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四十話 手紙

◇◇◇◇◇◇◇◇


──親愛なるレインちゃんへ──


有り体な始め方をすれば、この手紙をレインちゃんが読んでるってことは、私はもう死んでるんだね。

なんだか不思議な気持ちだな、死んだ後に読まれる手紙書くなんて。

遺書って(ちまた)では言うのかもしれないけど、これは遺産相続とかそういう話じゃないし、私の素直な心を伝える為の文章だから、これはお手紙。

(遺書なんて言葉、私好きじゃないし!)


まずね、今これを書いているのは、私のお城、”時の牙城”の中。

このお手紙を書き終わったら、封筒に入れてミルに渡して、そして、私は自分の記憶を消すんだ。

そして、レインちゃんに会いに行くの。


って言ったってわかるわけないし混乱するだけだね。

ごめんね、話が性急過ぎたかも。

けど、今から説明するから、落ち着いて読んでってね。


あの後、お父様が守衛を呼んだ後、私は屋敷を追い出されて、貴族の令嬢から孤児になっちゃったんだ。

レインちゃんは、もう地下牢獄に幽閉された後の事だよ。

お金も無いし、レインちゃんはお城の地下深く。

頼れる知り合いもいなくて、露頭に迷っていたとき、ミルが助けてくれたの。


蛇足かもだけど、その時ね、ミル、”私はいつまでもサラ様の味方でいます”って言ってくれたんだよ!

レインちゃんの事好きだって告白したあの夜の約束を、覚えていてくれてたんだよ。

すごく嬉しくて、同時に勇気が湧いてきて、その瞬間、私、レインちゃんを救うって決めたの。


けどね、何とかしてレインちゃんを救う方法を考えてたある日の事。

幽閉されてから2年くらい後の事かな。

国中で疫病が流行りだして、同時に大地震が起きて、王城が倒壊したの。

私、訳がわからなかったよ。

どんな治癒魔法も効かない疫病が、王城を中心に広がって、かと思ったらその2ヶ月後くらいに地面が割れるほどの大地震がおきたんだから。

しかも、その一連の災害で、お父様以外の全貴族と、疫病から避難できなかった国民の多く、そして、王様が死んじゃったの。

唯一生き残ったお父様も、目と鼻が疫病で潰れて、地震で落ちてきた木材に下半身を潰されてて、それで何で生き残っているのかって言うと、レインちゃんに使ったあの薬を使ったから。

えっと、話が逸れちゃわないために、これは後で説明するね。


けど、とにかく、王都は、疫病で入れなくなって、しかも地震で壊滅しちゃって、そしてその瞬間、国は滅亡したんだ。

レインちゃんが囚われて3年目に差し掛かろうとしていた時の事だよ。

私とミルは、家から追放されていたおかげでいち早く逃げれて、無事だったから安心してね。


その後、私達は、山に籠もってレインちゃんの苦痛を和らげるため、そして地下牢獄から救うため、魔術の研究を始めたの。

そしたらね、研究を初めて一ヶ月後、あの疫病と大地震は、二つともレインちゃんが使った魔術だってことが分かって、もうビックリだよ。

あんな魔術を、レインちゃんが扱えたんだって。

だけど、そうだったなら、魔力って言うのは先天的な物じゃなくて後天的な物なはずだし、しかもそれは私も身に着けれるはずの力だすって気付くのに時間はかからなかった。


そして、レインちゃんが幽閉されてから十年も後のこと。

私は、ようやくレインちゃんを救えるかもしれない魔術を二つ、完成させたの。

名前は、"時間操作"と"魔力隠蔽"。

一つ目は、文字通り時間を操作できる魔術で、二つ目はレインちゃんから溢れる膨大な量の魔術を、どうにか押さえつけるための魔術。

そして、同時に一つ目は、レインちゃんの苦痛を和らげるための魔術で、2つ目はレインちゃんがこれ以上災いを人々にもたらさないようにする魔術だよ。


そこからは早かった、魔力隠蔽で、レインちゃんの発する疫病の魔術をどうにか中和しながら、地下牢獄の真上に辿り着いて、時間操作で、そこだけ時の歩みを極端に遅くしたの。

そして次に、魔力隠蔽を応用して、レインちゃんの持つ魔力の、その殆どを封印できたんだ!


その時の私は、成功だと思ったの、まだ地下牢獄の封印は解けないけど、レインちゃんは遅い時の中でゆっくりと、多分、一年が一日に感じるくらいには遅くできたと思う。

だから、今度こそ本腰入れて、牢獄の封印を解くための研究を開始するはずだったんだけど......。


レインちゃんのその時の魔力は、世界を根本から揺るがす程、巨大でとりとめの無い物だったの。

私でも限界があった。

ううん、限界なんて封印した瞬間に超えちゃって、その時、魔力隠蔽の隙間を塗って、疫病の魔術が漏れ出して......。


これじゃ私、地下牢獄に封印されていた筈の魔術を地上に持ち出して被害を拡大させただけになっちゃうって、焦って、そしてどうにか考えついた方法が、この"時の牙城"だよ。

このお城を作って、そして二重三重にも時間を遅くして、どうにか、完璧ではないけど、魔術の漏れだす速度を止めることが出来たの。

けどその代償に、私は自分の殆どの力をお城の維持に費やす事になって、そして、ここから一歩たりとも出れなくなっちゃったんだ。


だから、最後にどうにか残った魔力でミルを少し強くして、レインちゃんの開放を頼んだの。

そして、長い月日が流れて、千年が経っちゃった頃。

レインちゃんの疫病の魔術がようやく落ち着いてきて、そして、ミルも地下牢獄へ兵を送る準備が出来たって伝えてくれたの。

なんでも、一人、人間を支配下に加えて、その人の名声と富を上手いこと操作して、兵隊を何千人もあつめることが出来たんだって。

凄いよね、私の自慢のメイドだよ!

封印は、人間なら解けるはずだってミルが言ってたし、もうレインちゃんの開放は約束されたんだ、って凄く嬉しかった!

(そっかぁ、私人間じゃないのかぁ、って一瞬残念に思ったけどそんな事もうどうでもいいや!)


よし、じゃあ何で私が記憶を失う事になるのか、説明するね。

私ね、千年間の研究の末、魔力っていうのは、世界を理通りに導く力である事、そして、人間に限らず、動物の記憶と直結している事を見つけたの。


それとね、私、どうしてもレインちゃんにもう一回会いたかったんだ。

けど、私がここを離れたら、時の牙城はすぐに崩れ去って、疫病が野に放たれちゃう。

だから私、自分の全ての記憶と引き換えに、時の牙城をあと十年は持たせる事にしたの。

その十年の間に、レインちゃんをどうにかここに連れてきて、疫病の魔術を戻せる事に賭けたんだ。

多分レインちゃんにしか、この疫病の魔術を制御できないだろうし、いずれにせよこのまま私が寿命を迎えたら、魔術が野に放たれちゃうだろうから。


で、今レインちゃんがこの手紙を読んでるって事は、私の計画は成功したんだね!

本当に嬉しいよ、私も居れたら良かったな......。

ごめんね、先に旅立っちゃって。

きっと天国で待ってるから、レインちゃんは、天寿を全うして、おばあちゃんになってから私に会いに来てね!

約束だよ!


──永遠の想い人、サラより──


◇◇◇◇◇◇◇◇


レインは、手紙を読み終わると、ゆっくりとミルを見た。

受け止めるには大きすぎる、この事実。

一人の少女の、自分への止めどない想いが、今を作っているのだと。


「サ、ラ......」


ソファに倒れるように座り込む。

顔に手を当て、嗚咽を堪えようと、精一杯の努力をした。

しかし、それは叶わなかった。

手の隙間から、涙が落ち、スカートの裾を塗らし、嗚咽が途切れ途切れに漏れた。


「サラ様は勇敢でした。私に、最後に言われた言葉はこうです。

"レインちゃんの事を好きになったのが、お父様のせいか私の本心なのか、確かめたいんだ"、と。

あの方は、確かに幸せでしたよ、最後の瞬間まで」


ミルが横に座って、背中を撫でた。

そんな彼女の声も、震えていた。


ヴェルハイム=サラと言う、一人の少女。

幼少より父親から虐待を受け、そんな絶望の最中出会った少女に、恋をした。

けれど禁断の恋だった──当時の社会では、同性愛は汚れるべき存在だったのだから。

こらえて生きていた、苦しい日常の中、その恋した少女だけが、唯一の救いだったのだろう。

しかし、その唯一の救いである少女も、無実の謂れで、処刑される。

あまりに救いの無い人生だ、しかも、最後の瞬間が、あのようでは......。


「そんなの、あんまりよ、嘘よ......。そうだわ、嘘、何で、何でサラは自分が死ぬって、分かってるのよ!!」


レインは、意味もなく声を荒げた。

認めたくない現実を直視し、ほんの些細な矛盾にすら敏感に反応するようになっていた。

しかし、現実は目を背けようと厳しかった。

ミルは、一瞬躊躇したような顔をしたあと、しかし、何かを決意したかのように答えた。


「......レイン様の魔術を封印する時、サラ様はその一部を被爆してしまいました。その為、いずれにせよ残り短い命だったのです」


聞いた瞬間、平静が瓦解する。

グラリと世界が傾いたような気がした。

自分を、憎んだ。

サラを、彼女を、文字通り命の恩人を......。


そんな、絶望に打ちひしがれるレインに、しかしミルははっきりと言った。


「お辛い気持ちは十分理解できます。けれども、レイン様。どうか、サラ様の意思を、継いでくださいまし。貴方様が一歩を踏み出す事が、最良の供養となります故」


ミルが言い終わると、沈黙があった。

天井のシャンデリアが、数回揺れた。

レインは、数回嗚咽したが、やがて、何もない天井を見上げる。

しゃっくりが止まらなかった。

こんな時に、忌々しい。


そして、しばらくして、しゃっくりがようやく止まる頃。

レインは、ゆっくりと答えた。


「......そうね、行かないと、ね」


涙は、止まっていた。

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