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三十話 平穏な日常と、お誘い

◇◇◇◇◇◇◇◇


月日が経ったが、あれ以降自分の過去に関することは愚か、魔王に関することにすら進展は無かった。

もちろん図書館にある本をすべて読み、学内の研究施設をたくさん見学して回ったが、めぼしい情報は無かった。

国王への質問は、彼をできる限り刺激したくないという方針の元、あれ以降は行わなかった。


サラとは頻繁に手紙でのやり取りをし、互いの状況を伝えあっていた。

サラは冒険者としての職を再開したこと、レインは生徒の剣術の腕が中々上達せず悩んでいるという事を書いた。

彼女に会えないのは、誤解を恐れず書けば、寂しかった。

比較的短い時間ではあったが、彼女と共に過ごした時間は、レインにとって大きな安らぎとなっていたのだ。


けれど、接点が全く無い訳でもなく、あの夜国王と話した3日後くらいに、一週間に一度程度であれば外出が許可されるようになった。

その度にサラとともにどこか適当な食事を共にし、たまに依頼を軽くこなしてピクニック感覚で草原から空を見上げた。

それは確かな安息と共に、忘れていた人と接する楽しさと尊さと言うのも改めて教えてくれた。

皮肉ではあるが、この適当な距離感が互いの仲を程々に、あまり深入りすることなく保っていると考えれば、幾ぶんか気も楽になる。


生徒たちはレインを良く慕ってくれた。

自分と同じくらいの年齢と言うのもあるだろうが、正確に言えば、男子はその整った顔立ちとスタイルに、女子は友達感覚の話し相手として、慕っていた。

もちろん、そんな事をレインが知る由はない。


そんなある日の朝。


「またレインせんせー手紙書いてるの?」


教室の机に座りサラへの返事を書いていた時の事だった。

一人の女学生が不思議そうに覗き込みながら聞いてくる。

”せんせー”の部分はいかにもお飾りで、儀礼的につけているだけだ。


「ええ、お友達なの。久しく会っていないから、文通をしているわ」


おそらく文通などしたことはないのだろう、目をぱちくりさせて、じっとこちらを見る。


「え、もしかしてレインせんせーの彼氏??」


茶髪の若干カールがかかった長髪を揺らし、身を乗り出す。

レインは、年相応の考え方だな、と、自分の年齢も同程度であることを全く忘れて呆れた。

友達と言っただろう。


「違うわよ。友達よ、友達」


「あー、今はお友達だもんね、今はね」


頭の中お花畑か。

この短絡的な恋愛脳には付き合うだけ疲れるものだと、レインは大して無い長年の経験から推測する。


「何言ってるの。相手は女の人よ」


そう言うと、驚く女学生を置いて、手紙を投函しに行った。

季節は冬に差し掛かり、カラカラと乾いた落ち葉が風に巻かれてくるくると宙を舞うようになった。

サッと流れるように凛としたロングコートの裾が、ふわりと持ち上がる。

サラがいつしか送ってくれたものだ、暖かくて着心地がよく、愛用している。

レインはお礼に()()()の食器一式を送り返した。


こうして”日常”と呼べるものを体感していると、これがいつまでも続いてほしいものだと願うようになる。

無邪気な生徒、勤勉な先生、そして安心を与えてくれるサラ。

この3つが程よく調和し、冬ではあるが、レインの周りには温かい、そして確かな”平穏”が流れていた。

そしてそれは、今のレインにとって何よりも尊く、美しく、そして大切なものであった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


さらに月日が流れ、雪が校庭に白く降りかかるようになった。

”神々に感謝する日”という日が近づいているらしく、その日は学校が休みとなるため、レインには学校の外で休暇をとる許可が与えられた。

聞くところによれば”神々に感謝する”意思は全くない人でも、その日が宗教的に大きな意味を持つことをいい事に、それを口実として休む内に、いつしか国民的な休暇として位置づけられるようになったのだという。

シンシンと降り積もる雪は一層白さをまして、校庭におしろいの様に降り積もっていた。


「私、感謝祭にレインちゃんと行ってみたい場所があるの! どうかな、行ってみない?」


そう書かれていたのは、とある日のサラからの手紙の最後。

”感謝祭”とは”神々に感謝する日”を、宗教的な意味を含まずに言いたい時に使う言葉だ。

一部の人は違う宗教を信じているため、そういう人に対して宗教的な祝日を押し付けるのは良くない。

かと言って、違う宗教の人だって休みたい。

結果生まれたのが、何にも感謝しない”感謝祭”という言葉だ。

という訳で、今では”感謝祭”と呼ぶのが一般的になっている。


「お誘いありがとう、是非行ってみたいわ。場所は楽しみにしておきたいから、教えないでね」


文頭に書く。

あとは近日の報告である。

生徒の愚痴、先生の愚痴、悩み諸々。

つらつらと書いたら、便箋にしまって、同じように投函した。


なんて、楽しい日々なんだろう。

レインはハラハラと降る雪を眺めて思う。

この学校に来た当初は、自分の過去を暴くため、国王の秘密を暴くため、随分と走り回った。

けれどそんな事は、今となってはあまり重要でなく感じる。

知りたいかと聞かれれば、知りたい。

家族を奪われ、あの懐かしい日々を奪われ、そして投獄された。

その背景にある真実を知りたくないわけが、無い。

けれど、それを知ることと引き換えに、この今の、大切な日々が奪われるのであれば、むしろ知りたくない。


「私は、平穏を追い求める、不幸なんかじゃない」


無意識につぶやいた。

脳裏に蘇るは、あの夜国王が口にした言葉。


「不幸です、人の不幸なのです」


あの国王のいう言葉は一言一句が刺さる。

棘のように自分を痛めつける。

けれど、それでも、私にはこの平穏な日常があるんだ、楽しく尊い日々が私を癒やしてくれるんだ。

振り払うように踵を返すと、剣術の道場へと足を運んだ。

さて、今日は何を教えようか、などと考えながら行くのだった。


数日後、感謝祭がやってきた。

生徒は、学校の終わりを知らせる鐘がなると同時に外へと飛び出し、そして驚くほどの勢いで家に帰っていった。

いつもであれば校庭で友人と駄弁(だべ)っていたり、宿題を片付けたり、魔術試験に備えるため校庭で訓練をしていたりといった光景が見られるのだが、今日だけはそんな生徒は一人もいない。

賑わいが無くなると寂しくなるものだ。


「では、レイン先生もごきげんよう」


そう言って去っていくのはシェイン教諭だ。

この日の業務報告やらを手短に終わらせると、足早に帰った。

彼にも妻子がいると聞く。

久々にゆったりと触れ合える時間だろう、大切なのは誰にとっても同じなのだ。


レインも残った書類を片付けると、着替えやらの一式を手持ちケースに詰めて正門へと向かった。

学長にすでに許可証は取ってあるので、そのまま出れる。

レインを閉じ込められるために張られた障壁は、書類の効果か邪魔することなくその道を開け、彼女を馬車の停留所へと案内した。


いつもであれば走っていくのだが、今日は馬車で帰ろうと思う。

何故だろうか、こちらのほうが安らぎと趣を感じるのだ。

人もまばらになった停留所に待つこと少し、馬車とは名だけの魔物によって牽引された馬車が到着した。

乗込めば、人が少ないせいか車内が広く感じる。

ゆったりと車窓を眺めれば、程なくして景色が動き出した。


一体サラはどんな場所を用意してくれているのだろうか。

すこし心が踊る。


冬の日が落ちるのは早い。

空は既に藍色に染まり、日は地平線の彼方に薄く橙を残すのみとなった。

きれいな、澄んだ空だった。

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