16話 蓮夏の過去 その5
「えっ?今から鉱山に潜るの?そんな、蓮夏が危なくない?」
これが当然の反応だろう。モンスターも出ると言われているような場所だ。大人ならまだしも、レイダーでもない子供が気軽に行って良い場所なのかと言えば、そんなことも無いのだろう。
「そんなに深くは潜らないよ。地下空洞を見せるくらいのつもりさ」
「まあそれなら、大丈夫か。アーゼス、欲張ってもっと深くまで連れてっちゃだめだよ?君そういうの考えなしに行っちゃうタイプだから・・・蓮夏も地下の空洞まで、だよ?それ以上行きたいって言っちゃダメだよ、分かった?」
「大丈夫だって、俺だってさすがにそんな危ないことをさせたりはしないよ」
柘榴はアーゼスと同い年だそうで、19歳になったところらしい。アーゼスの無鉄砲な所もこうやって止めようとしてくれる良くできたお姉さんであることは分かった。まあ、私の目が届かないココでアーゼスを正しく導いてくれるであろう。まだ認めたわけではないけど。って、付き合ってるとかすら分からないんだけど。
「ありがとう、私もわかったよ柘榴」
「うん、蓮夏がそうやって言うなら分かったよ。蓮夏は何か同じくらいの年の子よりもずっと大人びているね。こんなに見た目は可愛い女の子なのに、すごくしっかりしててお姉さんは感心するよ。アーゼスよりもお姉さんなんじゃないかと思うくらい」
「おい、そんなことねーよ。俺だって分別くらいあるって」
3人で笑いながら柘榴が出してくれたお茶とお菓子をいただいた。この二人はもうずいぶんと仲がいいように思える。アーゼスがここに来る前から知り合いだったのだろうか?灯さんの姪にあたるそうだが、灯さんのご兄弟――――つまり彼女のご両親はここには居ないのだろうか。こういった質問はデリケートであまり聞けない。経験上、半分以上が既に他界しているのだから。
「今日は、おじさまとおばさまは居ないの?」
とりあえず口に出しても問題のなさそうな質問をぶつけてみる。
「今は二人とも病院に行ってるの。聞いたかも知れないけど、おじいちゃん体悪くしてね。おばあちゃんが連れて行ってくれているんだ」
「そんなに、悪いんですか?」
「ううん、そんな恐い病気ではないの。だから大丈夫。でもやっぱり歳をとったから、モンスターなんかと戦うことはできなくなったんだって」
ひとまず、重篤な病気では無さそうで良かった。おそらく、レイダーがいつかかかると言われている病気だろう。異常細胞の制御が上手くできなくなっていくものだそうで、体が動かないほどのものではないにせよ、戦闘や分析等の強化が上手くできなくなっていくそうだ。老化、なのは間違いないのだが、むしろ異常細胞は育っていくせいで、人間の脳が制御しきれなくなっていくから、と聞いたことがある。
「そうだ、今日は夜ごはんうちで食べなよ?アーゼス。蓮夏もどうかな?」
アーゼスは私の顔をうかがっている。笑顔で首を縦に振って見せる。
「うん、私は良いよ」
「じゃあ、いいかな?柘榴」
「もちろんだよ!そうしたらおじいとおばあにも会えるからさっ」
「蓮夏は食べ物なら何が好きかな?」
ステーキ、と言いたいところだが、この前食べたところだ。そうだなぁ、昔雪先生が連れて行ってくれたことがあるお店で食べたものがふと頭に浮かんできた。
「あ、お蕎麦・・・とか」
大きくて綺麗な目をパチパチと動かす柘榴。反対にアーゼスはあんまり聞いておらず、自分の食べたいものを一生懸命考えている。
「蓮夏、お蕎麦なんて知っているの?食べたこと、あるの?」
「う、うん。昔施設の先生が、食べさせてくれたの」
「あぁ、雪先生か・・・あの人和食好きだったもんな」
どうやら柘榴も雪先生と面識があるらしい。ところで、ワショクというのは、蕎麦の種類のことだろうか?聞いたことが無い。
「雪先生のこと知ってるの?」
「うん、灯おじさんと良い感じの人だよね?昔は良くここ【ルーフィン】に遊びに来てたのよ。おじさん、いっつも張り切って準備してたのよね」
笑う柘榴の顔は、うっすらと覚えている灯さんの面影を持っていた。大きな目に、綺麗なで小ぶりな鼻で小顔ときた。それでいて出ている所はしっかりと出て揺れている。黒髪の艶やかさがまた彼女の魅力を引き立てている。爽やかな薄水色の生地に花が彩られたワンピースを着ている。
「その時におじさんが紹介してくれて、お姉さんみたいな感じでいつも良くしてくれたんだ。私も今の蓮夏よりも小さな時だったと思うけど、だからお姉ちゃんができたみたいで嬉しくて」
「蕎麦なら仕入してくれているお店があるから、今日買っておくね。アーゼスは何がいいかな?」
「そーだなー。とろろ、とか良いな。最近暑いしさ。どうかな?」
とろろ・・・聞いたことが無い。ルーフィンはイユレンと少し食文化が違うのだろうか?蕎麦だって柘榴は知っているようだった。雪先生が連れてってくれた食事屋さんは期間限定でイユレンに来ていたお店だったらしく、その後は蕎麦を食べれなかったのだ。
「いいね、とろろも分かったよ。山芋買っておくよ」
「あ、の。とろろって、何?」
「おー、そうか。あの賢い蓮夏でもとろろは知らぬか」
何か自慢げなアーゼス。どうせおぬしも最近まで知らなかったに違いない。
「し、知らない・・・」
「こら、アーゼス、そういう言い方しないの」
「あはは、悪い悪い。俺もこっち来てから食べるようになったんだけどさ、とろとろでねばねばで、さっぱりしてて旨いんだ。蓮夏もせっかくだから食べてみろよ」
「うん、きっと蓮夏も食べれると思うから。お蕎麦にとろろかけて食べるのも美味しいんだよ。よし、じゃあ腕によりをかけて準備させていただきますねっ」
初対面の私をこんな風に迎え入れてくれる彼女の懐の大きさには感謝しかない。もちろんアーゼスの知り合いだからというのはあるだろうが、彼女の深い優しさからくるものだろう。いや・・・こうやって私を懐柔してアーゼスとの未来の邪魔者を排除しているだけ・・・?だとしたら相当の策士だ。
☆
しばらくして、私達は鉱山へと向かう事になった。柘榴は用事があって一緒には行けないそうだった。ほっとしたような、寂しいような。この短時間ですっかりと彼女に気を許してしまったような気がする。
「じゃあ、蓮夏も気を付けてね。アーゼスも、無事に帰ってきてね」
恋する乙女の顔だ、とまでは言わないが、二人の良い感じ感はあふれている。
「あぁ、じゃあ夜ごはんよろしくな」
笑顔で首を振る彼女。それに合わせて綺麗な腰まで伸びる黒髪がさらりと揺れて、ふわりとワンピースの裾が膨らむ。
私は恋敵に手を振った。笑顔で。負けるな私。まだまだこの恋は始まったばかりだ。・・・って、恋なのか。これ。
「よし、じゃあ行こうか蓮夏」
「うん。じゃあ、行ってきます!柘榴っ」
彼女もまた私達に手を振り返してくれた。振り返ってアーゼスと一緒に歩いていく。




