降り注ぐ水と地面を囲むように指で円を描く。
「万有引力反転」
すぐに水の流れが変わって空に向かい、はるか上空で霧となって消えていく。
ガリーはポンチョ姿の青年を抱え起こした。
カーラが日本語で尋ねる。
「大丈夫ですか?」
意識が飛びかけていた四葉は、なぜ突然暴風雨が止んだのか、状況がよくわかっていなかったが、問いかけにかろうじてうなずき、滝の脇の岩棚を指さした。
「あいつか? 変な格好してるな」
「偉能で滝の流れを捻じ曲げているようですね」
ザックは指を突き出し、岩棚と偉能者を円で囲む。
「万有引力反転」
岩棚の山伏姿の偉能者が、宙に浮かび始めた。彼は、自分に何が起きているのかわからないのか、周りをキョロキョロと見回している。
「いいぞ。100メートルぐらい持ち上げておいて、そこから一気に降下させれば途中で気絶するだろう」
ガリーが余裕の笑みを浮かべる。
しかし、目論見通りにはいかなかった。
宙に浮いた偉能者はなぜか落ち着いた様子になり、口の中で何事か唱える。すると、たちまち背中に黒い翼が生え、口はせり出して口ばしに変わった。
そして、翼を羽ばたかせて反重力ゾーンからやすやすと抜け出し、夜空を大きく旋回する。
「こいつも変態するのか!」
ようやく頭がはっきりした四葉が、ガリーに告げる。
「That's a crow tengu」
「君は英語が話せるんだな? 手間が省けて助かる。で、カラス天狗ってのは何者なんだ?」
「日本の妖怪で、翼を持ち、激しい風を起こして石のつぶてを飛ばしたりします」
「風使いの妖怪…」
カラス天狗は、翼を畳んで急降下し、逆巻く渓流の上を低く飛びながらこっちに向かってくる。
「“羽団扇!”」
叫ぶのと同時に、大きく腕を振った。すると、川の流れが津波のように立ち上がり、4人の頭上に雪崩れてきた。
「よけろ!」
一斉に奥の滝に向かって走り出し、何とか津波をかわしたが、地面を激しく洗う濁流に足をすくわれそうになる。カラス天狗が再び空に舞い上がったのを見て、四葉が怒鳴った。
「このすぐ先に林を通る脇道があるはずですっ」
「わかった!」
4人は駆け出し、カラス天狗が襲来する前に、散策路から脇道に入った。道は緩やかに上り、木々の枝葉が空を覆っている。
ガリーが荒い息を吐きながら毒づく。
「妖怪だったらアカデミーのわけはないよな。またはずれクジだ。クソっ」
「はずれクジでも見つけただけマシですよ、ガリー。人を襲うような偉能者を野放しにしておくわけにはいきませんからね」とザック。
4人がたどる道の幅がやや広くなり、岩クズや小石の散らばるザレ場になる。
「ここまで来れば、もう川の水も届かないだろう」
そう言ってガリーが足を休めようとした時、カーラが前方の木陰を指さした。太いクスノキの枝の上にうずくまる翼の生えた黒影。
カラス天狗は、枝から飛び降りながら、思い切り腕を振った。巻き上げられたザレ場の岩や小石が、強風に乗って襲って来る。
「慣性解除!」
「「万有引力反転!」
2人が同時に叫んだ。
ガリーに指された岩が地面に落ち、ザックのロゴスが小石を頭上にそらす。だが、すべてのつぶてを防ぐことはできず、細かな砂利が散弾のように4人の体を打った。
「ダメだ、林の中に入ろう」
ガリーに急き立てられて、林の中に全員逃げ込んだ。
「私のロゴスは、あの妖怪とは相性が悪い。防戦一方だ」
ザックが苦い顔で言う。
四葉の脳裏に、あるアイデアがひらめいた。
「僕にはまだ信じられないけど、あなたたちは物理法則を操るような特殊な能力を使えるんですね。そして、あなたは無重力状態を作ることができる」とザックを見る。
「正確な表現じゃないが、大体そういうことだ」
四葉はうなずきながら言った。
「実は川の対岸の道を上った先に、風花隧道と言われる、石灰岩でできた天然のトンネルがあるんです」
ザックは即座に理解した。
「そうかっ、そこに案内してくれ」
4人は林の中を急いで進み、再び渓流沿いの道に近づく。四葉は枝の陰から、すぐ上流にかかっている吊り橋を指さした。
「あれを渡らなきゃならないんですが、途中で天狗に気づかれるときついですね」
「そうだな、俺がおとりになろう。さあ、行ってくれ」
ガリーは急いで脇道に戻った。木陰から様子をうかがうと、道の後方を、カラス天狗が林の中をのぞきながら歩いてくるのが見えた。ガリーは、カラス天狗に向かって声を張り上げた。
「おーい、ミスター天狗―」
カラス天狗がガリーに気づいて腕を振り上げようとする。
「待て待て」
ガリーは両手を突き出してストップをかけ、リュックを肩から外して、短く縮めた望遠鏡を取り出した。そして、それをカラス天狗の方に差し出すようにして、
「プレゼーントっ!」と怒鳴る。「プレゼントって単語ぐらいわかるだろ」とつぶいて、もう一度「プレゼーント、君にプレゼントだー」
「何か寄こそうっていうのか?」
カラス天狗は、警戒しながらガリーの手の中の物に目を凝らす。ガリーは時間をかけて望遠鏡を伸ばし、レンズに目を当ててゆっくりと1周、体を回した。そして、再び望遠鏡をカラス天狗に差し出す仕草をする。
「望遠鏡っていうんだ。君にプレゼントするよー」
「望遠鏡か? それぐらい知っとるわ。つまらん」
ガリーは身振り手振りをつけながらしゃべり続けた。
「ただの望遠鏡じゃないぞ。スペーッシャルな望遠鏡だ。障害物があっても、それを透かして見たいものが見れるんだ。
ほら、ここに木があるだろ? 普通の望遠鏡はこの木しか見えない。でも、この望遠鏡なら木の向こう側が見える」
「あいつはさっきから何をベラベラしゃべってるんだ?」
カラス天狗はガリーに1歩2歩近づき、そこでついに気が付いた。
「他の3人はどこにいる?」