女子1500メートル走予選
トラックでは女子1500メートル走予選が始まろうとしていた。
出場するのは3年生で副部長の中村先輩、同じく3年生の松本先輩、そして愛衣だ。
女子1500メートル走予選で決勝戦に進むには着順2位+タイム順4名だ。レースは2組のみ。
「いよいよだね。先輩達も愛衣も頑張って決勝進出して欲しいよ。」
「3人とも練習の時から気合い入ってたからな。いい結果、出ると思うよ。」
健吾からしても同じチームメートが勝ち残ることを願っているが、美桜のそれとは比較にならない。
部内で勝てなかった種目、出場して走りたかった種目。その種目に先輩と親友がでるのだから、並々ならないものがある。
勝利への執着心で言えば、部内でもトップなのではないかと思える。その気持ちがチームメートへと向けられる。
勝って欲しい。勝って次に進んでまた勝って欲しい。勝つ喜びを、目標を達成する気持ちよさを中学で知ったから。
女子1500メートル走予選1組目には中村先輩と松本先輩が出場する。3年生2人が揃って着順で決勝進出を決めて、いい流れを作って欲しい。
いよいよレースが始まる。スタート位置に1組目の走者達が並ぶ。
それを真剣に見つめる愛衣。頭の中では自分があそこに並んでいるんだとイメージしている。
今回は部内で出場枠を勝ち取れなかったが、次こそは・・・!
その思いから自分がレースに出るとしたらどういうレースプランで臨むのか。レースプラン通りに行かなかった時にどう対応するのかを考えながら観戦し、応援しようと決めていた。
そのレースが今始まる。
「オン・ユア・マークス」
スタートの合図と共に走者一斉にスタート。中村先輩と松本先輩は中団にポジションをとった。
ちょうど中村先輩が走る後ろに松本先輩がピッタリつく形だ。
これは練習の時から愛衣も含めてよくやっていた。前を走る走者についていくことで、負担が減る。
だからこの形はよく練習していた。もちろん美桜も。
レースは1周目が終わり2週目へと入っていく。まだ抜け出す選手もいなので、団子状態に近い。そのままレースが進んでいき残り1周半。
健吾と愛衣は少しの危機感を覚えていた。
「誰も出ないな。もう残り1周半なのに。」
「うん、ペース自体は異様にスローなレースじゃないけど、このまま進んでいくとポジションによってはかなり難しいよね。」
「ああ、中村先輩も松本先輩も1レーンを走ってるからな。外に出て抜けないのはちょっと怖いな。」
「流石に残り1周になったらスパートかける選手が出てくるだろうけど、本当に中団の1レーンにいるから後手に回りそうだよ。」
団子のまま走るとポジション取りが激しくなる。先頭を走っていれば1レーンでも問題はないのだが、中団にいる時は話が変わる。
なにせ自分の横にも選手が走っているのだ。前はもちろん横にも選手が走っていては抜きようがない。
団子のままレースが進みラスト1周の鐘が鳴る。やはりスパートをかける選手が出て来た。しかしそれについて行くように後ろの選手もスパートをかける。
中団の1レーンにいる2人にはまだ外に出るチャンスが来ない。
「これは残り半周か最後のストレート勝負で勝ち切るしかないかもだな。」
「スピード勝負だね。2人ともスピードもあるけど、外に出れないと前に走者がいてスピードも上げられないし。」
レースは直線に入り、付いていけなくなった選手が下がり始める。いつの間にか前と後ろで2つの集団ができていた。
中村先輩と松本先輩は前の集団の後方に付けている。まだ横に選手が走っているため外には出れないだろう。
コーナーに入り残り半周になる。ここでばらつき始めた。それでも先輩2人は外に出れない。いや、出ないのか?
「もしかしたら最後のストレートで勝負って腹括ったのかもな。なんか外に出ようとしていない感じがする。」
「接触を避けてるようにも見えるけど、そうなのかな。こういうレースはハラハラするよ。」
最後のカーブを回り切った後、突然中村先輩と松本先輩が外にで始めた。6番手付近につけていた2人が猛烈にスピードを上げる。
最後の直線でのスピード勝負。上がる!上がる!上がる!
序盤から首位付近でレースを引っ張っていた選手はついていけなくなって来た。
他にもスパートをかける選手がいるがお構いなし。ラストスパートで見事抜け出した。
そしてゴール。中村先輩が1位、松本先輩が2位でフィニッシュ。
「いやぁ、かなり緊張したわ。自分だったらって思っちゃったよ。」
「本当だよ。私手汗凄いよ。最後のラストスパート凄かったなぁ。」
美桜の手は汗で光っていた。
電光掲示板に2人のタイムが載る。
女子1500メートル走予選1組目
1 中村 心 都立高倉高校 4.55.61
2 松本 由依 都立高倉高校 4.56.73
2人とも恐らく自分達がしたかったレース展開ではなかったはず。レース展開に多少翻弄されたところはあったが、勝ち切るあたりやっぱり実力がある。
このレースの結果、内容を見ながら愛衣は自分のレースプランを考えていた。
(最後のラストスパート、私なら勝てただろうか。やっぱりああいう展開にもってかないレースの方がいいかもしれない。)
もうすぐに始まる女子1500メートル走予選2組目。愛衣はいつも通り自身に「大丈夫」と言い聞かせてレースに臨む。
「オン・ユア・マークス」
スタートの号砲と共に愛衣はポジション取りを開始する。レースプランは実にシンプル。先頭の後ろに付いてラスト1周まで走る。
先頭が変われば、今度はその選手の後ろについて走って行く。その為にスタートから少し飛ばしてポジションを取りに行った。
うまい具合に先頭から2番目につけることができた。あとはこれを維持していけば。
早くも1周目が終わる。まだ仕掛ける選手は出てこない。レースプラン通りに進めていく愛衣。順調だ。
(多分仕掛けてくるとしたら3周目だ。その時は横に出て先頭と一緒に走ろう。)
2周目もそろそろ終わり3周目に入る。仕掛ける選手が出てくる頃合いだ。愛衣もこの辺りから仕掛ける選手が出てくるそだろうと思っていたが、上位に上がってくる選手はいなかった。
愛衣は現状、先頭から2番目だが、先頭から4番目辺りまでが同じ1レーンを走っていた。そこの後ろはすこし団体になっていたが、抜け出す選手が出てこなかった。
3周目も半分が過ぎた。一向に後ろから迫ってこない。
(多分ラスト1周で勝負をかける気だ。私も同じだし負けられない。)
ストレートを過ぎてラスト1周の鐘が鳴る。他の選手がまだスパートをかけまいが、かけてこようが愛衣はここからスパートをかけると決めていた。
前を走る選手を抜かしてトップに躍り出る。カーブを抜けてストレートに入ると距離がよく分かる。これだけ離していけば、最後の直線でのラストスパートはいらないのではないか。
もちろん愛衣は着順で決勝進出が決まるのを知っている。最初のレースで全てを出し切らずに勝てるならそうすると決めていた。
先頭を走りながら、後ろからの気配がないのを確認して愛衣は残りのコーナーとストレートはペースダウンしなければいいと思っていた。
最悪コーナーで詰められたらストレートでラストスパートがかけられるように準備しながら。
しかしそれも不要だった。ラスト1周に入ってからのペースで充分他の選手と差を付けていた。
ラストのストレートをしっかり走り切り先頭でゴール。磐石のレースだった。
「良かった!愛衣強い!」
愛衣の磐石なレースを見て美桜は素直にそう思った。
「うん、余力もかなり残してる感じだし決勝も期待できそうだね。」
同じ1500メートルを走る健吾からしてもかなりの出来に写ったようだ。
応援しながらもライバルとして、親友としてレースを見ていた美桜は何か少し心境の変化があったような気がした。
本人でも気づけるかどうかという程の心境の変化。この変化を自覚してから美桜は大きく変わっていくのだが、それはまだ少し先の話。
電光掲示板にタイムと名前が映し出される。
女子1500メートル走予選2組目
1 橘 愛衣 都立高倉高校 4.49.11
着順での決勝進出に50秒台を切ったタイム。やっぱり愛衣は強くなっていた。部内の誰もが認めるほど成長していた。
余力を残しての予選突破に安堵する愛衣。
走者が全員ゴールしてからスタンドにいる美桜と健吾、チームメートに礼をして手を振る。
女子1500メートル走予選は都立高倉高校の独壇場だった。次は決勝が待っている。そこで上位進出すれば都大会だ。
3人揃っての都大会進出は叶うのか。気になるところだが、舞台は男子100メートル走準決勝へと移る。




