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【10】

「現場まではどのぐらいだろう?」

 ガリーが、セダンのトランクから3人のバッグを取り出しながら聞いた。車は、渓流沿いの林道を上がれるところまで上がった狭い駐車スペースに停まっていた。


「15分ぐらいのはずです」

 ガリーからバッグを受け取ったカーラが答えた。

「満月だな」

 夜空を仰いでガリーが言う。大きな月が渓谷の上に冴え渡り、渓谷をつややかに照らしだしていた。

「明るいですね。ライトが要らないくらいですが、念のために」

カーラは、ボディバッグのサイドポケットからマグライトを抜き取り、手に握った。



 3人は、しばらく黙々と歩いていたが、満月にいざなわれたかのように、カーラが、

「私、子供の頃から月が大好きなんですよ」

 と、問わず語りに話し出す。

「月は心の奥の扉を開いてくれますから」

 ガリーが聞く。

「この前、無意識には個人的なものとは別に、人類全体に共通する集合的無意識があると言ってたが」


「ええ、ユングは多くの患者を治療するうちに、心の最深部に個人的無意識を超えた無意識の層があることを発見しました。そこには、様々な民族に共通する神話のモチーフやシンボルが存在していたため、ユングは全人類が共有する普遍的な無意識であると考え、集合的無意識と名付けたんです。


 同時に、その集合的無意識のレベルで予知やテレパシーといった超心理学的現象が起きるのを、ユングは何度も目の当たりにしています。ただ、それを公に発表すると精神医学の信頼性が損なわれるのではないかと危惧し、積極的に取り上げようとはしませんでした」


「患者を治療する際も、集合的無意識にまでアプローチするのかい?」

「どちらかといえば個人的無意識の方ですね。多くの患者は、自分が認めたくないネガティブな感情や思い出したくない記憶を無意識の中に押し込めていて、それが精神疾患を引き起こします。

 そこで、意識の働きを鈍らせ、無意識と向き合える状態にして、患者自身が真の原因に気付き、それを制御できるように導くんです」


「それによって患者を治癒できると?」

「はい。ただ、知りたくない記憶や感情を意識化することに死に物狂いで抵抗する患者もいますし、殺人の記憶を封じ込めている患者もいます。実際、ユングは患者に命を狙われたこともありますし、心の傷をえぐられたこともあります。

 でも、治療は放棄しませんでした。ユングは、“傷ついた医者だけが患者を癒すことができる”と言っていますが、彼自身も苦しみながら、多くの患者の心を救ったんです」

「君の例のロゴスも、傷ついた医者の魂から生まれたってわけか」



 ガリーは今の話を反芻(はんすう)するようにしばらく考え込む。

 それからザックを見た。

「ところで、今回の噂狩りは、本当に夜で大丈夫なのか? いくら月明かりがあっても、太陽光がなければ大気レンズは役に立たない。俺は援護ぐらいしかできないぞ」

「今回の敵は夜行性の毒蛇のようですからね。例の救急隊員が被害にあったのは、この近くだと思われますが、こういう人気のない場所と時間帯を選んだということは、通り魔的な襲撃事件ではなく、人に見られないように獲物を巣穴に引きずり込んで何かしようとしているんでしょう」


「ふむ。ま、その毒蛇が本当にアカデミーのメンバーなら、手間をかけて巣穴からおびき出す価値もあるが、この前みたいなはずれクジだったらとんだ骨折り損だ」

 ガリーはさらに言葉を継いで、

「しかし、今回いろいろ調べてみてわかったんだが、日本ってのはえらく変わった国だな。神様が八百万もいるそうだし、妖怪やら昔の武将の呪いやら、オカルトめいた話もあちこちに転がってる。

 アニミズムも色濃く残ってて、キツネやタヌキに憑りつかれることもよくあったって話だから、元々魂魄(こんぱく)転写(てんしゃ)が起きやすい民族なのかもしれないな」


憑依(ひょうい)されやすいかどうかはわかりませんが、これだけいろいろな文化が混在しているということは、かなり好奇心の強い民族だと言えるかもしれないですね。

 地理的に見てもそうですから」

「というと?」

「この国はアジアの最東端の島国でしょ? 大陸に根を張って勢力を広げようという民族もいれば、山の向こうに何があるのか知りたくて遠征していく民族もいますが、原初の日本民族は後者だったんじゃないかと思うんですよ。

 好奇心に駆られて野を越え山を越え海も越えて東に進み続け、この先はもう太平洋しかないという場所にまでたどり着いた」


 ガリーがザックの説についてコメントしようと口を開きかけた時、カーラが急に険しい顔になり、2人を手で制した。

「何か始まっています」

 月を見上げ、目を閉じ、再び開くと、

「この先です。急ぎましょう!」


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