僕はその日、男の娘になった
1、女装と文化祭
「文化祭の出し物、何にしますか?」
実行委員が教団に立って、チョーク片手にみんなから意見を求めていた時でした。
「はーい、俺メイド喫茶がいいでーす!」
「お!いいね。俺も賛成!」
男子が拍手で賛成を求めていたら、今度は女子の反撃が来ました。
「私、反対です!」
「私も。男子の悪趣味にしか思えません。」
「悪趣味とは何だよ!」
「なら聞くけど、私たちがメイド服なら男子は何を着るって言うの?」
「俺たちは制服で・・・。」
「私、提案した男子にもメイド服を着てもらいたいと思います。」
「あ、それいいね。」
「ふざけんなよ!俺は絶対に着ねーぞ!」
その日のホームルームは文化祭の出し物って言うより、男子と女子の論争で終わっていました。
担任の岡崎輝美先生はあくびをしながら、この光景を見ていました。
「お前たち、さっきからもめてばっかじゃん。」
「先生、女子が俺たちにメイド服を着せようとしているんですよ!」
「男子がメイド喫茶をしようって、言い出してきたんでしょ?」
「わかった、わかった。この話は後日に回すから。」
「明日の2時限目、私の社会科だったよね?その日にきちんとまとめよう。今は授業より、そっちが優先だ。じゃあ、お前たち今日は帰っていい。あと、明日までにきちんと意見をまとめておけよ。」
岡崎先生はそう言い残して、教室を去っていきました。
僕は宮下雄太。この春近所の県立高校へ入学したのですが、実はとんでもない秘密を持っています。
その秘密とは中学の頃から姉や妹から女装をさせられてきました。
始めはふざけ半分で着ていましたが、それが日増しにウィッグやメイク、カラコンなどもするようになっていき、服も最初は制服や普段着から始まり、いつの間にか体操着、ゴスロリ、アニメのコスプレまでさせられるようになってきました。
正直、女の子の服を着ること自体に抵抗がありましたが、着る回数が増えますと感覚がマヒしてきて、それが当たり前のようになってきました。
始めは自宅の中、その次に近所、そして最後は駅前など、女装での移動距離を伸ばしていき、声もなるべく高めに出すようにしていました。
足のサイズも小さ目でしたので、姉や妹のブーツを借りることもあります。
さて、話は帰りの通学路に戻ります。
僕が家に向かっている途中、後ろからクラスメイトの青木由美さんが声を掛けてきました。
「宮下ぐーん、待って。一緒さ帰んべ。」
「いいよ。青木さん、また方言が出ているよ。」
「あ、いけないげね。標準語でしゃべろうとんべど思ったら、つい方言が出ちゃだったけ。」
「でも、その方が可愛いから、そのままでいてくれる?」
「どうも。んだげんと、なんべぐ標準語使うようにすっから。」
そのあとは青木さんは標準語を使うようになってきました。
「青木さんの方言って山形だよね。」
「ずっと山形にいたから、どうしても方言が出ちゃうの。」
「方言を使ったほうが可愛いよ。」
「でも、学校だと、みんなに聞き返されるから標準語を使うようにしているの。」
「そうなんだ。でも、僕の前だけでは使ってくれる?」
「うん。」
「そう言えば文化祭の出し物どうする?」
「それなんだけど、みんなに合わせようと思う。」
「僕も青木さんに合わせるよ。」
「じゃあ、また明日。」
「またね。」
次の日、岡崎先生の予告通り、社会科の授業がホームルームになりましたので、実行委員がチョークをもって壇上に上がりました。
「それでは改めて出し物を決めたいと思います。出したいものがありましたら手を上げてください。」
「はーい、やっぱメイド喫茶でーす!」
「なら、男子もメイドなら賛成しまーす!」
「ふざんけなよ。女装なんてごめんだからな。」
「それなら異性装喫茶ってどう?男子がメイド、女子が執事ってことで。」
「それなら賛成!」
「ふざけんなよ。俺は反対だぞ!」
「片寄君はメイド服を着たいと言ったんじゃないの?」
「着たくもねえし、言ってねーよ!」
「では、トラブル防止ために皆さん、顔を伏せてください。異性装喫茶に賛成の方、そのまま手を上げてください。」
そのとたん、片寄君と一部の男子以外みんな手を上げていたので、賛成多数で決まりました。
「ちなみに当日の出し物や、前日の準備をバックレした人間は無条件で社会科を赤点にして、なおかつバックレした反省文を書いてもらって、放課後の補習に受けてもらうつもりでいるので、ヨロシク!」
「ふざけんなよ、クソババア!」
「片寄、不満がありそうだから、あとで教員室まで来い!」
「不満なんて、ねえよ!」
こうして1年2組の異性装喫茶の準備が始まったのでした。
僕は妹や姉に女装を慣らされたからいいもの、他の男子の不満は頂点に達していました。
帰り道、僕は青木さんと一緒に途中まで帰ることにしました。
「宮下君は嫌でね?」
「何が?」
「メイド服着るごど。」
「実は、妹と姉の着せ替え人形にされていたから、女装には慣れているんだよ。あ、でもそのことは秘密にしておいてね。」
「そうだったの。知らねがった。わがった内緒にすておぐよ。」
「最初はものすごく、抵抗があったけど、着る回数が増えて、今では平気になったんだよ。」
「すごい姉妹なんだね。普通、女装すてるの見だら、ひいですまうんだげんと、反対さ着しぇるなんて、驚いだよ。」
「うちはもともと、普通じゃないからね。」
「そうなんだ。」
「じゃあ、また明日。」
「うん。」
青木さんと別れたあと、帰宅したら姉さんから文化祭の話を持ち掛けられ来ました。
「お帰り、雄ちゃん。」
「ただいま、姉さん。」
「文化祭、雄ちゃんのクラス異性装喫茶やるんでしょ?」
「なんで知っているの?」
「社会科の輝美ちゃんから聞いたよ。」
「あのおしゃべり。」
「男子はメイドさんで、女子は執事さんをやるんでしょ?雄ちゃんのメイド服はお姉ちゃんが作ってあげるから。」
「いいよ、姉さんは風紀委員で忙しそうだから。」
「大丈夫、それくらい時間は作れるから。」
「そうなんだ。」
「うん。だから明日の放課後布屋さんで生地を買って帰るね。あと由美ちゃんの分も作ってあげるから。雄ちゃんはクラスのお手伝いで忙しいんでしょ?」
「そこまで気を使わなくていいから。」
「お姉ちゃんは大丈夫だよ。」
「じゃあ、私も手伝う。」
「じゃあ春子、お願い。」
ここで、僕の家族を紹介します。姉の美羽は高校2年生で、学校で風紀委員をやっていて、妹の春子は中学3年生で手芸部に入っていますので、裁縫は得意分野になっています。
父は都内の商社に勤めていて、海外によく出張しています。母は薬剤師で近所の薬局に勤めています。
話は戻りますが、姉と妹はネットや雑誌などでメイド服と執事服を研究していました。
さらに二人の趣味はコスプレなので、よくイベントに参加しています。次のイベントには僕に女装参加させるような話が出ていました。
翌日、二人は青木さんを呼んで体のサイズを測り、その足で布屋さんに行きました。
その間、僕と青木さんは家で留守番することになりました。
「すぐ戻ると思うから、その間僕の部屋に来ない?」
「そうすてえげんども、実は親さ買い物頼まれでいっからまだ今度でいい?」
「そっか、じゃあまた明日学校で。」
「そういえば、さっきおらのサイズ測って、どごへ行ったの?」
「布屋さんだよ。僕と青木さんの衣装作るって張り切っているんだよ。あの二人裁縫が得意だから。」
「衣装って文化祭の衣装だよね。二人さ任しぇだら悪いがらおらも手伝う。クラスの人も呼ぶよ。」
「それが、僕と青木さんの分だけだから。それにあの二人、結構張り切っているみたいだし、そのまま任せた方がいいよ。。」
「そうなんだ。じゃあ、そのまま二人にお願いすんべがな。おら、親の買い物さ行ぐがらまだ明日ね。」
青木さんはそのまま買い物へ行って、家に帰ってしまいました。
さらに翌日から、学校では本格的な文化祭の準備が始まりました。
クラスでは衣装製作や飾りつけの準備が始まりました。
裁縫の得意な女子がみんなの採寸をとっていましたが、僕と青木さんの衣装は姉と妹が作ることになっていたので断りました。
「宮下君のお姉さんって裁縫が得意なんだよね。うらやましい。」
「趣味でやっているだけだから。」
「お姉さんって風紀委員の他に何をやっているの?」
「そういえば、聞いていなかったな。たぶん帰宅部じゃない?」
「だったら、手芸部に入ってもらおうか。」
「たぶん断ると思うよ。なにせ本業の方が忙しいみたいだから。」
「本業って風行委員の?」
「わからないけど、たぶんそうじゃない?」
「風紀委員なら、そんなに忙しくないはずじゃ・・・」
「そんなに知りたいなら、姉に聞いてみたら?」
「そうだよね。後で聞いてみるよ。」
裁縫担当の女子たちはこれ以上何も聞きませんでした。
僕は看板作りをやったり、先生と一緒に備品の買い出しに付き合わされました。
「宮下君、まだ時間大丈夫?」
「大丈夫ですが・・・。」
「この先のスーパーに立ち寄ってみんなの差し入れを買おうと思っているの。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「とは言ってもあんまりお金がないから、期待したらダメだよ。」
岡崎先生は車をスーパーの駐車場に入れてお菓子やジュースを買いました。
買ったものを後ろの座席に詰めたあと、岡崎先生は自販機に行って僕に小さなペットボトルのジュースをおごりました。
「言っておくけど、これは皆に内緒だからね。」
「ありがとうございます。」
学校へ戻ると、クラスのみんなは先生からの差し入れを見るなり、すぐに休憩に入りました。
「先生、ごちそうさまです。」
「食べたら、ちゃんと仕事をするんだよ。」
「はーい。」
こうして日々着々と準備を進めて、文化祭当日を迎えることになりました。
女子が執事、男子がメイドになって準備を整えていた時に僕と青木さんが着替えていないことに気が付きました。
「そういえば、青木と宮下は何で着替えないんだ?」
「僕と青木さんの分は姉が用意するって言っていたから。」
「ごめーん!雄ちゃんと由美ちゃん、おまたせ。早く着替えて。着替え終えたら二人のメイクをしてあげるから。」
姉さんは息を切らしながら僕には黒のメイド服、青木さんには執事服を渡しました。
「メイクの他に二人にはウィッグと手袋もしてもらうから。」
「姉さん、風紀委員のお仕事大丈夫?」
「雄ちゃんは余計な心配をしなくていいの。あとメイクは臨時の助っ人を呼んであるから。」
「助っ人?」
その助っ人とは妹の春子でした。
「私は雄ちゃんのメイクをするから、春子は由美ちゃんのメイクよろしくね。」
「了解!」
着替え終えると、僕と青木さんは姉と妹に連れられて、メイクをしてもらうことになりました。
メイクは廊下突き当りにある社会科準備室でやることになりました。
「雄ちゃん、これ被って。」
姉さんから渡されたのはシリコンマスクでした。
被った瞬間、マスクが顔に密着してまるで自分の顔になった感じでした。
「どう?ちょっと試しに口を動かしてみて。」
僕は言われるまま、口をパクパクと動かしてみました。
「今度は試しに『あ・い・う・え・お』と言ってみて」
「あ・い・う・え・お」
「大丈夫そうだね。」
姉さんはそれを確認したあと、化粧ケープをつけてメイクを開始しました。軽くファンデしたり、チークを塗り、ピンクのルージュを塗って、最後につけまつげを付けました。
「雄ちゃん、髪型どんなのがいい?ストーレートのロングとショートのボブがあるけど・・・」
「ロングのストレートで・・・」
姉さんはロングのストレートのウイッグを取り出し、軽くブラシをかけて、そのまま僕の頭にかぶせて、リボンを付けました。
仕上げに黒のレースの手袋をして終わらせました。
「メイドの雄ちゃん、完成!」
鏡を見るとまで、違う自分になった感じです。
「これが僕?」
「そうだよ。」
「宮下君だよね。すこだまめんごいよ。」
「ありがとう。」
「青木さんの執事も似合っているよ。ウィッグと手袋もしたんだね。」
「うん、執事の格好をしすたの初めてでだかがら、少しす緊張しすている。」
「さあ、二人とも早く行きなさい。あとで紅茶とケーキをご馳走になるから、きちんともてなすんだよ。」
僕と青木さんは姉さんに言われるままに教室へ向かいました。
「みんなごめん、お待たせ。」
「この執事とメイドって、宮下君と青木さん!?」
皆は僕と青木さんを動物園のパンダやコアラを見るように、用意したスマホで写真を撮り始めました。
「こんな可愛い二人、かなり激レアだよね。」
「うん!」
「俺、あとでTwitterに載せておくね。」
みんなのテンションがMaxになった時、岡崎先生が手を叩いて「はーい、みんな。そろそろ時間だから準備にかかってくれる?」
皆はすぐに準備にかかりました。
文化祭開始の放送が流れたとたん、一般参加者や在校生などが僕のクラスに入ってきました。
客の半分以上は紅茶やケーキよりも生徒の衣装目当てで来る人ばかりでした。
撮影は基本的には許可していますが、忙しいときや無断での撮影は禁止にしています。
中には盗撮する人もいますが、在校生は1週間の謹慎処分、一般参加者は良くて出入り禁止、悪くて警察へ通報する形にしています。
「やっほー!来たよ。雄ちゃんいる?」
始まって2時間が経った時に、姉さんがアニメのコスプレに風紀委員の腕章をつけて入ってきました。
「宮下君、お姉さんが来たよ。」
「姉さん、なんでアニメのコスプレなんかしているの?しかも風紀委員の腕章なんかつけて。」
「雄ちゃん、女の子がそんな低い声出していたら変だよ。もっと高めの声で話してちょうだい。コスプレはお姉ちゃんのクラスがコスプレ喫茶をやっているから。この腕章は風紀委員で校内の巡回中なの。あと、由美ちゃんは?」
「青木さんなら、奥にいる。それに巡回中にここに立ち寄って大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ねえ、休憩時間に一緒に行かない?休憩って何時からなの?」
「休憩はもうじきだけど。」
「由美ちゃんの休憩時間は?」
「そこまではわからない。」
「そうなんだ。由美ちゃんの休憩時間も一緒だったら、3人で回ろうか。」
「そうだね。」
「由美ちゃん、休憩時間は何時から?」
「私は13時からです。」
「了解!じゃあ、雄ちゃんと一緒だね。」
姉さんは僕と青木さんの休憩時間をチェックしていました。
休憩時間になって僕と姉さん、青木さんの3人で回ることにしました。
「あ、宮下君待って。休憩ついでにうちの店の宣伝よろしくね。」
「わかった。」
河野恵美さんが僕の首に段ボールで作ったプラカードを首にぶら下げました。
「じゃあ、1時間後にまたよろしくね。行ってらっしゃい。」
最初に向かったのはアイスクリーム屋さん、次にお化け屋敷、写真の展覧会など回って行きました。
「雄ちゃんと由美ちゃんは、まだ時間あるよね。」
「あと30分くらいかな。」
「じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「いいけど・・・」
向かったのは姉さんのクラスでやっているコスプレ喫茶でした。
「姉さん、気になっていたけど衣装ってどうしたの?」
「自分で用意したり、作ったりかな。あとはコスプレ研究部から余っている衣装を借りてきたよ。」
「そうなんだ。」
「あと好きなコスプレイヤーさんと記念撮影もできるわよ。お姉ちゃんと写る?」
「うん。」
僕は思わず返事をしてしまいました。
撮影スペースで僕と姉さんと青木さんの3人で写りました。
「お姉ちゃん、この後風紀委員のお仕事があるから、あとは二人で適当に楽しんでね。」
姉さんはそう言い残していなくなってしまいました。
休憩時間も残り20分を切っていましたので、僕と青木さんは外にあるタピオカドリンクの店に行きました。
「ねえ、宮下君の被ってるマスク、あどで被らしぇでもらえる?」
「いいよ。」
「じゃあ、後夜祭の時さ被らしぇで。」
「うん。」
「じゃあ、約束だから。」
教室へ戻ってみるとクラスは客でいっぱいでした。
「おい、宮下と青木、どんな宣伝してきたんだ?この客の人数は普通じゃないぞ!」
「とにかく手伝ってちょうだい!」
僕と青木さんは言われるままに店の手伝いをしました。
夕方になり、文化祭終了の放送が流れるとみんないっせいに拍手をしました。
衣装は持ち帰るか、演劇部、コスプレ研究部などに寄付する形になっていました。
僕と青木さんは文化祭の思い出に残しておきたかったので、持ち帰ることにしました。
シリコンマスクは約束通り青木さんに貸すことにしました。
「ウィッグはどうする?」
「じゃあ、借りようかな。」
制服の上からシリコンマスクとウィッグを被った青木さんは少しテンション上がり気味で後夜祭に参加していました。
校庭ではフォークダンスが始まっていました。
「宮下君、良いっけら一緒さ踊んべ。」
「いいよ。」
慣れないマスクでの会話の上に、方言でしたので、少し聞きづらかったのですが、なんとなくわかっていたので、一緒に踊ることにしました。
フォークダンスの音楽が終わり、僕と青木さんは教員室から余っている手提げ袋をもらって、衣装とウィッグ、マスクを入れて家に帰りました。
明日は撤去日、明後日は代休でしたので、その日を利用して青木さんとお出かけをしようと思いました。
2、女装とお出かけ
文化祭が終わって、1週間が経ちました。
教室では写真の見せ合いなどで盛り上がっていました。
「おい、宮下のヤツ、青木とダンスしていやがった。」
「マジかよ。」
「以前から付き合っていたみたいじゃねーかよ。」
「帰りなんか手をつないだの見たぞ。」
「よし、来たら誘導尋問だ。」
「OK!」
僕と青木さんが同時に教室へ入ったとたん、男子たちが僕に集まってきました。
「青木さん、すまない。お前の彼氏をちょっと借りるから。」
そういって、僕を教室の隅に連れて行って質問攻めに入りました。
「おい宮下、青木とはどこまで進んだのか言ってみろ!」
「どこまでって、一緒に帰っているだけ。」
「手とかつないだのか?」
「つないでないよ。」
「一回ぐらいデートしたんだろ?例えばこの間の代休とかに。」
「駅前に一緒に出掛けただけ。」
「それを世間ではデートって言うんだよ。」
「それで駅前で青木と何をしたんだ?」
「買い物や食事、あとは一緒にカラオケに行ってきた。」
「ちくしょう、うらやましい。お前、青木さんが学校一のアイドルだと分かったうえで付き合っているのか?」
「知らなかった。」
「よく聞け、青木さんは全男子の憧れなんだぞ。よし、分かった。お前に託そう。その代り泣かすようなマネをしたら、ただじゃおかないからな。」
やっと解放されて、僕は青木さんの所へ戻りました。
「宮下君、男子がら何聞がれだの?」
「この間の文化祭のことで・・・」
「そうなんだ。とごろで、今度の日曜日なんだげんと、予定どうなってる?」
「特に予定はないけど・・・」
「じゃあ、一緒にお出がげすね?」
「いいよ。」
「ほんてん!?じゃあ、その前にウィッグど文化祭で使ったマスク用意して、おらの家さ寄ってぐれる?」
「もしかして、僕に女装させるの?」
「んだ。さっきの男子だぢの会話聞ごえだがら。女の子同士だら大丈夫だべ?」
「確かにそうだけど、もし相手を聞かれたらどうする?」
「ネットで知り合った友達ってごまがすてぐよ。」
「ありがとう。」
こうして約束の日曜日がやってきました。
僕は約束通りシリコンマスクとウィッグをもって青木さんの家に向かいました。
「こんにちは。」
「あ、宮下君、いらっしゃい。中さ入って。」
「お邪魔します。」
僕は青木さんの部屋に入りました。
「青木さん、両親は?」
「両親は知り合いの結婚式で明日まで戻んねがら大丈夫だよ。」
「そうなんだ。」
「それより何着る?」
青木さんはクローゼットから何着か洋服を用意しました。
ベッドの上にはワンピースやサロペット、ブラウスにスカートなどをたくさん並べました。
「この中かがら好ぎなのを選んで。宮下君のサイズなだら、なんでも入れそうだがら。」
「どれでもいいの?」
「うん、なんなら制服着でみる?」
「じゃあ、これにする。本当に借りていいの?」
「いいよ。宮下君だがら、なんでも貸すてける。」
僕は黒のサロペットに白のパーカーを借りました。
「隣の部屋空いているから、そこで着替えてきてちょうだい。マスクつけ終わった時点でメイクしてあげるから。」
僕は言われるままに隣の部屋で着替えを済ませて、マスクを付けたあと、再び青木さんの部屋に戻りました。
そのあとメイクをしてもらうことになったのですが、マスクの上とはいえ、少し緊張していました。
「宮下君、少しじっとすてでぐれる?」
「うん。」
青木さんはピンクのルージュを取り出して、唇を塗り、ほほにチークを塗りました。
最後に眉墨を塗って仕上げになりました。
「マスクの上だがら、簡単にすておいだよ。」
「ありがとう。」
「あど、外では声低ぐなんねように気付げでね。」
「わかった。気を付けるよ。」
僕はなるべく高めの声を出すように意識しました。
玄関先で靴も青木さんの靴を借りることにしました。
「宮下君の靴のサイズって小さそうだがら、おらの靴も入りそうだんだげんと、どれにする?」
「いいって、自分の履くよ。」
「だめだよ。靴も女の子用にすねど不自然さ思われっから、おらの履いでちょうだい。」
「わかった。」
「サロペットだがら、スニーカー似合うんだげんと、ピンクど黄色、どっちにする?」
両方とも強烈な色でしたので、正直ためらいましたが、僕は迷った末ピンクにしました。
「じゃあ、僕ピンクにするよ」
「それど名前も宮下君って呼んだら不自然だがら、女の子の名前で呼ぶんだげんと、どだなのがいい?」
「普通に苗字でいいよ。」
「じゃあ、宮下ちゃん?ほんじゃ不自然だがら、優子ちゃんって呼ぶね。」
「わかった。」
「あど、しゃべり方も女の子にすねどばれっから、気付げでね。」
青木さんは出発前に僕にうるさく注意を促し、そのあと僕にピンクのスニーカーを貸して、バスに乗って駅前まで向かいました。
着いたころには正午を回っていたので二人でフードコートで食事をとり、その足でブティックに向かって洋服を見ることにしました。
「僕、こんな店入るの初めてだから少し緊張するよ。」
「優子ぢゃん、しゃべり方が男の子になってるす、声も低ぐなってっず。」
「あ、ごめん。」
僕はあわてて声を高めたり、しゃべり方を女の子みたくしました。
成れてないせいか、少しそわそわしていましたが、青木さんに少しリラックスするように言われました。
着ている服も大半は姉さんや妹の服が多かったので、こういう店に入るのは今回が初めてでした。
とにかく今の自分は女の子なので、男だとばれないように気を付けるようにしました。
「優子ぢゃん、どだなのがいい?おらならこのミニスカートオススメがな。」
「僕、そんなにお金持ってないから買えないよ。」
「試着だげならただなんだす、一度履いでみだら?」
僕は言われるままに試着室でスカートをはいてみました。
カーテンを開けた青木さんは僕に「可愛い」と言っていましたが、正直僕には派手かなと思って諦めました。
そのあとも靴屋でブーツの試着をしていきましたが、時計を見たら夕方近くになっていましたので、そろそろ帰ろうと思いました。
帰りのバス乗り場に向かう途中、信号待ちの横断歩道でガラの悪そうな男性がやってきました。
「ねえ、君たち可愛いね。この辺の人?」
「よかったら俺たち暇なんだし、これから一緒にカラオケに行かない?車で来ているから帰りは家まで送っていくよ。どう?」
「せっかくだけど、遠慮しておきます。これからバスに乗って帰りますので。」
「そういうなよ。車だとただなんし。」
「私達門限がありますので。」
「門限って、お前ら小学生かよ。」
「おい、こっちの女も結構かわいいぜ。」
別のナンパが僕に近寄ってきました。
「ねえ、君なら大丈夫だよね。」
「私も門限がありますので。」
「門限、門限ってなんだよ。俺たちがこんなに親切に誘っているのによ。しかたねえ、強引に連れて行くしかねえよな。」
僕はとっさに近くの交番に駆けつけて助けを求めました。
「どうされましたか?」
「たちの悪いナンパに絡まれて困っているのです。助けてください。」
おまわりさんはすぐにナンパに連れて行かれそうな青木さんに近寄りました。
「君たち何をしているのかね。」
「特に何もしていません。」
「話を聞きたいので、交番まで来てもらえる?」
「あの、俺たち急用を思い出したので、帰ります。」
「おまわりさん、この人たち嘘をついています。さっき暇って言っていました。」
「違うんです。これから人と会う約束をしていますので。」
「すぐに終わるから、交番に来てくれますよね。それとも何か都合の悪い意ことでもあるのですか?」
「そんなことはありません。」
「あと、君たちも念のために来てもらえますか?」
「家とかに連絡するのですか?」
「大丈夫。話を聞くだけだから。」
交番に連れられて調書を取らされて、一つ厄介ごとが生じました。
僕が女装していたことです。
名前を聞かれたときに、どう答えるか迷っていた時でした。
「この子は私の妹で青木優子と言います。」
「なるほど、分かりました。念のためにご住所をお伺いしてよろしいですか?」
青木さんはおまわりさんの前で住所や携帯の番号を教えました。
「おそらくこちらから、連絡することはありませんが、何かありましたら携帯の方につなげますので。」
「わかりました。」
「それでは気を付けてお帰りになってください。」
僕と青木さんはそのあと一緒のバスに乗って、一度青木さんの家に立ち寄って着替えを済ませてから僕は帰ることにしました。
「今日はどうもありがとう。借りた服は洗濯して返すから。」
「いいよ、こっちで洗濯すっから。」
「よかったらまた貸して。」
「うん。」
「最後ナンパに絡まれたときに何もできなくて、ごめんね。」
「気にすねで。おらは大丈夫だがら。」
「じゃあ、また明日。」
「またね。」
家に帰り食卓で姉さんからデートのことを聞かれました。
「雄ちゃん、今日由美ちゃんとデートしてたでしょ?」
「どうしてわかったの?」
「私も今日春子と一緒に買い物へ行っていたんだけど、偶然靴屋さんの前を通ったら由美ちゃんと雄ちゃんを見かけたの。しかも雄ちゃん、茶色のブーツを試着していたけど、自分のが欲しくなったの?」
「そうじゃないけど、青木さんに試着を勧められたから・・・」
「もし、ブーツが履きたくなったらお姉ちゃんか春子の貸してあげるから。」
「そしたら、姉さんと春子の履くものがなくなるからいいよ。」
「お姉ちゃん、何足か持っているから大丈夫だよ。」
「兄さん、私のも履いていいから。その代り、レンタル料が高いけどね。」
「じゃあ、姉さんのだけにするよ。」
「姉さんのはもっと高いよ。」
「マジ!?」
「全部嘘。だからお姉ちゃんのも春子のも遠慮なしに履いていいからね。ちなみに今日の服はどうしたの?」
「今日って言うと?」
「あのサロペットのこと。」
「実は青木さんに借りたんだけど、洗濯は自分ですると言ったから・・・。」
「もし由美ちゃんから洋服を借りてきた時にはこっちで洗濯するように言ってね。」
「わかった。」
その日の夜、僕の短い休日が終わろうとしました。
3、女装とアルバイト
青木さんとのデートから1週間が経った出来事でした。
近所にメイド喫茶が出来たという情報が入って男子のテンションが上がっていました。
「なあ、今日の帰りに寄って行かない?」
「お、いいね。おい、宮下、お前どうする?」
「おい、よせ。宮下には青木がいるから誘っても来ねえよ。」
「じゃあ、野郎だけで行こうか。」
放課後となると男子たちはメイド喫茶に行くようになりました。
僕はと言いますと、相変わらず青木さんと一緒に帰ることが多いです。
「宮下君、待って。一緒さ帰んべ。」
昇降口で靴に履き替えていたら青木さんに声を掛けられました。
「いいよ。一緒にかえろ。」
「そういえば、最近男子の間でメイド喫茶の話題出でるんだげんと、宮下君は興味はあるの?」
「まったくないと言ったらウソになるけど、他の男子のように興奮してまで行きたいとは思ってないから。」
「実はおら、そごでバイトすてみんべど思ってるの。よいっけら来でぐれる?」
「もちろん!」
「絶対だよ。約束だがらね。」
「うん!」
僕は急にテンションが上がりました。
帰宅後に僕を待ち構えていたのは言うまでもなく姉さんと妹の春子でした。
「お帰り、兄さん。」
「雄ちゃん、お帰りなさい。」
「春子、今日部活じゃなかったのか?姉さんも風紀委員の意仕事は?」
「今日の部活はお休み。」
「私も風紀委員のお仕事が早く終わったの。」
「雄ちゃん、ちょっといらっしゃい。」
姉さんと春子は僕を食卓へ呼んで、メイド喫茶のチラシを差し出しました。
「雄ちゃん、ここでバイトしてみない?」
「いくらなんでも女装は無理だよ。」
「文化祭で被ったマスクあるでしょ?それに茶髪のロングウィッグがあるから、それで受けてきてちょうだい。声が心配なら声が変わる薬を買ってきたら、それで飲めば大丈夫だから。帰ってきたらもとに戻す薬を用意しておくね。」
「じゃあ、服は?」
「お姉ちゃんの貸してあげるから。」
僕はまたしても女装をする羽目になりました。
姉さんの服を借りて、その上にマスクとウィッグを被って履歴書用の写真を作りました。
そして履歴書をもって姉さんに言われるままに店に向かいました。
絶対にばれると覚悟して受けに行ったら、可愛いメイド服を着た女の子がやってきました。
「こんにちは。バイト希望?」
「はい、そうです。」
「じゃあ、履歴書を見せて。」
「ふむふむ、名前は宮下優子ちゃんね。」
「はい。」
「学校はこの近くに通っているんだね。」
僕は言われるままに返事をしていきました。
「ここのメイド服可愛いでしょ?着てみたい?」
「はい。」
「だよね。女の子なら憧れるよね。今日からやってみる?」
「・・・・」
「もしかして、ダメ?さとみ、泣いちゃうかも。」
「泣かないでください。今日から働きます。」
「じゃあ、奥で着替えてもらおうかな。」
「優子ちゃん、サイズはどれくらい?」
「Lサイズです。」
「Lあったかな・・・。」
さとみさんっていう子は奥へ行って探していきました。
「あった、あった。じゃあ、これに着替えてちょうだい。あと、レースの手袋も渡すね。それと、靴のサイズは?」
「23cm」です。
「了解!じゃあ、ロッカーに案内するね。ここで着替えてちょうだい。終わったら、私のところへ来てくれる?」
僕は着替えを済ませて、さとみさんの所へ向かいました。
「お待たせ。」
「優子ちゃん、かわいい!」
「ありがとうございます。」
「ここに座ってくれる?」
「ここはメイド喫茶である前に飲食店なの。だから衛生面にはとても厳しいところなの。万が一ここで中毒患者が出たら、保健所から1週間の営業停止命令が出るか、場合によっては店を閉めなくてはいけないの。それはわかっているでしょ?」
「わかっています。」
さとみちゃんの表情は急に硬くなりました。
「あと、ここは接客業だから来てくれたお客様には笑顔で迎えて、笑顔で見送る。じゃあ、実際に私が手本を見せるから、優子ちゃんはお客様になって。」
「どこから始めたらいいですか?」
「じゃあ、入り口から.」
僕は「ぎゃちゃ」と言ってドアを開けた動作をしました。
「お帰りなさいませ、ご主人様。おひとりですか?」
さとみさんは僕の前で可愛く笑顔を見せました。
「はい、そうです。」
「では、こちらのテーブルにご案内しますね。」
僕はハートの背もたれの椅子に座って、さとみさんが用意したメニューを見ました。
「ご主人様、当店のおすすめはお絵かきオムライスです。」
「では、そちらで。」
「こんな感じで。」
「じゃあ、今度は優子ちゃんがやってみてくれる?」
僕はさとみさんがやったことを一通りやってみました。
挨拶から席の案内、そしてメニューを差し出すとところまでやりました。
「ズバリ言うね。優子ちゃん、表情が硬い。」
「笑顔を見せているつもりなんですけど・・・」
「優子ちゃん、もう一回笑顔を見せてみて。」
僕はさとみさんの前で何度も笑顔を見せましたが、さとみさんはどこか違和感を覚えたような顔をしました。
「優子ちゃん、本当のことをしゃべってくれる?」
「本当のことって言うと?」
「優子ちゃんの顔って被り物だよね?それも映画の特殊メイクで使っているシリコンマスクだよね?」
「何のことですか?」
「正直に話して。」
「これが私の顔だよ。」
「嘘をつかないで。私の目を見て正直に話してちょうだい。私はこう見えても今日までいろんなお客様と接してきたの。優子ちゃんが嘘をついているくらいすぐにわかるよ。」
僕は正直に話すことにしました。
「実はこの顔は被り物なんです。今までだましてごめんなさい。」
「もう一つ聞くけどこの書類も偽造なんでしょ?」
「はい・・・」
僕の返事はだんだん蚊の鳴くような小さな声になってきました。
「百歩譲って変装はともかくとしても、書類は正直に書いてほしかった。優子ちゃんは本当は男の子なんでしょ?」
「はい・・・・」
「優子ちゃんの本当の名前を教えてくれる?」
「僕の名前は宮下雄太です。」
「では改めて聞くけど、宮下君はなんで変装して名前を変えてまでうちで働きたいと思ったの?」
「実は姉に勧められてここで働くことにしました。」
「今まで女の子の格好していて恥ずかしいと感じなかったの?」
「もともと姉と妹の着せ替え人形にさせられていたから、慣れています。最初は家の中、次に近所、その次には駅前まで女装で連れ出されたことがありましたので・・・。」
「そうなんだ。でも、靴と言い、服といい、みんな入ったのは驚いたよ。これ女性用のサイズだから男性には入らないんだけどね。あと声が高くなっているけど・・・。」
「声が変わる薬を飲まされました。」
「今ネットの通販で飛ぶように売れている薬だよね。」
「姉が僕のために購入しました。」
「そうだったんだね。」
「最後に聞くけど、女装はお姉さんや妹さんの意思でやっているのか、それとも宮下君本人の意思でやっているのかどっち?」
「もともとは姉や妹の意思だったのですが、今では自分の意思でやることが多くなってきました。」
「宮下君、あなたをクビにするつもりはない。その代り他の人にばれないように気を付けてほしいの。着替える時間をずらすか、男の子だとばれないように詰め物で胸を大きめにした方がいいかもしれないね。ちなみにここは男子更衣室がないの。今宮下君が使っているロッカーも女子更衣室になっているの。それを理解してもらったうえで考えてほしいわけ。」
僕はどうするべきか一瞬考えました。
「決めました。僕、女性の体にしてここで働きます。」
「宮下君、女性の体になるってことは、ブラとかショーツを身に着ける勇気はある?」
「あります。」
「じゃあ、明日からそれをつけて働いてもらうね。」
「実は僕、そういうの持っていなくて・・・買に行くのもちょっと抵抗があるから・・・。」
「あるから?」
「実は一緒に行ってほしいんだけど・・・」
「困ったわね。店が終わるのは遅くなるから、難しいなあ。お姉さんや妹さんに付き添ってもらったら?あとは今の姿、女の子だから普通に立ち寄っても大丈夫だよ。」
「わかりました。」
「じゃあ、明日からよろしくね。」
着替えを済ませて、店を出ようとした瞬間、青木さんとすれ違いました。
「あれ、宮下君?」
「青木さん?」
思わず目が合ってしまいました。
「あれ?もしかして宮下君の彼女?」
「・・・・・・」
「黙っているところが怪しい。」
「実はそうなんです。」
「宮下君、青木さんの面接すぐに終わらせるから、少しだけ待ってくれる?」
「わかりました。」
僕はハートの椅子に座って30分間面接が終わるのを待って、そのあと一緒に青木さんと一緒に買い物へ行くことしました。
「宮下君、なんでこごで働ぐごどになったの?おら、驚いだよ。」
「実は姉さんにバイトを勧められて・・・」
「ほだなこどだったのね。あど気になったんだげんと、声高めになってるよね。」
「姉さんに声変わりの薬を飲まされて・・・」
「そうだったんだね」
僕と青木さんは駅前のショッピングセンターにある女性の下着専門店に行ってブラとかショーツを見ました。
「ねえ、この水色だら似合いそうだよ。あどシリコンパッドも買って、胸大ぎぐすた方がいいがら。」
「うん。」
「あどショーツ履ぐのに抵抗があっこんだらドロワーズでもいげっから。」
「ただ、財布がちょっとピンチになっているから・・・」
「じゃあ、どれが一づおらがおごっから。どれがいい?」
「それじゃあ、悪いよ。」
「気にすねで。これがら一緒さ働ぐわげなんだす。」
「じゃあ、このブラとショーツを。」
「了解!」
青木さんは僕にブラとショーツを買いました。
「ありがとう。」
「じゃあ、明日がら頑張んべね。」
僕は青木さんと別れて家に戻りました。
部屋に戻って買ってきたものを開けてみると、やはり恥ずかしいものを感じました。
「雄ちゃん、ご飯だよ。」
姉さんがいきなり部屋のドアを開けて入ってきました。
「今行くから。」
「雄ちゃん何?こんなの買ってきたんだ。」
「バイトで必要だから。更衣室で着替える時に男性用だとばれるから買ってきたんだよ。」
「そうなんだ。」
「お店に遊びに行くから頑張ってね。」
翌日の放課後から僕は姉さんから服を借りてバイトへ向かうことにしました。
声変わりの薬を飲み、シリコンマスクとウィッグを被って、ホールでの接客が始まりました。
客の半分以上は男性客ですが、中には女性客もいました。
迎える時には「お帰りなさいませ、ご主人様」といい、見送る時には「行ってらっしゃいませ、ご主人様」と言います。
店の閉店は8時ですが、高校生なのでその前に上がらせてもらっています。
バイトを始めてから数日が経った時に店にカメラを持った変な客が入ってきました。
客は椅子に座るなり、カメラを向けて撮影を開始しました。
「ご主人様、店内での無断撮影は他のお客様のご迷惑となりますので、ご遠慮してほしいのですが・・・」
僕は思わず客に注意をしてしまいました。
「おい、ここの責任者をだせ!」
「どうされましたか?」
「このバイト、クビにしてくれないか?」
「状況を確認したいので、ご主人様、申し訳ありませんが一度事務所へ来てもらえませんか?」
カメラを持った男性客と僕は、さとみさんに言われるままに事務所へ向かいました。
「まずは状況を確認したいので、最初から説明してもらえませんか?」
「ご主人様がカメラで店内を無断撮影していましたので、他のお客様のご迷惑となると思って一応私が注意に入ったところ、こういう展開になりました。」
「この店は自由に撮影をしちゃいけないのか?」
「ご主人様、当店の従業員に至らないところがあったことにつきましては、私の方で指導します。しかし、店内を無断で撮影されるのは、いくらご主人様といえども、黙認するわけにはいきません。撮影をご希望でしたら、当店の従業員に一言お申し付けください。その上で問題がございましたら、私の方から改めて指導に入らせていただきます。」
さとみさんは厳しい表情で男性客に伝えました。
男性客はそのまま諦めて店を出ました。
「優子ちゃん、嫌な思いをさせてごめんね。そのままホールに戻ってくれる?」
「わかりました、ありがとうございます。」
ホールに戻ったら青木さんが忙しそうに接客をしていました。
「優子ちゃん、2番テーブルのご主人様の対応をお願い。」
青木さんはいつもの方言ではなく、標準語で僕に言いました。
その日、土曜日ということもあって、客の人数は半端ではありませんでした。
夕方近くになってやっと落ち着き、店の掃除を終えて、僕と青木さんは家に帰りました。
その帰り道、僕は青木さんに客とさとみさんと一緒に事務所へ入ったことを聞かれました。
「そういえば、さっきさとみさんとお客さんと一緒さ事務所へ行ったんだげんと、何話すてぎだの?」
「実はお客さんが店内を無断撮影していたから、注意したんだけど、話がもめ事になったから、事務所へ呼ばれたの。」
「ほだなこどがあったんだね。マナーの悪いお客さんって困るよね。」
「うん。さとみさんがお客さんにきちんと注意してくれたから。」
その翌日には普段は男性客が多い中、珍しく女性客が入ってきました。
見慣れた服装でしたので、もしかしてと思って顔を覗き込みました。
「メイドさん、私の顔に何かついていますか?」
「失礼しましたお嬢様。ご注文はお決まりですか?」
「雄ちゃん、なかなか決まっているわよ。」
案の定姉さんでした。
帽子のつばで顔が見えませんでしたが、なんとなくそんな感じがしました。
「姉さん、今日はなんで来たの?」
「なんでって、普通に食事し来ただけだよ。それに雄ちゃんの可愛いメイド姿も見たかったし。」
「それなら文化祭で見たじゃないか。」
「それとこれとは別。こんな可愛い雄ちゃん、なかなか見られないし。」
「今はバイト中だから、あんまりは長話していると、他の人から注意されるから注文を決めてほしいんだけど・・・。」
「注文・・・、そうね・・・・じゃあ雄ちゃんのメイド姿とスマイルで。」
「ふざけないでください。」
「別にふざけてなんかいないわよ。じゃあ、このメイドのお絵かきオムライスで。」
「かしこまりました。」
店が混んでいるにも関わらず、姉さんは悪ふざけして僕に絡んできました。
出来上がったオムライスを用意して、姉さんからケチャップで僕の似顔絵を描くよう催促されました。
根性で描き上げたうえ、僕に口の中に入れてもらう、すなわち「あーん」をやってもらうよう言いました。
「雄ちゃん、手が震えているわよ。大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
何とか全部食べ終えて、最後に僕はレースの手袋を外して、用意した紙で姉さんの口を拭きました。
「ごちそうさま。じゃあ、私・・・」
「お出かけをされるのですか?」
「まだ出ないわよ。」
「雄ちゃんとツーショットをお願いしようかな。」
姉さんは青木さんにスマホを渡してシャッターをお願いしました。
「じゃあ、とりますよ。お嬢様笑顔をお願いします。」
姉さんは僕の横で嬉しそうに笑顔を見せました。
青木さんは3枚ほど撮って姉さんに確認をとりました。
「お嬢様、こちらでいかがですか?」
「ええ、大丈夫よ。今日はどうもごちそうさま。また来るね。」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様。」
僕は姉さんを見送った後、忙しい店内にいる別の客の相手をすることにしました。
さらにその翌週には僕の心臓が止まるびっくりする出来事が起きました。
なんと姉さんまでがメイド喫茶でバイトすることになり、これには正直僕も驚きました。
「姉さん、どうしたの?」
「ここでバイトすることにしたの。」
「よろしくね。雄ちゃん、青木さん。」
僕と青木さんはそのまま姉さんのメイド姿を見てつっ立ったままでいました。
姉さんはわずか数日で仕事を覚えて他の人よりもこなすようになっていきました。
今では客の大半が姉さん目当てで来ているので、僕と青木さんはお呼びでない状態になりました。
「僕たち暇だね。」
「んだな。おらだ暇になったね。」
「そこ、休まない!あとゆんちゃん、方言禁止だよ!」
「あ、すみません。」
さとみさんはいつになく厳しい目で僕と青木さんに注意してきました。
「二人とも、いくらバイトとはいえ、たるみすぎ。一応お金を払っているんだから、ちゃんと仕事してちょうだいね。」
確かにその通りでした。
もう一度気持ちを引き締めて、お客さんの前で笑顔でおもてなしをしました。
バイトが終わったのは、かなり遅い時間帯でしたので、僕と姉さんと青木さん、あと家から妹を呼んで4人で近所のファミレスで食事を済ませました。
4、女装と犯罪
11月も終わりを迎えようとしたこの時期、テレビでは紅葉の話題で盛り上がっていました。
僕と青木さん、姉さんは相変わらずバイトの忙しさに追われていました。
開店前、みんなで掃除をしていた時にこんな噂話が飛んできました。
「ねえ、知ってる?最近、夜のコンビニやスーパーの駐車場で女装した変質者が出てくる話。」
「うそ!それ本当なの?」
「友達が夜中に近所のコンビニへ行ったら、駐車場から女装したオッサンが出てきて目の前で自分のスカートをめくり上げる行為をしたらしいの。」
「それなら、知ってる。通称露出魔でしょ?学校で聞いたことがある。」
「私の時は下半身のものを全部脱いで、スカートをめくり上げて、その上自分の車に乗せこんで、あんなことや、こんなことをしたらしいの。」
「それって犯罪じゃん!」
「警察に話したの?」
「一応、被害届を出したみたいだけど、なんていうか神出鬼没だから、なかなか逮捕できないんだよね。」
「あんたたち、気持ちはよくわかるけど、営業中はそういう話はしたらダメだからね。あと今日は早めに上がっていいけど、寄り道せずに速やかに家に帰ること。」
皆の噂話を聞いたさとみさんは、きつめな言い方で注意を促しました。
「あと、いい忘れたけど夜コンビニやスーパーに行くなと言わない。行くときには大人の男性を付き添ってもらうこと。くれぐれも単独行動はしないこと。あと、万が一変質者を見かけた際にはすぐに110番通報をすること。できたら車種やナンバープレートも言ったほうがいいかもしれない。もし、車種が分からない時には車の特徴だけでも構わないから。」
さとみさんの言い方は完全に保護者になっていました。
みんなは一語一句、すべてメモ帳に記録しておきました。
バイトが終わって、僕と姉さんと青木さんが帰宅している途中、同じシフトのりんごちゃんこと、栗原由美子さんが一人でコンビニへ向かいました。彼女が言うには駐車場がない場所だし、通りから離れた場所だから車が来るわけがないと思って買い物を済ませました。
彼女が家に向かう途中、自宅近くの公園で不審な車を見かけました。
間違いなく変質者の車に違いないと思って、そっと近寄ってみました。
暗かったので中の様子がわかりませんでしたが、うっすらとメイクをしたり、ウィッグを被っている姿を確認しました。
関わりたくないと思ったので、急ぎ足で家に向かおうとしました。
しかし、その直後後ろから車が接近してきて、運転席から明らかに女装の変質者と思われる人が出てきました。
彼女はとっさに「何も見ていません」と言いましたが、女装の変質者はにやついた表情で接近してきました。
足は毛むくじゃら、顔は厚化粧、チリチリのショートボブのウィッグ、靴は大き目のハイヒールに、服は上がニット、下はミニスカートでした。
彼女はとっさにショルダーバッグからスマホを取り出そうとしましたが、すでに手遅れで、魔の手が伸びていましたので思わず大声を出しましたが、誰も助けに来る気配がありませんでした。
「お嬢さん、大声出しても無駄だよ。」
「いや、来ないで・・・。」
彼女は震えながら言いましたが、変質者は彼女を車に連れ込み、後部座席で胸などを触った挙句、口づけをしようとしたので、彼女は必至に抵抗して車から逃げて110番通報をしました。
「どうされましたか?」
「今、近所に変質者の車を見かけました。ナンバープレートは横浜331で、『へ』の××-××」です。」
「その車は今もいますか?あと車種とはわかりますか?」
「車種はわかりませんが、紫色のワンボックスカーでした。その車は先ほど逃走しました。」
「了解しました。詳しい状況を確認したいので、今からパトカーが向かいます。いらっしゃる場所を教えていただけますか?」
「横浜市緑区十日市場2丁目××番地にある児童公園付近です。」
「了解しました。しばらくお待ちください。」
待つこと15分、パトカーと捜査車両がやってきて状況の確認を取らされました。
「ご住所とお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「栗原由美子、住所は横浜市緑区十日市場2丁目××番地です。あと、こちらが学生証になります。」
「大学生で、この近くに住んでいらっしゃるのですね。」
「こんなお時間まで何をされていましたか?」
「アルバイトです。」
「どんなアルバイトですか?」
「メイド喫茶です。」
「駅の裏側に出来た可愛いお店なんですね。うち署の者が足を運んでいるのですよ。」
「ありがとうございます。」
「メイドさんをされているのですね。」
「はい。」
世間話に弾んでいたら、横にいた捜査員が軽く咳払いをしましたので、事件の状況の確認をさせられました。
「なるほど、この公園で先ほどの紫のワンボックスカーを見かけたとたんに、後ろからゆっくりと接近してきたのですね。」
「暗かったので最初は女性の方かと思ったのですか、がっちりした体格、毛むくじゃらの足、チリチリのショートボブのウィッグ、靴は大き目のハイヒールに、服は上がニット、下はミニスカートでした。他にもひげをごまかすかのように厚化粧をしていました。」
「なるほど、具体的にどんなことをされましたか?」
「私にゆっくり近寄ってきて、車に連れ込んで胸を触った挙句、口づけをしようとしてきました。」
「そうなんですね。完全にわいせつ行為に当たりますね。では、強制わいせつ罪で逮捕状を取るようにします。何かありましたらご連絡しますので、今日はゆっくり休んでください。」
警察はそう言い残して、いなくなってしまいました。
翌日、彼女はそのことをバイトですべて話しました。
「昨日りんごちゃんの家の近くで変質者がいたんだね。大丈夫だった?」
「警察にきちんと話しておきました。」
「一応早めに上がる方向で行きましょう。」
「ありがとうございます。」
その日の帰り道、変質者の魔の手は僕らの方に向けました。
僕と姉さん、青木さんの3人で家に帰っている時、運悪く母から電話がかかってきてコンビニでジュースを買ってきてほしいと連絡がありました。
本当は青木さんに先に帰ってほしかったのですが、昨日の一件もありましたので、3人でコンビニへ向かいましたら、りんごちゃんこと栗原由美子さんが言っていた変質者と思われる車を発見しました。
一応見て見ぬふりをして買い物を済ませて急いで帰ろうとした瞬間、運転席から変質者がやってきて僕と姉さん、青木さんに近寄ってきました。
変質者はニヤニヤしながら「お嬢さんたちいいものを見せてあげる」と言って、スカートをまくり上げ、さらに履いていたショーツを脱ぎました。
姉さんと青木さんはその場で大声を出しましたが、僕は動じませんでした。
「そこのお嬢さんは大丈夫なの?」
「うん、だって僕も男だから。嘘だと思ったら確かめてみる?」
変質者は半信半疑で僕の体を触った途端、思わず大声を上げました。
僕は110番通報をして警察を呼びましたが、案の定逃げられてしました。
警察が来て、一連のことをすべて話したら「なるほど、昨日別の人から、同じような被害報告があったのですよ。」と言ってきました。
「その人ってメイド喫茶でアルバイトしている人でしたか?」
「そうですけど、同僚の方なんですか。」
「そうなんです。」
「了解しました。気を付けて帰ってください。」
「ありがとうございます。」
その翌日の夜も別の場所で別の女性が被害に遭いました。
この一件はメディアにも取り上げられ、新聞やテレビのニュースにも話題になっていて、朝のテレビのニュースでは「夜の女性だけの外出を控えるように」と呼びかけていました。
しかし、問題は飲食店でバイトをやっている以上、それは難しかったので、実家暮らしの人は家族のお迎え、一人暮らしの人はチケットを渡してタクシーでの帰宅を促しました。
僕と姉さん、青木さんはと十日市場の駅前まで親に車の迎えを頼んで帰ることにしました。
「おばさん、すみません。一緒に乗せてもらって。」
「そんなことを気にしなくていいの。それより大丈夫だった?変質者に何かされなかった?」
「はい。」
母さんは青木さんを家の前で降ろしました。
「今日はどうもありがとうございました。」
「明日も同じ時間に迎えに行くからよろしくね。」
「悪いので、明日はタクシーで帰ります。」
「でも、タクシーのチケットは一人暮らしの人だけなんでしょ?それに由美ちゃんのご両親は帰りが遅いんだから、おばさんを頼ってちょうだいね。」
「本当にすみません。」
青木さんは僕たちを見送って、そのまま家の中へ入っていきました。
さらにその翌週の出来事でした。
ついに変質者の逮捕の報道が入ってきました。
警察が押収した車一台と変装で使っていた女性用の下着や服など数十点が、報道陣に公開されました。
逮捕された被疑者は警察の前で「女性が怖がって悲鳴を上げるのを見て、病みつきになった」と供述していました。
僕も姉も、それを見て言葉を失ってしまいました。
その後は何事もなく、安心して普通の生活に戻ることが出来ました。
5、クリスマスとコミケと女装
12月に入って街はクリスマス一色になり、学校ではクリスマスの予定の話題で盛り上がっていました。
「なあ、クリスマスはどうする?」
「俺、渋谷へ行ってナンパしてくる。」
「バーカ、お前みたいなヤツは相手にされねーよ。」
「俺はメイド喫茶に行く。」
「もてない野郎はそこに限るよな。」
「宮下は青木さんとデートだし・・・はぁ。」
「羨ましいよな。」
男子がぼやいている時、女子はクリスマスの女子会を開くと言い出してきました。
「なあ、お前たちの女子会に俺たちも入って一緒にやらねえか?」
「お断りします。今回は女子だけのクリスマス会なので、ダメです。男子は大人しく、メイド喫茶に行って、ご奉仕してもらってきたら?」
「ちぇ、わかったよ。野郎だけで楽しもうな。」
そのころ帰りの通学路では僕と青木さんは二人でクリスマスの予定を立てていました。
「ねえ、宮下君は何か予定あるの?」
「僕は特にないよ。」
「そうなんだ。よいっけら一緒さ二人でイルミネーション見さ行がね?」
「いく!場所はどこなの?」
「場所はみなとみらい。そこのイルミネーションはすこだまきれいなんだよ。んだがら、一緒さ行ぐべね。」
「うん!」
しかし、運命の神様は意地悪でした。
その日はお店の書き入れ時で休むことができませんでした。
さとみさんは「優子ちゃんとゆんちゃんには両方とも入ってほしいな。」とシフト表見ながらぼやいていました。
「さとみさん、そこを何とかできませんか?」
「何とかできないから、二人にお願いしているんでしょ?クリスマスイブに二人でイルミネーションを見に行く予定を立てたつもりだったみたいだけど、そうは問屋が卸さないわよ。実はすでに先約があって、先に休みをとった子がいるの?」
「誰ですか?」
「りんごちゃんと美羽ちゃん。」
「あの、ばか姉貴め!」
「二人ともデートの予約が入っていたみたいだから。二人を責めないで上げてね。その代り、終わったらお店でパーティを開きましょ。優子ちゃんとゆんちゃんには特別席を用意してあげるから。」
僕が怒りの頂点に達する直前、青木さんは「宮下君、気持ぢはわがるんだげんと、バイトなんだす、イルミネーションはまだ今度にすよ。」と言ってなだめてくれました。
「そういえば気になっていたけど、ゆんちゃんは優子ちゃんと二人の時にはいつも方言を使っているよね?」
「はい、優子ちゃんのリクエストなんです。私は優子ちゃんに何もしてあげられないから、せめて方言でも使おうかなと思ったのです。」
「そうなんだ。方言を使うと、とても可愛いけど、できたらお客さんの前では使わないでね。」
「クリスマスなんだし、今夜だけでも・・・・」
「方言使って分かる人ならいいけど、言葉が通じなかったらどうする?ちなみにゆんちゃんの方言って東北ぽいけど、何県なの?」
「山形です。」
「お客さんの中に山形出身の人がいれば話が別だけど、ほとんどのお客さんが東京や神奈川の人が多いから、できたら標準語を使ってほしいの。わかった?」
「わかりました。」
青木さんは少し納得のいかない顔をして返事をしました。
迎えたクリスマスイブの日、店の中はお客さんでいっぱいでしたので、僕と青木さんは忙しさに振り回される一日で終わりました。
その日はいつものメイド服ではなく、サンタの衣装でお客さんのお迎えをしました。
店もクリスマスの一色にするためにクリスマスツリーや雪だるまなどの飾りつけもしておきました。
さらにクリスマス限定のメニューも用意しました。
みんながお客の相手をしている時に僕だけが正直上の空の状態でした。
「優子ちゃん、どうしたの?」
お客さんが心配そうに僕の顔を見て我に戻りました。
「あ、ごめんなさい、ご主人様。」
僕は今お客さんと一緒にカードゲームをしていた時でしたが、僕の頭の中では青木さんとのデートでいっぱいでした。
しかし、今は自分が女の子なのでそれを考えてはいけないと分かっています。
ちょうど休憩時間に入ろうとした瞬間、さとみさんから呼ばれて小言に付き合わされました。
「優子ちゃん、どうしたの?ずっと見ていたけど、お客さんしらけていたわよ。」
「すみません。」
「ゆんちゃんとデートできなかったこと気にしているの?」
「・・・・」
「いい?ここは学校じゃないの。文化祭の出し物なら許せるけど、あなたはアルバイトで来ていることを忘れないでほしいの。あともう一つ、あなたは男の子なんだから本来なら採用しないつもりでいたけど、女の子でいることを条件で特別に採用したんだから、ここにいる間は女の子らしいふるまいをしてちょうだい。」
「わかりました。」
「あともう少しで閉店にするから、頑張ってね。」
「ありがとうございます。」
さとみさんはそう言い残して、お客さんの相手をしに行きました。
僕もそれを追うかのように次のお客さんの相手をすることにしました。
「メリークリスマス!ご主人様。今日はお友達と一緒じゃないのですか?」
「本当は一緒だったんけど、今日になって彼女とデートすると言い出して僕一人になったのです。」
「ひどいですね。そんな薄情なお友達を忘れて、私と一緒にクリスマスをしましょ。」
「ありがとう。優子ちゃん。」
「今日はクリスマスなので、一緒にクリスマスの歌を歌いましょうか。」
お客さんは僕と一緒にクリスマスソングを歌いました。そのあと、ケーキを出してお客さんの口にアーンをして食べさせました。
そのあとは一緒にゲームをして遊んで、お見送りをしました。
「行ってらっしゃいませ、ご主人様。お帰りをお待ちしています。」
最後のお客さんを見送った後、店の中を片付けて従業員だけのクリスマスパーティが始まりました。
「今日はお疲れさまでした。この後クリスマスパーティを開きたいと思います。簡単な料理で申し訳ありませんが、たくさん召し上がってください。ゲームと皆さんへのプレゼントがありますので、そちらも楽しみにしてください。それでは皆さん、メリークリスマス!かんぱーい!」
さとみさんの挨拶が終わった途端、いっせいに料理に手を出し始めました。
パーティも半ばになった時に、さとみさんがみんなにビンゴゲームのカードを用意しました。
「それではプレゼントを掛けたビンゴゲームを始めたいと思います。」
景品はハズレが無いようにケーキやお菓子の詰め物などを用意しました。
僕と青木さんはクリスマスケーキ、他の人もクッキーの詰め合わせやフルーツタルトをもらい、中にはシャンパンをもらった人もいました。
どれもみんな有名デパ-トから取り寄せたものです。
「みんなもらったわね。余った料理はほしい人に限って持ち帰ってもらいます。」
使い捨てのタッパーにフライドチキンやポテトサラダなどを詰めて家に帰りました。
「今日はお疲れさま。」
「お疲れさま。宮下君は誰どケーキ食うの?」
「僕は家族と食べるけど、姉と妹にほとんど食べられそう。」
青木さんは軽く笑いました。
「明日定休日だし一緒にイルミネーションを見に行かない?」
「いいよ。」
「じゃあ、明日十日市場17時に待ち合わせね。」
「うん。」
家に帰ったら姉さんと妹がカートに衣装を詰めていきました。
「ただいまー。姉さん何しているの?」
「見て分からない?コミケの準備だよ。」
「コミケって28日からじゃない?」
「だから今のうちに準備しているの。雄ちゃんも早く。」
「僕、衣装持っていないんだけど・・・。」
「じゃあ、お姉ちゃんの衣装を貸してあげる。」
「なんの衣装?」
「まどか☆マギカの合わせをやるから雄ちゃんには巴マミの衣装を貸してあげる。」
「姉さんは何やるの?」
「お姉ちゃんは鹿目まどか、春子は美樹さやかだよ。あと、由美ちゃんは暁美ほむらをやるみたいだよ。」
「青木さんに声を掛けたら張り切っていたよ。」
「マジ?」
「うん。」
「あと、できたら女装だとばれないようにしたいんだけど・・・」
「大丈夫よ。コミケは女装大丈夫だし、今あなたが被っているシリコンマスクがあれば問題ないから。一応衣装一式を渡すから、ちゃんと忘れずに詰めておくんだよ。」
「わかった。」
僕は言われるままに衣装を大きなショルダーバッグに詰めて当日の準備をしました。
その翌日には青木さんとイルミネーションを見るために、みなとみらいまで向かいました。
「ねえ青木さん、姉さんからコミケに誘われたんだって?」
「うん、実は黙ってだげどおらもコスプレすてだの。」
「そうだったんだ。」
「宮下君も当日は一緒さ参加するんだべ?」
「うん、僕は巴マミをやることになったよ。」
「ほんてん?おらは暁美ほむらやっず。一緒さ楽すむべね。」
「姉さんと妹もいるよ。」
「じゃあ、4人で合わしぇ楽すむべね。」
「うん。」
電車はみなとみらいの駅に着いたとたん、カラフルなLEDの発色できれいに彩られていました。
赤や青、黄色など、まるで物語の世界に吸い込まれたように輝いていました。
「青木さん、良かったら一緒に写らない?」
「いいよ。」
僕と青木さんは用意したスマホで一緒に写りました。
今度はお互いのピンでの撮影もしました。
そして夜景をバックに青木さんは僕をを抱きしめてしまいました。
「実言うどね、おら宮下君のごどが好ぎなの。これがらも一緒さ付ぎ合ってくれる?」
「僕もだよ。でも僕は知ってのとおり女装をしているけど、それでも好きになってくれる?」
「うん、女装すてる宮下君、すこだまめんごいがら好ぎだよ。おらの方ごそ方言しゃべる田舎娘だんだげんと、好ぎになってくれる?」
「青木さんは僕のために方言を使っているだけだから、田舎娘なんかじゃないよ。」
「どうも。」
こうして僕と青木さんは手をつないで家に帰ることになりました。
迎えたコミケ当日、4人は国際展示場の駅前に着いて地獄のような人ごみの中を歩いていきました。
やっとの思いで会場に着いて、僕以外は全員女子更衣室に向かったので待ち合わせ場所を緑色の球体があるところにしました。
更衣室の中もスペースがないくらいビッシリで、空きスペースを見つけるのに一苦労でしたが、スタッフに案内され、やっと確保できた状態でしたので、用意した衣装に着替えて、シリコンマスクをつけて簡単なメイクをして最後にウィッグを被って大きなショルダーバッグをもって待ち合わせ場所まで移動しました。
まだ誰も来ていなかったみたいなので、スマホで姉さんたちに連絡したら、女子更衣室も場所の取り合いで大変なので、もう少し待ってほしいと連絡が来ました。
待っている間、スマホの画面を見ていたら撮影機材を抱えたカメラマンがやってきて、撮影を頼んできました。
「すみません、写真を撮らせてほしいので、撮影スペースまで移動してもらえませんか?」
「今人を待っているので、また後にしてください。」
「すぐ終わりますので、お願いします。実は僕巴マミのファンですので、どうしても撮りたいのです。」
「中は混んでいますし、すれ違ったら困りますので、ご遠慮いただきたいのです。」
「では、お連れの方にご連絡してもらえませんか?」
僕は正直こんなしつこい方だとは思っていませんでした。
「連れの人はまだ更衣室の中にいるので、着替えが終わるのを待っているのです。」
「すぐに終わりますので、ここで写真を撮らせてください。」
「ここは撮影禁止の場所ですけど・・・・。」
「大丈夫、スタッフも見ていないから。」
カメラマンはカメラのレンズカバーを外して、問答無用でシャッターを押しました。
「マミさん、もっと可愛く微笑んでよ。」
「ですから、困ります。」
「ベベのぬいぐるみをもって、ニッコリとお願いします。」
僕は限界が来て床に座り込んで、顔を下に向けました。
「マミさん、顔は床じゃなくて、レンズに向けてよ。そうしないと、いい写真撮れないよ。」
「お願いですから、写真はやめてください。」
ちょうどスタッフがやってきて注意に入ってくれました。
「カメラマンの方、ここは撮影スペースではありませんので、撮影はコスプレエリアまで移動してお願いします。」
「わかっているんだけど、このレイヤーが移動を拒むから。」
「引き受けるかどうかは、被写体本人が決めることでしょ?見ていたら、あなたは相当強引な撮影をされていましたよね?」
「僕、巴マミのファンですから・・・・。」
「答えになっていません。とにかく、いろいろとお話をしたいのでスタッフ詰め所まで来ていただけますか?」
「あの、僕は人を待たせているので・・・・」
「大丈夫です、こちらの方から事情を伺うだけですので。」
「ありがとうございます。」
僕はそのまま姉さんたちを待ち続けていました。
「雄ちゃん、お待たせ。」
「じゃあ、移動しようか。」
4人でコスプレエリアに移動している途中、何人かのオタクたちに「あ、まどマギの合わせだ。」とか「佐倉杏子がいない」などと、いろんな声が飛び交っていました。
とにかく空いている場所へ移動することにしました。
混雑と移動の疲れが出たので、一度休憩をとってから撮影に入ろうとした瞬間、またしてもカメラマンがやってきました。
「休憩中のところすみません、まどマギの合わせですよね。よかったら写真を撮らせていただきたいのですが・・・」
一眼レフのカメラを持った男性は少し控えめな言い方で、撮影を求めてきました。
姉さんは「少しだけならいいよ。」と返事をしました。
ところがその少しといったはずが、なぜか長時間にわたる撮影になってしまい、さらに他のカメラマンがやってきて、容赦なしにシャッターを押していきました。
やっといなくなったのが10分くらいしてからでした。
椅子に座ってぐったりしていたところ、最初にやってきたカメラマンがチョコレートの入った袋を用意して、お礼を言ってきました。
「先ほどは撮影にご協力いただいてありがとうございました。これ、よかったら皆さんで食べてください。」
「いいのですか?」
「お疲れの時に撮影をお願いをしてしまったので、休憩の時に召し上がってください。」
「ありがとうございます。」
カメラマンはそう言い残して、いなくなってしまいました。
姉さんは受け取ったチョコをみんなに配って食べ始めました。
椅子に座ってしばらく経ってから今度は佐倉杏子の女性レイヤーがやってきて、「皆さん、今日は合わせで来たのですか?」と尋ねてきました。
「はい、そうですけど・・・。」
姉さんは少しきょとんした表情で返事をしました。
「あの、よかったらご一緒に写っていただけますか?」
「いいですけど・・・」
佐倉杏子の女性レイヤーは用意したスマホを、連れと思われる人にお願いして、シャッターを押してもらいました。
「ありがとうございます。よかったら撮った写真ですが、Twitterに載せてもいいですか?」
「はい。」
「あと、よかったら名刺交換してもいいですか?」
「いいですよ。」
名刺交換ができたのは結局姉さんだけでした。
「あの、他の方は持っていないのですか?」
「私持っていないのです。」
「私もです。」
「私も。」
「そうなんですね。あの、会って早々大変申し上げにくいのですが、今日って終わったあと、お時間取れますかすか?」
「私は大丈夫だけど、お連れの方はどうなんですか?」
「彼女は私の幼馴染で今日が今日コスデビューだったんだけど、ウィッグを忘れたから私服参加。」
「いや、そうじゃなくて、連れの方の都合を聞いているんですけど・・・」
「あ、彼女なら大丈夫。」
聞いた質問に答えてくれそうもなかったので、姉さんは直接連れの人に聞きました。
「初めまして。いきなりで申し訳ないんだけど、今日ってこのあと近くで軽くお話をしながら、お菓子を食べたり、お茶を飲むんだけど、よかったら一緒にどう?無理ならいいんですけど。」
彼女は軽く首を縦に振りました。
「ねえ、連れの人って人見知りなんですか?」
「少しだけ。」
「じゃあ、やめた方がいいのでは?」
佐倉杏子の連れの人は少し考えた結果、イベントのアフターをやめにしました。
彼女と別れた後、僕たち4人はしばらく会場の中をしばらく歩いたり、撮りたいレイヤーさんがいたら写真を撮るって感じにしました。
時計を見たら2時45分を回っていて、スタッフが金切り声で更衣室へ向かうよう促していました。
「更衣室は15時30分過ぎますと閉鎖になります。お早目の移動をお願いします。」と何度も繰り返し言い続けていました。
更衣室へ向かうので一度姉さんたちと別れて着替え終えたら緑色の球体の場所で待ち合わせて、そのまま帰りの電車に乗ることにしました。
地元につくと姉さんと妹は母さんに買い物を頼まれたと言ってスーパーに立ち寄り、僕と青木さんは歩いて家まで向かいました。
「今日は疲れたけど、楽しかったね。」
「うん。」
「青木さんの暁美ほむら、とてもかわいかったよ。」
「ほんてん?どうも。宮下君の巴マミもめんごいっけよ。」
「ありがとう。」
「宮下君、お正月は予定あるの?」
「特にないかな。」
「よいっけら一緒さ初日の出見で、そのまま初詣さ行がね?」
「いいよ。」
「約束だよ。」
「うん。」
家の近くになったので僕と青木さんは別れることにしました。
こうして正月を迎えて、話は3学期の終わりに飛びます。
6、春休みと女装引退とお別れ
3年生が卒業して在校生たちは残り少ない3学期を過ごすことにしました。
僕と姉さんと青木さんは今日でメイド喫茶を終わりにすることしました。
「3人には本当にお世話になったよ。少ないけど最後のバイト代だから。あと本当はダメなんだけど、今着ているメイド服は、3人へのご褒美するから差し上げるよ。」
「ありがとうございます。」
「この衣装、素材もしっかりしているからコスプレとしても十分に着られんだよ。じゃあ、春休みをエンジョイしてくれ。」
そう言い残してさとみさんは店の奥へといなくなりました。
3人はそのままメイド喫茶委をからいなくなろうとしましたが、最後だし客として入ろうと思いました。
「おかえりなさいませ、お嬢様・・・って、ゆんちゃんたち?また戻ってきたの?」
「最後だし、客になろうかなって思ったの。」
「そういえば、送別会とかしてなかったよな。よし、送別会をやるから少し手伝ってくれないか?」
結局再び着替えて最後のお仕事をしました。
店は8時に終わって、最後のお客を見送った後、送別会の準備に入りました。
「改めて言うと照れくさいけど、3人には本当に世話になったよ。いなくなると本当にさみしくなる。」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、3人の門出を祝ってかんぱーい!」
出てきた料理を食べながらおしゃべりをしたり、ゲームをしたり時間はあっという間に過ぎていきました。
「では、そのろそろ中締めに行きたいんだが、代表でゆんちゃんにご挨拶してもらおうかな。」
青木さんは少し緊張した表情でみんなの前であいさつを始めました。
「今日は私たち3人のために送別会を開いてくれて本当にありがとうございます。最初は可愛いメイド服が着られるからというだけの理由で入ったのですが、入っていくうちに仕事の大変さや責任の重たさを知って、いい社会勉強になったと思っています。3人同時にという形になって申し訳ありませんが、本日をもってやめせていただきます。本当にお世話になりました。」
そのとたん、みんなから拍手が来ました。
「さっきも言ったように、このメイド服は3人へのプレゼントだからそのまま着て帰ってもいいし、着替えて紙袋に入れて持ち帰ってもいいから。ただし、フリマやオークションに出さないようにね。」
これが最後のさとみさんの言葉でした。
僕と姉さんと青木さんは着替えて、紙袋に入れてメイド服を持ち帰ることにしました。
店の外を出たら真っ暗になっていて、街灯がともされていました。
春になったとはいえ、いまだに冷たい空気が顔に突き付ける寒さでした。
「ねえ、雄ちゃんのシリコンマスク貸してくれない?温かそうだし。」
「マスク?なんのこと?」
「雄ちゃんが被っているものだよ。」
「これ、私の顔だし・・・・」
「そんなことを言ってもいいの?食事も寝る時も、風呂も、ずっと着けたまんまにするよ。」
姉さんの言い方はとても卑怯でしたので、そのあと言い返す言葉がありませんでした。
横にいた青木さんはクスクスと笑っていました。
「青木さん、そんなにおかしい?」
「ごめん、何だが二人ば見でだら仲がいいんだなって思ったの。」
「そんなことないよ。」
「そのマスク、良いっけらおらにも被らしぇで。」
「いいけど、別の日でよければ・・・。」
「ほんてん?次の日曜日、空いでる?」
「うん。」
「じゃあ、その時さ貸すてくれる?」
「いいよ。」
横にいた姉さんは、軽く咳ばらいをして「私、ちょっとコンビニに立ち寄ってから帰るから、あとは二人で適当に過ごしてよ。いい?あんまり遅くならないうちに戻って来るんだよ。」と、言い残していなくなってしまいました。
「姉さん、気を使ってくれたんだね。」
「そうみだいだね。」
僕と青木さんは誰もいない静かな住宅街をゆっくりと歩いていきました。
「次の日曜日、行きたい場所ってあるの?」
「特にねんだげんと、宮下君行ぎだぇ場所だらどごでもいいよ。」
「じゃあ、たまには映画でも見ようか。」
「いいね、何がオススメの作品ってあるの?」
「僕はアニメが好きだから、アニメでよかったら・・・」
「おらもアニメ大好ぎだがら、今がら楽すみ。」
「じゃあ、日曜日は一度青木さんの家に行くね。」
「何で?デートらすく駅前で待ぢ合わしぇにすんべよ。」
「だって、マスク被りたいんでしょ?ウィッグとかのセットもあるから、その方がいいかなって思ったけど・・・。」
「あ、マスクごど忘れでだ。じゃあ、当日はおらの部屋さ来でもらってがら、一緒さ行ぐって感ずでいぐべ。」
「じゃあ、当日よろしくね。」
「うん。」
そして日曜日を迎えました。僕はシリコンマスクとウィッグをもって青木さんの家に向かい、部屋に入って準備にかかりました。
髪の毛がはみ出ないようにウィッグネットを被せて、その上にシリコンをマスクを被せました。
「メイクはどうする?なしでも行けそうなんだけど・・・。」
「じゃあ、少すだげメイクお願い。」
僕はほほにチークを塗って、唇に軽くルージュを塗りました。
「どう?」
青木さんは鏡で自分の顔見て少し満足した感じで返事をしました。
そのまま二人で横浜線に乗って横浜駅にある大きな映画館へと向かいました。
「まどマギ見ない?」
「うん。」
券売機でチケットを買って、売店でコーラやお菓子を買ったあとにそのままスクリーンへと向かいました。
上映時間は2時間近くで、時々子供の騒ぎ声が聞こえてきました。
何だか騒がしいなあと思いながら見ていましたけど、親は注意しませんでした。
子供は好きですが、上映中の甲高い声はとても不快に思えます。
今日はデートなのでトラブルゼロにしたいと思ったので我慢していました。
誰かが子供に「静かにしろ」と注意したとたん、子供は泣き出す始末になり、親はキレて注意した相手ともめ事になる始末になりました。
結局騒がしい鑑賞で終わったので、気を取り直してブティックで洋服を見たり、CDショップに立ち寄って新曲をチェックしたり、最後はファミレスで食事をして帰ることにしました。
しかし、このあとショッキングな情報が入ってきました。
「宮下君、実はね大事なお話があるの。」
「大事なお話って言うと?」
「実はもう少すすたら、親の都合で山形さ引っ越すこどになるの。本当はおら一人だげでも残りだがったんだげんと、父ちゃんが家族みんなで過ごすたぇっていうがら・・・。」
「そうなんだ。」
「それど、もう一づ理由があって、じいさんの体が日増すに弱ってで、いづ倒れでも不思議んね状態になってるの。」
「それで引っ越しはいつなの?」
「今月末。」
「じゃあ、もうじきじゃないか。せめて最後にもう一回デートして思い出を残そうよ。」
「うん。」
「次の金曜日はどう?」
「午前中引っ越すの準備があっから午後だら大丈夫だよ。」
「わかった。午後からでも充分に遊び倒せるはず。引っ越しの準備、時間がかかるなら、僕も手伝うよ。」
「どうも。んだげんと、引っ越すの準備ぐらい自分一人ででぎっから。それにおら荷物少ねがらすぐに終わっから。」
「じゃあ、金曜日の午後よろしくね。」
家に戻ってから僕の頭の中は真っ白になっていました。
もうじきお別れ、何か思い出に残ることをしたかったので、最後くらいは女装抜きで行こうと思いました。
僕が選んだ場所はバイトで世話になったメイド喫茶でした。
そこでなら午後半日を過ごすのにちょうどいいと思いました。
金曜日の午後、青木さんと十日市場の駅前で待ち合わせてメイド喫茶に向かいました。
ドアを開けた途端、かつてのバイト仲間に迎えられました。
「お、二人ともお久しぶり。」
「あ、さとみさん、お久しぶりです。」
「二人ともうまくやっているの?」
「さとみさん、実はもうじき親の都合で山形へ引っ越すことになったのです。」
「ゆんちゃん、それ本当?」
「父も今勤めている会社を辞めて山形で働くことになったのです。」
「それで、いつ引っ越すの?」
「3月の終わりです。」
「じゃあ、もうじきじゃん!なんで急に引っ越すにことになったの?」
「祖父の体が日増しに弱ってきて、いつ倒れても不思議ではない状態になったのです。本当は私一人だけでも残りたかったのですが、父が家族みんなで過ごしたいと言うから・・・・」
「学校はどうするの?」
「山形の学校へ編入します。」
「そうか。ここで過ごすのも最後なんだね。」
「うん。」
「じゃあ、お二人の給仕は私が担当させてもらうから、遠慮なしに言ってね。」
僕と青木さんは夕方近くまでメイド喫茶で時間を過ごすことになりました。
出された料理を食べたり、一緒にゲームをするなど青木さんにとっては最後のひと時となりました。
最後に3人で記念撮影をして会計をしようとした時、さとみさんに「今日は全部私のおごりにするから。」と言って店の外まで見送ってくれました。
「ゆんちゃん、山形へ行っても元気でやるんだよ。」
「さとみさんにはたくさんお世話になりました。もらったメイド服は山形へ持って行ってもいいですか?」
「もちろん。あれはただのメイド服じゃない。ここでの思い出が詰まった服だから。」
そのとたん、青木さんが泣きそうになりました。
「ゆんちゃん、この涙は引っ越しの当日まで残しておきなさい。」
青木さんは無言で首を縦に振りました。
「たまには遊びに来てね。その時には盛大に歓迎するから。」
「ありがとうございます。」
冷たい夜風が吹く3月の末、僕と青木さんは店をあとにして家に向かいました。
そして迎えた引っ越し当日、僕は青木さんの家まで見送りに向かいました。
玄関の前では引っ越しのトラックが止まっていて次々と荷物を荷台に積んでいきました。
「あら宮下君、こんにちは。由美なら部屋にいるわよ。」
「おばさん、こんにちは。今日は挨拶だけなのですぐに帰ります。」
「ちょっと待ってね。由美を呼んでくるから。」
おばさんは部屋に向かって青木さんを呼んできました。
「宮下君、こんにぢは。来でぐれでどうも。実言うど宮下君さ渡すたぇものがあるんだげど・・・。」
「何?」
「これ、本当だらフリマさ出すものばりなんだげんと、他人さ譲るより、宮下君さ着でほすいど思って残すたものばりなの。よいっけら受げ取ってくれる?」
手提げ袋の中身を見たら、ワンピースやスカート、サロペット、パーカーにブラウス、他にも学校の制服、体操着、ルーズソックス、靴などがありました。
「これ、本当にいいの?」
「おらだど思って受げ取ってくれる?ただ、ブーツど手袋は勘弁すて。山形でも使うがら。」
「ありがとう。大事にするから。落ち着いたら手紙や電話をしようね。」
「うん。」
「あ、最後に記念写真撮らない?」
「いいよ。」
僕はおばさんにスマホを預けて写真を撮ってくれました。
「撮るわよ。二人とも笑って。」
そういってシャッターを押してくれました。
引っ越し業者さんが「そろそろ出ますよ!」と言ったとたん、青木さんと両親は車に乗りました。
「青木さん、向こうでも元気でね。」
「うん、落ぢ着いだらこっちに来っから。」
「待っているよ。」
そう言い残して車は走り去っていきました。
僕は青木さんからもらった服をもって家に帰りました。
「お帰り、雄ちゃん。この手提げは?」
「青木さんからもらったの。」
「そうなんだ。」
「中身見なくていいの?」
「だいたいわかっているから。」
僕は部屋に戻るなり、青木さんからもらった服を取り出して思わずにおいをかいでしまいました。
そしてそのままクローゼットに入れて保管してしまいました。
青木さんのいない春休みはまるで、明かりの消えた部屋の中にいる気分でした。
そして青木さんのいないまま、僕は残り高校生活を過ごし、卒業式を迎えることになりました。
他の人たちは恋人に告白をしたり、友達同士の記念撮影など、高校生最後の時間を過ごしていました。
そして大学生になった今、僕は女装生活にピリオドを打とうと決意しました。
部屋の中にあるフィメールマスクやウィッグ、服などを段ボールに詰めてクローゼットの奥にしまい込み封印してしまいました。
大学の講義を終えて帰宅しようとしたら、校門近くで一人の女の子に声を掛けられました。
「宮下ぐーん、ねえ宮下君だべ?待って!」
聞き覚えのある声、そして強烈な訛りの入った方言、明からに青木さんだと思って後ろを振り向きました。
「あれ?もしかして青木さん?」
「んだ。よいっけら一緒さ帰んべ。」
「青木さん、山形へ帰ったのでは・・・?」
「神奈川の大学さ行ぐど言ったら、一人暮らすの許可下りだの。今は学生寮で暮らすてるんだんだげんと、そごは男子の立ぢ入りが禁止になってっから、残念だんだげんと、中さ入れるごどがでぎねの。」
「寮はどこなの?」
「横浜線の相模原駅がら徒歩15分のどごろにあっず。」
「便利な場所にあるんだね。」
橋本駅にある大学からは一駅で、しかも徒歩15でしたので通学にはとても便利でした。
さらに話によると寮の設備もホテル顔負けになっているので、とても居心地がいいので、地方から来た人には「持ってこい」の場所でした。
「立ち話もなんだし、とりあえず喫茶店に行かない?それとも久々にうちへ来る?」
「そうすたぇどごろだんだげんと、寮の門限どがあっから、出来だら近ぐの喫茶店にすね?」
「そうなんだ。じゃあ、駅前の喫茶店でゆっくり話そうか。」
「うん。」
僕は青木さんと手をつないで駅前の喫茶店まで向かいました。
話によると、お父さんは山形市内の商社企業で営業して、母は介護士の資格を取っておじいさんの面倒を見ているそうなんです。
おじいさんは今現在、母の務めている老人ホームに入居していると聞きました。
当の青木さんは現役で僕と同じ大学の文学部にいます。
青木さんは僕の女装引退の話を聞いてとても驚きました。
「なんで、女装やめだの?すこだまめんごいっけのに。おらがあげだ服はどうなったの?」
「大学生になったわけなんだし、けじめをつける意味でやめたの。もらった服は箱に詰めて封印した。」
「でぎだらいいんだんだげんと、まだ女装始めでくれる?」
「じゃあ、青木さんが持っている黒のニーハイブーツを貸してくれたら、復活してもいいよ。」
「ほんてん!?あの黒のニーハイブーツ気に入ってるんだんだげんと、女装すてぐれっこんだら貸すてける。フィメールマスク貸すてくれだお礼だがら。」
「じゃあ、次の日曜日、山下公園でデートするときに履かせてくれる?」
「うん。」
「あと、サテンのショートグローブも借りていい?」
「いいよ。」
「じゃあ、当日はブーツど手袋もって宮下君の家に向がうね。」
「当日よろしく。」
「うん。」
こうしてデート当日を迎えました。
朝9時ごろ、食事をしていたらドアチャイムが鳴りました。
モニターを見ていたら白い大きな紙の手提げ袋を持った青木さんが映っていました。
「今行くね。」
僕は玄関のドアを開けて青木さんを中に入れました。
「由美ちゃん、お久しぶり。元気だった?雄ちゃんから聞いたけど、またこっちに引っ越してきたんだって?」
「はい、今は相模原市内の学生寮で暮らしています。」
「そうなんだ。」
「今日は雄ちゃんとデート?」
「はい。」
「この袋の中身は何?」
「中身はブーツと手袋です。」
「あ、もしかして雄ちゃんに?」
「はい。」
「でも、雄ちゃん女装辞めたって言っていたわよ。」
「先日校門近くで会って話した時にまた復活させるようなことを言っていましたので。」
「雄ちゃんに何か言った?」
「いえ、特に何も言っていません。ただ、私が持っている黒のニーハイブーツを貸してくれたら、始めてもいいような言い方をしていました。」
「そうなんだ。今日は雄ちゃんのことよろしくね。」
僕が食事と着替えを済ませたら、リビングのソファに青木さんが座って待っていました。
「青木さん、お待たせ。」
僕はピンクのミニスカートに黒のパーカー、そしていつものフィメールマスクにウィッグを被ってきました。
「あ、宮下君、こんにぢは。めんごぐ決まってるね。じゃあ、約束通り手袋貸すてけるね。ブーツは玄関さ置いであっから。」
「ありがとう。じゃあ、姉さん、行ってくるね。」
「行ってらっしゃい。由美ちゃん、雄ちゃんのことよろしくね。」
僕は青木さんと一緒に手をつないで十日市場の駅まで歩いていきました。
「このブーツ履き心地最高だよ。」
「おらの一番のお気に入りだがら、大事さ履いでよね。」
「うん。」
歩くときのヒールの音がコツコツと聞こえながら、改札口まで着きました。
そこから根岸線直通に乗って石川町駅まで向かいました。
マリンタワーに上ったり、横浜港で船を見るなど時間を過ごした後、最後に行った場所は港の見える丘公園でした。
「青木さん、今日は楽しかったよ。」
「うん、おらも。今日の日は忘れねがら。」
「手袋とブーツは学校で返すよ。」
「うん、わがった。」
「ねえ、もし青木さんさえよかったら、卒業したら結婚しないか?返事は急がなくてもいい。」
「この姿で言われでも説得力がねよ。」
青木さんは笑いながら言いました。
「笑うことないじゃない。」
「ごめん。んだげんと、返事は待ってくれる?んだがらと言って宮下君のごど嫌いになったわげでねがら。」
「わかった。待っているから。卒業してからもずっと。」
「うん。」
そして太陽が傾きかける瞬間、僕は青木さんの体を強く抱きしめてしまいました。
おわり
皆さん、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は以前書きました、「その日、男の娘になった」のリメイク版です。
主人公は女装しつつも、山形からやってきた青木由美と交際するようになりますが、父親の都合で一度は山形へ行ってしまいますが、大学生になってから学校で再開します。
本編中では特に同じ大学へ進学することは触れていませんが、なぜ同じ大学になったのかは、読者の皆様のご想像にお任せします。
毎度毎度、短いあいさつで申し訳ありませんが、次回の作品でまたお会いしましょう。