12話 蓮夏の過去 その1
イユレンの施設で暮らしている私は、13歳になっていた。赤ん坊だった頃からここで育てられているのだ、私にとってはここが家だ。
お転婆、と言われることもあるが、元気で可愛い子として施設の皆には認識されている。可愛いというのは皆が言うからで、決して私がそう思っているとかではない。
そんな私には慕っている兄の様な存在がいる。アーゼスという名の彼は、18歳になり、つい先日この施設を卒業していった。
私はアーゼスがかのイユレンの街に留まるものだと思い込んでいたのだけど、実際には別の辺境の街へと移り住むと言って出ていったのだった。
寂しかった。兄のような。と言っていたが、後から思えばそれは初恋のようなものだったのかも知れない。
「明日、アーゼスがイユレンへ顔出しに来るそうよ」
そう言うのは雪先生だ。175センチの少し高い身長のスラリとした体型。若い時は男性も女性も憧れる美女だったと、守衛のオジサン達は皆言う。もちろん今も綺麗な人で、私の憧れの人だ。
それはそうと、アーゼスが来るという知らせに飛び跳ねて喜んでしまった。微笑んで私を見る雪先生に気づいて恥ずかしさが込み上げてきた。
「ふふふ、蓮夏は本当にアーゼスのことを慕っているもんね。出ていく時なんて一緒に行くって一晩中泣いていたもの」
「や、やめてよ先生、あれはその、まだ子供だったのよ、私も」
顔が真っ赤になっているだろう。恥ずかしかった。
「そうね、もう蓮夏はお姉さんだものね。ごめんなさい」
楽しそうに笑う雪先生。私は頬を膨らませていた。
「で、でさあ、アーゼスは明日のいつ頃来るの?寂しくなって帰ってきたのかな?」
なんとか話を変えて自身の真っ赤な表情から雪先生の意識を逸らしたかった。
「明日はお昼頃にイユレンに着くそうよ。そこから1泊して次の日に戻るって言ってたわ。ここを出てから2ヶ月経ったから皆の顔を見たくなったんですって。彼、蓮夏のことをずっと気にしてたわ」
その言葉が嬉しくて、またしても飛び跳ねそうになった。我慢した。
「私のこと、そんな・・・気にしてたんだね。そんな私はいつだって元気なのにね」
今思えば全然嬉しさを隠しきれていなかったなと思う。先生だってそんな私を見ながら微笑んでいたのを覚えている。
「彼がいつも口にしてた師匠のご家族にも会えたそうで、向こうでの生活をサポートしていただいてるそうよ。良くしていただいているみたいでね、蓮夏も連れてきたいって言ってたわ」
「行ってみたいな。アーゼスが行った街【ルーフィン】って、薄らだけ記憶があるんだよね・・・まだ小さかった頃にアーゼスが連れてってくれたの」
私はイユレンで生まれてほとんどをこの場所で過ごした。何度か施設の取り組みで街の外へと出かけたこともあるが、隣町まで行くことはなかった。1度だけ、アーゼスが彼の言う師匠と一緒にルーフィンへと行く時に連れてってもらったのだった。
「そうね、懐かしいわ。あの頃は蓮夏が7歳でアーゼスが12歳とかだったかしら。師匠、灯【あかし】君にあなたたちがとても懐くものだから、彼も嬉しくなったってね」
雪先生と師匠、灯さんは幼馴染だったと聞いた。恋仲だったのではないかと施設の子供達の間では噂になっていた。雪先生に問いただしたバカもいたようだけど、真相はわからないままだ。お似合いだと思っていたのだけど。
「せっかくアーゼスが来るんだから、どこか美味しいところに食べに行くのはどうかしら?」
「うん、賛成!先生はどこがいい?私はお肉食べたいっ」
「ふふふ、じゃあ美味しいステーキのお店にしようかしらね。アーゼスも大好きだったものねステーキ。灯君も、とても好きだったな」
先生は嬉しそうに空を見上げる。夕日が彼女の綺麗な顔を赤く染めていた。綺麗だった、とても。
☆
次の日、私は早くに目が覚めた。まるで子供のように、楽しみで興奮していたのだろう。というより、子供か。
アーゼスはいつも私のことを可愛がってくれていた。何故そんなに世話をしてくれるのかと聞けば、妹が欲しかったと言う。妹というポジションも悪くはなかったが、少しは異性として見て欲しいなと思ったこともある。いや、今もか。
13歳だった私だけど、一生懸命おめかしをした。そして少しお出かけをする。せっかく久々に帰ってくるのだ、プレゼントくらい用意しておくのが粋な女というもの。
私のことを思い出して貰えるような、そんなプレゼントにしたいなと考えながら歩いていた。
「あら、おはよう蓮夏」
雪先生だった。朝から綺麗な笑顔を咲かせる彼女は、世界の、少なくとも私にとっての太陽だった。まぶしい。
「おはよう先生っ」
元気に返事をした。
「今日も可愛いわね、蓮夏は。朝からどこか行くの?」
「えへへ、内緒だよっ」
跳ねるように駆け、先生に手を振って別れた。
その後商店街を歩いて、蓮の花をモチーフにしたネックレスを買った。男の人でも似合いそうなデザインだったこともあって即決だった。
歩き疲れて商店街の広場で、買ったドリンクを片手に腰を掛けていた。平和だった。私達の街は大都市リデルの調査団によって守られている。
アーゼスもその一端を担っていることが、誇らしかった。まだ幼い自分にとって、世界を守ることなんて考えもしたことが無かったから、アーゼスが余計に大人に見える。
私もいつか、世界を守るなんてことがあるのだろうか。
「よっ、蓮夏!元気にしてたか?」
少し懐かしくなったその声に、胸が跳ねた。




