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三十一話 サプライズ

「レインちゃん! こっちこっち!」


停留所についた時には日はとっぷりと暮れ、街灯によって道が細々と照らされるだけになっていた。

サラが、少し離れた所で手を振って呼んでいた。

クリーム色のロングコートを羽織った彼女は、一人である。

ここが王都でなければ、相当に危ない。

ランブル市であれば、翌日に女子の死体が見つかっていてもおかしくないのだから。


「こんな夜中に一人? 危ないわよ......」


「大丈夫だよ! レインちゃんがいるから!」


無邪気な笑顔だ。

自分が来るまでの事を話していたのだが、いずれにせよ無事だったし杞憂か。


「本当にあなたは......」


不満げに言ったが、勿論説教をしようと言うわけではない。

友人が友人らしく、離れていても変わっていない事に安堵したのだ。


寒い冬の街道を、二人で歩いた。

最近は雪が多い、今夜もご多分に漏れず。

道は魔術によって温められている為、滑ることは無いが、それでも視界が悪くなる雪には注意しなくてはならない。

街頭の光に照らされた雪が、斜めに飛び去っていた。


「さっむいね〜、手がかじかむ!」


サラが手に息を、ハァと吐きながら言った。

白いモヤが、すぐに風に巻かれてどっかに行った。


「そうね......そうだわ、ちょっと待ってちょうだい、」


レインはそう言うと、手を広げて、魔術を使った。

空間を温める炎魔法だ。

レインは、剣術を教える傍ら他の先生から魔術も教わって、覚えれる限りの魔術を覚えた。

炎、水、土、治癒、その他たくさん。

レインの元々のポテンシャルの高さとその魔力量にが組み合わされば、使えない魔術など無かった。

すぐに殆どの魔術は行使できるようになった。

今レインが使ったのは、本来ならば敵を炎に包み込んで閉じ込めて、溶かして殺すという何とも恐ろしい魔術。

それを暖房代わりにすると言うのは、魔力を直に調節できるレインならではの芸当だ。


「わ、温かい! いつの間にこんなの使えるようになったの?!」


防寒具を着ている事も考慮して、そこまで熱くないよう調節した。

結果は、成功のようだ。


「教わったのよ。流石魔術学院ね、すごい魔術がたくさん」


「それで、その魔術をもう覚えちゃったの? さっすがレインちゃん、私の見込んだだけの事はある!」


いつ見込まれたのか、全く身に覚えがない。

けれど、いつしか見込まれたのだろう。

返事の代わりに微笑んで、やたらとテンションの高い黒髪の少女を見つめた。

少女は、キョトンとした顔でこちらを見たあと、無邪気に笑みを浮かべた。


程なくしてサラたちの泊まっている宿についた。

場所は、初めて王都に来たときとは違う、少しだけ大きめの宿だった。

サラに案内されて部屋に入れば、温かい空気が暗闇の奥から流れてくる。


「ごめんね、ちびっ子たちが寝てるから、照明点けれないんだ」


サラが、小さな声で耳打ちする。

大丈夫よ、とだけ答えて、シャワールームに滑り込んだ。


「じゃあ、サッと体洗って着替えてくるわね」


電気をつけずに、言った。

シャワールームのドアを閉め、魔眼を使う。

魔力というのはどこにでも漂っている、たとえ宿の一室の中にだって。

サッとシャワーを浴び終えると、持ってきたパジャマに着替えてサラの元へと戻った。


いつもであれば夜というのは、魔術の練習や書物を読みふける時間なのだが、今日だけは違う。

優しい友達が居て、暖かい時間が流れている。

そんな事を思いながら、身をベッドに滑り込ませた──が、何かが当たった。

人の足、確かめるまでもない、ちびっ子の内の一人のだろう。

避けるためにずれて行ったら、今度はサラに当たった。


「ん、どうしたの......?」


更に悪いことに、すでに就寝しかけていた彼女を起こしてしまった。

ちびっこの足は尚足元にある。

コイツ等、もしかしたら横向きに寝ているのではないか?


「ご、ごめんなさい、二人の足がここまで......」


慌てて釈明するが、言い終わる前に、フワッと何かに包み込まれた。

そして引き寄せられる。


「ごめんね、これなら大丈夫、だから」


全く突然の事に理解が追いつかない。


「え、っちょ、あ、うん......」


奇怪な声をあげながら、足を伸ばしてみれば、確かにそこにちびっ子の足は無かった。

が、背中のすぐ後ろで穏やかな寝息を立てて寝る少女が、自分の前に腕を通している。

これはこれで落ち着かない、とモゾモゾ動いてみるが結局腕が払われる事は無かった。

しばらくの後、レインは状況を受け入れ、諦める事にした。

大きなベッドの大半はちびっ子二人に占拠され、その片隅で銀髪と黒髪の、対象的な二人の少女が、ところ狭しと重なって、横になっていた。


翌朝。

レインはしばらく起き上がれなかった。

結局サラの拘束はずっと明朝まで続き、レインは不思議な心持ちで朝を迎えたのだった。


「んぁ......おはよう......」


陽光が差し込んで、ようやくサラは起きた。

いつもと変わらぬ返事を、する。


「おはよう、サラ。よく眠れた?」


この会話も、もう何回目だろうか。

レインとサラが一緒に寝るたび、この会話をしているような気がする。

が、いつもと違うのは、レインもサラと横になっているという所だ。

今日は、サラがレインを()()していた為、起き上がるに起き上がれなかったのだ。


「うん、ちゃんと眠れた......って、ウェヒェ!?」


少し返答した後、何やら奇怪な声を出す。

同時に、それまでしっかりと絡まれていた手が、驚くほどの速さで引っ込んでいった。


「あら、どうしたの?」


「え、え、私、レインちゃん......の事......」


ようやく開放されて後ろを見れば、寝癖をピンと立てたサラがプルプルと震えながらこちらを見つめている。

頬を紅に染めて。


「覚えてないの? 昨日の夜、」


「あー、あー!! 覚えてるから、やめて、ごめん、あの時は眠くてよくわからなかっただけだから、ごめん!!」


バタバタと手を振りながらわめく。

自分からやっておいて随分な有様である。


「別に構わないわ。暖かかったもの」


落ち着かせるために行った言葉だが、むしろ逆効果だった。

それまで訳のわからないことを早口でつぶやいていたサラは、その言葉を聞いた瞬間、一層訳の分からない声を立ててベッドに臥せた。

あとには、キョトンと座るレインだけが残された。


その日の日中は、実に色々な所にでかけた。

洋服店、雑貨店、その他色々。

それだけではちびっ子が飽きるため、玩具店などにも立ち寄った。

皆思い思いの物を購入した。

レインは、これからの時期にもっと必要になるであろう防寒具、サラは冒険中に使うらしき調理器具。

どこでも火をつけられる火打ち石という物は随分と興味深かった。

水に濡れても、魔力がなくても火を起こせるらしい。

魔力を使わないとは一体どういう原理なのだろう、不思議だった。


夕方になった。

サラが用意してくれたという店に、心踊りながら向かう。

ちびっ子は、少し申し訳ないが、宿の預かりサービス的なところにおいてきた。

追加料金を払えば、その日のうちであれば面倒を見てくれるらしい。

少しは離れるのを嫌がるかな、と心配したが、その場所においてある様々な玩具を見るや否や、一目散に駆け出していった。

心配はいるまい。


「ここだよ、レインちゃん!」


他愛もない会話をするうちにいつの間にかついた場所は、2階建ての、あまり大きくはないが、それでいておちついた雰囲気を醸し出す優雅な店。

堂々と構えるのも立派で見栄えがしてよかろうが、こういうこじんまりとした店にもこじんまりとしているなりの風情がある。

チリン、とベルを鳴らして入店すれば、美味しそうな酸味のある香りが鼻をついた。


「いっらしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」


奥から出てきた、緑色のエプロンをした店員が、丁寧な物腰で問う。


「はい、サラって名義で予約をしたんですけど......」


「サラ様ですね、少々お待ちください......あ、はい、確認が取れました、ご利用ありがとうございます。こちらへどうぞ」


店員はそう言うと、冊子を近くの棚に置いて流暢に歩き出す。

レインは、サラがついていくのを見て、慌ててついていった。


「こちらでございます」


しばらく廊下を歩いて階段を登った先に案内されたのは、「星空の間」と書かれた一室。

素朴な木のドアで、外見は普通だった。


「レインちゃん、開けてみて!」


サラが興奮気味に言う。

一体何なのだろうと、レインは困惑しつつもドアノブを回して、ドアを開いた。


途端、飛び込んできたのは、見渡す限りの星空だった。

平野のなんでもないところに突然扉が出現した。

輝きを持つ一つ一つの星が、キラキラと光を発し、帯状に天を縦断する河を描く。

サァ、と清涼な風が吹き抜け、それは冬の凍える大気では無かった。


「お料理のご注文は、予め承っておりますので、今しばらくお待ちください」


店員がそう言って扉を閉める。

後には、満天の星空の下、少女二人だけがポツンと残された。


「サラ、これって......」


星空に圧巻され、しばらく語を言えなかったレインだが、ようやく、やっと一言だけ言えた。


「初めて一緒に行った討伐戦、星空の下だったから......それにあやかって! レインちゃんと会ってから、すっごく楽しくなったからさ、それに対しての感謝!」


サラは、相変わらずの楽しげな口調で、輝くような笑顔で、言う。

この空間が魔術によって擬似的に生み出された空間だと気づくまで、そう時間はかからなかった。

けれど、そんなことなどどうでもいい。

胸の奥底が、温かい。

自分だけ春の陽気に包まれたかのように一瞬錯覚したが、気のせいか。


「サラ、私何にも用意できてないのに.......ありがとう、すごく嬉しい」


程なくして料理は運ばれてきた。

いつの間にやら用意された机の上に、豪華絢爛な食事が並ぶ。

こんな幸福が味わえるなんて、いつぶりだろう。


外界に出れて、サラと出会えて、生きていて、本当に良かった。

心の奥底から、そう思えた一時だった。

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