21話 シン能力の開発 その5
レオさんが受けた依頼でウテルスへ潜って2日経った。私達は100地点の壁を前に足踏みを踏まされていた。
「やっぱ前兆か」
「ユウナもそう思うかい?メナルク、しかも大きいのかも」
その言葉を聞いて体が震え上がる。恐怖と悲しみに飲み込まれそうになる。拳を強く握って体の震えを止めようとするが、止まらない。
「大丈夫か?蓮夏」
「あ、あの大丈夫です。ありがとうございます・・・トラウマ、みたいなもので」
「5年前か」
ユウナさんの声は低かった。
「私達も同じ、あの波で全てを奪われたんだ」
少しの時間、沈黙が場を埋める。
「でも、今は3人だ。レオは強いし、安心しろよ」
笑うブルーオーシャンの髪をした青年。深呼吸をすると、少し落ち着いた。
彼らもまた、悲しい過去を背負って生きている。それだけで、何だか少し安心する。自分だけじゃないんだと。
「にしたって、案内人が足りないかー。ユウナ、もう私等で行こうよ」
「・・・おそらく、異常事態だろう。レオの依頼はさておき、もしこれがメナルクなら前線に向かうべきか」
「じゃあ、そうと決まれば!」
案内人、それはこの100地点の壁を文字通り案内することを生業にしているレイダーだ。
壁はダークマターと呼ばれる、未知の領域が大半を占める。厄介なのは光が使えないこと。ダークマターとの境目は光を吸収する真っ黒なモヤで満たされている。そしてモンスターも多いため、案内人がいなければ通過できない。それ故に壁と称される。
案内人は強化感知能力者だ。私やユウナさんも分類としてはそれにあたるが、専門分野が違う。能力持ちにしか出来ないことのため、生業として成り立つわけだ。
「って、ユウナさんとレオさんには案内人、要らないってことですか?」
ふむふむと聞き流しそうだったが、驚きが湧き上がる。
「要るよ。結構つらいんだぜ、あれ。やりたくはないよ」
何言ってんだこの人は。つらいとか、そう言うレベルじゃない。やってみますと言って、出来るものなんかじゃない。最高ランク勢ですら専門外のことはやれないと聞く。
「あら、蓮夏。ユウナをそんな、その辺の強いやつくらいに認識してるのかしら?」
「いや、強くはねえよ。器用なだけさ」
この人は本当に、すごいのかもしれない。でも、どうして無名なのか。欲が無いのだろうか。
「3人で進むと、目立つね」
「んー。そうだな。隠したいわけじゃねーんだけど・・・」
「私も目立ってしまうのやだし」
そう言うと二人は私を見る。
「悪いんだけど、蓮夏、案内人の振りしてくれる?」
レオさんが言う言葉を飲み込むのに少し時間がかかった。
「ん、え?ど、どうすればいいんですか?」
「いや、という体裁でってだけさ。後で誰かに聞かれたら案内人だと言ってくれればいいだけだ。俺等の身内だから、他の人は今は依頼を受けてないとかって言えば大丈夫」
「は、はい」
とりあえず言われるがままに了承する。
どうしても目立ちたくないという彼らの心の内はまだよく分からない。有名になった方が仕事もたくさん来る。
「すまないね、給料は上乗せするから」
にこりと笑うレオさん。
「じゃあ行こうか」
心の準備もままならぬまま、二人は歩き始めた。
「そういえば、パースの調整しないんですか?」
「あぁ、もうしてあるよ。俺とレオの視界が両方とも見えるようになってる」
暗闇の中では案内人の視界がメンバーに共有されることで、周囲を把握することとなる。
こんな事も見越した上で、パース調整していたんだろうか。光のない世界で視覚的な情報が得られないのは案内人も同じ。他の感覚器から得られる情報でそれを視界化するという。通常のパース調整とは違う施しが必要なはずだった。
歩き始めた私達。暗闇に向けて、案内人ギルドの建物を出ると、レイダー達は私達へと視線を向ける。
「大丈夫、気にするな。案内人を必要としているだけだ」
「・・・もしメナルクなら、沢山の人を一緒に連れて行く方が、戦力が増えそうですけど」
「ん?あぁ、ここにいる奴らはむしろ来ない方がいい。ギルドもそれを分かって案内人を出してない」
「そう、ここが案内人を絞るってことは、やっぱり先で何か起きてるってことだね」
「絞っているんです、か?」
「何らかの情報を元に、死んじゃうような弱弱なレイダーはココで留めておくってわけ」
「ああ。壁を超えた通信は物理的に出来ないからね、情報がいち早く入るのはギルドなんだよ。向こう側から戻ってくる案内人が伝達役も担ってるわけさ」
「俺等の住む第三都市リデルに拠点を置く分団は民間調査団のように思われがちだけど、公的な調査協会に所属しているからね。世界を守るためには無駄に死んでもらっても困るってことなんだ」
まだ周囲はさほど暗くない。でも1キロ程先はもう真っ暗な闇が埋め尽くされている。
壁は20キロ程ある。入り組んだ地形も相まって通過するのに数時間とかかる。
ふと、そんな状況にも関わらず、私が彼らと共に奥地へと向かおうとしていることに疑問を抱いた。
「異常事態、なのに私なんかが一緒で足手まといじゃないですか?」
恐る恐るきく。死地へと進む足を止めたいと思う気持ちと、彼らと共に進んでみたいと思う気持ちと、両方ある。
「大丈夫、200までは何があっても君を死なせたりなんかしないさ。というか、蓮夏なら大丈夫だとは思っているよ」
「ただ、そこから先は蓮夏の意思次第だ。君の覚悟と決断でもって、先に進むかは決めるよ」
優しく微笑むユウナさんの瞳は、酷く落ち着いている。見るものを安心させる、様な・・・何か、無へと還されるような。
「さ、行くよ」
レオさんはいつも通りの声だった。




