2話 調整士
「おいっ!どーなってんだよ、にーちゃんよぉ!!」
怒号か飛ぶ。今日は厄日かもしれないな。
「あぁ、はい。どうかされましたか?」
客商売だ、相手を無下にはできない。それに俺の調整が誤った可能性もある。もちろん自分の仕事には誇りを持ってはいるが、人間だ。ミスをしたことも何度もある。今回も無償提供することになりそうだ。
「ああどうしましたか、じゃねーんだよ!こっちは命かけてんだ!お前等なんかと違ってなあ!」
彼の怒りを耳半分で聞き流しながら、調整した時のことを思い出す。
そう、彼は確か先週来た迷宮開拓者だ。そこそこ名の知れた人物らしく、見ての通り横柄な振る舞いをしていた。
「困るんだよなぁ、調整もロクにできねーよーな腕で俺等の命背負おうなんてよう」
いや、ウテルスへの進行の前に性能検査してほしいとお願いをしたはずだ。むしろそんなのレイダーなら当たり前な気がするが。
ドン
と目の前のテーブルを勢いよく叩く大柄な男。その手とテーブルの間に数センチほどの触手のようなものが見える。赤い筋肉がむき出しになったような色をしたそれがウネウネと動くが、まるで小動物が彼に抵抗しているように見えた。
「お前の知覚拡張器調節はいったいどーなってんだよ?俺の動きにまーったくついてきやしない。お陰で怪我するところだったんだがよぉ」
顎を突き上げてまくしたてる男。
パースはこの触手が着いた知覚補助デバイスのことだ。
正式名称エクステンデッドパーセプション、それはウテルスへの進行にはほぼ必須の装備で、耳にその奇妙な有機端子を差し込むことで自身の神経系へと接続する。
と言っても、端子は人体の心拍などが取得できる程度で人体への接着が主な役割だ。
有機端子の根本には無機質な小型メカがくっついており、仲間との音声通信、視覚共有ができるようにスピーカーや映像など様々な入出力ができるようになっている。人類の叡智、知恵の結晶。
迷宮は、モンスターの巣窟だ。半径1000キロ強もある黒い霧に包まれた世界のブラックホールと呼ばれている。
200年程前に隕石が落ちた場所と言われていて、放射能汚染による動植物の突然変異の結果がモンスターではないかと言われている。それがウテルスから漏れ出て来ては世界の人々を襲い喰らっていく。
そんな奴らから世界を守るためにできたのが、開拓調査団だ。彼はその分隊の一つに所属するというわけで。
80年ほど前、初めての大量のモンスターがウテルスから出てきた。周囲に街は無かったが、それが故に対応が遅れたらしい。結果として、この星テラの人類の7割が餌となった。
大量襲来を月涙と呼ぶ。そしてそれは、今もまだ・・・時折やってくる。
「おい、聞いてんのかっ!」
胸ぐらを掴まれた。軽々と宙を浮かされる。
「す、すみません。お代はお返しします・・・」
「あたりめーだろうがよっ!」
投げ捨てられた俺は無様に地面にたたきつけられた。悔しい思いがないわけでは無いが、戦ったところで俺の筋力じゃ勝てないのは目に見えている。
そんなことよりも、気になるのは調整ミスの原因だ。が、あたりはついている。それをわざわざ聞いてみるほど俺は空気が読めない人間では無いのだ。ひとまずさっさとお金を返して帰ってもらうのが良い。
俺は体を起こして目線を合わせないようにしながら金庫のところへ移動する。
「えっと・・・確か200Feでしたか。これお返しいたします」
あまり稼ぎのない俺からすれば大金だが、こうなってしまったのならしょうがない。
「ああ、返してもらうぜ!この俺様に殺されなかっただけよかったなあ!まったくよお、二度とその面見せんじゃねえぞっ!」
そういうと大男は気が済んだのか俺の店を出て行った。荒らされた店内を片付けながら心を落ち着かせていると。
「おーい、またイチャモンつけられてもダンマリかよ」
口の悪い”友人”が来た。
「君はそうやって我慢した方が効率が良いからと言うけど、私はそうは思わないんだがね。きっちりと叩きつけてやって、鬱憤晴らしてやらなきゃ損した気分だよまったく」
「レオ、良いんだよそんなこと。俺は興味ない」
床に散らかったものを拾い上げては元の場所へと戻す。
「さっきのやつだって、ユウナが調整を見誤るような力量の人間なんかには到底思えないけどな」
苛立っているレオの気持ちは嬉しい。が・・・
「レオは俺のことを買い被りすぎているんだよ。俺は別に特別な人間なんかじゃない。もちろん仕事は最大限やっているつもりだけど、もちろんミスすることもある。ああ、だったらほら、レオがもっと有名になってくれれば俺のお店も繁盛するよ」
冗談半分で告げてみる。
「・・・」
考え込む彼女。それを期待していたわけではなかったが。
「嘘だよ、レオ、お前はそんなことに興味ないだろう?だからそんな余計なことを考えなくたっていい。」
でも、確かに彼女はそれだけの力があるはずだ。俺の目から見ていても、彼女の力は特別だと感じる。直接戦闘を見たことがあるのはほんの数回だけど、調整なら何度もやっている。それが、普通の人のそれと違うのは明らかなのだ。
「わかったよ。でも、私は君が本当はすごいんだってことをこの世の中に知らしめたいとも思っているんだ」
俺はこうやってのんびりと暮らすことができればそれでいいのに。
「どうしてさ?俺はそんな器の人間でもないし、実際そんな力も無いさ」
「私は君が好きだからな」
笑って返すレオ。もう長い付き合いの彼女とは、よくある会話だ。彼女はどうしても俺を凄い人間だと自覚させたいらしい。でも、それがそんなわけないことは、自身がよくわかっている。そんな力があるのなら、こんな迷宮と呼ばれる忌まわしき存在をすぐにでも破壊し尽くすだろう。
「ま、私は機会をいつになく狙っていくよ。さ、今日は仕事いつまでなんだい?久しぶりにリブステーキを食べに行こう」
何だかんだと、ああいった輩に絡まれたあとは少し気分がしずむ。気分転換に誘ってくれる彼女の優しさなのだろう。
「ああ、わかったよ。すぐに店も閉めるよ。そしたら一緒に行こう」
レオはくしゃっと顔を潰して笑う。