第10話 デート
今日は素材の買い出し、という名目のデートだ。
浮かれる顔を取り繕って約束の時間の5分前に着いたら彼女は既に待っていた。
自分が時間を間違えたかと時計と彼女を交互に見てしまった。
「あれ?待たせちゃった?」
「いえ、早めに着いただけですし、そんなに待ってないから大丈夫ですよ。」
「ごめん。」
そんなに待っていない、とは言うが少し申し訳なかった。
そう思った瞬間、
「行きましょ!」
と、また袖を掴んでくる。
これ、きっとクセなんだろうな。俺が特別とかそう言う事ではないんだろう。
・・・じゃぁ手を繋いでみようか。
袖を掴んでいた手を引きはがして俺の左手へ移動させた。
「・・・・・」
「・・・・・」
お互い無言だったがすぐにしずかさんに手をひかれ店へ向かう事になった。
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「へぇ・・・ほんとに生地がいっぱいなんだね。初めて来たよ。」
店内所せましと生地がいっぱいある。色とりどりでポップだ。
「この前おっしゃっていた感じの素材だと・・・2階だな。上行きますよ。」
階段付近の案内図を確認し終えた彼女が告げる。
この時には手を離されてしまったが、店内は狭いので仕方ない。
2階もまた生地がいっぱいだった。通路が狭い。
「これとかどうです?」
「うーん、これよりもう少ししっかりした素材が良いな。」
「したら・・・・あっこれは?」
「あっ、そうだねこれが良いな。」
んしょ、んしょ。とでも聞こえてきそうな程手を伸ばして生地を取ろうとしている。
素材は寝かせた状態で高い位置に棚に積まれて収まっているから彼女の身長だと取りづらいだろう。
何だか小動物が自分より大きな薪を運んでいる様に見えるな。
スッと彼女の代わりに生地を抜き出す。
「あ、ありがとうございます。」
「作ってもらうんだから当たり前だよ。」
「そういうのさらっと出来て言えるの恰好良い。」
「え?!」
興味持たれていない事に落ち込んでいたし、スーツ以外で褒められたの初めてだったからびっくりして大きい声が出てしまった。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。」
うん、ほんとに嬉しいもんだな。
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当然、購入した生地等が入った紙袋は重いので俺が持つ。
反対側の手は彼女の手と繋ぐ。
また繋ぐのか、と一瞬驚いた様だったがすぐ大人しくなった。
お?ちょっと照れてるかな?顔が少し赤くなっている。
上から見ても俯きがちで頬を染めて照れている事が窺える。
これで意識させる事が出来たかな。
カフェで休憩中の今も、さっきの表情が見れたから気分が良い。
ふっと彼女のマグカップを見たら彼女も飲み終わった様だ。
「そろそろ出ようか。」
「ちょっと亮さん!今日は私が払います。」
彼女が伝票に手を伸ばしたからすかさず奪った。
立ち上がると今日は自分が払う!と抗議している。
「良いよ、大した金額じゃないし。」
「もーそう言ってこの前もその前もつい最近も奢ってくれたじゃないですか。さすがに申し訳ないから払いますよ。」
でも、俺が奢りたいから良いんだよ。
「いいって。奢られる時に奢られておきなよ。」
今までの女性達と違って、ちゃんと払おうとしてくれようと意思が伝わっているから、それだけでも満足なんだ。
「この後どうする?夕飯まで少し時間あるね。」
店を出て彼女に聞いた。
「帰ります。」
「えっ・・・・?」
断られるとか想定外なんだが。
「帰ってジャケットの作業進めたいので。」
「そんな焦らなくても、別の日にやれば?」
裏地無しなんだから完成しても着るのは先だ。何でそんなに急ぐ必要が?
「本業じゃないから土日しか作業日ないのに、その内の1日は亮さんと会ってるから予定より全然進んでないんですよ。」
ジャケット製作の為に帰ると言うからどうにか後回しにすれば、と言ってもダメだった。
「明日日曜だし明日にまわせば?」
「明日は明日で予定があるので、作業出来るのが今日のこの後しかないんです。」
「そっか・・・何の・・・・いや、ごめん。じゃぁまた今度。」
他の男とのデートなんじゃないか、なんて疑い聞きそうになってしまった。
「はい、ごめんなさい。また誘って下さい。」
また誘って、と言っているじゃないか。
無理に引き留めてはダメだ、とは思ったがどうしても悲しい気分になってしまった。