9話 シン能力の開発 その2
「よく、ライセンス300取得してたな。筋力強化無しで300を生き抜いたのはやっぱりその目と耳ってことか?」
ユウナは青髪の少女へ訊ねる。私達はウテルスの15キロ地点を進んでいた。
この辺りはほぼ開拓されており、なんなら我々人間の方が多い。この巨大な迷宮を進行するには手前から少しずつ安全圏を広げていく必要がある。
ウテルス内調査拠点、第一駐屯地リーンベル。第三都市リデルの管轄するウテルスの西側で、15〜20地点に建造された巨大拠点だ。
森に囲まれた場所を切り開いて作られているが、ウテルスを包む黒い霧のせいで太陽光は入ってこない。外部からの電源導入と、核燃料による発電で光を照らしている。
「そうですね、昔から注意力は褒められることが多くて。モンスターの気配や動きを何となく見定めることができたんです。だから300地点でも生存できたのだと思います」
知覚強化、便利な力だ。私も欲しい。透視なんかもできるのだろうか。気になる。
「防御力こそ生きる力、だからね。私達がここで生きていくのに一番必要な能力だよ」
「その力と筋力強化があればモンスターの討伐もできるはずだ。それに仲間のサポートだってできる。俺らも蓮夏を頼ってるよ」
「はいっ!がんばりますっ」
無邪気さが成長を推し進める事もあれば、命取りにもなる。彼女の能力開発を始めたのは私だ。この危険な世界に導くべきだったのかと、心の奥底を濁らせている。
いやいや。私がしっかりすればいい。私が守ればいい。それだけだ。
「あんまり気張らなくていいぜ。むしろ慎重でも足りないくらいだ。100%負けない戦いしか挑まないこと、分かったか?」
ユウナは慎重だ。無理はしないタイプだ。走りそうな私を止めてくれるのはいつも彼だ。
蓮夏を止めてあげれる、大人なお姉さんにならなければ。
「はい、ありがとうございます!」
ウテルスは何日もかけて潜る。今回の200地点の依頼であれば2週間くらいだろうか。
最高到達点888の進行は半年ほどかけたと聞いた。便利にサクッとワープ出来ればいいが、そんなのは小説の中の話だ。
200地点まではある程度の交通機関が整備できている。ウテルスの解体と呼んでいるが、180まで解体が進んでいて、一部エリアを除いてマップが明らかになっている。
「さて、ここからは移動車両で行くよ」
交通機関の運営もレイダーの仕事の一部だ。これで生計を立てる人も沢山居る。道路整備、用心棒、道路開拓。広大なウテルスが故の経済圏。
交通機関は物資や人の前線維持に重要な役割を果たす。前線が留守になれば即座にモンスターに押し返されていく。
駐屯地は550地点が最前線だが、それを維持するだけで死人すら出る。
さらにそれ以降は主な補給地点も無ければ交通機関は無い。生存率がガクンと下がっていくのがこの550地点からだ。
「お、レオじゃないか、久々に潜るのか?」
気のいいオジサンは弥生。もともとレイダーで、本物は左腕だけで、他の四肢は義肢だ。ウテルスで失ったという。
「おぉそうだよ、元気してたか弥生?」
「元気よ、元気。体が動くってだけで幸せなもんだぜ」
はははと大口を開けて笑う様は、こっちの気持ちさえ晴らしてくれる。
「深いのか?」
「いや、200での解体の増員だよ」
今回の依頼は交通機関を広げるための解体作業。といっても、湧いてでるモンスターを駆逐するだけだが。他にも要請がかかっており、光源の設置、モンスターからの防衛システムの構築、道路整備。色んなことを行っている。
「おお、レオも参加してくれてんのか。それは心強い!頼むぜ、解体が進めば俺らの交通網も広げられる。100地点の壁だって、奥が解体できれば解決できるかもしれねえからな」
弥生の扱っている移動車両では20地点から80地点まで送ってもらうことができる。そこまでの道路は既に整備されており、光源も十分に設置されていて危険もほとんどない。
たまに道路をふさぐようにモンスターが沸くことがあるが、定期的な見回りによって危険が排除されている。
「今日は色男君も一緒か、レオのこと頼んだよ!」
会釈だけするユウナ。人見知りというわけでも無いくせに、極力人とのコミュニケーションを取ろうとしないのは昔からだ。愛想が悪いわけではないから、敵も作らないのだが。
「その可愛い子ちゃんは、初めて見る顔だね?最近捕まえた新入りかい?」
「あ、あの、はい!レオさんに修行してもらっているんです」
元気に返す言葉がよく響く。オジサンにはその笑顔だけで虜になってしまうだろう。
「ああそうかい、俺は弥生だ。見ての通り運転士。レオには贔屓にしてもらっててね、君は・・・」
「あ、蓮夏です!」
「蓮夏ちゃんか、いい名前だね。じゃあ蓮夏ちゃんも、ぜひオジサンを贔屓にしてくれよ」
「はい、是非ともそうさせていただきますねっ」
跳ねるような言葉だ。こっちまで顔が緩む。少し新鮮だった。ほとんどユウナと潜るか、個人で潜るしかなかったからな。
「80まで頼むよ」
「分かった。今日は俺からの組織からの依頼だろうし、まけておくよ。2000Feでいいか?」
「ありがとう、助かるよ。しっかりと駆除してきてあげるさ」
車両は走り始める。綺麗に舗装された道、という訳でもなく、地面の凸凹に車両が揺れる。さすがに駐屯地から離れていくと少しうす暗くなっていく。他にも車両がちらほらと見える。反対に帰っていくものもあれば、分岐を別の道へと分かれていくものもあった。
「歩いている人もいるんですね」
蓮夏が車両のガラス窓にへばりつきながら質問する。
「道路の見回り、ってのもあるが、そうだな金がねえやつは歩いてこの辺りのモンスターを狩ってたりするな。ああいう人らのおかげで俺は仕事ができているんだから、足向けて寝られないってもんだ」
「なるほど・・・色んな人の支えの中でウテルスの進行ってできているんですね。今すごく実感しました」
モンスター狩りなんて、モンスター狩ってるだかと私も初めは思っていた。だが来てみたらこれ程まで大きな経済圏ができていたのだ。驚いた。ウテルスに居ながらモンスターを狩っていない人だってたくさんいる。料理人みたいなのだって駐屯地にはいるくらいだ。
60地点を過ぎた頃だった。あたりが一層暗くなる中、道路を阻む人の群れが見える。車両がいくつも止められていた。
「何か、あったな」
弥生が低い声で話す。誰に向けられたものではなく、一人ごとだった。
「あぁ、モンスターかもだな。加勢しよう」
「ああ、見てもらえると助かる」
弥生と目が合うとこくんと頷いた。ユウナと蓮夏を見て、一緒に車両から降りた。
他のレイダーらの元へ行くと声をかけられた。
「レイダーか?モンスターがついさっき発見されたらしい。この辺りでは見ないモンスターらしくてな・・・高いライセンス持ってる連中で先を確認してきてもらっているところだ。ほら、あそこ、一人ケガしてるだろう?彼の仲間がそいつにやられたらしいんだ」
人込みの中に地面に座り込んでいる女性が見える。服に血がにじんでいるのが見える。
「彼女だけ生き延びてきたってことか・・・」
「ああ、そうみたいだ。あの子自身かなりの恐怖だったらしく、今は声をかけても何も話せない状態のようだぜ」
3人に冷たい空気が流れる。緊張の糸が少しピンと張るのがわかった。ぎゅっと手を握り私はあの女性へと歩き出した。