第2話 かわいい小動物
そろそろ帰ろう、としている取引先の方々を見送った。
もう少し見て行きます、と伝えると、「勉強熱心で宜しい。」
と言われた。
本当は違うのだが、そう思ってくれた方が都合が良い。
接待が終わったので約束通り、カウンターの隣へ移動した。
マスターにカウンターの移動を伝え彼女の隣に座ったら一瞬驚いたがすぐにニヤニヤし始めた。
ナンパしてるとでも思ったのだろう。
まぁ、俺がマスターでもそう思うし、誤解するのは仕方ないか。
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「僕、片山亮です。」
「あ、土屋しずかです。」
お互い自己紹介をした。しずか、は平仮名です、と教えてくれた彼女は改めて近くで見ると結構美人だった。
目鼻立ちがはっきりしていて、色白ではあるが海外の諸島系の血でも入ってそうなやや派手めな顔立ちに『しずか』という古風な名前が逆に印象深さを与える。
彼女は不思議そうな顔を向けている。当然だ。スーツの話しを先程しただけの間だからな。
端的に要件を伝えよう。
「スーツの話でしたっけ?」
「あ、そうです。さっき自分でも服作ってるって言ってましたよね?」
「はい、趣味で。」
「趣味で・・・すごいな。スーツも作った事あります?」
「ありますよ。」
「個人的にジャケットを作ってもらう事は出来ますか?あ、お金はもちろん払います。」
「え?!いや、オーダーしているお店とかありますよね?そちらで作れば良いのでは?」
「作れない事はないんですが、仕事で使う様なかっちりした物ではなく、裏地も不要なラフな物なので、ちょっと頼みづらくて。良い機会だし、他のオーダー先でも探そうかな、と思っていた所なんですよ。」
「いやいやいやいや!あの、趣味ですよ?確かに服飾系の専門学校出てはいるので基本的には何でも作れますが、スーツをオーダーしてる人のお眼鏡に叶うとは・・・」
「何でも作れるんですか?」
「あ、はい、まぁ、基本はあるので。ウエディングドレスなら何体か作って売った事あります。近しい友人限定ですけど。」
「ウエディングドレス?!!すごいな。じゃぁ大丈夫じゃないですか。」
ウエディングドレスを作れるのはまじですごいな!
「いや!何でですか?!ドレスとジャケットだと全然違うし、さっき会ったばかりの人間になぜそんな事を?」
それは確かに。
ジャケットを作って欲しい、だなんて会ったばかりの人間に言われたら誰だって驚く。
ウエディングドレスを作った事があるというのには逆にこちらも驚いたが、これなら依頼しても意外といけるかもしれないと思った。
「さっき、僕ねしずかさんに逆ナンされたと思ったんですよ。良くある事なので。スーツ褒めてくる女性多いんですよね。なのにオーダーメイドですか?って言われてしかも自分でも作るって。ラフなジャケット欲しいなと思っていたところだったので、単純に興味本位で声かけました。」
先程声をかけられた事を逆ナンされたかと思ったと素直に伝えると、若干呆れた顔を見せたがどうやらジャケット製作には興味を持ってくれてる様だ。
「そうですか。ただ、私本業があって繁忙期でもあるので時間かかりますよ?」
それは全然構わない。
「裏地無しだし、春とか夏想定してるので時間は別に気にしてません。料金はどれくらいかかります?」
「うーん。ジャケットは販売した事ないので何とも・・・でも材料費だけで良いです。」
「え?!いやちゃんと払いますよ?急な事言い出してご迷惑かけてますし。」
料金の事を聞くと、何と材料費だけで良いと返ってきた。
さすがに手間などの事を考えたら材料費だけとは言えない。そしたら、
「じゃぁ、材料費プラス、スタバで何か奢って下さい。作る以上はベストを尽くしますが、ジャケットを売るのは初めてなので、至らない点が出てくるかもしれない。それでも宜しければ。」
と、とてもかわいい笑顔で言ってきた。
はっ?スタバ?
「スタバ・・・・ぷっ・・・そんなんで良いんですか?」
思わず笑ってしまったが、
「普通のコーヒーとかじゃなくて、フラペチーノに色々トッピングしますよ!」
と強く言って来て、更におかしくなってしまった。
カスタマイズしたって、せいぜい100円プラス程度だ。
「いや、対して変わってないって。わかりました。じゃぁ材料費プラススタバのカスタマイズですね。」
何だこのかわいい小動物は。妙に親しみを覚えるな。
「引き受けてもらえた、と言う事で、宜しくお願いします。あ、採寸出来る場所あります?採寸しますよね?」
「採寸する場所ないです・・・・どうしよう。コミュニティセンターとか?」
そうだった!みたいな顔してる。わかりやすいな~
「家を提供しても良いですが。」
採寸の場所を、家を提供しても良い、と伝えたら途端に警戒されてしまった。
まぁ仕事とは言え男性の自宅へ上がる事に抵抗感を覚える女性はいるだろうな。
俺の周りの女子達はすぐ家に来たがるけど・・・・・・
独身一人暮らしなので家族はいない、彼女もいないので迷惑ではない、と伝えたらこっちが困るわ!みたいな表情をしている。
きっとしずかさんは俺に男性として興味が無いのだろう、でも少し悔しくもあるのでわざとけしかける様な事を言ってみた。
「ああそんなに警戒しなくても大丈夫ですよ?ほんとに採寸する場所の提供ですし、しずかさんも長居はしないでしょう?」
「長居なんかしません!!」
食い気味で反論してきて面白い。
「ですよね。じゃぁ採寸はうちって事で。次の土日はどうですか?」
最近彼女と別れたばかりで暇を感じていたので暫く楽しめそうだ、と思った。