五話 第一等級魔祖
レインの返答を聞いて、ジェネアは飛び上がらんばかりに喜んだ。
ガッツポーズをし、椅子から飛び降りるほどだ。
他の客が相変わらず好奇の目を向けているが、年齢相応の微笑ましい光景だ、と言わんばかりに寛容の態度を示している。
「よ、よし、じゃあ明日にでも登録しに行こう! きっとお前、凄い奴になるぞ!! 直ぐに10等級だ!」
会話に追いつけないとはこの事か。
魔力が多いから凄いのは理解できるが、今日度々聞くナントカ等級という言葉が分からない。
「ね、ねえ。それは良いけど、そのナントカ等級って何なの?」
はしゃぐジェネアに問うてみたが、反応が無い。
明日の計画について、取らぬ狸の皮算用をしているようで、視界には全く何も写っていなかった。
そして、そんな状況を見かねたのか、店員ことマスターが代わりに答える。
「私で良ければ、説明しますよ」
思わぬ助け舟に、レインは快く応答し、説明を求めたのだった。
店員の懇切丁寧な解説が始まる。
「まず、魔物と言うのはご存知ですね?
実は、この世の魔物は全て、4匹の魔王から生み出されています。
魔王が居て、そいつが周辺の生き物を魔物へと変貌させ、そして変貌した魔物が更に魔物を生み出すのです」
洗っていた皿をカチャ、と棚へ戻し、続けた。
「当然魔王が一番強いわけですが、生み出された魔物も中々の物です。
人類が長年の犠牲の元見つけ出したのは、彼らは"誰から生み出されたか"、と言う事実によって力量に絶対的な差があり、更にはその連鎖は20回までだと言う事です。
なので、我々はその魔物が何回目に生み出されたかと言う事実によって、魔物を大別しています。
魔王は第一等級魔祖、魔王から生み出された魔物は第二等級魔祖、更に第二等級魔祖から生み出された魔物は第三等級魔祖......と言った具合です。
連鎖は20回までなので、この世には第二十等級魔祖まで存在します」
わかりますか?と適当な相槌をレインに求める。
レインは、ええ、続けてちょうだい、と目で伝えた。
「魔物は強大な力を有します。
第十等級魔祖あたりまでは、人類が個人でも太刀打ち出来る強さですが、それより上位の、例えば第四等級魔祖ともなると、国一つがまるごと攻めていった所で勝てる見込みは希薄でしょう。
そこで、冒険者は、自分は第何級魔祖まで狩った事があるのか、と言う事実を強さの指標にしています。
ある者が14等級であれば、その者は第十四等級魔祖まで狩った事があると言うわけです」
なるほど、とレインは合点した。
となると、自分が第一等級魔祖であると言うわけか。
そう考えると、あの時適当に作った兵士の従者もどきは第二等級魔祖に当たる?
第五等級を名乗る竜にやられていたが......
多分、おそらくあれは、ひっきりなしに手当たり次第攻撃していった結果、レインの与えた魔力が尽きたのだろう。
弱っていたところをブラックワイバーンにやられたに違いない。
一通りの理解が出来たところで、ジェネアに目をやる。
「それで、あなたは何等級なの?」
聞かれて、少年はふんぞり返って言う。
「俺は、特別昇級で13等級だ! 凄いだろ!!」
レインは、あら凄いわね、と起伏なく答える。
13等級で凄いなら、私なんかほぼ伝説じゃない。
内心密かにこう思った。
が、事実、魔王は伝承と空想の中にのみ出てきて、人々にとってはほぼほぼ伝説である。
「で、その、特別昇級って言うのは何なの?」
ジェネアにでは無く、店員に尋ねた。
少年は少し不満げに椅子に座り直す。
もっと褒めてくれても良いのに、顔がそう訴えていた。
「ああ、それはですね、このジェネア君は魔力を持たないと言いましたよね。なので、魔術が一切使えないわけですが、何故か、逆に彼は魔術による影響も受けないのです。その有用さから、特別昇級で13等級にまで昇格できた、と言うわけですよ」
なるほど、魔力を持たない代償に、絶対的な防御を手に入れたと言うわけか。
これにはレインも感心した。
凄いじゃないの、と多少の抑揚を込めて言えば、ジェネアは、だろだろ?!と自信たっぷりに答える。
心はまだ少年のジェネアであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
レインは一睡も出来ずにベッドの上で一晩を過ごした。
あの店の店員が手配してくれた宿屋は、ベッドが部屋の半分程を締めている一人用の部屋で、可もなく不可もなく、と言った具合だった。
いざ寝ようとしてみたが、これが何故かなかなか寝付けない。
しばらくして寝ることを諦め、自分の能力についての研究を始めた。
その間、いい事と悪い事が一つづつあった。
新たな能力を発見できたのがいい事だった。
火の玉を放てないものかと外に向けて手を突き出してみたら、レイン以外の、あらゆる物を溶かす黒色の霧を放てることが発覚した。
これには意志があるようで、放っておくとそこら中を侵食して回る。
ベッドシーツの一部を溶かしかけている所を間一髪で気付き、収納した。
一見危なっかしいが、一緒に遊んでみると、なかなか可愛げがある。
ポンポンとお手玉のように手でもてあそんだり、手にまとわりつけてドレスのようにしてみたり。
自在に操れる、なかなか便利な能力であった。
ついでに、クシャルと名付けた。
ちなみにだが、火の玉は放てなかった。
悪い事はと言えば、クシャルと遊んでいたら、羽織っていた服の一部が侵食された事だ。
だいぶ丈が際どいワンピースのようになってしまったため、どうにかならない物かと泊まっている宿屋の一室を物色したが、タオルとベッドシーツ以外使えそうな物は無かった。
朝が来る前に何処かに盗みに入る事も考えたが、それを実行に移す一歩手間の所でクシャルが自分に覆いかぶさってきて、布へと形を変えた。
これでは物を片っ端から溶かす危険極まりない服だと思い、やめるよう指示したが、何と布へと形態を変えたクシャルは物を溶かさない様だった。
いきなりブワッと広がったかと思うと、壁や床にモフモフとぶつかり、溶かさない事を証明してみせた。
と言うわけで初日の収穫は、新たなペット、もとい能力の、クシャルを扱えるようになった事、あとは羽織っている布の色が白から黒へと変化した事だ。
コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。
ジェネアだ。
朝食の時間に呼んでくれ、と言って昨日別れ、そこからは単独行動だった。
一人だと危険っぽいから怖いと言うわけでは勿論無いが、やはり土地勘のある人間が着いてくれるのは頼もしい。
変な縁もあった物だと思いつつ、今行くわよー、と適当に返事をして、ドアへと向かった。